彼氏には言わなくてもいいこと

「たこ焼きパーティ?」
「ああ、大学生っぽくていいっしょ」
 ある日のサークル活動のとき、酒井くんはにっこりと笑って言った。
 たこパって、大学生っぽいのか? よくわからなかったけど、私は適当に頷いておいた。
「サークルの一年男子で集まってやろうかって話が出てるんだ。せっかくだし、二人もどう?」
「これでも私たちは男子じゃないけど、いいの?」
 酒井くんは、私の「これでも」という自虐がウケたらしく、笑いながら言った。
「何言ってんの。女子が来たらみんな喜ぶと思うよ」
 サークルの一年生は、男子が三人、女子は私と唯の二人だけだ。同期で集まって、たこパ。楽しそうでいいじゃないか。私はみんなで集まることにわくわくした。
「えー、行きたーい。麦子も行くでしょ?」
 唯が可愛らしい声で言った。まったく、勝手に決めるなよ。行くけど。
「うん、行きたい。どこでやるの」
「俺んち。今んところ、来週の金曜日の夜にやる予定。どう?」
 酒井くんは大学の近くに住んでいる。大学の講義が終わった後に集まるってことだ。
 私も唯も予定は空いていたので、二人とも参加することが決定した。
 そこで、私はふと思った疑問を口に出した。
「そういえば、夜なんだね。勝手に土日の昼とかなのかと思ってた」
 なんとなく、たこ焼きは昼の食事のイメージだ。
「ああ、酒も飲みたいから、夜にしようって話になってる」
「ええ? 団長に怒られるよ?」と唯。団長は未成年飲酒に厳しい。
「いいか、これはサークルのイベントじゃなくて、ただの大学生の個人的な集まりだ。だから、誰にも何も言われないよ」
 酒井くんはいたずらそうな顔で言った。なるほど、そういうものか。
「でも、飲みすぎ注意な。ゲロ吐いたら出禁にするから」
「やだー」
 唯は手を口に当てて笑った。確かに、男子の前で醜態をさらすのは避けたいな……。

 *

 たこ焼きパーティの日、酒井くん以外の四人が大学の校門前に集まった。
 この四人で、スーパーに買い出しに行く。酒井くんは家を片付けるとのことで、一足先に家に戻ったようだ。
「片付けなんてさ、朝のうちに済ましとけって思わない? 来るのがわかってるんだから」
 男子の一人がそう言った。
「でもほら、酒井くんは朝弱いみたいだから」
 私はそうフォローしたけど、男子たちはそんなことはどうでもいいみたいだった。
「男の部屋なんだし、ちょっとくらい散らかっててもいいじゃんな」
「いや、男だからこそ、見せられないものもあるだろう?」
 ニヤニヤしながら話している男子たちを、私は呆れながら見ていた。

「おう、いらっしゃい」
 スーパーでいろいろと買い込んだ私たちは、酒井くんの住むマンションに着いた。
「おお、なんだこりゃ。酒井の部屋って感じだな……」
 男子の一人が驚きの声を上げる。他のみんなも同じ気分だった。
 まず、壁に折り紙の作品が貼ってある。花とか、ウサギの顔とか。可愛らしい平面作品。
 そして本棚には、大人向けから子供向けまで、様々な折り紙の本がずらりと並んでいた。
 この部屋を見て、私は感心した。酒井くんは本当に折り紙が好きなんだ。
 ここは、折り紙ハウス。私は心の中でそう名付けた。
「児童館みたいだね」と唯。
 確かに、壁に貼られた折り紙はとても子供っぽい。実は、酒井くんの中身は女子小学生なんじゃないか?
「せっかく折ったからにはさ、飾った方が楽しいじゃん」
 酒井くんは当然のように笑顔で言った。

「はい乾杯!」
 たこ焼き器を囲んで、私たちは乾杯をした。
 うえ、何これ。苦い……。
 初めて飲んだビールは、思わず顔をしかめるほど苦かった。
「酒の味はどうだい?」
 渋い顔をした私に向かって、酒井くんはニヤニヤしながら言った。
「ビールは無理かも。あげる」
 私はそう言って、ビールを酒井くんに押し付けた。
 でもその次に飲んだカクテルは美味しかったので、私はほっとした。これならいくらでも飲めそう。
 ふと、新歓コンパの様子を思い出す。そういえば、先輩たちは当然のようにビールを飲んでいた。大人だな……すごいな……。
 そして、酒井くんはさっそくたこ焼きを作ってくれた。でも、張り切っている割にあんまり上手じゃなかったので、いつの間にか唯にピックを奪われていた。
 みんなで楽しくたこ焼きを平らげて、すっかりおなかが膨れたころ、唯と他の男子は先輩の悪口などで盛り上がっていた。
 ほろ酔い気分の私は、折り紙の本がずらりと並んだ棚を眺めていた。
 すごい。どの本も興味深い。
 特に、古めかしい背表紙の本が気になった。「こどものおりがみ」と書かれている。
「ねえ、これ見てもいい?」
「どうぞ。それ、子どもの頃から好きなんだ」
 手に取ってみると、表紙にはレトロな風合いの折り紙の写真が載っていた。奥付には平成三年と書かれている。
 本を開くと、全て白黒で印刷されていて驚いた。完成写真も白黒。
 載っている作品は「動物」「野菜・果物」「季節」などに分類されていた。
 なんとなく「野菜・果物」のページを開くと、ナス、ほうれん草、柿といった和食めいたものばかりが並んでいた。
 これ、本当に平成の本? 昭和の間違いなんじゃないの?
「こんなのどこで買ったの?」
「親戚にもらったやつだと思う」
「いやあ、これはすごいね。令和のキッズに見せてやりたい。柿だってよ!」
 酔いが回った私は、だはは、と笑い声をあげた。柿! おばあさんみたい!
「でもこの柿、なかなかリアルでいいよな。折ってみる?」
「いいねえ」
 私はカクテルをグッと飲み干すと、受け取った折り紙をテーブルに広げた。
 それから、二人でいろんな作品を折った。柿、大根、タコ、靴下。靴下は季節のページにあった。クリスマスということみたい。
 できた作品を互いに眺め、ここがいいだの悪いだのと、夢中になって話し合った。
 ところが、だんだん折り紙の端がうまく合わせられなくなってきた。
「あれえ……?」
 体がふわふわして、手に力が入らない。顔の筋肉もどこかにいってしまったみたいで、変な感じ。
「これは飲みすぎだな。折るのはまた今度にしよう」
 酒井くんはそう言って折り紙を片付けた。
「この本は貸すよ。返すのはいつでもいい」
 そう言って渡された本は、気が付けば私の鞄の中に入っていた。
 おお、やばい、なくさないようにしないと……。
 グラグラとする視界に驚きながら、私は力いっぱい鞄を握った。

 電車の時間に余裕があるうちに、私たちは帰った。酒井くんとは玄関で別れた。
「ちょっと麦子、大丈夫?」
 駅に向かう道すがら、唯が心配そうに言った。
「平気だよ~」
 あーヤバい。これは酔った。気分は悪くないけど、力が入らない。
「送ろうか?」と一人の男子が言った。うん、よろしく~と言いそうになったけど、
「いいや、私が送るから」
 唯がぎろりと睨みながら拒否した。
「唯~、ありがとう~」
「はいはい。それにしても、あんたたち楽しそうだったね」
「ええ〜?」
「なんか、二人だけで別世界って感じだったじゃん」
 そうだっけ? 唯にそう言われて、今日のことを思い出そうとする。
 確かに……めっちゃ楽しかったかも。折り紙ってこんなに楽しかったんだ。あはは。
「あと、あんたは男子の前で飲みすぎない方がいいよ。ガードが緩すぎる。次はノンアルにしなさい」
「は~い」
 私が明るく返事をすると、唯の大きなため息が聞こえた。

 *
 
 気が付くと、ベッドの上で目が覚めた。
 あれ……どうしてだ……。
 そうだ、昨日、唯にマンションまで送ってもらって。化粧も落とさずにベッドに倒れ込んで……。
 起き上がると、頭がズキンと痛んだ。
 これ、いつか授業で習ったな、アルコールが肝臓で分解されて、アセトアルデヒドが……。うう、やめよう、頭痛に響く。
 あれ? ていうか、スマホ、どこだ……。
 重すぎる体を引きずってスマホを探すと、鞄の中から見つかった。よかった……。
 見ると、昨晩に竜太からメッセージが来ていた。
『今どうしてる?』
 うあああ。
 最悪だ……。竜太からのメッセージを無視してしまうなんて……。
『本当にごめん! 寝ちゃってた……』『元気だよ!』『サークルの同期とたこパした!』
 頭痛をこらえながら一気に返信を送ってから、私は気合を入れ直して活動を開始した。痛み止めを飲んでシャワーや歯磨きを済ませる。
 頭はまだ痛むけど、どうにか身支度を終えた私は、改めて鞄を開けて中身を確認した。
 そこには、酒井くんから借りたレトロな折り紙の本があった。
 おお、そうだった。この本、借りたんだ。
 古臭い本をパラパラとめくると、ジェネレーションギャップが面白くて笑いがこみ上げてくる。
 本の写真を撮ってSNSに上げてから、竜太にも教えてあげよう、とメッセージを書き始めた。
 でも、途中で手がぴたりと止まった。竜太は折り紙に興味がないんだった。
 私は、入力しかけた文字を消して、スマホを伏せた。
 なんとも言えない寂しさに包まれた私は、改めて本をめくった。
 すると、昨晩の楽しさが体の中から湧き上がってきて、胸の中が温かくなる。
 私は自室の白い壁を見た。そこに折り紙は貼られていなかった。