長い夏休みが終わった。
私と竜太は連絡を欠かさず、少なくとも週に一度は通話をした。
不思議なもので、高校時代に毎日学校で顔を合わせているときは話題が尽きなかったのに、今は週に一回のスマホ越しの通話で、徐々に何を話せばいいのかわからなくなってくる。
でも、今日はどうしても話したいことがあった。
「あの、今度の週末、そっちに行ってもいいかな?」
『おお! いいけど、会えるのは練習の後の夜だな。あと、寮だから泊めてあげられない』
「それでもいいよ。ほら、竜太の誕生日だから、直接会ってプレゼントとか渡したいし」
『マジか! ありがとう』
その声からは嬉しさがにじんでいて、私も気分が高まった。
『ようやく同い年になれるな』
「それ、毎年言ってる」
お決まりの冗談に、私はおかしくて笑った。
『じゃあ、楽しみに待ってるね』
よし、また竜太に会えるぞ! 私も楽しみだ!
さて。
通話を終えた私は、スマホで「大学生 男子 プレゼント」と検索した。
高校生だった去年までとは異なり、今は大学生だ。
竜太が私に財布をプレゼントしてくれたように、私からのプレゼントもワンランク上げたい。
でも、こういうの苦手なんだよな……。
*
学食で唯や酒井くんとランチをしているときに、私は質問をした。
「あの、男子代表として、酒井くんに聞きたいことがあります」
「はあ」
唯も酒井くんも変な顔をした。唯は言った。
「なんで酒井くんなの。男子代表って柄じゃないでしょ。男子なのかも怪しい」
「おい、それはどういう意味だ」
酒井くんは笑って言った。きっと自分でもわかってる。
確かに、彼の折り紙は少女趣味なものが多い。でも、私にとって身近な男子といえば酒井くんなのだ。
「まあ、細かいことはさておき。大学生の男の子って、誕生日プレゼントに何をもらったら嬉しい?」
「……それってもしかして、彼氏の話だろ」
酒井くんはにやりと笑って私を見た。
私は恥ずかしくなって目を伏せた。
「まあ、はい」
ところが、酒井くんは唯に話を振った。
「唯ちゃんなら彼氏に何をあげる?」
「なんで私」
面倒くさそうな唯に対して、酒井くんは、いいから、という顔を向けた。
「最近あげたのは、ボールペン。ケース入りのちょっといいやつ」
「おお、いいじゃん、普段使いもできるし」
けれども、私は話を遮った。
「ねえ、私は酒井くんに聞いてるんだけど」
私が聞きなおすと、酒井くんは考えるポーズをとった。
「うーん、そうだな。でもペンはいいと思うよ。出番も多いし、使うたびにもらったことを思い出せる。同じ理由で、身に着けるものもいいな。時計、財布、香水。後は……体育会系だったはずだから、マッサージ機とかリカバリーウェアみたいな、体をケアするものもいいんじゃない?」
すると、唯は目を丸くした。ちょっと引いてるみたい。
「……ガチじゃん」
「俺、根が真面目だから」
私は、酒井くんのアイデアをスマホにメモした。
「ありがとう。めっちゃ参考にします」
すると、唯がこちらを覗き込むように見て言った。
「もしかして、竜太のところまで渡しに行くの?」
「うん、会いに行く!」
私が明るく言うと、酒井くんが一瞬だけ見たことのない表情をした気がした。
「でも、練習で忙しいから、夜だけなんだ」
「へえ。じゃあ、そのままお泊りかあ」
唯がニヤニヤしながら言った。
「ううん、日帰り。寮だからダメだって」
「それは残念だったなあ」と、酒井くんは優しい声で言った。
「まあ、何をあげるにせよ、喜んでもらえるといいな」
そう言われて、私は竜太にプレゼントを渡す場面を想像した。
彼が喜ぶ姿を思い描くと、体の内側からやる気が湧いてきた。
*
週末の夜。私は電車を乗り継ぎ、竜太の大学の最寄り駅まで来た。
駅前で待っていると、彼は来た。
「お待たせ」
爽やかな笑顔で現れた竜太は、以前よりも一回り大きいように見えた。特に、肩幅が広くなった気がする。
Tシャツの下に隠された筋肉を想像したら、思わずドキドキした。おかしいな、水着姿は見慣れているはずなのに。見えない方が余計に気になる。
「じゃあ行こうぜ。俺もう腹ペコで」
そう言って、私たちは近くのファミレスに入った。
注文を通すと、私はさっそくプレゼントを渡した。
「はい、十九歳おめでとう」
「おお、ありがとう」
包みを開けると、中から二つ折りの財布が出てきた。
「あの、財布。竜太の真似したわけじゃないんだけど、お店で見かけて、すごくおしゃれでいいなって思ったから。竜太の好みに合うかわかんなくて、迷ったんだけど、その、内側だけ水色の感じが、水泳っぽくて竜太に合うかなって……」
私が早口で言い訳のようなことを言うと、竜太は吹き出した。
「ありがとう。麦子が俺のことを考えて選んでくれたことが伝わって、嬉しいよ」
その言葉を聞いて、私はほっとした。
「普段、財布って持ち歩くの?」
「一応ね。高校のときからずっと同じやつ」
私は高校時代の竜太を思い返した。スポーツブランドのロゴが入った、灰色の布製の財布。マジックテープがバリバリ鳴るやつ。
……絶対に、私があげたやつの方がいい。
その後、食事をしながら会話を楽しんだ。
竜太からは水泳の練習やトレーニング、ちょっと変なコーチの話など。私は笑いながらその話を聞いた。
私も、大学の教授や実家に帰ったときのエピソードで場を沸かせた。
折り紙サークルの話はあえてしなかったけど、その話題は竜太の方から出た。
「そういえば、麦子はサークルで展示会やってたよね。あれ、カブトムシとクワガタ。SNSで見た」
すると、つい褒め言葉が欲しくなってしまい、私は聞いた。
「どうだった?」
「夏だし、定番っぽくてよかったよ」
「定番……」
まあ、そうだ。竜太の感想におかしなところはない。
でも、それは私には物足りない。
確かにモチーフは定番なんだけど、これはカブトムシのツノに加えて、六本の脚や鞘翅の形まで再現している、結構すごい作品なんだよ。
これが酒井くんだったら。
脚の折り方のこまやかさ、胴体の立体感、全てを理解して言ってくれるのに。
そこまで考えてから、私は慌てて心の中でかぶりを振った。
違う。今は酒井くんは関係ない。
今は、竜太との時間なんだから。
私は全てを飲み込んで言った。
「うん、ありがとう」
笑顔はうまく作れたと思う。
デザート食べる? と聞かれて、私はシャーベットを注文した。
それは冷たくて美味しかったはずなんだけど、一体何の味だったのかよくわからなかった。
私と竜太は連絡を欠かさず、少なくとも週に一度は通話をした。
不思議なもので、高校時代に毎日学校で顔を合わせているときは話題が尽きなかったのに、今は週に一回のスマホ越しの通話で、徐々に何を話せばいいのかわからなくなってくる。
でも、今日はどうしても話したいことがあった。
「あの、今度の週末、そっちに行ってもいいかな?」
『おお! いいけど、会えるのは練習の後の夜だな。あと、寮だから泊めてあげられない』
「それでもいいよ。ほら、竜太の誕生日だから、直接会ってプレゼントとか渡したいし」
『マジか! ありがとう』
その声からは嬉しさがにじんでいて、私も気分が高まった。
『ようやく同い年になれるな』
「それ、毎年言ってる」
お決まりの冗談に、私はおかしくて笑った。
『じゃあ、楽しみに待ってるね』
よし、また竜太に会えるぞ! 私も楽しみだ!
さて。
通話を終えた私は、スマホで「大学生 男子 プレゼント」と検索した。
高校生だった去年までとは異なり、今は大学生だ。
竜太が私に財布をプレゼントしてくれたように、私からのプレゼントもワンランク上げたい。
でも、こういうの苦手なんだよな……。
*
学食で唯や酒井くんとランチをしているときに、私は質問をした。
「あの、男子代表として、酒井くんに聞きたいことがあります」
「はあ」
唯も酒井くんも変な顔をした。唯は言った。
「なんで酒井くんなの。男子代表って柄じゃないでしょ。男子なのかも怪しい」
「おい、それはどういう意味だ」
酒井くんは笑って言った。きっと自分でもわかってる。
確かに、彼の折り紙は少女趣味なものが多い。でも、私にとって身近な男子といえば酒井くんなのだ。
「まあ、細かいことはさておき。大学生の男の子って、誕生日プレゼントに何をもらったら嬉しい?」
「……それってもしかして、彼氏の話だろ」
酒井くんはにやりと笑って私を見た。
私は恥ずかしくなって目を伏せた。
「まあ、はい」
ところが、酒井くんは唯に話を振った。
「唯ちゃんなら彼氏に何をあげる?」
「なんで私」
面倒くさそうな唯に対して、酒井くんは、いいから、という顔を向けた。
「最近あげたのは、ボールペン。ケース入りのちょっといいやつ」
「おお、いいじゃん、普段使いもできるし」
けれども、私は話を遮った。
「ねえ、私は酒井くんに聞いてるんだけど」
私が聞きなおすと、酒井くんは考えるポーズをとった。
「うーん、そうだな。でもペンはいいと思うよ。出番も多いし、使うたびにもらったことを思い出せる。同じ理由で、身に着けるものもいいな。時計、財布、香水。後は……体育会系だったはずだから、マッサージ機とかリカバリーウェアみたいな、体をケアするものもいいんじゃない?」
すると、唯は目を丸くした。ちょっと引いてるみたい。
「……ガチじゃん」
「俺、根が真面目だから」
私は、酒井くんのアイデアをスマホにメモした。
「ありがとう。めっちゃ参考にします」
すると、唯がこちらを覗き込むように見て言った。
「もしかして、竜太のところまで渡しに行くの?」
「うん、会いに行く!」
私が明るく言うと、酒井くんが一瞬だけ見たことのない表情をした気がした。
「でも、練習で忙しいから、夜だけなんだ」
「へえ。じゃあ、そのままお泊りかあ」
唯がニヤニヤしながら言った。
「ううん、日帰り。寮だからダメだって」
「それは残念だったなあ」と、酒井くんは優しい声で言った。
「まあ、何をあげるにせよ、喜んでもらえるといいな」
そう言われて、私は竜太にプレゼントを渡す場面を想像した。
彼が喜ぶ姿を思い描くと、体の内側からやる気が湧いてきた。
*
週末の夜。私は電車を乗り継ぎ、竜太の大学の最寄り駅まで来た。
駅前で待っていると、彼は来た。
「お待たせ」
爽やかな笑顔で現れた竜太は、以前よりも一回り大きいように見えた。特に、肩幅が広くなった気がする。
Tシャツの下に隠された筋肉を想像したら、思わずドキドキした。おかしいな、水着姿は見慣れているはずなのに。見えない方が余計に気になる。
「じゃあ行こうぜ。俺もう腹ペコで」
そう言って、私たちは近くのファミレスに入った。
注文を通すと、私はさっそくプレゼントを渡した。
「はい、十九歳おめでとう」
「おお、ありがとう」
包みを開けると、中から二つ折りの財布が出てきた。
「あの、財布。竜太の真似したわけじゃないんだけど、お店で見かけて、すごくおしゃれでいいなって思ったから。竜太の好みに合うかわかんなくて、迷ったんだけど、その、内側だけ水色の感じが、水泳っぽくて竜太に合うかなって……」
私が早口で言い訳のようなことを言うと、竜太は吹き出した。
「ありがとう。麦子が俺のことを考えて選んでくれたことが伝わって、嬉しいよ」
その言葉を聞いて、私はほっとした。
「普段、財布って持ち歩くの?」
「一応ね。高校のときからずっと同じやつ」
私は高校時代の竜太を思い返した。スポーツブランドのロゴが入った、灰色の布製の財布。マジックテープがバリバリ鳴るやつ。
……絶対に、私があげたやつの方がいい。
その後、食事をしながら会話を楽しんだ。
竜太からは水泳の練習やトレーニング、ちょっと変なコーチの話など。私は笑いながらその話を聞いた。
私も、大学の教授や実家に帰ったときのエピソードで場を沸かせた。
折り紙サークルの話はあえてしなかったけど、その話題は竜太の方から出た。
「そういえば、麦子はサークルで展示会やってたよね。あれ、カブトムシとクワガタ。SNSで見た」
すると、つい褒め言葉が欲しくなってしまい、私は聞いた。
「どうだった?」
「夏だし、定番っぽくてよかったよ」
「定番……」
まあ、そうだ。竜太の感想におかしなところはない。
でも、それは私には物足りない。
確かにモチーフは定番なんだけど、これはカブトムシのツノに加えて、六本の脚や鞘翅の形まで再現している、結構すごい作品なんだよ。
これが酒井くんだったら。
脚の折り方のこまやかさ、胴体の立体感、全てを理解して言ってくれるのに。
そこまで考えてから、私は慌てて心の中でかぶりを振った。
違う。今は酒井くんは関係ない。
今は、竜太との時間なんだから。
私は全てを飲み込んで言った。
「うん、ありがとう」
笑顔はうまく作れたと思う。
デザート食べる? と聞かれて、私はシャーベットを注文した。
それは冷たくて美味しかったはずなんだけど、一体何の味だったのかよくわからなかった。



