80年越しの君とあの蛍を忘れない

 二〇二五年八月十五日。

 着替えを済ませてリビングへ下りると、ピンと姿勢を伸ばしながらテレビを見てる美花の姿があった。

 『第二次世界大戦の終結から八十年の節目となる本日、全国各地で追悼とともに戦争を語り継ぐ行事が執り行われます』

 「……ぅ」

 画面が白黒に変わる。次々と落とされる爆弾を見た美花が一瞬、口元を押さえた。

 映像はすぐに現代のスタジオへと切り替わる。

 『この悲劇を繰り返さず、戦後百年二百年と平和を維持していく為には一体、何が必要なのでしょうか。スタジオにコメンテーターの方々をお招きしております』

 「……本当に、私は未来へ来たんだ。この時代で生きていく常識を学ばなければ……」

 ぼつりと漏れ出たかの様な声が聞こえた。

 大きく深呼吸をして(こぶし)を握り締めてる。

 そろそろ声をかけても良いだろう。

 「美花、そろそろ準備しよっか? 婆ちゃんが部屋で待ってるよ」

 「は、はい。すぐに用意して参ります!」

 美花は母さんが使ってた部屋へと駆けていった。

 俺が選んだ母さんの服の組み合わせを気に入ってくれるといいけど。

 玄関のドアを開けた瞬間、熱風かと思う空気に足が止まりかける。

 この暑さで、八十年前は冷房とかも使えなかったのかな……。

 美花の様子を見たからか、終戦記念日だからか。色々と考えてしまう。

 「お待たせいたしました! この衣服に(くつ)、凄く動きやすいです!」

 少しミンミンとセミの鳴く玄関前で待っていると、美花が元気よく飛び出してきた。

 「え、めっちゃ良い……」

 思わず見入ってしまう。

 ぶかぶかの青いシャツに、白いスカート、サンダル姿の彼女が涼しげで(さわ)やかだ。

 母さんの古着を彼女が着ると、こんなにも可愛く仕上がるとは……。

 昨日の汚れた姿より今の方が笑顔も輝いてみえる。

 思わず俺まで顔が(ゆる)むな。

 「凄く美花に似合ってるよ。爽やかで可愛いね。服も喜んでるんじゃないかな?」

 「私も負けずに喜んでいます! まさか、こんなに綺麗で可愛い衣服へ袖を通せる幸せを味わえるとは……。護流さん、ありがとうございます!」

 平静を装っているのか、自分の中で気持ちを切り替えたのか。

 昨日の悲痛さは感じられない。

 「空襲に怯えないで堂々と道を歩けるなんて……。まだ違和感ありますが、とても嬉しいです」

 一歩一歩、歩くのすら幸せそうにしているのが微笑ましいなぁ。

 今日は美花に必要な布団を買いに近くのホームセンターまで行く。

 贅沢はできないと遠慮していた美花を説得するのには骨が折れたけど、婆ちゃんが「じゃあ護流の布団で寝るかい?」と聞くと、悩んだ後に納得していた。

 だけど、昨日の様に美花をソファで寝かせてしまうのは俺も嫌だ。

 しっかりした布団を買ってあげたい。

 スマホで良さそうな布団も調べてスクショしてある。

 スマホは忘れてないかポケットに手を入れると、手に丸い飴を包む袋のギザギザした切端が食い込む感触が伝わってきた。

 「……。またか」

 「護流さん? どうしたのですか?」

 「ポケットに飴を勝手に入れられてる。毎日毎日、二つも食べらんないってのに」

 苦笑しながら美花に見せると、ふわっと優しい笑みを浮かべた。

 「お婆様、優しくて素敵ですね」

 「お節介って言うんじゃない? 断ってるのに、何で分かってくれないのかな」

 「喜ぶことをしたいからだと思いますよ。食べ物を沢山いただけるなんて、私からすると(うらや)ましいです」

 戦時中は食べる物に困ってたと資料に書いてあったな。

 基本的には(いも)とか、場合によっては、その辺の雑草でも食べていたとか。

 俺は雑草を食べたことないから実感が湧かないけど、比べれば飴玉はご馳走だよな。

 話を変えつつ、遠くが歪んで見える程に暑いアスファルトの上を歩く。

 美花はキョロキョロと空を警戒したり、物音にビクッと震えてはホッと安心してを繰り返してる。

 挙動不審とも言える様子に最初は驚いたけど、いっそ愛らしく見えてきたな……。

 すぐに「これは何ですか」、「あれは何ですか」と尋ねては(きょう)(がく)する彼女の表情が凄く面白くて、隣にいるだけで自然と笑顔になる――。

 「――す、凄く大きな配給所ですね」

 「ここはお店。ホームセンターだよ」

 「お店だったのですか!? そ、そうですよね、お店が営業できる時代ですものね。ホームは家。センターは……中心、とかですよね? つまり、ここは『家の中心』ですか?」

 「直訳しすぎだよ。調べるから待って」

 スマホのAIで調べると、ホームセンターは和製英語らしい。

 「家に必要な物が集中してるショッピングセンターみたいなものらしいよ。というか、英語も分かるんだ?」

 「え、あ、はい。少し前までは、習うこともできましたので……。その板は辞書でもあるのですか?」

 「そうだね。スマホこと板くんには辞書機能もあるよ」

 「す、凄いですね。本当に、たった八十年で……」

 驚愕に目を見開く彼女が面白くて、俺は一つ思いついてしまった。

 スマホで驚いてくれる彼女なら、もっと良い反応をしてくれて仲良くなる為のネタになるかも?

 彼女の耳にワイヤレスイヤホンを差し込む。

 「え、耳栓ですか? 聞こえな――ひゃ!? おおお、音が!?」

 ブルートゥース接続したスマホから俺の好きな音楽を流すと、彼女は飛び跳ねた。

 「ま、護流さん!? 何ですか、これ!?」

 「あははっ。音楽も聴けるし、これを使って会話もできるのを教えたくてさ。驚かせて、ごめんね」

 「もう! 絶対にイタズラ心がありましたよね?」

 むくれた様な彼女を尻目に「早く行こうよ」と店内へ入る。

 少し仲良くなれたかなと彼女へ目線を向ける。

 美花は入口でイヤホンを見つめたまま、どこか哀しそうな瞳をしていた。

 「こんな通信機が私の時代にあれば……。沢山の人が混乱なく避難ができたのかな。わけも分からず死なずに済んだのかな……」

 彼女の呟きは、聞こえなかったことにする。

 文明の進歩の結果なんだから、考えても仕方ない――。

 必要な布団セットを箱ごと購入し、セルフレジでバーコード決済をする。

 帰りは熱射で更に暑くなった道を大荷物抱えて帰るのか……。汗だくになるなぁ。

 肌寒いくらい冷房の効いた店内から出たくないけど、それじゃあ家にも帰れない。

 気合いを入れて布団セットを持ち上げ店外へ出ようとするが、服をグイっと後ろから引かれた。

 「護流さん、万引きはダメです」

 「はい?」

 「お金がないなら、商品を返して謝りましょう。私も一緒に謝りますから!」

 ちょっと、変なことを言うの止めて欲しいんだが?

 他のお客さんとかの凄く冷たい視線が集まってるから!

 美花の向けてくる視線も、まるで氷の様に冷たい。

 「な、何を言って――。ああ、もしかして?」

 美花は、俺が支払いを済ませてないと勘違いしてるのか?

 「何でしょうか? 何を言われても、私は恩人が道理に背くのを見過ごしませんよ。一緒に頭を下げて謝ります」

 真剣な表情で、掴んだ服の(すそ)を力強く握り締めてる。

 絶対に逃がさないという強い意志が伝わって来るようだ。

 元々、正義感や責任感が強いタイプなんだろうなぁ。

 一旦、梱包された布団セットを床に置かせてもらい、レシートを見せた。

 「ほら、もうお金は払ってるんだよ」

 「……え? そんなはずありません。ずっと隣にいましたが、お店の方に、お金を払ってる様子を私は見ていないですよ」

 「お客様。失礼ですが、よろしいですか? 確認をさせてください」

 「あ。ほら、護流さん! 店員さんですよ。この度は、本当に申し訳ございません。この通り、お()びさせてください!」

 怪しんでやってきた店員さんに、美花は深々と頭を下げている。

 説明するより証拠だな。

 俺がレシートと商品を見せると、店員さんは確認して笑顔で頷いた。

 「すいません。彼女はセルフレジとかキャッシュレス決済を知らないらしくて」

 「そうでしたか。大変に失礼をいたしました。ご利用ありがとうございました」

 中学生ぐらいだと、親から渡された現金しか使えない子も沢山いるからな。

 店員さんも、納得した様に笑ってくれた。

 「え? え? よ、よいのですか?」

 さっきまでのキリッとした表情が、途端に年齢相応の幼さに変わった。

 目をまん丸にして驚いている美花に、思わず笑いが込み上げてくる。

 この子は不正とか嘘を許さない本当に良い子なんだな。

 「そ、そのレシートというものが、ここでは配給切符の代わりになるということでしょうか?」

 「よく分からないけど、そうなるのかな? とりあえず帰りながら話そっか」

 困惑した様子の美花を連れて店を出る。

 本当に良いのかとオドオドしながら歩く美花が面白い。

 「あのね、店員さんがいなくても専用のレジを使ってスマホ支払い……。まぁ支払い用の機能があるんだよ。チャージしたお金から代金分が引かれるシステムなんだ」

 「……よ、よく理解できませんが、悪いことはしていないんですよね?」

 「当然だよ。店員さんの様子も見たでしょう?」

 「そっ……。そうでしたか。護流さん、疑ってごめんなさい」

 シュンと縮こまった美花が、小型犬の様で愛らしい。

 「ううん。むしろ、ありがとう」

 「ありがとう、ですか?」

 「うん。俺の為に、一緒に頭を下げようとしてくれたんでしょう? だから、ありがとう」

 「そんな当然のことで、お礼を言われましても……」

 人の罪を一緒に背負うのを当然と言い切れる子なんて、どれだけいるんだろうか。

 少なくとも、だ。

 大失敗を犯した時に()れ物扱いされていた俺としては、とても当然とは思えない。

 「むしろ、私は謝罪をしたいです。この時代の知識に(うと)く、迷惑ばかりを掛けてしまっています」

 こういう時、「気にしないで」と言われても、居たたまれず気にしてしまうんだと知っている。

 俺がミスをした時も、(なぐさ)めより次のチャンスや罰を与えて欲しかったんだから。

 「じゃあ、荷物を運ぶの少し手伝ってよ。俺は布団を持つから、(かばん)とスマホを代わりによろしく。あと、このスマホ見て機能を覚えられそうなら覚えて。歩きスマホは危ないから、俺の真後ろから離れない様に」

 「は、はい! 新しいことを学べるなんて……嬉しい!」

 学ぶのが嬉しいって……。本気で言ってるのか?

 ゲームとかなら分からなくもないけど。

 夏の日差しで熱したフライパンの様になってるアスファルトの上。

 抱える様に布団を運んでると、「板を壊しちゃいました」とか「こんなものが八十年の間で発明されるのですか!?」と一喜一憂する美花の声が聞こえてくる。

 会ったばかりの関係なのに、それが凄く楽しいと感じたのは……何でかな。

 無気力だった自分を忘れかけるぐらい、美花がエネルギッシュだと感じるからか?

 常に真剣な姿は、まるで本当に現代へ()()もうと頑張ってる様に見えた。

 それにしても、暑いし重い……。

 熊谷の夏、一気に大荷物を持って歩くのは無謀だな。

 「ちょっと休憩しようか」

 日陰に入り布団を降ろす。シャツをパタつかせると入ってくる空気が一瞬心地よいけれど、すぐにジメジメとしてくる。

 体力が奪われていくというか、頭がボウッとする。

 「あの、護流さん。良ければ、私が運んでもいいですか? そもそも私の使うお布団ですから」

 「え? 美花が? いやいや、重いよ?」

 「重さは大丈夫です。それでは、失礼しますね」

 ほっと一息で布団を担ぐと、美花はスタスタと道を歩き始めた。

 「お、驚いたな。この華奢(きゃしゃ)な姿で、どこからパワーが出てくるの?」

 「陣地構築とか土木工事で足腰を(きた)えましたからね。これぐらい何てことはありませんよ」

 「マジか……。そういうバイトをしてたの?」

 「バイトとは、何でしょうか? 私たちは命令に従わざるを得なかったもので……」

 命令……。強制労働ってことか?

 「命令に従わない手はなかったの? 給料ももらえないのに働かされるって変だと思うんだよね」

 「生存の為ですから。皆が一丸になってる中、作業に参加しなければ罰せられます」

 美花は悲しげな笑みを浮かべながら言った。

 戦時中、参加しないと罰を与えられる強制労働……。

 美花の力強さを目にすると、不思議と戦時下の背景や生活が重なって脳内に浮かんでくる様だ。

 「この角を曲がるのでしたよね?」

 「ああ、うん。よく道を覚えてるね。俺なんかナビに頼りきりなのにさ」

 「ナビが何かは分かりませんが、道を覚えるのは得意です。張り切っていきますね!」

 途中で交代しようかと提案をしても、美花は「まだまだ大丈夫です」と、笑顔で荷物を離さなかった。自分の使う道具だから強がってるのかな。