80年越しの君とあの蛍を忘れない

 「取り乱してしまい、ごめんなさい」

 「謝らなくて良いってば。そこは、『ありがとう』って言われる方が嬉しいよ」

 少しすると美花は落ち着き、俺の言葉に微笑んだかと思うと、ジトッとした目を向けてきた。

 「それにしても、この様に私が口にせざるを得ない状況を作り出すなど……。護流さんは強引すぎると思うのですが?」

 「あ~ごめん。サッカー部のやつらってノリが良かったから。強引にネタとか輪に巻き込むコミュニケーションが当たり前になってたかも。嫌だったら教えてね?」

 「ビックリしただけで、嫌ではありませんでしたよ。これが今の時代の常識であれば馴染む様に努力します! 護流さんは社交性が高いということですね?」

 「物怖じしないとは言われるかな。……大事な場面で怖じ気づいて、全てを台なしにするミスとか、やっちゃうけど」

 中学校サッカー部で最後となってしまった試合がトラウマの様に蘇る。

 俺が判断を迷ったせいで、戦犯級のミスを犯した瞬間が……。

 ふわっと浮いたルーズボール。どうすべきか判断できず立ち尽くす俺。

 敵に蹴られたボールが手の先を通り抜けて、(まも)るべきゴールネットに突き刺さる絶望。

 愕然(がくぜん)として崩れたチームメイトの顔。

 取り返しのつかない迷惑で、血の気が引いていく感覚が……。

 「護流さん。顔色が悪いですけど大丈夫ですか? お家に帰りますか?」

 「あ、いや。大丈夫。ちょっと考えごとをしてただけだよ。それより、スマホの機能を覚えよっか」

 俺がスマホを手渡すと、美花は慣れない手つきで一つのアプリをタップした。

 「これはニュース、新聞ですか」

 神妙な面持ちで読み込んでる。

 「それ、国内のニュースページ? 何か気になるニュースがあったの?」

 「いえ、私のいた時代とは全く違う傾向だなと。民間人の行方不明まで大きく報じてくれています。軍の動向より、個人の命が重んじられているのを感じまして……」

 「そっか……。今より多くの命が失われてた時代なんだよね?」

 「そう、ですね。たった数日ですが、そう感じます」

 「もし嫌じゃなければ、もっと美花のことも教えて欲しいな。でも、踏み込まれたくない話は、しなくていいよ?」

 仲良くなるなら、お互いのことを知り合うべきだと思うけど、強制はしたくない。

 二人の間に広がる沈黙の中に、落ち着いた音楽が流れる。

 「私の兄も……。本当の兄も、空襲で亡くなったのです。焼け崩れた街を、陸軍通信部隊に所属している父や家族で捜し回りました。でも、私や妹、母は人や街が燃えた臭いに耐えきれず(おう)()してしまいました。ひたすら怖いのと、変わり果てた人々を見ていられず……」

 「……俺には想像しかできない。だけど、想像しただけでも怖いよ。お兄さんを捜そうと努力した美花は凄いと思う。俺と似てるってお兄さんだよね?」

 「はい。この時代の様に大きな身長の方はほとんどいないので、幼い頃から目立つ兄で……。数年前、子宝に恵まれなかった分家へ養子に行ってからは、ほとんど会えていなかったのですが。そのせいで護流さんと顔を見間違えてしまい、申し訳ない思いです」

 「そう、なんだ。間違えたのは気にしないで。ほとんど会えてなかったなら、顔もうろ覚えだろうしさ」

 予想以上に重すぎる話だった。

 これ以上、何と返したらいいのか、俺には分からない。

 溶けた氷がカランッと鳴る音が合図だった。美花が、ゆっくりと口を開いた。

 「護流さん……。こんな言葉を、知っていますか?」

 「何?」

 「〝ぬちどぅ宝〟――日本語で、命は宝という意味です」

 日本語――標準語のことか?

 命という重い単語に、また黙ってしまう。

 だけど、美花が言ったからかな。凄く――胸に深く染み入った。

 本の文章とかで同じ様な言葉は何度も目にしていたはずなのに、何でだろう。

 「それは、いつの時代でも大切にしないといけない言葉だね」

 「はい。この時代での私は、常識外れで価値観も護流さんとは違っていると思います。迷惑を掛けてばかりの私から聞いても響かないかもしれませんが、この言葉は昔から伝わる大切な言葉で……。なぜか、護流さんにも伝えたいと思ったのです」

 「そっか、大切な言葉を教えてくれてありがとう」

 ぬちどぅ宝。命は宝、か。良い言葉だな。

 本当に自分の言葉は退屈だと思っているのか、美花は居心地が悪そうに俯き笑顔を隠してしまった。

 迷惑なんて全く思ってないけど、言葉にしないと伝わらないよな。

 「常識とか価値観の差なんて、一日二日で埋まるものでもないんじゃない? 正直、美花は居心地悪そうに見えるよ」

 「そう、なのかもしれませんね。……この時代は『足らぬ足らぬは工夫が足らぬ』の精神と真逆でして。価値観が壊れます。物で溢れかえっている。欲に流される日々をしていたら罰が当たりそうです……」

 「欲って、そんな悪いものなのかな?」

 「え?」

 無欲というと聞こえは良いけど、最近まで無気力だった俺には、どうしても欲は悪いものに思えない。

 「欲がないと、生きてる実感も気力もなくなると思うんだ。欲って表現すると悪く聞こえるけど」

 「……そういう考え方も、あるかもしれません」

 「美花からすると、しっくりこないよね。だからさ、まずは互いに今みたいな感じで良くない?」

 どういうことだろうと首を傾げてる。

 ちょっと分かりづらかったか。

 少し恥ずかしいけど言葉にして伝えよう。

 「俺は美花のことを教えて欲しいし、言ってくれたことを真剣に考える。美花も同じ様に……。ゆっくり歩み寄りながら本音で話し合えたら個人的に嬉しいなって。それだけの話だよ」

 「それだけで、良いのでしょうか?」

 「さぁ? でも、さっきみたいに納得してないのに合わせてるのはバレるよ。それよりは、ホームセンターで怖い顔をしながら止めてた時の方が親しみやすかったかなぁ」

 「怖い顔なんてしていません! からかう癖、良くないですよ!?」

 そうそう、その調子。

 本音を言い合って美花が笑い、俺も笑う。

 俺だけじゃなく――彼女も楽しませることができてるのか?

 堅苦しい言葉遣いからは、まだまだ俺は彼女に何もできてない気がする。

 美花にもリラックスして笑って欲しい。

 「いいじゃん。俺は今みたいな美花が好きだよ」

 口にしてから気が付いた。

 も、もしかして、今の告白みたいになってた?

 うわ、そう考えると凄く恥ずかしくなってきた……っ。

 「ご、ごめん! あの、思ったことが口を突いて出ちゃった。その、深い意味はなくて――っていうのも失礼過ぎるよね。えっと……」

 「ふふっ。慌てずとも理解しておりますよ」

 美花は口元に手を当て、目を楽しげに細めた。

 「比較すると好ましいという意味ですよね? ただ、勘違いさせて女の子を泣かせることがないよう、お気を付けくださいね」

 「はい、以後、お気を付けさせていただきます」

 美花の丁寧な口調を真似て謝ると、お互いに笑顔が浮かぶ。

 こんな関係が続くなら、そのうち常識とかも時代を超えるんじゃないかな――。