二〇二五年八月十六日。
「護流。いつまで女の子に古い服を着させるつもりだい? 可愛い服を買ってやりな」
この日の行動は、母さんの古着を着た美花が美味しいと感激して目に涙を浮かべ、「ご馳走様でした」と頭を下げる食卓で決まった。
婆ちゃんの提案に、美花は「毎日、違う服を着られることが充分以上の贅沢ですから!」と激しく抵抗していたけれど、押し切られた。婆ちゃんには敵わないよね。
俺としても美花に似合う服を着させてあげたい。見たい。
そんな流れから服を買いにショッピングモールへ行ったんだけど……。
「物々交換や切符制度は、ないのでしたよね? 私などの為に、お金は大丈夫なのでしょうか? 物は貴重なのに……」
「大丈夫だよ。転勤族の両親だけじゃなくて、婆ちゃんも家事をやってくれたお礼だって、美花用にお金を渡してくれたから」
「居候をさせてもらっているのだから、当然のことですのに……」
申し訳なさそうな美花と一緒に、モール内をぶらつく。
「家事代行っていうサービスを頼んだら、今日の買い物で使う代金なんて半日ぐらいで吹き飛ぶらしいよ。婆ちゃんも歳だし、俺は料理が下手だからなぁ」
「私は護流さん――男子が台所に立つことに叫ぶぐらい驚きましたよ。……この様な厚意に、どう返せばいいのか戸惑ってしまいます。いただいたら大切に、大切に使わせてもらえば、この時代の行動としては正しいのですか?」
「ああ、うん。そうだね」
まだ彼女は、どこか遠慮して距離感が遠い様に感じる。
何度も転校して新たなコミュニティで馴染もうと努力してきた俺としては、早く気を遣わずに会話ができる関係になりたい。
その為には、まずはゆったり気軽な会話からだ。
「美花、ちょっと喫茶店に寄ってこう。暑すぎるし、小腹が空いた」
「はい、分かりました。どうぞ、私はこちらで待っておりますね」
「違うよ。一緒に冷たい物を飲もうって話」
「わ、私もですか!? すみません……。それは、できません」
手をブンブンと振って断る美花に、ある可能性が過る。
「もしかして、彼氏に悪いとか?」
「彼氏? 何を言っているのか分からないですけど、違います。その、贅沢はできません」
また、それか。
それなら、ちょっと強引だけど仕方ない。
「俺が飲み食いしたいからさ。一人だと気まずいから付き合って欲しい」
流石に俺が引き下がらないのを察したのか、小さく頷いてくれた。
店内へ入り席に座ると、汗が急激に冷える様な冷房の風が心地よく肌に当たる。
スマホで好きなものを頼んで注文をするよう促したけど、美花は頑なに
「私は、このいただいた水で充分でございます。どうしても、贅沢をするのは非国民だという罪悪感が抜けず……」
と遠慮する姿勢を貫き続けている。
非国民って……。
その言葉は、どういう意味なのかとは聞けないぐらい重い空気だ。
店員さんに迷惑を掛けても悪いから、先に俺の判断で注文をさせてもらった。
「護流さん、ごめんなさい」
俺の苦笑から何か察したのか、美花がピシッと姿勢を正して頭を下げてきた。
「何を謝ってるの? 何も謝ることはないと思うよ」
「考えてしまうのですよ。私は戦争があるのが常識の時代でを生きてきました。こ今の時代の基準で考えると、私は異端の非国民も同然ですよね。護流さんに迷惑を掛けてばかりなのが情けない」
一緒に楽しい雰囲気で話したかったけど、どう返したものか……。
戸惑っている時、店員さんがアイスコーヒーとクリームソーダを持って来てくれた。
冷えたクリームソーダに浮かぶアイスを見つめ目を輝かせた美花は、ハッとした様に唇を引き結ぶ。
「美花も遠慮なくね? はい、スプーン」
「い、いえ……。私は、お気になさらないでください! こちらは護流さんがどうぞ!」
「そんなに飲めないし、お腹壊しちゃうよ。勿体ないけど、残すしかないか」
「そそ、それはダメですよっ? 勿体ない、だけど家族に申し訳ない……っ」
良い感じに揺れてるけど、まだ遠慮してるな。
膝の上に置いた手が強く握られ、ぷるぷる震えてる。
「美花が食べないと折角のアイスも溶けちゃうけど、いいのかな?」
「そ、そんなな!? 分かりました。いただきます!」
パクッと意を決した様に口にした美花は、口元を手で覆いながら咀嚼し――ポロポロと涙を流した。
「え、泣く程に嫌だった!? もしかしてアレルギーとか!? すぐに救急車を」
「おい、しい……っ」
「……ん?」
「こんなに甘くて美味しいものを食べたのは初めてで……っ。もう、今までの自分に戻れないぐらい嬉しくてっ。同時に、家族や友達に申し訳なくてっ!」
感極まったのかな……?
顔をくしゃくしゃに歪めながら涙を流す美花にハンカチを手渡す。
溢れ出る様に、次々と心の声を聞かせてくれるのが嬉しい。
「喜んでくれて嬉しいよ。遠慮しないでさ、一緒に笑っていこう?」
「ありがとう、ございます。わ、私たちは、ずっと戦争で友達と楽しく遊ぶとかできなかったので……っ。こんなにも美味しいものを安心して食べながら、お友達と話せる幸せを味わえるのが、もう言葉にできず……っ」
美花の頬を伝う涙をハンカチで拭いながら、彼女が落ち着くまで話を聞き続けた。
もう戦時中から来たという話が仮に嘘だったとしても、別に良いかもな。
もし、仮にタイムスリップが真実だとしたら……。
美花の様に前向きに、時代すら違うコミュニティへ馴染む努力を俺はできるか?
発狂せず過ごせるのか? いや、考えても仕方ないし、どうでもいい。
大切なのは、俺が既に美花を尊敬してるってことだ。
根性も礼儀も、そして家族や仲間を大切にする姿勢も、美花は俺より遙かに立派だ。
俺は、この子を信じたい。
この子を信じて騙されるなら、それすら幸せなのかもしれない――。
「護流。いつまで女の子に古い服を着させるつもりだい? 可愛い服を買ってやりな」
この日の行動は、母さんの古着を着た美花が美味しいと感激して目に涙を浮かべ、「ご馳走様でした」と頭を下げる食卓で決まった。
婆ちゃんの提案に、美花は「毎日、違う服を着られることが充分以上の贅沢ですから!」と激しく抵抗していたけれど、押し切られた。婆ちゃんには敵わないよね。
俺としても美花に似合う服を着させてあげたい。見たい。
そんな流れから服を買いにショッピングモールへ行ったんだけど……。
「物々交換や切符制度は、ないのでしたよね? 私などの為に、お金は大丈夫なのでしょうか? 物は貴重なのに……」
「大丈夫だよ。転勤族の両親だけじゃなくて、婆ちゃんも家事をやってくれたお礼だって、美花用にお金を渡してくれたから」
「居候をさせてもらっているのだから、当然のことですのに……」
申し訳なさそうな美花と一緒に、モール内をぶらつく。
「家事代行っていうサービスを頼んだら、今日の買い物で使う代金なんて半日ぐらいで吹き飛ぶらしいよ。婆ちゃんも歳だし、俺は料理が下手だからなぁ」
「私は護流さん――男子が台所に立つことに叫ぶぐらい驚きましたよ。……この様な厚意に、どう返せばいいのか戸惑ってしまいます。いただいたら大切に、大切に使わせてもらえば、この時代の行動としては正しいのですか?」
「ああ、うん。そうだね」
まだ彼女は、どこか遠慮して距離感が遠い様に感じる。
何度も転校して新たなコミュニティで馴染もうと努力してきた俺としては、早く気を遣わずに会話ができる関係になりたい。
その為には、まずはゆったり気軽な会話からだ。
「美花、ちょっと喫茶店に寄ってこう。暑すぎるし、小腹が空いた」
「はい、分かりました。どうぞ、私はこちらで待っておりますね」
「違うよ。一緒に冷たい物を飲もうって話」
「わ、私もですか!? すみません……。それは、できません」
手をブンブンと振って断る美花に、ある可能性が過る。
「もしかして、彼氏に悪いとか?」
「彼氏? 何を言っているのか分からないですけど、違います。その、贅沢はできません」
また、それか。
それなら、ちょっと強引だけど仕方ない。
「俺が飲み食いしたいからさ。一人だと気まずいから付き合って欲しい」
流石に俺が引き下がらないのを察したのか、小さく頷いてくれた。
店内へ入り席に座ると、汗が急激に冷える様な冷房の風が心地よく肌に当たる。
スマホで好きなものを頼んで注文をするよう促したけど、美花は頑なに
「私は、このいただいた水で充分でございます。どうしても、贅沢をするのは非国民だという罪悪感が抜けず……」
と遠慮する姿勢を貫き続けている。
非国民って……。
その言葉は、どういう意味なのかとは聞けないぐらい重い空気だ。
店員さんに迷惑を掛けても悪いから、先に俺の判断で注文をさせてもらった。
「護流さん、ごめんなさい」
俺の苦笑から何か察したのか、美花がピシッと姿勢を正して頭を下げてきた。
「何を謝ってるの? 何も謝ることはないと思うよ」
「考えてしまうのですよ。私は戦争があるのが常識の時代でを生きてきました。こ今の時代の基準で考えると、私は異端の非国民も同然ですよね。護流さんに迷惑を掛けてばかりなのが情けない」
一緒に楽しい雰囲気で話したかったけど、どう返したものか……。
戸惑っている時、店員さんがアイスコーヒーとクリームソーダを持って来てくれた。
冷えたクリームソーダに浮かぶアイスを見つめ目を輝かせた美花は、ハッとした様に唇を引き結ぶ。
「美花も遠慮なくね? はい、スプーン」
「い、いえ……。私は、お気になさらないでください! こちらは護流さんがどうぞ!」
「そんなに飲めないし、お腹壊しちゃうよ。勿体ないけど、残すしかないか」
「そそ、それはダメですよっ? 勿体ない、だけど家族に申し訳ない……っ」
良い感じに揺れてるけど、まだ遠慮してるな。
膝の上に置いた手が強く握られ、ぷるぷる震えてる。
「美花が食べないと折角のアイスも溶けちゃうけど、いいのかな?」
「そ、そんなな!? 分かりました。いただきます!」
パクッと意を決した様に口にした美花は、口元を手で覆いながら咀嚼し――ポロポロと涙を流した。
「え、泣く程に嫌だった!? もしかしてアレルギーとか!? すぐに救急車を」
「おい、しい……っ」
「……ん?」
「こんなに甘くて美味しいものを食べたのは初めてで……っ。もう、今までの自分に戻れないぐらい嬉しくてっ。同時に、家族や友達に申し訳なくてっ!」
感極まったのかな……?
顔をくしゃくしゃに歪めながら涙を流す美花にハンカチを手渡す。
溢れ出る様に、次々と心の声を聞かせてくれるのが嬉しい。
「喜んでくれて嬉しいよ。遠慮しないでさ、一緒に笑っていこう?」
「ありがとう、ございます。わ、私たちは、ずっと戦争で友達と楽しく遊ぶとかできなかったので……っ。こんなにも美味しいものを安心して食べながら、お友達と話せる幸せを味わえるのが、もう言葉にできず……っ」
美花の頬を伝う涙をハンカチで拭いながら、彼女が落ち着くまで話を聞き続けた。
もう戦時中から来たという話が仮に嘘だったとしても、別に良いかもな。
もし、仮にタイムスリップが真実だとしたら……。
美花の様に前向きに、時代すら違うコミュニティへ馴染む努力を俺はできるか?
発狂せず過ごせるのか? いや、考えても仕方ないし、どうでもいい。
大切なのは、俺が既に美花を尊敬してるってことだ。
根性も礼儀も、そして家族や仲間を大切にする姿勢も、美花は俺より遙かに立派だ。
俺は、この子を信じたい。
この子を信じて騙されるなら、それすら幸せなのかもしれない――。



