80年越しの君とあの蛍を忘れない

 二〇二五年八月二十二日。

 美花が馴染もうと一生懸命なのもあってか、道具の扱いも慣れてきた気がする。

 徐々に新しいものを覚えていく感じは、婆ちゃんにスマホの使い方を教えた時と似てる。

 本当に、彼女は戦時中からタイムスリップしてきたんじゃないか?

 そうでなければ説明がつかないと考えが変わりつつある。

 「はい、これ。使っていいよ」

 今日は俺が前にサブで使ってたスマホを一時的に美花へ貸し出す為、バッテリーを交換しに熊谷駅の近くまで出てきた。

 スマホを一つ無くしてもGPS機能で俺を追えるようにと両親が渡してくれた格安スマホだ。

 「こんなに小っちゃい板で本当に電話も可能なのですね。何かズルいです」

 「ズルい?」

 「はい。私のお父さんは電信部隊の所属なのですが……。通信網の設置や修復をするのに命がけの作業の連続だ、と。味方と会話を繋ぐ為に亡くなる人も大勢いるのに、今は簡単にできちゃうのが……。ズルいなって」

 「そ、そうなんだ。確かに、もしスマホが戦時中に使えたら多くの人が助かりそうだよな」

 「コンビニも、そうですよ。沢山の食べ物や日用品が一日中売っています。夜なのに(あか)りが外へ漏れ出していても、空襲の危険なく皆がゆっくりと話しながら歩いて買い物をして……」

 美花の話だと、夜に家から電気の灯りが漏れ出てると空襲の標的にされるらしい。

 夜に出歩くなんて憲兵にスパイと思われて捕まるとかも、怖がりながら話してたな。

 「私たちは二十四時間、怯えて行動をしてたのに。八十年違うだけで、こんなにも自由なのはズルい。私たちの時代もこうならって羨ましさと、皆への申し訳なさで何度も変になりそうでした。でも、平和になってよ良かったなという気持ちも……。もう、感情がゴチャゴチャなんです」

 重い話をしてくれる機会も、心なしか増えた気がする。

 多分、彼女なりに心を開いてきてくれてる証拠なんだろう。

 支払いを済ませ、市役所前通りにある『コミュニティひろば』のベンチでスマホのセッティングをする。

 「わ、光った! 動きますよ!?」

 「うん。登録とか初期化してあるから、ちょっと貸して」

 「はい! 私だと壊しそうですからね」

 「そこまでは言ってない」

 伏し目がちに口にする美花の表情に、思わず苦笑してしまう。

 思った様に動かないテレビを(たた)いて、液晶をダメにしてた。

 真っ青な顔で土下座するもんだから、怒りなんか湧いてこない。

 むしろ、美花の精神状況とか家庭環境が心配になったぐらいだ。

 「よし、設定完了。これで俺とも通話できるよ。折角だから、映像付きのビデオ通話で試してみる?」

 「いいのですか!? やってみたいです!」

 「じゃあ、俺は離れた場所に行くから」

 「置いていっちゃうのですね。……帰ってきてくれますよね?」

 捨てられる子犬の様な目で見ないでくれ。

 置いていくとか、人聞きも悪いよ。

 「じゃあ、不安になった距離で通話開始して? そうしたら、声も顔も見えるはずだから」

 「本当ですよね? 信じますよ?」

 「俺を信じて」

 微笑みながらベンチを立ち、駅の方を目指して歩き始める。

 (おお)()()な反応だな、とも思う。

 だけど、もし彼女が本当に戦時中からタイムスリップしていたとしたら?

 知ってる人のいない時代に一人放り出される。

 家族や仲間を戦時中に置いてきてる状況だとしたら……。

 これぐらい不安になるのも、当たり前なのかもしれない。

 もし俺が別の時代で迷子になって、誰も話せる人がいなかったら……。

 考えるだけで、心が苦しくなる。

 「お、鳴った」

 広場を出て、ほんの少し歩道を歩いてた時だった。

 美花からビデオ通話着信中とディスプレイに表示されている。

 「美花? 見える?」

 『ま、護流さんですか? この映像が見えていたら、聞こえますと言って手を振ってください』

 「聞こえます」

 手を振ると、ディスプレイに映った美花が驚愕に目を見開いた。

 『ほ、本当だった…………。凄い、凄すぎます。あの、どこにいますか!? 今すぐ行きます!』

 場所を告げると、通話を切らずに走ってくる呼吸音が聞こえた。

 使い方と効果を説明する為とはいえ、ちょっと悪いことをしたかなと思ってると。

 「護流さん! 本当にいた!」

 はぐれた親を見つけた動物かと思うぐらい、一生懸命に美花が走ってきた。

 余程、不安だったのかな。ぷるぷると震える手で俺の裾をキュッと握ってる。

 「ごめんね、不安にさせちゃったよね」

 「は――い、いいえ。これぐらい何ともないですから」

 「強がり?」

 「違います!」

 パッと手を離した彼女は、コホンと咳払いをしてから複雑な表情をスマホへ向けた。

 「本当に魔法みたいに便利……。これがあれば、遠く離れた家族の安否が分かったのに。兄さんが無事かどうか、枕を濡らす日々を過ごさなくて済んだかも……」

 美花の言葉に、俺は固まってしまう。

 今の日本でも大きな災害があれば通信ができない場合がある。

 でも、軽い地震が起きた時とかには遠く離れた人に状況を聞けて、顔を見て話せるから安心する。

 美花の気持ちが実感を持って伝わる分、胸にズシンと響くな……。

 「あの、これって通信を終えるには、どうすれば?」

 通話開始までは辿り着けたが、通話を切るマークが理解できてないんだろうな。

 彼女のスマホを(のぞ)き込む為、かなり近付く。

 「あれ? 護流じゃん。おいおい、女の子と二人っきりか?」

 「はぁ? 聞いてないんだけど。裏切りか!?」

 高校で新しくできたクラスメイト二人が自転車に乗り俺に声をかけてきた。

 夏休みで駅に向かってた途中かな。

 興味津々でおれと美花を見比べてる。

 「ぇ……と。どちら様でしょうか。護流さん、お友達ですか?」

 (とっ)()に俺の背に隠れる美花の行動から、この短期間で信用してもらえたと分かる。

 その事実が凄く嬉しくて、思わず浮かれそうになる。

 「おう、二人とも。夏休み前ぶりだな」

 「彼女できたんなら言えよな~」

 「おめでとう! 彼女さんの名前、何?」

 俺の背に隠れる美花へ向いたクラスメイトの視線を、完全に(ふさ)ぐ様に立つ位置を変えた。

 「おい、俺たちの会話に彼女を巻き込むなって。嫌がるだろ」

 「いいじゃん。友達の彼女の名前ぐらい知りたいだろ?」

 「恋バナに飢えてるんだよ。護流の何処(どこ)が好きなのかとか聞きたいじゃん」

 からかうような二人の笑みに、はぁと溜息が出る。

 少し悪ふざけに付き合って、満足させて追い返すしかないな。

 「彼女じゃなくて、友達だよ。今は、ね」

 「今は? おいおい、詳しく教えろよ!」

 「この世にゼロ%と百%はないんだってさ。未来の可能性は無限だからな」

 「はっはっは! じゃあ俺らにも彼女できる可能性あるってことじゃん!」

 テンションが上がる二人を見ていると、男同士のノリが久しぶりで楽しくなる。

 「それはそう。同じ男同士なんだから、同じぐらい可能性はあるだろ。応援してる」

 俺の言葉を聞いた二人は笑いながら自転車に乗り去って行った。

 何とか知らない男に怖がってる美花へ質問が行く前に帰ってもらえたか。

 しかし、初恋すらした経験ない俺に彼女か……。

 もし、大好きな彼女ができたら……。

 俺は前みたいに無気力な日々にイライラすることも悩むこともなく、情熱を取り戻せるのかな?

 その相手が美花というのは……。いや、一回落ち着こう。

 同居生活とか、婆ちゃんや同級生にイジられて意識してるだけだ。

 「護流さん。い、今は友達って……。どういうことですか?」

 「ご、ごめんね。変な会話に巻き込んじゃって。嫌だったよね」

 「嫌に決まっているじゃないですか……」

 気がない女の子からすると、まるで俺が未来の関係に下心を抱いてる印象を与えちゃうよな。

 「他に良い方法が思い付かなくて、ごめん」

 「そんな……。私は今だけでなく、これからも友達でいたいですよ……」

 今にも泣きそうな表情だ。

 気がない男に言い寄られた様に感じたのが、心の底から不快だったのだろう。

 本当に申し訳ないことをしてしまった。

 だけど……。

 彼女に振られたと感じると胸がモヤつくのは、なんでかな?

 「ごめんね……」

 「いえ、私が常識外れで護流さんに迷惑を掛けているのは自覚しておりますから……」

 「え、迷惑?」

 「はい……。早く離れたいと疎ましく思われてしまうのも無理がありません」

 話が食い違ってる気がする。

 もしかして、美花は勘違いをしてないか?

 「あの、さ。さっきのは、未来は分からないんだから、友達から彼女にランクアップする可能性は誰でもゼロじゃないよって冗談だったんだけど……」

 「彼女? ランクアップ?」

 首をコテッと傾げる美花の姿に、恥ずかしさで消えたくなった。

 彼らに彼女ができる可能性も、俺が美花と恋人になる可能性もゼロじゃない。

 そういうノリで興味を逸らしたことを事細かに説明するとか――恥ずかし過ぎる!

 「本当に理解してないんだよね?」

 「あ、あの……。私、また何か酷い勘違いをしておりますか?」

 「い、いや……。今は、軽々しく言った俺が間違いなく悪いです」

 「い、いえ! 悪いのは、この時代に無知な私です。あ、あの……。護流さんの仰る〝彼女〟とは一体なんですか?」

 格好つけた冗談の解説をさせられそうになるとか、これは何の罰ゲーム?

 恥ずかしくて美花の目を見ていられないんだが……。

 「……こ、交際相手のことだよ」

 「交際相手……。この時代は、許嫁(いいなずけ)を親が決めないのですか?」

 「決めないよ。恋愛は自由だからね」

 「そうなのですね! ロマンチックですが、私のいた時代では滅多に認められません。自由恋愛の末に交際して結婚。まるで物語の様に憧れの世界です……!」

 目をキラキラとさせている表情から、本音だと伝わる。

 そっか……。もし、彼女が戦時中から来たのが事実なら……。

 「美花は――……。いや、なんでもない」

 「何ですか? 言ってくれないと気持ちが悪いですよ」

 「今、俺が気持ち悪いって言った? え、悪口?」

 「ち、違います! 気分がスッキリしないという言葉の(あや)です!」

 ムキになって否定する美花と言い合いながら一緒に自宅へ戻る。

 聞いたら、どちらにせよ後悔することになりそうだ。

 少なくとも、今は聞きたくない。

 彼女に、許嫁がいるのかだなんてこと――。