彼氏には言わなくてもいいこと

 竜太は私の彼氏だ。
 私は竜太を愛している。
 竜太も私を愛してくれている。
 それは、疑いようのないことだ。

 高校で同じクラスだった竜太のことが好きで好きでたまらなくなり、私から告白して付き合い始めた。
 あれから、数えきれないほどの時間を一緒に過ごした。
 放課後に二人でマックに行った。
 お揃いの文房具を使った。
 体育館の裏でこっそりキスをした。
 帰り際に寂しくなって、改札前で抱き合った。
 大学受験に向けて、お互いに応援し合った。

 その気持ちは、今でも変わらない。
 竜太と会えることに、この上ない喜びを感じる。
 私への想いが感じられる誕生日プレゼントには、飛び上がるような気持ちだった。
 遠距離になっても、ずっと私のことを気にかけてくれている。
 あんなに優しくて素敵な彼氏なんて、そうそういない。

 それなのに。
 家に一人でいるとき、酒井くんの姿が浮かぶ。
 無邪気な笑顔。折り紙を折るしなやかな指。
 そして、私の全てを理解してくれるような態度。

 ……こんなこと、ダメなのに。頭では、わかっているはずなのに。
 竜太への私の気持ちは、本物だ。
 だからこそ、酒井くんを思い浮かべる自分が許せなかった。
 私はベッドに体を倒して、顔を枕に押し付けた。
 そして、誰にも聞こえないように小さなうめき声を上げた。

 ある日、必修の講義を受けながら、私はぼんやりとしていた。
 隣には酒井くんが座っていて、板書をノートに写している。
 私は横目で酒井くんを見ながら、彼の過去に思いを馳せた。
 いったい、どんな高校時代を送っていたんだろう。
 制服は学ランかな、ブレザーかな。彼女とか、いたのかな。その彼女とは、折り紙の話題で盛り上がったりしたのかな。あるいは、折り紙に詳しくない彼女のために、手取り足取り教えてあげたのかもしれない。
 私が高二のとき、酒井くんは高三だったはずだ。一つ上の男の先輩なんて、当時の私は緊張して会話できなかった。そう考えると、こうして彼と対等な立場で過ごしていることに驚かずにいられない。
 酒井くんが、少し伸びてきた前髪を手で整えた。
 そこでハッと我に返った。私は前に向き直り、大慌てで板書を書き写し始めた。

 *

 秋が深まり、学園祭の時期が近づいてきた。
 私たちは、学園祭でやるサークルの展示会の話をしていた。
「今回は唯ちゃんも参加しなよ」
「んー」
 夏の展示会に参加しなかった唯のことを、酒井くんは誘った。
「展示ねえ。でも私、初心者だし。気が引けるよね」
 すると、酒井くんは何かを思い付いた顔をした。
「じゃあさ、俺と一緒にやらない?」
「え」
 私は思わず声が出た。でも、二人とも気が付かなかったみたい。
 唯は首を傾げた。
「一緒に?」
「そう、共同でやるの。わかんなかったら教えてあげるし、なんならアイデア出しだけでもいいし」
「ああ……そうね、酒井くんが手伝ってくれるならアリかも」
 唯は澄ました顔で言った。
 ……いやいや、ちょっと待ってよ。
 唯と酒井くんが、共同制作?
 私の頭の中に、未来のイメージが描かれた。
 展示のアイデアを練るために、二人きりで空き教室に集まる。
 折り方がわからない唯のために、つきっきりで教えてあげる酒井くん。
 できた、と喜ぶ唯。やればできるな、と褒める酒井くん。二人は顔を合わせて笑う。
 そんなのおかしい。唯だって彼氏がいるじゃん。なのにどうして酒井くんと。
「何か折ってみたいのとかある?」
「ええ、わかんないな」
「本を見て考えようか。うちにいっぱいあるから、きっと参考になるよ」
「おお〜。さすが酒井くん」
 当たり前のように繰り広げられる会話に、私は付いていくことができない。
 なんで。
 どうして唯なの!
「あの!」
 二人は話すのをやめて私を見た。そこで、私は自分が声を上げたことに気が付いた。
「あの……」
「どうした?」
 考えなしの発言に後悔する暇もないまま、私は脳をフル回転させて次の言葉を選んだ。
「えっと、私も……一緒にやっていいかな」
 すると、唯が明るい顔をした。
「いいね! 麦子もいれば百人力だよ。いいよね?」
 唯は酒井くんに聞いた。
「おお、もちろんいいよ。楽しくなってきたな」
 屈託のない笑顔を向けてくる酒井くん。
 自分でも信じられなかった。
 酒井くんを、唯に取られるかもと思うなんて。
 それを、激しく嫌だと感じるなんて。
 私は精一杯の作り笑いを返した。