彼氏には言わなくてもいいこと

「ここだよ」
「おお、すごい」
 割り当てられた教室へ足を踏み入れると、竜太は驚きの声を上げた。
「折り紙がいっぱいだ」
 サークルのメンバーが折った作品がたくさん展示されている。
 展示の目玉はやはり団長の作品で、今回はリアルなライオンだった。このたてがみ、どういう構造なんだ?
 他には子ども向けのワークショップなどもあり、部屋の中は賑わっていた。
「麦子!」
 私たちに気が付いた唯が声をかけた。
「唯、久しぶりじゃん。変わらないな」
「おお、竜太! そっちはガタイがよくなったね?」
「麦子たちの折り紙はどれなの?」
「こっちだよ」
 唯が張り切って案内する。
「ほらこれ。恐竜。真ん中の首が長いのが私で、右のツノが生えてるのが麦子だよ」
「おお、トリケラトプスか」
「よく知ってる」
「男子だからね」
 そこには三つの恐竜の折り紙が飾られている。
 私のトリケラトプス。唯のアパトサウルス。そして酒井くんのステゴサウルスだ。どれも比較的リアルで、見応えは充分。
 製作者として、西山麦子、磯村唯、酒井孝和の名前がまとめて書かれている。
 竜太はそのネームプレートをじっと見ていた。
 私は気が気ではなかった。そんな私をよそに、竜太と唯の話は弾んだ。
「すごいね、これ。三人で作ったんだ」
「そう! 厳密には、私が折るのを他の二人にサポートしてもらった感じかな」
「サポート?」
「そうだよ。複雑なやつだったから、同期の折り紙オタクコンビに教えてもらいながら折ったの」
「それって麦子のことか」
「麦子はガチだからね。あともう一人は……おーい、酒井くーん」
 おい、やめろ。私は心の中だけで叫んだ。
 しかし、その思いは届くわけもなく、酒井くんはこちらにやって来た。
「ほら、この人が酒井くん。折り紙すごいんだよ」
 紹介された酒井くんは軽く会釈をしつつ、竜太のことを探るような目で見た。
「酒井くん、この人が前に話した竜太だよ」
 竜太も軽い会釈をした。
 私は、初対面の男同士の微妙な空気に肝が冷えそうになった。
 ところが、酒井くんは社交性のスイッチを入れてしゃべりだした。
「どうも、二人と同じサークルの酒井です。竜太くんは折り紙やるの?」
「あ、いや、やらないです」
「そう。ムギちゃん上手だし、教えてもらいなよ。ほらこれ、もっと近くで見てみて」
 竜太は言われるがままに、私たちの恐竜の折り紙に顔を近づけた。
「どう? これ」
「ええ、すごいですね……」
「あ、俺は一年だからタメ口でいいよ。これの何がすごいかってさ、例えばこの足とか。そもそも、一枚の平面の紙から、四本の足、頭、尻尾、ツノとかを立体的に折り出してるわけよ。これは、折り目を付けてからへこませるように折ることで、出っ張りを生み出してる。沈め折りって言うの」
 酒井くんにまくし立てられて、竜太は目を丸くした。
 唯は呆れて笑っている。
 そして私は心配そうに二人を見ていた。
 これは多分、少しだけマウントを取ってる。
「でさ、ムギちゃんのこれは、すごく綺麗に折れてる。繰り返すうちに厚みが出て、ズレたりしがちなんだけど、これは完璧だよ」
 酒井くんはそう言って私を見た。
 急に作品を褒められて、私の心臓は変な跳ね方をした。そして、私は嬉しい気持ちを視線だけで返した。
 そこで唯が口を挟んだ。
「ねえねえ私のも同じような折り方してたよ」
「もちろん、唯ちゃんのやつもすごいよ。このまま続ければもっとうまくなるんじゃない?」
「やった! いえーい」
 唯は私たちに向けてドヤ顔でピースをした。
「いや、すごいね……」
 竜太は圧倒されてしまっていた。
 今まで気が付かなかったけど、この場は竜太にとって完全なアウェーだ。すごい、しか言えなくなるのも無理はない。
 だから今は、私がフォローしてあげないと。
「ちょっと酒井くん。いきなり細かい話をしても、竜太が困るでしょ」
「ああ、これは失礼」
 酒井くんは笑って言った。
 次に、私は竜太の方を向いた。
「他も見たいし、そろそろ行こっか」
「おお、そうだね」
「じゃあ二人とも、もう行くね。また後で」
 そう言って私たちは部屋を出た。
 
「ごめんね竜太。酒井くんがすっかりオタクモードになっちゃって」
「あはは。彼、面白かったね」
 竜太は苦笑いをした。
「オタクコンビって言ってたな、唯」
 竜太の口から私と酒井くんを一括りにした表現が出て、少しだけ緊張感が高まる。
「そうだね、唯が勝手に言ってる」
「まさか麦子もサークルだとあんな感じなの?」
「いやいや、私はもっとおしとやかにやってるつもりだけど」
「でも……唯がそう言うってことは、きっと二人には何か通じるところがあるんだろうね」
 図星を突かれて、私の心臓がキュッと縮んだ。
 そう、私と酒井くんは、通じてる。
「よかったな、いい友達がいて」
 それ以上話を広げたくなくて、私は話題を変えた。
「次はどうする? 私、アニメサークルのところ行きたいんだ」
 私は、竜太の言葉を反芻した。
 いい友達。「いい友達」って、なんだろう。
 彼氏に黙って、お出かけしたり、視線を合わせたり、家に行ったりする。
 それって、「いい」のかな。「友達」なのかな。