そう軽蔑されるかもしれない。
暗いことばかりに思考が向いてしまう。
「自分のこと、家族のこと。皆が精一杯の中で、許すも許さないもないと思うんです」
美花は遠くに視線を向け微笑みながら優しい声で言ってくれた。
「気力を失って一生懸命に生きてないと思っていても、その状態を乗り越える為の日々がある。私だったら、一緒に前へ進める様に手を伸ばしたいです」
「ぁ……」
それは、ずっと誰かに求めてきた言動なのかもしれない。
一緒にやり直そう。一緒に前を向こう。
そうやって手を差し伸べてくれる存在が、もしいたら……。
ああ――やっぱり、ずっと胸の中で疼く気持ちの正体は……。
「ありがとう……。救われたよ」
「いいえ。私こそ、辛い話をしてくれてありがとうございました」
山間から、これが最後とばかりの漏れた夕陽が美花の笑みを照らす。
それが神秘的な程に美しくて、胸のときめきは治まらない。
「今度は、美花の半生……。話せる範囲で良いから、この時代に来てからの本音とか色々と話を聞かせて欲しいな」
「……分かりました。少し、この時代を生きてきた護流さんには刺激が強いかもしれませんが」
一つ一つ、取り零さない様に思い出しているのだろう。
大切なものを想う様に、ゆっくりと口を開いた。
「私は父親が軍人で母親がサトウキビ畑を世話する家庭に生まれました。この時代に来る一年前ぐらいまでは、貧しくとも軍隊がいない場所で楽しく暮らしていたのです」
それは一九四四年の年始ぐらいを言ってるのかな。
笑いながら暮らしてたのが一変した、というのを暗に示してるのが分かる……。
「戦況が悪化したとは耳にしていたのです。そんな中で去年の秋頃、大きな空襲があって……。うちの家はギリギリ空襲地点を外れていたのですよ。だけど兄さんは、空襲で焼けた街にある分家へ養子入りしていて、遺体も見つかりませんでした」
チラリと俺の顔を見た。
そっか……。
最初に会った時、兄さんを探してたと言ってたのは、それが原因だったのか。
やっぱり俺とは比べものにならないぐらい重くて辛い話だな。
「それからは激動の日々で……。空襲とか、海の向こうに見える戦艦に怯えて生きていました。大量の兵隊さんが急に来るとなったら、兵舎が足りないと学校に住むことにもなりましたね」
「それじゃあ、学校で勉強ができなくなったということ?」
「そうですね。代わりに陣地の構築とか食事や洗濯とか……。学生とは呼べない状況ですけど、そうするのが当たり前だと思っています。……思っていました」
知らなかった。
修学旅行や授業、資料を読んでも中々出てこない様な話だ。
「一生懸命に育てたサトウキビ畑も軍に持って行かれ……。今では、お芋畑になっています。勝つまでの辛抱だ。もう少しだ。一丸となって戦うのが当然。『散る桜残る桜も散る桜』と街に貼られていましてね。捕虜になるより、潔く散るのが良いという教えです」
「……そんなの、ないよ」
「護流さんの価値観だと、そうだと思います。でも、反論や異論を唱えたのを警察や憲兵さんに見つかれば酷い目に遭いますからね。……毎日毎日、怯えながら当然の義務だと耐え忍んでいて――今、この時代に来ました。なぜか私だけ、一人で……」
罪の意識を感じてるんだろう。
自分一人が助かったことに、思う部分があるんだろうな。
軽々しく何も言えないよ……。これが演技には、とても見えない。
「この時代に来てから、不思議だったのです。日本が負けたと聞いたのに、おかしいと思いました。だって、敵に負けたら何もかも奪われて死より苦しいことが待っていると教わったのですよ。何で、こんなに発展して人々が自由に暮らしているんだろう。私たちは、何の為に……って」
「それは……」
戦後の復興、とか。色々とあったのは授業で少し習った。
だけど、他人事の様に聞いてたから……。正直よく覚えてない。
偉い人が交渉して、戦後の復興を皆が頑張ったから今の日本になったとは覚えてるけど。
「私も、この時代の学生だったら……。そう思ったことがないと言えば嘘になります。ですが、同時に――罪悪感も強いのです。あの時代に戻って家族や皆も助けたい。美味しいものを食べさせてあげたいって。これが嘘偽りのない私の半生と、今の心情ですね」
完全に陽が落ちて、パーク内には色とりどりの綺麗な電飾が灯り始めた。
「電気なんて漏れ出ていたら敵に襲われますから。正直、今も明かりが灯ったのが怖いです。……この光に目がけて、戦闘機が爆撃をしかけてくるんじゃないかと震えそうです」
そう、なんだろうな。
実際に、そういう悲劇を体験してきた十四歳の子なんだとしたら。
そうだとしたら、折角この時代にきた彼女には、やっぱり幸せになって欲しい。
いや、一緒に幸せになりたい。
「今の時代は、そんな心配をせずに済んでるんだよ。俺たちみたいな学生はさ、勉強をしたり人間関係や恋愛に一喜一憂するんだ」
「夢みたいな、素敵な話だと思いますよ。実際に護流さんと一緒に見てなければ、とても信じられないぐらいに素敵な……」
美しくも、どこか儚い声が鼓膜を揺らした。
「護流さんのお話を聞いていてもそうですが、一つだけ願ってしまうのです」
「……何を?」
「何もかもが違う時代でも、時間だけは同じ様に流れているのが分かりました。だから、一日一日を、一分一秒を大切にして欲しいなと……。この時代は、私たちの時代よりも、宝を奪われにくいのですから」
「時間と、宝……」
確か、前に美花が話してくれたな。
「ぬちどぅ宝。――命は宝だったよね?」
「覚えていてくれたのですね。あまり口に出せないけれど、私にとっては大切な重い言葉なのですよ」
「素敵な言葉だと思うよ。俺も同じぐらい大切にできるかは分からないけれど……。時間を大切に使って、宝を有効に使っていきたい。……また、情熱を燃やせる様に。その姿を美花に見てもらえたら嬉しいな」
無気力、目標のない人生で……。
時間に流される様に生きるのは、もう嫌だ。
どう変わるか、本当に変われるのかは分からない。
でも、美花に決意だけでも聞いてもらって、諦める道を失くそうと思う。
唯一無二の存在に宣言したことを簡単に諦めるなんて、俺の中では死ぬ程に格好が悪いから。
「私も見届けさせて欲しいです。……この時代に来た、あの日。最初に出会えたのが護流さんで、よかった」
勇気を出せ。躊躇うな。
この瞬間を大切に生きろ。
彼女に気持ちを伝えて、少しずつでも怖い記憶を忘れて幸せになろうと言うんだ!
「美花。俺も出会えてよかった。俺は君と一緒に――」
その瞬間だった。
湖上から、ドンッと響く音がして――空に花火が広がった。
忘れていた……。
これこそ、ここを選んだ最大の理由。
夏休みの間だけ、宮沢湖の上に花火を打ち上げるイベントだ。
この美しい花火を見ながら、告白をしようなんて作戦を練っていたのにな。
「美花、花火が綺麗――」
「――きゃあああッ! 逃げ、逃げて……っ。助け……っ」
「み、美花!? どうしたの!?」
美花はウッドデッキにへたり込み、頭を抱えながら震えてる。
急に、どうしたって言うんだ?
「ば、爆撃……っ。逃げて、死んじゃう、護流さんも皆も死んじゃうっ!」
爆撃? ま、まさか……。
花火の音を、敵の爆撃音だと勘違いしてるのか!?
「美花、花火だよ! 爆撃じゃないから安心して!」
「いや、いや、いやぁあああッ!」
悲痛な叫び声が湖畔に木霊する。
俺は――なんて気が回らないんだ。
空襲があった時代から来たのなら……。
花火の炸裂音が爆撃を連想させトラウマを刺激してしまうことぐらい、考えれば分かったことなのに……っ!
「大丈夫だよ、ここは戦争のない二〇二五年だ! 君が一九四五年で学徒隊になることも――……」
俺の後半の言葉は、掻き消された。
背後から一際、大きな花火の炸裂音が響いた。
ギュッと目を瞑る。
すると――不思議な程、静かな空間に包まれた。
暗いことばかりに思考が向いてしまう。
「自分のこと、家族のこと。皆が精一杯の中で、許すも許さないもないと思うんです」
美花は遠くに視線を向け微笑みながら優しい声で言ってくれた。
「気力を失って一生懸命に生きてないと思っていても、その状態を乗り越える為の日々がある。私だったら、一緒に前へ進める様に手を伸ばしたいです」
「ぁ……」
それは、ずっと誰かに求めてきた言動なのかもしれない。
一緒にやり直そう。一緒に前を向こう。
そうやって手を差し伸べてくれる存在が、もしいたら……。
ああ――やっぱり、ずっと胸の中で疼く気持ちの正体は……。
「ありがとう……。救われたよ」
「いいえ。私こそ、辛い話をしてくれてありがとうございました」
山間から、これが最後とばかりの漏れた夕陽が美花の笑みを照らす。
それが神秘的な程に美しくて、胸のときめきは治まらない。
「今度は、美花の半生……。話せる範囲で良いから、この時代に来てからの本音とか色々と話を聞かせて欲しいな」
「……分かりました。少し、この時代を生きてきた護流さんには刺激が強いかもしれませんが」
一つ一つ、取り零さない様に思い出しているのだろう。
大切なものを想う様に、ゆっくりと口を開いた。
「私は父親が軍人で母親がサトウキビ畑を世話する家庭に生まれました。この時代に来る一年前ぐらいまでは、貧しくとも軍隊がいない場所で楽しく暮らしていたのです」
それは一九四四年の年始ぐらいを言ってるのかな。
笑いながら暮らしてたのが一変した、というのを暗に示してるのが分かる……。
「戦況が悪化したとは耳にしていたのです。そんな中で去年の秋頃、大きな空襲があって……。うちの家はギリギリ空襲地点を外れていたのですよ。だけど兄さんは、空襲で焼けた街にある分家へ養子入りしていて、遺体も見つかりませんでした」
チラリと俺の顔を見た。
そっか……。
最初に会った時、兄さんを探してたと言ってたのは、それが原因だったのか。
やっぱり俺とは比べものにならないぐらい重くて辛い話だな。
「それからは激動の日々で……。空襲とか、海の向こうに見える戦艦に怯えて生きていました。大量の兵隊さんが急に来るとなったら、兵舎が足りないと学校に住むことにもなりましたね」
「それじゃあ、学校で勉強ができなくなったということ?」
「そうですね。代わりに陣地の構築とか食事や洗濯とか……。学生とは呼べない状況ですけど、そうするのが当たり前だと思っています。……思っていました」
知らなかった。
修学旅行や授業、資料を読んでも中々出てこない様な話だ。
「一生懸命に育てたサトウキビ畑も軍に持って行かれ……。今では、お芋畑になっています。勝つまでの辛抱だ。もう少しだ。一丸となって戦うのが当然。『散る桜残る桜も散る桜』と街に貼られていましてね。捕虜になるより、潔く散るのが良いという教えです」
「……そんなの、ないよ」
「護流さんの価値観だと、そうだと思います。でも、反論や異論を唱えたのを警察や憲兵さんに見つかれば酷い目に遭いますからね。……毎日毎日、怯えながら当然の義務だと耐え忍んでいて――今、この時代に来ました。なぜか私だけ、一人で……」
罪の意識を感じてるんだろう。
自分一人が助かったことに、思う部分があるんだろうな。
軽々しく何も言えないよ……。これが演技には、とても見えない。
「この時代に来てから、不思議だったのです。日本が負けたと聞いたのに、おかしいと思いました。だって、敵に負けたら何もかも奪われて死より苦しいことが待っていると教わったのですよ。何で、こんなに発展して人々が自由に暮らしているんだろう。私たちは、何の為に……って」
「それは……」
戦後の復興、とか。色々とあったのは授業で少し習った。
だけど、他人事の様に聞いてたから……。正直よく覚えてない。
偉い人が交渉して、戦後の復興を皆が頑張ったから今の日本になったとは覚えてるけど。
「私も、この時代の学生だったら……。そう思ったことがないと言えば嘘になります。ですが、同時に――罪悪感も強いのです。あの時代に戻って家族や皆も助けたい。美味しいものを食べさせてあげたいって。これが嘘偽りのない私の半生と、今の心情ですね」
完全に陽が落ちて、パーク内には色とりどりの綺麗な電飾が灯り始めた。
「電気なんて漏れ出ていたら敵に襲われますから。正直、今も明かりが灯ったのが怖いです。……この光に目がけて、戦闘機が爆撃をしかけてくるんじゃないかと震えそうです」
そう、なんだろうな。
実際に、そういう悲劇を体験してきた十四歳の子なんだとしたら。
そうだとしたら、折角この時代にきた彼女には、やっぱり幸せになって欲しい。
いや、一緒に幸せになりたい。
「今の時代は、そんな心配をせずに済んでるんだよ。俺たちみたいな学生はさ、勉強をしたり人間関係や恋愛に一喜一憂するんだ」
「夢みたいな、素敵な話だと思いますよ。実際に護流さんと一緒に見てなければ、とても信じられないぐらいに素敵な……」
美しくも、どこか儚い声が鼓膜を揺らした。
「護流さんのお話を聞いていてもそうですが、一つだけ願ってしまうのです」
「……何を?」
「何もかもが違う時代でも、時間だけは同じ様に流れているのが分かりました。だから、一日一日を、一分一秒を大切にして欲しいなと……。この時代は、私たちの時代よりも、宝を奪われにくいのですから」
「時間と、宝……」
確か、前に美花が話してくれたな。
「ぬちどぅ宝。――命は宝だったよね?」
「覚えていてくれたのですね。あまり口に出せないけれど、私にとっては大切な重い言葉なのですよ」
「素敵な言葉だと思うよ。俺も同じぐらい大切にできるかは分からないけれど……。時間を大切に使って、宝を有効に使っていきたい。……また、情熱を燃やせる様に。その姿を美花に見てもらえたら嬉しいな」
無気力、目標のない人生で……。
時間に流される様に生きるのは、もう嫌だ。
どう変わるか、本当に変われるのかは分からない。
でも、美花に決意だけでも聞いてもらって、諦める道を失くそうと思う。
唯一無二の存在に宣言したことを簡単に諦めるなんて、俺の中では死ぬ程に格好が悪いから。
「私も見届けさせて欲しいです。……この時代に来た、あの日。最初に出会えたのが護流さんで、よかった」
勇気を出せ。躊躇うな。
この瞬間を大切に生きろ。
彼女に気持ちを伝えて、少しずつでも怖い記憶を忘れて幸せになろうと言うんだ!
「美花。俺も出会えてよかった。俺は君と一緒に――」
その瞬間だった。
湖上から、ドンッと響く音がして――空に花火が広がった。
忘れていた……。
これこそ、ここを選んだ最大の理由。
夏休みの間だけ、宮沢湖の上に花火を打ち上げるイベントだ。
この美しい花火を見ながら、告白をしようなんて作戦を練っていたのにな。
「美花、花火が綺麗――」
「――きゃあああッ! 逃げ、逃げて……っ。助け……っ」
「み、美花!? どうしたの!?」
美花はウッドデッキにへたり込み、頭を抱えながら震えてる。
急に、どうしたって言うんだ?
「ば、爆撃……っ。逃げて、死んじゃう、護流さんも皆も死んじゃうっ!」
爆撃? ま、まさか……。
花火の音を、敵の爆撃音だと勘違いしてるのか!?
「美花、花火だよ! 爆撃じゃないから安心して!」
「いや、いや、いやぁあああッ!」
悲痛な叫び声が湖畔に木霊する。
俺は――なんて気が回らないんだ。
空襲があった時代から来たのなら……。
花火の炸裂音が爆撃を連想させトラウマを刺激してしまうことぐらい、考えれば分かったことなのに……っ!
「大丈夫だよ、ここは戦争のない二〇二五年だ! 君が一九四五年で学徒隊になることも――……」
俺の後半の言葉は、掻き消された。
背後から一際、大きな花火の炸裂音が響いた。
ギュッと目を瞑る。
すると――不思議な程、静かな空間に包まれた。



