かき氷を買ってから湖畔にある灯台下へ来ると、オレンジ色の夕陽が湖に溶けてた。
もうすぐ、日暮れ……。
今日のメインとして喜んで欲しいと考えてたイベントが始まる。
俺も覚悟を決めて、自分の深い所を隠さず話さないとな。
この胸が高鳴る気持ちの正体を確かめる為にも、だ。
「はい、こっちの味も食べてみ?」
湖が一望できる柵へ寄りかかりながら、隣に立つ美花へ自分のかき氷カップを差し出す。
「いいのですか? はしたなくないですか?」
「この時代なら、分け合うのは普通だよ」
「そういうことでしたら……。――美味しい。甘くて美味しいですよ、護流さん!」
パッと喜ぶ美花の表情が嬉しい。
この先も、辛い思いをしないで笑っていて欲しいなぁ。
美花の口端に付いているシロップを拭い、自分の分も一口食べる。
うん。シャクシャクと甘みが口中に広がりながら涼しくもなる。
湖畔で北欧をイメージした作りなのも手伝ってか、湿度が高い埼玉の夏でも爽やかで涼しい。
「かき氷を食べる横顔を見上げていると……。兄さんに、そっくり」
俺が美花の兄さんに似てる。
初めて会った時に言われても、何とも思わなかった。
恋愛感情を意識した今だと、こんなに胸が苦しくなるなんてな……。
「俺、そんなに似てるの?」
「あ、いえ。雰囲気は凄く似ているのですが……。よく見れば顔の細かい造りは違いますね。声も少し、兄さんより護流さんの方が高いです。そもそも刈り上げ頭でしたから。髪が伸びたら、こうなのかもという想像で重なって見えるのかもしれませんね」
「なるほどね。それは光栄、なのかな?」
思えば、美花の兄さんに関する詳細も聞いてない。
人の詳しい身の上話を聞きたいなら、まずは自分から明かさないとだよな。
俺と知り合ってまだ浅い情報しか美花は知らないのに、告白するのは違う気がする。
俺の根底――いまだに根付くトラウマとかも受け入れた上で、先を考えて欲しい。
大きく深呼吸をして、一つの提案を口にした。
「あのさ……。俺は美花を、よく知りたいって言ったじゃん?」
「はい、言ってくださりましたね。誰かに話さないと爆発しそうな戸惑いを感じていたので、凄く嬉しかったです」
「そう言ってくれると嬉しいな。……俺の身の上話も聞いて欲しいんだけどさ。興味はある?」
「ありますよ! この時代を知る上でも、恩人としても興味があります!」
恋愛の脈は、なさそうな反応だよな……。
彼女は、結婚相手を家族が決める時代からタイムスリップしてきたと言ってるんだから。
気持ちを伝えた上で――意識してもらえる様になれば、今日はそれでいい。
湖が照り返していた夕陽が山間に消えていき、虫の音が聞こえるのどかな空間。
あの日を思い起こしつつ、ゆっくり口を開く。
「昔から俺は、サッカーっていうスポーツをやってたんだ。ポジションはキーパー……。ゴールを守る最後の砦でありながら、常にチームメイトに指示を出す役割なんだ」
俺の表情から何かを察してくれたのか、美花も真剣な面持ちだ。
「中学校生活の最後の試合。俺たちのチームは全国大会への切符がかかってた。勝てば、名門高校やクラブチームに注目されて皆の人生が変わってたと思う」
「勝てば……ということは」
「そう、負けた。俺が――戦犯的なミスをしたせいで」
「……団体の戦いなのであれば、護流さん一人が責任を負われる必要もないのでは」
「ゴールキーパーのミスは、失点に直結するんだ。一点が勝ち負けを決めるサッカーだと、この致命的なミスは全ての流れも他の選手の動きも酷く変える」
美花は悲しそうに目線を伏せた。
長く綺麗な黒髪が下がると風に揺れる。
「延長戦、ボールの転がりすら予測できない大雨の中、七十分近くも集中するのは無理だった。なんてのは……言い訳だ。激しく味方と敵が、俺の守るゴール前で入り混じった。ボールも誰が取りに行くか一瞬の判断が難しい状況だったな」
思い返す度、鮮明に蘇る。
「俺は、立ち止まってた。ボールを取りに行く様に指示も出せなかった。挙げ句、慌てて挽回しようと無策で突っ込んで……。最後には、敵が軽く蹴ったボールが俺の指の先を抜けて……。ゴールネットを揺らしたんだ。簡単に捕れるはずのボールだったのに。混乱して迷って、全てを失ったんだ」
「……お味方から、責められたのですか?」
「責めてくれなかった。誰も、何も声をかけてくれなかったよ。……皆、泣き崩れてたから」
それが、凄く辛かった。
明らかに俺のミスだけど、責めても変わらない。
それが分かってるから、地面に手を打ち付けて泣き叫んで……。
無言のまま家に帰った。
「それから部活も引退したから会話がなくなってね。部員と擦れ違っても気まずくて距離が離れて……。毎日の様に、ボールが指先をすり抜けていく夢を見てた。あの時、正しい判断で即座に突っ込めば、皆の人生を壊すことはなかったのにってさ」
「常に正しい判断を下せないのは、当然ではないですか?」
「誰かに、そう言ってもらいたかったのかもしれないね。もしくは、あれは間違ってたぞと責めて欲しかった。誰でも良いから助けてくれ、声をかけてくれ。……ずっと願ってたけど、感情の整理がつかないチームメイトも俺にどう声をかけたらいいか分からなかったんだろね。監督も誰かを責めるなと言ってたから」
チームプレーだから助けられることもあれば逆もある。
それは当然だけど、大切な試合であればある程、感情は追いつかない。
誰かを責めるなっていう監督の教えは優しくて正しかったんだとは思う。
「だけど、昔の俺は熱血系とか言われてたから、その教えが合わなかったんだ。誰でも良い。本音でぶつかってきてくれ。本音で喧嘩して、分かり合いたいって……。だけど、叶わなかった」
一番辛いのは――無視だ。
皆が絶望している中、気を遣ってなのかもしれないけど何も言われないこと。
これ程に、自分を責めずにいられないことはない。
「行き場を失った俺の情熱と欲求は自分へのイライラと満たされなさに変わって……。何も求めなくなった。それからは、美花が楽しいと口にしてた学びだとか宿題も放置したり、無気力に平和な世界で何となく生きてきたんだ。目標も何もなくね。……日々を一生懸命に生きてきた美花からすると、許せない存在だよな?」
苦笑しながら尋ねる。
美花の話が本当なら、生きるか死ぬかの世界で生きてきたんだ。
それと比べると小さすぎる悩みだろう。
それだけ恵まれて、やり直す機会もあったのに、無気力になって動くのを止めたなんて……。
もうすぐ、日暮れ……。
今日のメインとして喜んで欲しいと考えてたイベントが始まる。
俺も覚悟を決めて、自分の深い所を隠さず話さないとな。
この胸が高鳴る気持ちの正体を確かめる為にも、だ。
「はい、こっちの味も食べてみ?」
湖が一望できる柵へ寄りかかりながら、隣に立つ美花へ自分のかき氷カップを差し出す。
「いいのですか? はしたなくないですか?」
「この時代なら、分け合うのは普通だよ」
「そういうことでしたら……。――美味しい。甘くて美味しいですよ、護流さん!」
パッと喜ぶ美花の表情が嬉しい。
この先も、辛い思いをしないで笑っていて欲しいなぁ。
美花の口端に付いているシロップを拭い、自分の分も一口食べる。
うん。シャクシャクと甘みが口中に広がりながら涼しくもなる。
湖畔で北欧をイメージした作りなのも手伝ってか、湿度が高い埼玉の夏でも爽やかで涼しい。
「かき氷を食べる横顔を見上げていると……。兄さんに、そっくり」
俺が美花の兄さんに似てる。
初めて会った時に言われても、何とも思わなかった。
恋愛感情を意識した今だと、こんなに胸が苦しくなるなんてな……。
「俺、そんなに似てるの?」
「あ、いえ。雰囲気は凄く似ているのですが……。よく見れば顔の細かい造りは違いますね。声も少し、兄さんより護流さんの方が高いです。そもそも刈り上げ頭でしたから。髪が伸びたら、こうなのかもという想像で重なって見えるのかもしれませんね」
「なるほどね。それは光栄、なのかな?」
思えば、美花の兄さんに関する詳細も聞いてない。
人の詳しい身の上話を聞きたいなら、まずは自分から明かさないとだよな。
俺と知り合ってまだ浅い情報しか美花は知らないのに、告白するのは違う気がする。
俺の根底――いまだに根付くトラウマとかも受け入れた上で、先を考えて欲しい。
大きく深呼吸をして、一つの提案を口にした。
「あのさ……。俺は美花を、よく知りたいって言ったじゃん?」
「はい、言ってくださりましたね。誰かに話さないと爆発しそうな戸惑いを感じていたので、凄く嬉しかったです」
「そう言ってくれると嬉しいな。……俺の身の上話も聞いて欲しいんだけどさ。興味はある?」
「ありますよ! この時代を知る上でも、恩人としても興味があります!」
恋愛の脈は、なさそうな反応だよな……。
彼女は、結婚相手を家族が決める時代からタイムスリップしてきたと言ってるんだから。
気持ちを伝えた上で――意識してもらえる様になれば、今日はそれでいい。
湖が照り返していた夕陽が山間に消えていき、虫の音が聞こえるのどかな空間。
あの日を思い起こしつつ、ゆっくり口を開く。
「昔から俺は、サッカーっていうスポーツをやってたんだ。ポジションはキーパー……。ゴールを守る最後の砦でありながら、常にチームメイトに指示を出す役割なんだ」
俺の表情から何かを察してくれたのか、美花も真剣な面持ちだ。
「中学校生活の最後の試合。俺たちのチームは全国大会への切符がかかってた。勝てば、名門高校やクラブチームに注目されて皆の人生が変わってたと思う」
「勝てば……ということは」
「そう、負けた。俺が――戦犯的なミスをしたせいで」
「……団体の戦いなのであれば、護流さん一人が責任を負われる必要もないのでは」
「ゴールキーパーのミスは、失点に直結するんだ。一点が勝ち負けを決めるサッカーだと、この致命的なミスは全ての流れも他の選手の動きも酷く変える」
美花は悲しそうに目線を伏せた。
長く綺麗な黒髪が下がると風に揺れる。
「延長戦、ボールの転がりすら予測できない大雨の中、七十分近くも集中するのは無理だった。なんてのは……言い訳だ。激しく味方と敵が、俺の守るゴール前で入り混じった。ボールも誰が取りに行くか一瞬の判断が難しい状況だったな」
思い返す度、鮮明に蘇る。
「俺は、立ち止まってた。ボールを取りに行く様に指示も出せなかった。挙げ句、慌てて挽回しようと無策で突っ込んで……。最後には、敵が軽く蹴ったボールが俺の指の先を抜けて……。ゴールネットを揺らしたんだ。簡単に捕れるはずのボールだったのに。混乱して迷って、全てを失ったんだ」
「……お味方から、責められたのですか?」
「責めてくれなかった。誰も、何も声をかけてくれなかったよ。……皆、泣き崩れてたから」
それが、凄く辛かった。
明らかに俺のミスだけど、責めても変わらない。
それが分かってるから、地面に手を打ち付けて泣き叫んで……。
無言のまま家に帰った。
「それから部活も引退したから会話がなくなってね。部員と擦れ違っても気まずくて距離が離れて……。毎日の様に、ボールが指先をすり抜けていく夢を見てた。あの時、正しい判断で即座に突っ込めば、皆の人生を壊すことはなかったのにってさ」
「常に正しい判断を下せないのは、当然ではないですか?」
「誰かに、そう言ってもらいたかったのかもしれないね。もしくは、あれは間違ってたぞと責めて欲しかった。誰でも良いから助けてくれ、声をかけてくれ。……ずっと願ってたけど、感情の整理がつかないチームメイトも俺にどう声をかけたらいいか分からなかったんだろね。監督も誰かを責めるなと言ってたから」
チームプレーだから助けられることもあれば逆もある。
それは当然だけど、大切な試合であればある程、感情は追いつかない。
誰かを責めるなっていう監督の教えは優しくて正しかったんだとは思う。
「だけど、昔の俺は熱血系とか言われてたから、その教えが合わなかったんだ。誰でも良い。本音でぶつかってきてくれ。本音で喧嘩して、分かり合いたいって……。だけど、叶わなかった」
一番辛いのは――無視だ。
皆が絶望している中、気を遣ってなのかもしれないけど何も言われないこと。
これ程に、自分を責めずにいられないことはない。
「行き場を失った俺の情熱と欲求は自分へのイライラと満たされなさに変わって……。何も求めなくなった。それからは、美花が楽しいと口にしてた学びだとか宿題も放置したり、無気力に平和な世界で何となく生きてきたんだ。目標も何もなくね。……日々を一生懸命に生きてきた美花からすると、許せない存在だよな?」
苦笑しながら尋ねる。
美花の話が本当なら、生きるか死ぬかの世界で生きてきたんだ。
それと比べると小さすぎる悩みだろう。
それだけ恵まれて、やり直す機会もあったのに、無気力になって動くのを止めたなんて……。



