二〇二五年八月十三日。
「Good game. Your aim is honestly on another level.」
「Thanks! You too,though. Your game sense is insane.」
「護流。ご飯ができたよ。いつまでも遊んでないで、降りてきな」
俺の部屋がある二階に一階のリビングから声をかけてくる婆ちゃんの声が響いた。
「Haha, cheers. Oh sorry, —my family's calling me for dinner. I gotta hop off now.」
「No worries! See ya.」
ボイスチャットが切れたことを確認してからFPSゲームの電源を落とし、ヘッドホンを外す。
何となくだけど、ゲームで海外の人と連携する為に使ってる英語は上手くなった気がする。
エアコンの効いてない廊下に出れば、一瞬でジメジメした嫌な汗が滲む。
転勤族で関東から離れることになった父親に付いていかず、今は婆ちゃんと二人暮らしだ。
地元という地元がないぐらい、小学校や中学校は色々な都道府県への転校を繰り返した。
同じところに住み続けたくても、国家公務員の父が転勤すれば、その家――官舎に住み続けることはできないからだ。
これまでとは違い、高校は簡単に転校できない場所だと聞いた。
中学校の最後でトラウマになる様なサッカーでの失敗もしてしまったし、何よりも新しいコミュニティへ入り人間関係を築いては、すぐ『さようなら』を繰り返すのに、少し疲れた。
腰を落ち着けた方が良いと両親から勧められたのを決定打に、埼玉県熊谷市に何十年と住んでる婆ちゃんの家に引っ越してきてから、もう四ヶ月以上か。
熊谷学園総合高校への進学後、次はいつ引っ越すのか考えなくなったのは嬉しいけど……。
「暑い……。焦げる」
引っ越してくる前に『あついぞ! 熊谷』なんてキャッチコピーを目にはしてたけど、見くびってた。
初めて迎えた熊谷の夏は、肌がジリジリ焼けるどころじゃない。
まるで、全身から汗と一緒に力が抜け出していくようだ。
暑いだけじゃなく湿度も高すぎるよ……。
とても長時間、出歩ける環境じゃない。軽く水シャワーでも浴びたい。
うんざりした気持ちでリビングに行くと、婆ちゃんが既に食卓で待っていた。
「……いただきます」
叱られない為に挨拶をしてから箸に手を伸ばすと、婆ちゃんが口を開いた。
「夏休みに入ってから二週間ぐらい経つけど、いつまでゲームばっかりしてるの。デートすらしないで、折角のイケメンが台なしだよ。今日は宿題をやるんじゃなかったっけ?」
「ああ……夏休みの作文か。これからやるよ」
「あんた妙なところで真面目なんだから、早くした方が良いよ。やり始めたら期限がきても止まらなそうだからねぇ。題材は決まってるの?」
「うん。今年で終戦八十年だから、それに関係するテーマかな」
面倒臭そうに口を開く俺に構いもせず、婆ちゃんは嬉しそうに笑みを浮かべた。
「いい題材じゃないの。調べないと分からないことは多いのよ。大空襲とかもね、実は東京だけじゃなくて、日本中に空襲があったんだから。この熊谷市も凄かったのよ」
「へえ……」
「ちょうど八十年前の明日だねぇ。一九四五年の八月十四日だ。深夜から明け方にかけて、空襲で街だけでなく川まで燃えたんだよ」
「川が、燃えた?」
戦争物の映画やアニメで街が燃えるのは知ってるけど、川が燃えるって何だ?
「恐怖で混乱した人たちが、星川っていう大きな川に逃げたんだけどねぇ。ほら、この動画を見な」
婆ちゃんが向けたスマホのディスプレイに目をやる。
夕暮れ時の暗い川の上を、和紙に覆われたロウソクが流れていく。
静かな夜闇に染まる川をポツポツ照らす美しさからは、不思議な魅力を感じる。
「終戦記念日の翌日に、灯籠流しをやるのよ。空襲で亡くなった人たちへの供養と、もう戦争が起きない様にって願いを込めて川に流すのさ」
「そんなに沢山の人が亡くなったの? 水なら火からは逃げられそうだけど」
「ええ、燃える街と焼夷弾でね。水温が上がって川の中は熱湯だったらしいのよ」
「……婆ちゃんの実体験じゃないんだ」
「私は戦後生まれだから、母親から聞いたの。食べる物も何もかも足りない、大変な時代でねぇ」
「へぇ……」
結局、自分が戦争を体験したとかじゃなく、又聞きの話か……。
もう、戦争を経験して生き残っている人なんて、そうそういないよな。
実体験の話を聞いてみたかった。
又聞きとか歴史の教科書みたいな文章で教えられても、どうにも実感が湧かない。
自分のことの様に興味を持つのが難しいんだよな……。
婆ちゃんの苦労話を聞き流し、詰め込む様に昼食を摂り立ち上がる。
「ご馳走様は!?」
「……ご馳走様でした」
「そうそう。ちゃんと食材や農家さん、色んな人に感謝しないとだよ」
また始まっちゃった。お説教は、もう聞き飽きたよ。
自分の食器だけ洗うと、冷蔵庫からペットボトルのお茶を取り出す。
俺が玄関から出ようとすると、婆ちゃんが寄ってきた。
「どこ行くんだい?」
「ん、図書館」
「ああ、調べ物かい。暑いのに感心だね。ほら、飴持っていきな」
「だから、いらないってば」
毎日毎日、婆ちゃんは俺に飴を渡す。一個なら、まだ分かる。
だけど、気が付けばポケットに何個も入れられてるんだ。
優しさなのは分かってるけど、「食べないし、いらない」と何度言っても聞いてくれないのは……。少し疲れる。
「いいから持ってきな」
俺の意見なんて関係ないとばかりに、強引にポケットへ飴をねじ込まれた。
「行ってきます」
「車に気を付けてね。暑かったら水も買い足しな。何かあったら電話するんだよ!」
適当に応対して、自転車で図書館へ向かった――。
市立図書館に来たはいいが、本を探しても、パソコンで調べてもダメだ。
どうにも作文にできそうな感想は抱けない。
図書館では終戦記念日に合わせてか、戦争に関する展示コーナーが作られていた。
こんなに戦争が起きたのかと、驚く程に数多ある史料の中から、俺が手に取ったのは、去年の修学旅行で訪れた土地の記録だ。
パラパラと捲って単語や出来事を見るが、どうしても歴史年表を暗記する様になってしまう。
難しい漢字で想像もつかない体験談が書かれていても、どうにも実感が湧かない。
俺は、戦争を体験したことどころか、身近に感じたことすらないんだから。
戦争はダメだって頭では理解してる。そう教わったし、想像すれば怖い。
趣味でFPSをやっていようが、ゲームと現実は違う。
実際に誰かを殺すのも殺されるのも嫌に決まってる。
だけど、終戦から八十年が経った今の日本で、本当の意味で実感を持ってダメだと言ってる人は、どれぐらいいるんだろう……。
資料だろうとネットだろうと、文字が並ぶのを見ても心の深くに染み入ってこない。
どこか遠い世界の出来事みたいに感じるのは、俺だけなのかな……。
歴史の勉強の様な断片的な知識は、少し増えたけど……。
戦争は悲惨だとか、心の底から一切の嘘偽りがない想いは書けそうにない。
そんな適当な言葉で、人の命が大量に失われた戦争についての作文を書きたくない。
図書館を出て自転車に乗ると、思わず小さく溜息が出る。
「戦争を知ってる人から、話を聞かせてもらえればな……。当時の戦場を実際に覚えてる人は、今は何歳になってるんだ? どんなに若くても九十歳に近いぐらいの年齢かな……」
自分の情けなさを感じると同時に、一つの願いが口を突いて出た。
終戦から八十年が経った今……。
それだけの年齢の方に実体験を聞く機会は滅多にない。
肉声で教えてもらえる機会があれば、俺も恐怖を身近に感じられたのかな――。
「Good game. Your aim is honestly on another level.」
「Thanks! You too,though. Your game sense is insane.」
「護流。ご飯ができたよ。いつまでも遊んでないで、降りてきな」
俺の部屋がある二階に一階のリビングから声をかけてくる婆ちゃんの声が響いた。
「Haha, cheers. Oh sorry, —my family's calling me for dinner. I gotta hop off now.」
「No worries! See ya.」
ボイスチャットが切れたことを確認してからFPSゲームの電源を落とし、ヘッドホンを外す。
何となくだけど、ゲームで海外の人と連携する為に使ってる英語は上手くなった気がする。
エアコンの効いてない廊下に出れば、一瞬でジメジメした嫌な汗が滲む。
転勤族で関東から離れることになった父親に付いていかず、今は婆ちゃんと二人暮らしだ。
地元という地元がないぐらい、小学校や中学校は色々な都道府県への転校を繰り返した。
同じところに住み続けたくても、国家公務員の父が転勤すれば、その家――官舎に住み続けることはできないからだ。
これまでとは違い、高校は簡単に転校できない場所だと聞いた。
中学校の最後でトラウマになる様なサッカーでの失敗もしてしまったし、何よりも新しいコミュニティへ入り人間関係を築いては、すぐ『さようなら』を繰り返すのに、少し疲れた。
腰を落ち着けた方が良いと両親から勧められたのを決定打に、埼玉県熊谷市に何十年と住んでる婆ちゃんの家に引っ越してきてから、もう四ヶ月以上か。
熊谷学園総合高校への進学後、次はいつ引っ越すのか考えなくなったのは嬉しいけど……。
「暑い……。焦げる」
引っ越してくる前に『あついぞ! 熊谷』なんてキャッチコピーを目にはしてたけど、見くびってた。
初めて迎えた熊谷の夏は、肌がジリジリ焼けるどころじゃない。
まるで、全身から汗と一緒に力が抜け出していくようだ。
暑いだけじゃなく湿度も高すぎるよ……。
とても長時間、出歩ける環境じゃない。軽く水シャワーでも浴びたい。
うんざりした気持ちでリビングに行くと、婆ちゃんが既に食卓で待っていた。
「……いただきます」
叱られない為に挨拶をしてから箸に手を伸ばすと、婆ちゃんが口を開いた。
「夏休みに入ってから二週間ぐらい経つけど、いつまでゲームばっかりしてるの。デートすらしないで、折角のイケメンが台なしだよ。今日は宿題をやるんじゃなかったっけ?」
「ああ……夏休みの作文か。これからやるよ」
「あんた妙なところで真面目なんだから、早くした方が良いよ。やり始めたら期限がきても止まらなそうだからねぇ。題材は決まってるの?」
「うん。今年で終戦八十年だから、それに関係するテーマかな」
面倒臭そうに口を開く俺に構いもせず、婆ちゃんは嬉しそうに笑みを浮かべた。
「いい題材じゃないの。調べないと分からないことは多いのよ。大空襲とかもね、実は東京だけじゃなくて、日本中に空襲があったんだから。この熊谷市も凄かったのよ」
「へえ……」
「ちょうど八十年前の明日だねぇ。一九四五年の八月十四日だ。深夜から明け方にかけて、空襲で街だけでなく川まで燃えたんだよ」
「川が、燃えた?」
戦争物の映画やアニメで街が燃えるのは知ってるけど、川が燃えるって何だ?
「恐怖で混乱した人たちが、星川っていう大きな川に逃げたんだけどねぇ。ほら、この動画を見な」
婆ちゃんが向けたスマホのディスプレイに目をやる。
夕暮れ時の暗い川の上を、和紙に覆われたロウソクが流れていく。
静かな夜闇に染まる川をポツポツ照らす美しさからは、不思議な魅力を感じる。
「終戦記念日の翌日に、灯籠流しをやるのよ。空襲で亡くなった人たちへの供養と、もう戦争が起きない様にって願いを込めて川に流すのさ」
「そんなに沢山の人が亡くなったの? 水なら火からは逃げられそうだけど」
「ええ、燃える街と焼夷弾でね。水温が上がって川の中は熱湯だったらしいのよ」
「……婆ちゃんの実体験じゃないんだ」
「私は戦後生まれだから、母親から聞いたの。食べる物も何もかも足りない、大変な時代でねぇ」
「へぇ……」
結局、自分が戦争を体験したとかじゃなく、又聞きの話か……。
もう、戦争を経験して生き残っている人なんて、そうそういないよな。
実体験の話を聞いてみたかった。
又聞きとか歴史の教科書みたいな文章で教えられても、どうにも実感が湧かない。
自分のことの様に興味を持つのが難しいんだよな……。
婆ちゃんの苦労話を聞き流し、詰め込む様に昼食を摂り立ち上がる。
「ご馳走様は!?」
「……ご馳走様でした」
「そうそう。ちゃんと食材や農家さん、色んな人に感謝しないとだよ」
また始まっちゃった。お説教は、もう聞き飽きたよ。
自分の食器だけ洗うと、冷蔵庫からペットボトルのお茶を取り出す。
俺が玄関から出ようとすると、婆ちゃんが寄ってきた。
「どこ行くんだい?」
「ん、図書館」
「ああ、調べ物かい。暑いのに感心だね。ほら、飴持っていきな」
「だから、いらないってば」
毎日毎日、婆ちゃんは俺に飴を渡す。一個なら、まだ分かる。
だけど、気が付けばポケットに何個も入れられてるんだ。
優しさなのは分かってるけど、「食べないし、いらない」と何度言っても聞いてくれないのは……。少し疲れる。
「いいから持ってきな」
俺の意見なんて関係ないとばかりに、強引にポケットへ飴をねじ込まれた。
「行ってきます」
「車に気を付けてね。暑かったら水も買い足しな。何かあったら電話するんだよ!」
適当に応対して、自転車で図書館へ向かった――。
市立図書館に来たはいいが、本を探しても、パソコンで調べてもダメだ。
どうにも作文にできそうな感想は抱けない。
図書館では終戦記念日に合わせてか、戦争に関する展示コーナーが作られていた。
こんなに戦争が起きたのかと、驚く程に数多ある史料の中から、俺が手に取ったのは、去年の修学旅行で訪れた土地の記録だ。
パラパラと捲って単語や出来事を見るが、どうしても歴史年表を暗記する様になってしまう。
難しい漢字で想像もつかない体験談が書かれていても、どうにも実感が湧かない。
俺は、戦争を体験したことどころか、身近に感じたことすらないんだから。
戦争はダメだって頭では理解してる。そう教わったし、想像すれば怖い。
趣味でFPSをやっていようが、ゲームと現実は違う。
実際に誰かを殺すのも殺されるのも嫌に決まってる。
だけど、終戦から八十年が経った今の日本で、本当の意味で実感を持ってダメだと言ってる人は、どれぐらいいるんだろう……。
資料だろうとネットだろうと、文字が並ぶのを見ても心の深くに染み入ってこない。
どこか遠い世界の出来事みたいに感じるのは、俺だけなのかな……。
歴史の勉強の様な断片的な知識は、少し増えたけど……。
戦争は悲惨だとか、心の底から一切の嘘偽りがない想いは書けそうにない。
そんな適当な言葉で、人の命が大量に失われた戦争についての作文を書きたくない。
図書館を出て自転車に乗ると、思わず小さく溜息が出る。
「戦争を知ってる人から、話を聞かせてもらえればな……。当時の戦場を実際に覚えてる人は、今は何歳になってるんだ? どんなに若くても九十歳に近いぐらいの年齢かな……」
自分の情けなさを感じると同時に、一つの願いが口を突いて出た。
終戦から八十年が経った今……。
それだけの年齢の方に実体験を聞く機会は滅多にない。
肉声で教えてもらえる機会があれば、俺も恐怖を身近に感じられたのかな――。



