その日の夜は新歓コンパだった。
私にとって初めての居酒屋は、学生たちの声でにぎやかだった。私はそわそわしながら唯と一緒に隣の席に座った。
ビール瓶が運ばれてきたのを見て、「あの、注ぎましょうか?」と目の前の女性の先輩に聞いた。
すると、「いやいや、今日は新歓なんだから、まずはあなたからどうぞ」と言って、逆に注ごうとしてきた。
え、マジ? 私、まだ十八歳なんだけどな……。大学生ってすごいなあ、なんて思いつつ、ドキドキしながらグラスを差し出そうとした。すると、
「おい! 新入生に酒を飲ますな! 最近うるさく言われるんだよ」
男の団長が鋭い声を飛ばしたため、ビール瓶は引っ込められてしまった。
ちぇっ、ちょっと飲んでみたかったのに。残念。私は仕方なくカルピスを注文した。
飲み会が始まって少し経ったころ、新入生の自己紹介が始まった。
次は私の順番だ。
「西山麦子です。理工学部です。子どもの頃から折り紙が好きなので、このサークルに入りました。よろしくお願いします」
言い終えると、拍手が上がった。
この飲み会では、単位とか恋愛とか、そんな話題が中心だった。ここで折り紙の話をしているメンバーはいなかったけど、せっかくの自己紹介なので折り紙好きをアピールしてみた。
「彼氏いるー?」
でも、私に飛んできた質問は、折り紙とはまるで関係のない不躾なものだった。
それは、サークル活動のときに唯にアプローチをかけていた先輩からの質問だった。ほろ酔いの赤い顔でニヤニヤしながらこちらを見ている。
さっき、唯も同じ質問を投げかけられていた。そして唯が彼氏持ちだと答えると、落胆の声が上がった。
まったく、あんたは女に恋人がいるかどうかを確認しないと死ぬ病気なのか?
私は苛立ちをおくびにも出さず、笑顔で答える。
「はい、います」
すると、ざんねーん! などの声とともに、場が盛り上がった。
……まあ、結果的に牽制できた気がするし、よしとするか。
次は酒井くんの番だ。彼は目を細めて席全体を見回してから、よく通る声でしゃべりだした。
「えー、酒井孝和です。理工学部です。実はもうハタチなんで、本当は飲んでも平気なんすけど、団長がおっかないから、これはウーロン茶」
彼がグラスを掲げてそう言うと、あちこちから笑い声が上がった。やり玉に上げられた団長は、周りのメンバーにからかわれていた。
「折り紙が好きでやりたくてこのサークルに入りました。展示会とかも頑張るんで、よろしくお願いします」
そして拍手が上がった。
でも、酒井くんはまだ話を続けた。例の男の先輩の方を見ながら言った。
「あと、先輩。俺には聞いてくれませんでしたけど、俺は彼女いませんから」
その言葉で大きな笑いが起こった。いじられた先輩も笑っている。酒井くんは満足そうな表情だ。
「酒井くんってすごいね」
唯が笑いながら言った。私は頷いた。
本当にすごいな、酒井くん。先輩相手でも堂々として、しっかり笑いまで取って。やっぱり同じ新入生とは思えない。
最初は変な人だと思ったけど、話してみると面白い人だった。
彼は折り紙も好きみたいだし、これはなかなか楽しいサークル活動になりそうだ。
私はウキウキした気持ちで、氷の溶けかけたカルピスをぐいっと飲み干した。
*
その日の夜、スマホが鳴った。
「もしもし」
『よう』
恋人の宮本竜太からの声を聞いて、私の胸が温かくなる。
県外の大学に通う彼とはなかなか会えないため、こうして互いの声を聞く時間は欠かせない。
「私ね、サークルに入ったんだ」
『前に言ってた折り紙のやつか』
「そう」
私が実は折り紙好きだということは、高校の同級生だった唯も竜太も知らないことだった。
サークルに正式に加入する前に竜太には話したけど、彼は折り紙のことをほとんど知らないみたいで、詳しく話せることはなかった。
『どうだった?』
「うん、いい感じ。週に一度、趣味の仲間で集まって、折り紙をやるって感じだよ」
『へえ。なあ麦子、変な男とか、いないよな?』
変な男……。そう言われて、真っ先に例の先輩が思い浮かんだけど、あんなのは大したことがないだろう。
「みんないい人だよ。心配してくれてありがとね」
竜太が私のことを気にかけてくれていると感じて、思わず顔がニヤける。
「それに、彼氏がいるって言っといたから、全然平気だと思うよ」
『おっ、いいじゃん。イケてるマッチョと付き合ってるってアピールしてくれた?』
竜太はケラケラと笑うように言った。
「……ばか」
私は竜太の厚い胸板を思い浮かべてしまい、思わず顔が赤くなった。バカは私の方かもな……。
『じゃ、またな。おやすみ』
「うん……おやすみ」
通話を終えた私は、スマホを胸に抱いてベッドに横たわった。
ああ、竜太。
私は目を閉じて、その場にいない竜太の姿をまぶたの裏に描いた。
広い肩幅に、大きな手。水泳部だった彼は、いつも髪を短く刈り込んで、夏場は全身真っ黒に日焼けしていた。
高校では毎日会えたのになあ。遠距離恋愛って、つらいね。
愛情に満ち足りた高校時代を過ごしていたせいで、自分がこんなに寂しがり屋だったなんて気が付かなかった。
はあ、とため息をつく。私の湿った吐息は、いつまでも部屋に漂って消えなかった。
私にとって初めての居酒屋は、学生たちの声でにぎやかだった。私はそわそわしながら唯と一緒に隣の席に座った。
ビール瓶が運ばれてきたのを見て、「あの、注ぎましょうか?」と目の前の女性の先輩に聞いた。
すると、「いやいや、今日は新歓なんだから、まずはあなたからどうぞ」と言って、逆に注ごうとしてきた。
え、マジ? 私、まだ十八歳なんだけどな……。大学生ってすごいなあ、なんて思いつつ、ドキドキしながらグラスを差し出そうとした。すると、
「おい! 新入生に酒を飲ますな! 最近うるさく言われるんだよ」
男の団長が鋭い声を飛ばしたため、ビール瓶は引っ込められてしまった。
ちぇっ、ちょっと飲んでみたかったのに。残念。私は仕方なくカルピスを注文した。
飲み会が始まって少し経ったころ、新入生の自己紹介が始まった。
次は私の順番だ。
「西山麦子です。理工学部です。子どもの頃から折り紙が好きなので、このサークルに入りました。よろしくお願いします」
言い終えると、拍手が上がった。
この飲み会では、単位とか恋愛とか、そんな話題が中心だった。ここで折り紙の話をしているメンバーはいなかったけど、せっかくの自己紹介なので折り紙好きをアピールしてみた。
「彼氏いるー?」
でも、私に飛んできた質問は、折り紙とはまるで関係のない不躾なものだった。
それは、サークル活動のときに唯にアプローチをかけていた先輩からの質問だった。ほろ酔いの赤い顔でニヤニヤしながらこちらを見ている。
さっき、唯も同じ質問を投げかけられていた。そして唯が彼氏持ちだと答えると、落胆の声が上がった。
まったく、あんたは女に恋人がいるかどうかを確認しないと死ぬ病気なのか?
私は苛立ちをおくびにも出さず、笑顔で答える。
「はい、います」
すると、ざんねーん! などの声とともに、場が盛り上がった。
……まあ、結果的に牽制できた気がするし、よしとするか。
次は酒井くんの番だ。彼は目を細めて席全体を見回してから、よく通る声でしゃべりだした。
「えー、酒井孝和です。理工学部です。実はもうハタチなんで、本当は飲んでも平気なんすけど、団長がおっかないから、これはウーロン茶」
彼がグラスを掲げてそう言うと、あちこちから笑い声が上がった。やり玉に上げられた団長は、周りのメンバーにからかわれていた。
「折り紙が好きでやりたくてこのサークルに入りました。展示会とかも頑張るんで、よろしくお願いします」
そして拍手が上がった。
でも、酒井くんはまだ話を続けた。例の男の先輩の方を見ながら言った。
「あと、先輩。俺には聞いてくれませんでしたけど、俺は彼女いませんから」
その言葉で大きな笑いが起こった。いじられた先輩も笑っている。酒井くんは満足そうな表情だ。
「酒井くんってすごいね」
唯が笑いながら言った。私は頷いた。
本当にすごいな、酒井くん。先輩相手でも堂々として、しっかり笑いまで取って。やっぱり同じ新入生とは思えない。
最初は変な人だと思ったけど、話してみると面白い人だった。
彼は折り紙も好きみたいだし、これはなかなか楽しいサークル活動になりそうだ。
私はウキウキした気持ちで、氷の溶けかけたカルピスをぐいっと飲み干した。
*
その日の夜、スマホが鳴った。
「もしもし」
『よう』
恋人の宮本竜太からの声を聞いて、私の胸が温かくなる。
県外の大学に通う彼とはなかなか会えないため、こうして互いの声を聞く時間は欠かせない。
「私ね、サークルに入ったんだ」
『前に言ってた折り紙のやつか』
「そう」
私が実は折り紙好きだということは、高校の同級生だった唯も竜太も知らないことだった。
サークルに正式に加入する前に竜太には話したけど、彼は折り紙のことをほとんど知らないみたいで、詳しく話せることはなかった。
『どうだった?』
「うん、いい感じ。週に一度、趣味の仲間で集まって、折り紙をやるって感じだよ」
『へえ。なあ麦子、変な男とか、いないよな?』
変な男……。そう言われて、真っ先に例の先輩が思い浮かんだけど、あんなのは大したことがないだろう。
「みんないい人だよ。心配してくれてありがとね」
竜太が私のことを気にかけてくれていると感じて、思わず顔がニヤける。
「それに、彼氏がいるって言っといたから、全然平気だと思うよ」
『おっ、いいじゃん。イケてるマッチョと付き合ってるってアピールしてくれた?』
竜太はケラケラと笑うように言った。
「……ばか」
私は竜太の厚い胸板を思い浮かべてしまい、思わず顔が赤くなった。バカは私の方かもな……。
『じゃ、またな。おやすみ』
「うん……おやすみ」
通話を終えた私は、スマホを胸に抱いてベッドに横たわった。
ああ、竜太。
私は目を閉じて、その場にいない竜太の姿をまぶたの裏に描いた。
広い肩幅に、大きな手。水泳部だった彼は、いつも髪を短く刈り込んで、夏場は全身真っ黒に日焼けしていた。
高校では毎日会えたのになあ。遠距離恋愛って、つらいね。
愛情に満ち足りた高校時代を過ごしていたせいで、自分がこんなに寂しがり屋だったなんて気が付かなかった。
はあ、とため息をつく。私の湿った吐息は、いつまでも部屋に漂って消えなかった。



