80年越しの君とあの蛍を忘れない

 その夜、婆ちゃんが俺の部屋へ来た。

 「護流。あの子の名前で行方不明届が出てるか調べてもらったんだけどね……。出てないらしいよ」

 「……そっか。色々と動いてくれて、ありがとう」

 「うちの親戚に弁護士をしてるのがいるだろう?」

 「ああ、叔母さんか。うん、いるね。それがどうかした?」

 「軽く電話で聞いたんだけどね。過去に警察や病院でも記憶喪失が認められて、更に戸籍も見つからなかった人の例があったらしいんだよ」

 過去にも美花の様な人がいたってこと、なのか? 

 いや、美花の場合は、記憶喪失とは少し違うとは思うけれど。

 「長く一緒に暮らすなら裁判所で新しく戸籍を取ることもできるらしいからね」

 「話が大きくなってきたね……。どっちにしても、美花の気持ち次第でしょう」

 「もしかしたら、結婚して籍を入れたいって手続きをすれば話も早くなるかもね? あんな良い子だ。婆ちゃんは反対しないよ」

 「本当に余計なお世話」

 はっはっはと笑う婆ちゃんの声が、ちょっと不愉快に感じる。

 「護流が好きでも、両想いは無理か。やる気になればパッと終わる宿題も放置してる男じゃねぇ」

 「もう話は終わった? お休み」

 今のは相当に不愉快だった。

 机の上に放置されている作文用紙を見つめていた婆ちゃんの背を押す。

 追い出す様に部屋の扉を閉めると、自然と溜息が出た。

 「……俺が情熱を失ってから情けなくなってるのなんて、自覚してるよ」

 同時に、男としての魅力とかもなくなってるだろう。

 美花と恋愛関係、か。

 いや、そんなことを考える前に、彼女が本当に家出や事件に巻き込まれたんじゃないのかを知りたい。

 できれば、彼女の心の傷を()やせる様な関係になりたい。

 彼女の涙は、もう見たくないから。

 「戦後八十年についての作文、か。……美花の話を聞いたら、余計に書けないよ」

 沢山の人の命が関わる戦争への思いを、取り(つくろ)った気持ちで書きたくない。



 この考えは、より強くなった――。