80年越しの君とあの蛍を忘れない

 ゆっくりと彼女の(まぶた)が開かれ――カッと見開いた。

 「に、兄さん!?」

 「……は?」

 彼女は意味の分からない言葉を口にして、俺の腕から地面へと降りた。

 俺の爪先から頭の先まで()め回す様に見ている瞳が()れてるのは――雨とは関係なさそうだ。

 透き通った美しい瞳がキラキラと瞬く。

 「こんな大男は、兄さんしか有り得ません! 髪型や服装は()()(れつ)ですが……っ。うっさんど――……っ」

 「ちょ、ちょっと待って」

 確かに、俺はキーパーをしていただけあって身長は一八五センチメートルぐらいある。

 だけど、それだけで兄と勘違いする程に(めずら)しい高身長ではないだろう。

 そうか、落雷で混乱してるんだな?

 一回、落ち着いて欲しい。

 「ぇ? ぁ、ああ! こ、興奮のあまり、方言を使ってしまいました!? (ひょう)(じゅん)()(れい)(こう)を破ったのを憲兵さんに聞かれたら、(かん)(ちょう)の疑いで方言札を首から掛けられて……。下手をすれば尋問されちゃいますっ! き、聞かれてない、ですよね?」

 標準語励行に憲兵? 間諜? 尋問?

 映画で見たことがあるけど、間諜ってスパイのことだよな?

 もう、意味が分からない……。

 更にテンパってしまった彼女だが、誰にも聞かれていないのを理解したみたいだ。

 ふぅと、安心した様に大きく息を吐いた。

 あどけなさを感じる、可愛い満面の笑みを浮かべてる。

 「えっと……。どこかで会ったかな?」

 「ま、まさか、私のことを忘れてしまったんですか!? に、兄さんが分家の養子になって以来、久しぶりに会うからって……。そんな寂しいことを言わないでください」

 先ほどの(はじ)けるような笑みから一転、悲しそうな表情に罪悪感が湧く。

 「ご、ごめん?」

 「兄さんが空襲で行方不明になってから……。お父さんも、お母さんも、(かず)()も、心配していたのですよ? もう、二度と、会えないんじゃないかって」

 嬉しそうに表情を崩して涙を流す彼女に、とてもじゃないけどついていけない。

 全く状況が理解できないんだけど……。

 服装とか言葉選びとか、ツッコミたいのは俺の方だ。

 「お父さんは、軍務に追われる中で通信隊の伝手(つて)を使い、焼けた街の中で生存情報がないか、ずっと兄さんのことを捜していました。生きていたのなら、何で連絡をしてくださらなかったのですか?」

 「ちょ、ちょっと待って?」

 「まさか、分家の養子になったから、もう家族ではないとか考えていないですよね?」

 軍務に通信隊……。? 

 ま、まさかとは思うけれど……。

 「……兄さん、どうしたのですか?」

 昨日、図書館で何となく頭に詰め込んだ断片的な知識が(よみがえ)る。

 現代人なら、まず使わない言葉の数々。服装。

 普通に考えれば、有り得ない話だけど――。

 「――まさか君は、第二次世界大戦の……。戦時中から来た、とか?」

 俺の質問に、彼女はキョトンとして目を(またた)かせた。

 「大東亜戦争のことですか? 兄さん何を言っているのですか。」

 「今が戦時中だなんて、当然の話ではないですか」

 当然……? 

 戦争中なのが、当然?

 「もしかして、兄さんは、空襲で記憶を失ってしまったのですか……?」

 思わず天を(あお)いだ。

 勢いを増してきた雨粒が顔や目に当たって痛むが、構わない。

 夢を見ているなら、どうか俺の顔を洗って覚ましてくれ。

 「ひっ!? こ、この見慣れない場所は、どこですか? 見たことのない、天高く伸びる建造物が山の様に……ッ。く、車が通過する様な響きまでも次々と!?」

 今更ながら気が付いたのか、彼女は驚き混乱してるようだ。

 混乱してるのは、俺の方だ……。

 「なな、何で私は、この様な場所に!? まさか空襲の爆撃で死んだの!? そ、そうだとしたら、まさか、ここは死後の世界……。噂に聞く、天国……?」

 そんなの、有り得るわけがないだろう……。

 第二次世界大戦の起きている最中、空襲が日本で起きている時代。

 そんな時代に生きている人間が、人間が二〇二五年にタイムスリップしてきたとでも言うつもりか――……?