家に帰ってから、まず私は深呼吸をした。
大丈夫。私と竜太は、恋人。
私は竜太と電話をしたい。その思いは本当だ。
気持ちが落ち着いたところで、私は竜太に電話をかけた。
『よう』
「お疲れさま」
『今日はどうだった?』
「大学の友達とご飯に行ったよ。竜太は? もうすぐ大会だよね」
『ああ。めっちゃ仕上げてるよ』
私は、一層引き締まった竜太の体を想像して、思わずドキドキした。
「いい感じ、ってことかな」
『おう、今から結果が楽しみだ。ところでさ、大会が終わったころに、そっちの大学の学園祭があるよね』
「うん、あるよ」
『行きたいと思ってるんだ。また展示会やるんでしょ。見てみたい』
「本当? 嬉しい……!」
これも本心だ。
竜太に会えることは本当に嬉しいし、こうやって歩み寄ってくれる姿勢には胸を打たれる。
『唯と共同制作するんだよね』
それを聞いて私は固まった。
竜太に対して、私から折り紙サークルの話をすることは少ない。共同制作の件も、まだ話していなかったはずだけど。
「うん、そう。だけど、話してたっけ? まだ検討段階だったから、言ってないと思ってた」
『確かに、麦子からは聞いてないかも。唯のSNSで見たよ』
「ああ……」
私は納得した。唯から伝わったのか。
『唯にも久しぶりに会いたいな。卒業以来だ。元気にしてる?』
「うん、元気だよ。実家を離れて羽を伸ばしてるみたいで、彼氏と半同棲してる」
『ははっ、あいつらしいな。じゃあ、学園祭の日は楽しみにしてるよ』
「うん、私も。じゃあまたね。大会、頑張ってね」
通話を終えた私は、幸せに包まれていた。
やっぱり、竜太に会えることは、私にとってとびきり嬉しい。
私は、酒井くんのことを意識してる。それはもう間違いない。
だからといって、竜太のことが好きだという気持ちも嘘じゃない。
頭の中にベン図が浮かんだ。竜太と酒井くん、それぞれの円。それらが重なった部分に、今の私は立っている。
でも、これは現実の問題だ。数学っぽい話にすり替えることはできない。
そういえば、SNSって言ってたな。私はそのときの写真を覚えていた。
SNSを開き、唯の投稿を確認する。『サークル同期と共同制作!』の文字とともに、唯と私と酒井くんの三人の写真が載せられていた。
やっぱり、この写真だ。
それを見た瞬間、胸の中がざわついた。
私は、酒井くんの横で楽しげに笑っている。
ただの友達同士の写真のはずなのに、私の気持ちが透けているような気がして、それ以上見ていることができなかった。
*
私と酒井くんは何事もなかったかのように過ごしていた。
あの日は、共同制作の相談をしただけ。少なくとも、私の中ではそういうことにしていた。
「というわけで、三人で恐竜の作品をそれぞれ折って並べる感じを考えてる」
唯はうんうんと頷いた。
「恐竜。子ども受けしそうだね」
「バランスを取るために、唯にも高難度の作品を折ってもらうよ。これがいいと思うの。アパトサウルス」
そう言って、私は唯に折り紙の本を渡した。
「首が長いやつだ。……え、ページ多くない?」
「一時間半くらいかかると思う。私なら」
「ええ⁉ 麦子でそれなら、私は無理でしょ……」
そんな唯に、酒井くんと私は優しく声をかけた。
「一応、この本の中でもやりやすそうなやつを選んだ。なんにせよ、俺たちがサポートするから。それが共同制作でしょ」
「そう。大丈夫。少しずつ折っていけばいいんだよ」
「うう、頑張ります……」
それから、唯は作品を折り始めた。やる気はあるようで、私たちが選んだ難しい作品に根気強く取り組んだ。
でも、とにかく細かくて、唯だけでは理解できない部分も多かったので、私と酒井くんが丁寧に教えた。
最近のサークルの活動時間は、ほぼ唯のための時間だ。自分の作品は、家でちゃちゃっと(と言っても一時間以上かけて)折ればいい。
「わかんないよー」
いつものように泣き言を言う唯に、酒井くんが優しく教える。
「見て。こんな感じ。ここを広げると、こう立ち上がるから、さっきの折り目に沿ってたたむ」
「ええ……こう? なんか違うか」
「うん、そっちじゃなくて、こう」
私は二人のことを眺めた。
酒井くんの細長い指が、唯のためのお手本を丁寧かつ素早く折る。
そのしなやかな動きを見ていると、私の小指がじんじんとした。
ああ。
全然なかったことになってないじゃん。
あのときスマホが鳴らなかったら、私たちはどうなっていたんだろう。
その想像は、恐ろしさと期待感が混ざった不思議な感覚だった。
「あー疲れた。休憩させて」
唯の言葉をきっかけにして、私たちは手を止めた。
「本当にこんなのが恐竜になるのかね」
折りかけの作品をつまんだ唯に対して、私は言った。
「途中経過はそういうもんだよ。これが恐竜になるんだから、折り紙はすごいよねえ。展示会が楽しみだよ」
「そうだね。竜太も来るし」
私は一瞬だけ固まった。でもすぐに笑顔に戻り、簡単に返した。
「うん、そう」
「誰か来るの?」
話をさらっと流したつもりだったのに、酒井くんに質問されてしまい、私は口ごもった。
「ええ、あの……」
「何照れてんの。麦子の遠距離の彼氏だよ。竜太っていって、私たちと同じ高校なの」
唯がそう言うと、空気に緊張が走った。
「……へえ」
酒井くんは真顔でそう言った。
「忙しくてなかなか会えないんだよね。でも、ここぞという時には会いに来てくれるんでしょ。頼りがいのある男になったよなあ」
「ふーん」
唯がペラペラと竜太を褒めたら、酒井くんは冷めた態度で返事をした。どこか拗ねているように見える。
前はこんなことなかったのに。プレゼントの相談とかを、普通に受けてくれていた。
やっぱり、あの日以来、私たちは何かが変わってしまったのかもしれない。
*
学園祭当日。
待ち合わせの時間ちょうどに、竜太はやってきた。
「お待たせ」
「ううん、全然」
「じゃ、さっそく行こうか」
竜太はスマホで学園祭のパンフレットを開いた。
私は竜太に聞いた。
「どこか、行ってみたいところある?」
「そりゃ、まずは麦子の折り紙サークルでしょ」
やっぱり、そうなるか……。
うちのサークルは展示が中心で、当日の人手は交代制。
今は、唯や酒井くんなどの数名が当番をしている。私はその後だ。
私は、酒井くんがいるところに竜太を連れて行きたくなかった。
酒井くんが余計なことを言うとは思わないけど、二人が同じ空間にいることを想像すると怖い。
でも、ここで断るのは不自然だ。
私は少しでも時間を稼ごうと、ゆっくりとした足取りでサークルのところへ向かった。
大丈夫。私と竜太は、恋人。
私は竜太と電話をしたい。その思いは本当だ。
気持ちが落ち着いたところで、私は竜太に電話をかけた。
『よう』
「お疲れさま」
『今日はどうだった?』
「大学の友達とご飯に行ったよ。竜太は? もうすぐ大会だよね」
『ああ。めっちゃ仕上げてるよ』
私は、一層引き締まった竜太の体を想像して、思わずドキドキした。
「いい感じ、ってことかな」
『おう、今から結果が楽しみだ。ところでさ、大会が終わったころに、そっちの大学の学園祭があるよね』
「うん、あるよ」
『行きたいと思ってるんだ。また展示会やるんでしょ。見てみたい』
「本当? 嬉しい……!」
これも本心だ。
竜太に会えることは本当に嬉しいし、こうやって歩み寄ってくれる姿勢には胸を打たれる。
『唯と共同制作するんだよね』
それを聞いて私は固まった。
竜太に対して、私から折り紙サークルの話をすることは少ない。共同制作の件も、まだ話していなかったはずだけど。
「うん、そう。だけど、話してたっけ? まだ検討段階だったから、言ってないと思ってた」
『確かに、麦子からは聞いてないかも。唯のSNSで見たよ』
「ああ……」
私は納得した。唯から伝わったのか。
『唯にも久しぶりに会いたいな。卒業以来だ。元気にしてる?』
「うん、元気だよ。実家を離れて羽を伸ばしてるみたいで、彼氏と半同棲してる」
『ははっ、あいつらしいな。じゃあ、学園祭の日は楽しみにしてるよ』
「うん、私も。じゃあまたね。大会、頑張ってね」
通話を終えた私は、幸せに包まれていた。
やっぱり、竜太に会えることは、私にとってとびきり嬉しい。
私は、酒井くんのことを意識してる。それはもう間違いない。
だからといって、竜太のことが好きだという気持ちも嘘じゃない。
頭の中にベン図が浮かんだ。竜太と酒井くん、それぞれの円。それらが重なった部分に、今の私は立っている。
でも、これは現実の問題だ。数学っぽい話にすり替えることはできない。
そういえば、SNSって言ってたな。私はそのときの写真を覚えていた。
SNSを開き、唯の投稿を確認する。『サークル同期と共同制作!』の文字とともに、唯と私と酒井くんの三人の写真が載せられていた。
やっぱり、この写真だ。
それを見た瞬間、胸の中がざわついた。
私は、酒井くんの横で楽しげに笑っている。
ただの友達同士の写真のはずなのに、私の気持ちが透けているような気がして、それ以上見ていることができなかった。
*
私と酒井くんは何事もなかったかのように過ごしていた。
あの日は、共同制作の相談をしただけ。少なくとも、私の中ではそういうことにしていた。
「というわけで、三人で恐竜の作品をそれぞれ折って並べる感じを考えてる」
唯はうんうんと頷いた。
「恐竜。子ども受けしそうだね」
「バランスを取るために、唯にも高難度の作品を折ってもらうよ。これがいいと思うの。アパトサウルス」
そう言って、私は唯に折り紙の本を渡した。
「首が長いやつだ。……え、ページ多くない?」
「一時間半くらいかかると思う。私なら」
「ええ⁉ 麦子でそれなら、私は無理でしょ……」
そんな唯に、酒井くんと私は優しく声をかけた。
「一応、この本の中でもやりやすそうなやつを選んだ。なんにせよ、俺たちがサポートするから。それが共同制作でしょ」
「そう。大丈夫。少しずつ折っていけばいいんだよ」
「うう、頑張ります……」
それから、唯は作品を折り始めた。やる気はあるようで、私たちが選んだ難しい作品に根気強く取り組んだ。
でも、とにかく細かくて、唯だけでは理解できない部分も多かったので、私と酒井くんが丁寧に教えた。
最近のサークルの活動時間は、ほぼ唯のための時間だ。自分の作品は、家でちゃちゃっと(と言っても一時間以上かけて)折ればいい。
「わかんないよー」
いつものように泣き言を言う唯に、酒井くんが優しく教える。
「見て。こんな感じ。ここを広げると、こう立ち上がるから、さっきの折り目に沿ってたたむ」
「ええ……こう? なんか違うか」
「うん、そっちじゃなくて、こう」
私は二人のことを眺めた。
酒井くんの細長い指が、唯のためのお手本を丁寧かつ素早く折る。
そのしなやかな動きを見ていると、私の小指がじんじんとした。
ああ。
全然なかったことになってないじゃん。
あのときスマホが鳴らなかったら、私たちはどうなっていたんだろう。
その想像は、恐ろしさと期待感が混ざった不思議な感覚だった。
「あー疲れた。休憩させて」
唯の言葉をきっかけにして、私たちは手を止めた。
「本当にこんなのが恐竜になるのかね」
折りかけの作品をつまんだ唯に対して、私は言った。
「途中経過はそういうもんだよ。これが恐竜になるんだから、折り紙はすごいよねえ。展示会が楽しみだよ」
「そうだね。竜太も来るし」
私は一瞬だけ固まった。でもすぐに笑顔に戻り、簡単に返した。
「うん、そう」
「誰か来るの?」
話をさらっと流したつもりだったのに、酒井くんに質問されてしまい、私は口ごもった。
「ええ、あの……」
「何照れてんの。麦子の遠距離の彼氏だよ。竜太っていって、私たちと同じ高校なの」
唯がそう言うと、空気に緊張が走った。
「……へえ」
酒井くんは真顔でそう言った。
「忙しくてなかなか会えないんだよね。でも、ここぞという時には会いに来てくれるんでしょ。頼りがいのある男になったよなあ」
「ふーん」
唯がペラペラと竜太を褒めたら、酒井くんは冷めた態度で返事をした。どこか拗ねているように見える。
前はこんなことなかったのに。プレゼントの相談とかを、普通に受けてくれていた。
やっぱり、あの日以来、私たちは何かが変わってしまったのかもしれない。
*
学園祭当日。
待ち合わせの時間ちょうどに、竜太はやってきた。
「お待たせ」
「ううん、全然」
「じゃ、さっそく行こうか」
竜太はスマホで学園祭のパンフレットを開いた。
私は竜太に聞いた。
「どこか、行ってみたいところある?」
「そりゃ、まずは麦子の折り紙サークルでしょ」
やっぱり、そうなるか……。
うちのサークルは展示が中心で、当日の人手は交代制。
今は、唯や酒井くんなどの数名が当番をしている。私はその後だ。
私は、酒井くんがいるところに竜太を連れて行きたくなかった。
酒井くんが余計なことを言うとは思わないけど、二人が同じ空間にいることを想像すると怖い。
でも、ここで断るのは不自然だ。
私は少しでも時間を稼ごうと、ゆっくりとした足取りでサークルのところへ向かった。



