世界が君を忘れる前に

「やっぱ、顔って大事だよね」
「最近、隣のクラスの佐々木さん、肌荒れしてからLIKE急激に減ったんだってさ」
「え、去年文化祭のミスコン出てた子だよね?」
「そうそう、めっちゃ人気だったのにびっくりだよ」
「男子も清潔感ないと終わるって言うよね」
「私も脱毛してないと印象悪いって聞いたよ」
「結局さ、努力してる人が生き残る世界ってことだよね」

昼休み、クラスの女子たちが、お弁当を囲みながらそんなことを話していた。
私は日和の話を聞きながらも、そっちの会話が気になって仕方がなかった。

「結衣?」
「あ…えっとそれで、告白はいつするの?」
「もー!しないことにしたって話をしてるの!」
「あ、ごめんごめん。でも、日和は絶対すると思ったのにな」
「そりゃ、私だって相手が同級生だったらしてるわよ。でも、家庭教師の大学生相手じゃさ~、望みないじゃん…?向こうからしたら、女子高生に手出せないだろうしさ」
「まあね~、本当は受け入れてもらえる気持ちでも、女子高生ってだけでブレーキかかることはありそうだよね」
「そうそう、だからせめて卒業してから告った方が、勝率上がるよなーって。あ、そういえば、結衣がこの前言ってた、ネイルして勝率上げるとかなんとかって、なんの話だったの?」
「んーそれはー…」

空席の瀬尾くんの机を見る。

「ただ、ちょっとでもこう…光っていた方が?私って言う存在を意識してくれるかなーって」
「…瀬尾くん?」
「うん…あ、別に好きとかじゃないからね?なんかこう…瀬尾くん見てると、変な気持ちになるの」
「変な気持ち…?」
「上手く言語化出来ないんだけど、瀬尾くんって、世界に1人しかいないみたいな顔をするからさ。目印になりたいなって」
「え…それって…好きってことなんじゃ」
「ち、ちがっ…!」

「結衣ちゃん!一緒に写真撮ってもらってもいいかな?私最近風邪で学校休んでたからLIKE稼げてなくて…」

ニヤついている日和に微力の威嚇をして、私は何食わぬ顔で、クラスメイトの奈美ちゃんと写真を撮る。

「ありがとう!結衣ちゃんとの写真あげるといいね増えるんだよね〜いつも助かってます!」
「ううん、このくらいならいつでも協力するよ。風邪は大丈夫?」
「うん!もう平気!…あとさ、結衣ちゃんって瀬尾くんと仲良しじゃん?」
「うーん、まあ仲良しなのかな?」
「その…瀬尾くんって好きな人とか…いるのかな」
「え?…い、いないと思うけど…そういう話したことないから知らない」
「そっか!…写真ありがとね!」
「うん…!」

席に戻ると、日和はまたニヤて見せた。

「こそこそ勝率上げて、目印になってるだけじゃ余裕ないかもよ?」
「はー?だから、瀬尾くんのことは好きとかじゃないから」
「ふーん、ならいいけど?瀬尾くん、意外とモテるみたいだよ。この前も隣のクラスの女子に話しかけられてるの見たし」
「へー、いいんじゃない。ほら好かれれば、LIKE増えるし」

私は残りのお弁当を一気に口に入れた。
好物の玉子焼きが、さっきよりも甘く感じて少し咳払いをする。

海辺で、瀬尾くんの右手に重ねた時の感触。
大きくて、ゴツゴツしてて、顔に似合わず逞しかった。
あの時、瀬尾くんは私の手を振り払うことはなく、私がそっと手を離した後も、しばらく動かずにそのままでいた。
「もうすっかり暗くなっちゃったね」というと、「そうだね、送っていく」と言ってゆっくり立ち上がり、私は後を追うように歩いた。

結局、本当に知りたかったことは未だに聞けていなくて。
それも聞いていいのか分からなくて、ずっと同じ気持ちを行き来している。
日和には目印になりたいなんて言ったけれど、瀬尾くんが望んでいるわけでもないのに、図々しいのではないかとか、莉音ちゃんの話をしてくれたのはただ私に気を許しているからなだけで、特別な感情があるわけではないんだろうなとか。

いつかに見たSNSでの投稿にこんなことが書いてあった。

——人って、一緒に居る人に引っ張られるから。自分を大切にしたいなら、付き合う相手はちゃんと選ぶべき。

この投稿には何十万LIKEもついていて、コメント欄には、

『ほんとそれ』
『環境って大事』
『自分より頑張っている人といるようになって人生変わった』

と、最初こそそんな言葉が並んでいたけれど、次第に、

『LIKE残高に差があると気まずくなる』
『レベルを合わせることこそが優しさ』

そんな言葉が並ぶようになった。
「付き合う相手」が、「LIKE残高」という意味にすり替わって、

—LIKEが少ない人とつるんでも、自分まで下がるだけ
—自分の将来のためにも、相手を選ぼう

といった言葉がバズるようになった。

だからみんな、大体同じくらいのLIKE数である友人と仲良くなる。
互いを褒め合い、高めあう。
そうやって生きているのが当たり前の世界で、私は瀬尾くんの気持ちを知ってどうしたいんだろう。

もし、瀬尾くんの気持ちが知れて、この世界に対する考えが理解できて、共感して、共鳴したら、私の今持っているLIKEは、減ってしまうのだろうか。

瀬尾くんのことが知りたいのに、ほんの少しだけ、怖い。

こんな気持ちは、日和みたいな綺麗な恋心なんかじゃない。
ただの同情で、見過ごせないというただのエゴ。
結局、私はLIKE数が少ない瀬尾くんを、私のために助けたいだけな気がする。
目の前で瀬尾くんが消えて、またあの感情に苛まれたくないから。
一緒に夏を越したいなんて、瀬尾くんからしたら迷惑かもしれないのに。

廊下に出ると、瀬尾くんが多目的ルームで複数の女子に囲まれていた。
何の話をしているかは分からない。ただ、左手首を掴んで困っているように見える。

「瀬尾くん」
「西野さん…」
「先生が、呼んでた。職員室こいってさ」
「わ、分かった」
「え、瀬尾くんちょっとー!」

瀬尾くんは女子たちの惜しむ声に、振り返りもせずに廊下を歩いていく。角を曲がって階段に差し掛かった時に立ち止まり振り向いてきた。

「ありがとう。先生、別に呼んでないんでしょ?」
「うん、困ってるように見えたから」
「助かったよ。LIKE残高見せてって強引に言われて…」
「よかった、助けになって」

他学年も使う階段だからか、立ち止まって話していると、複数の視線を感じる。
私たちを見てなにかコソコソ話している。
いつものことだ。インフルエンサーはこういうもの。
これは、いい視線。羨ましい、可愛い、綺麗の、視線。

「西野さん?顔色悪いよ、大丈夫?」
「え?平気平気」
「…ちょっと来て」

瀬尾くんは私の顔色を覗き込んだ後、何か閃いたかのように私の腕を引っ張った。

「え、ここ入っていいの?」
「ダメだよ」

屋上に繋がる階段は、私が入学した頃からずっと「立ち入り禁止」の看板が置かれていて、暗黙の了解でみんなそのルールを守っている。
「ダメだよ」と言った言葉とは裏腹に、瀬尾くんは階段を上っていく。そんな後ろ姿に吸い寄せられるように、私は初めてルールを破った。
屋上の扉の鍵は開いていて、簡単に出られてしまう。怒られてLIKEを減らしたくないから、生徒が屋上に出るはずがないと高を括って、先生たちは鍵をかけていなかったのだろうか。

「鍵…開いてたんだ」
「ううん、僕が開けた」
「え?!…瀬尾くん、何者?」
「ははは、ただの転校生だよ」

そう言いながら瀬尾くんは空を見上げる。雲ひとつない晴天が、私たちの頭上に広がっていた。

「わ~今日こんな綺麗な空だったっけ」
「みんな下向いて歩いたり、手元のスマホばっかり見てるから、こんな綺麗な空見過ごすなんてもったいないよ」
「ほんとだね、なんかすごく空気もおいしく感じる」

私は深呼吸をしながら両手を広げた。
そんな様子を見ながら、瀬尾くんは微笑んだ。

「よかった、顔色よくなった」
「あ…それで連れてきてくれたの?」
「うん、秘密だよ、僕ここ気に入ってるから」

瀬尾くんは太陽を背にして、コンクリートの床に座る。
私も少し間をあけてしゃがみ込んだ。

また、瀬尾くんのやさしさに触れた。
あたたかくて、綺麗で、ふんわりする気持ち。
座って空を見上げている瀬尾くんの横顔は、つい見惚れてしまうほど、美しく見える。
髪の毛が風に揺れていて、すっと通った鼻筋と薄く閉じられた唇も綺麗。

「なんでそんなに見つめるの?」
「…!」

ふと我に返った私は慌てて前を向く。
反対に瀬尾くんは私を見つめてきて、その視線に熱くなる。
思わず、髪の毛で顔を隠した。

「ごめん、瀬尾くんの横顔、綺麗で…つい…」
「綺麗?初めて言われた。それって女の子に使う言葉じゃない?」
「ううん!男の子にも使っていい言葉だよ」
「そう?じゃあ、ありがとう…?」
「うん…聞かないの?さっき、急にどうしたのって」

気になるだろうに、何も聞いてくる素振りのない瀬尾くんに、つい自ら打ち明けたくなった。
さっき、みんなの視線で思い出した、過去の事。昔、インフルエンサーになる過程で起こった、ある事実。

「昔ね、まだ全然今みたいになる前の話なんだけど、いじめられたことあるんだ。いじめって言っていいか分からないし、大袈裟なのかもしれないけど。LIKE増やそうって頑張ってSNS投稿してて、それで、自分のこと大好きで見ててキツイって言われた。当時はこんなド田舎で、インフルエンサー目指してる人とか居なかったし、周りの子は、SNSを承認欲求でやると言うよりは、見る専みたいな人ばっかでさ」
「まあ、浮いてたんだよね私。私は私の経験で、LIKEが無くなるのが怖くて、努力しようって思ってやってたんだけど、それを理解してくれる人は周りにはいなかった。今みたいな視線を向けてくれる人なんて、ひとりもいなかった」

キツイ、キモい、承認欲求ダサい、
特別に可愛いわけじゃないのに勘違いしてる、
そんな視線を浴びていた当時は、こんな高校生活を送れるなんて思ってもみなかった。
わざわざ家から少し離れた高校を選んで、素敵な親友にも恵まれて、努力が身になって、念願のインフルエンサーにもなれて。

でもたまに、本当にたまに、
昔浴びてきた視線と重なってしまう時がある。

髪の毛変だと思われてない?
メイクがダサいとか言われてる?
太ったとか思われてない?
肌荒れ隠せてなかったかな。
昨日の夜ご飯、沢山食べたから浮腫んでるかな。

そう思う度に、大丈夫だって言い聞かせて。
努力してきた事実を思い出す。

動画サイトを見てメイクを練習して、
ダイエットの為に毎朝走って、
脱毛サロンに通って、
流行の服を買った。

これだけ気をつけて、これだけやってきたんだから大丈夫だって。
「生まれつき顔が良くていいね」って言われても、何も知らないのによくそんなこと言えるよねって鼻で笑えるくらいの努力をしてきたんだから大丈夫。

手首に記されてあるLIKE残高が、私の努力の証で、
私の生きた証。認められた証拠。

「大勢に愛される人は、大変だよね」

瀬尾くんは、分かったような口ぶりで私の話に返事をする。
私はその言葉に、テキトーさと引っかかりを感じた。
自ら打ち明けた話を聞いてくれて、反応してくれただけなのに、LIKE残高が少ない瀬尾くんには私の気持ちは分からない、なんて思ってしまった。

「瀬尾くんさ、もしかして私のこと馬鹿にしてる?」
「え…?」

自分でも、何を言っているのか分からない。
こんなこと言いたいんじゃない。

「大勢の人に愛されたいと思う方が怖いって、前に言ってたでしょ。それって、大勢に愛されるように努力してる私を、少し馬鹿にしてるんじゃない?大勢に愛されて認められることを選んだのは自分なのに、少しの視線に敏感で、ビビって。昔浴びてきた視線を、まだ忘れられなくて。さっきみたいになる。ああ、大変だな、そんな風になるなら、そもそもLIKE残高を増やそうとなんてしなくてもいいのに。なんて、思ってるんじゃない?」

私の言葉に、瀬尾くんは目をまん丸にして驚いている。
当然だ。私も、私から出る言葉に驚いているから。

「…そう、思ってるのかもしれない」

瀬尾くんは、少し俯いて、ゆっくり答えた。
私の目に涙が溜まっていることに気がついた瀬尾くんは、ハンカチを渡しながら話を続けた。

「東京に居た時、親友がいたんだ。そいつの名前は園田夏」
「園田夏…って、あの園田夏?!」
「そう、この名前を聞くと真っ先に思い出すでしょ。若手俳優の未成年飲酒って」
「同じマンションに住んでて、仲良くなったんだ。3つ年上の夏くんは、高校三年生の卒業間近の時、未成年飲酒で捕まった。デビュー作で一気に売れて、天狗になってたって話も事実だと思う。俳優の仕事をするようになってから、夏くんはどんどん変わってった。連む人も、遊ぶ場所も派手になって、僕とも会う回数が減ってた」
「知ってると思うけど、あの事件があって、夏くんは沢山の誹謗中傷を浴びたんだ。芸能界にはもちろん居られなくなったし、釈放されてからはLIKE残高を気にする生活になった。俳優だった時は、いちいち気にすることが馬鹿らしいくらいの残高数だったよ」

昼休みが終わる時間。
かすかに聞こえるチャイムを、私は聞こえていないふりをする。

「…今、西野さんに言われて腑に落ちた。夏くんの事件があって、大勢に愛されたって、LIKEが減った時の反動は大きくなるだけって知ったから、僕は君がしていることが、馬鹿らしいって思ってるのかもしれない」
「でも、君がしてきた努力と経験は、馬鹿にはしてない。生きるためには必要なことなのも理解できるんだ。だから、時々、キラキラしている君を見ると、羨ましくも思う。そんな風に笑えたらとも思う」
「…だったら、瀬尾くんなりのLIKEを稼ぐ方法を探そうよ。じゃないと、瀬尾くん、この夏過ぎたら…」
「ただね、僕はこのままでいいんだ」
「…このまま?」

瀬尾くんは少しだけ目を伏せた。
その姿がどうしても寂しそうに見えて、思わず手が伸びそうになる。

「僕は、夏くんがダメなことしてるって気づいてた。微かにお酒の匂いがして、でも何も言えなかった。莉音のことだってそう。LIKE残高を気にせずに過ごしてる莉音を、止めなかった。何も、言えなかった」
「そ、そんなの、別に…瀬尾くんのせいでとかじゃないじゃん」
「いや。うん、そうなんだろうけどね。どうしても僕があの時、って思うんだ。あとね、莉音が消える前に言ったんだ。「大勢に愛される毎日より、たった一人に認められる毎日の方が幸せだよ」って」

返す言葉が、見つからない。
莉音ちゃんは、自分の存在が消失してしまう直前に、そんなことを考えていたんだ。

「文通してる時にもね、「周りのほとんどの人が誰にも覚えてもらえてない中、1人に強く覚えていてもらえてる私は幸せ者だ」って言ってた。大人びた妹で、ほんとびっくりだよ。…でもその言葉にちゃんと当てられたんだ」
「当てられたって…つまりどういうこと…?」
「君たちは、大勢に愛されて、誰かに認められないと、人間の存在価値はないと思っているでしょう?」
「だって、そうじゃないと、LIKEが…」

瀬尾くんは、床に寝転んで、空を見あげた。
夏の日差しに目を細めながら、風を感じながら、小さく息を吐く。

「存在価値なんてなくたって、生きていてもいいじゃん。大勢に愛されていなくても、認められていなくても、生きていてもいいじゃん。その中で、誰かひとり、たったひとりにさえ認めてもらえて、愛されたら、それで十分なんだ」

真っ直ぐ空に手を伸ばして、拳を握りしめる。
私がキョトンとした顔で見つめていると、瀬尾くんはゆっくり起き上がって、ふやけた顔で笑ってみせた。

「僕は、大勢からもらったLIKEより、たったひとりにもらった1LIKEの方が価値があると思うって話」

風が吹いて、フェンスが微かに音を立てる。
私は、返事が出来なかった。

「そんな1LIKEを探しに、僕はこの町に来たんだよ」

そう話す瀬尾くんは、私よりうんと大人びて見えて、
自分に向けた苛立ちを、彼にぶつけてしまった身勝手さに恥ずかしくなった。
同時に、瀬尾くんの探している1LIKEの相手に、私がなれたらとも思った。

でも不思議とそんな願いは口にしてはいけない気がして、
風を感じて目を閉じた瀬尾くんの横顔を、私はただ見つめた。


***

明日から夏休みに入るからか、学校中が浮ついている気がする。
陽気な子達はさらに元気になって、普段大人しい子も笑顔が増えている。

「明日から夏休みだからって、今日1日気を抜くなよー」

朝のホームルームが終わって、音楽室に移動する。
2組の前を通った時、日和が教室の中を覗き込みながら「そういえばさ」と続けた。

「佐々木さんいるじゃん?」
「佐々木さんってあのミスコン出てた2組の?」
「そうそう、去年は結衣と佐々木さんの2強だったなーってそんな話は良くてさ」
「なによ」
「最近学校来てないんだってさ」
「…風邪?」
「ううん、なんか、肌荒れで急激にLIKEが減っちゃってから様子がおかしかったって聞いた。結衣、たまに廊下で話してなかった?」
「最近は全くだったけど、それこそ去年の今頃は話してたね、ミスコンの話とかしてた」
「なんか心配じゃない…?」
「そう、だね…大丈夫かな…」

佐々木さん。確か下の名前は、結華ちゃんだったはず。
名前似てるねって、佐々木さんから話しかけてくれたのを覚えている。
出たくないと主張しても、クラスの子達は聞いてくれなくて、渋々出場することになった私は、ミスコンの集まりではいつも不貞腐れてて。
そんな中、佐々木さんは笑顔で話しかけてくれた。

初めて見た時は、背が高くて、髪の毛が長くて、夏のセーラー服がよく似合ってるなという印象だった。
SNSのフォロワーの数もしっかりと獲得していて、コアなファンもいるイメージ。

それなのに、肌荒れしただけでLIKE残高が急激に減るなんて…
怖い。怖すぎる。
私もいつそうなるか…

「そういえばー」
「ん?」

音楽室に行く前に寄ったトイレの洗面所で、日和は髪の毛を結び直しながら続けた。

「この前の、瀬尾くんと消えてた1限分!あれ結局どこに行ってたの?」
「どんだけ聞いてきても言わないって言ったじゃーん」

瀬尾くんに、秘密ねって言われてるから、絶対絶対言わないもん。

「奈美、かなり怪しんでたよ」
「あ、そうだ。奈美ちゃん瀬尾くんのこと、あれはもう好きだよね?」
「うん、あれは好きだろうね。話しかけたいオーラ凄いし」
「うーん、あ、でも明日から夏休みだし気まずさは緩和するか〜」
「夏祭り!奈美が瀬尾くん誘ったらどうするの」
「…別に、私も瀬尾くんと行きたいとかないし」
「はぁ〜素直じゃないね〜」

日和は呆れた顔してトイレを出ていく。
鏡で自分の顔を見て、頬に手を当ててみる。

目を伏せた瀬尾くんの頬に、どうしても手を伸ばしたくなったあの感情は、きっともう恋心だと思う。
彼の横顔を見つめることしか出来なかったのは、瀬尾くんの言う1LIKEの相手になれるか自信がなかったからで。
瀬尾くんが探しているその相手は、もっとずっと凄くて、大人で、彼を光へ引っ張ってくれる人なのではないかと悟ったからだ。

小賢しく遠回しにLIKEを稼がせることなんてしないだろうし、幼稚に自分の苛立ちをぶつけたりしない。

この人のために生きていたい。
この人に出会うために自分は生まれたのだと、そう思える相手。

きっとそんな相手を、瀬尾くんはこの町に探しに来たんだ。
海が近くにある夕凪駅の近くに住んで、園田夏と莉音ちゃんを忘れないようにしながら。

音楽室に入ると、瀬尾くんは静かに教科書を見ていた。
たまに隣の席の男子に話しかけられながら、ただ普通の時間を私たちと共にしている。こんなにも当たり前に存在しているのに、忘れてしまう日が来てしまうなんて、やっぱりどうしても怖くて、どうしても悲しく、おかしい話だ。

ふと窓の外を見ると、下駄箱に向かって歩いている女子生徒が見えた。

…あれ、佐々木さん?

「ねぇ、日和」
「ん?」
「あれ、佐々木さんじゃない?」

私の問いかけに、日和も窓の外を覗く。

「おー佐々木さんだ!よかった学校来れて」
「だね〜様子がおかしいとか、噂に過ぎなかったのかもよ?」
「あ〜噂が一人歩きしたパターンだねこれは」
「うん、ま、何にしても学校来れて良かったね」
「だねだね」

この時の私たちは、ほんの1時間後に何が起こるかも知らずに、ただ呑気に授業を受けていた。政府が作り出したLIKE制度の恐ろしさを、再び体験することになるとは、思いもしなかった。

教室に戻ろうとダラダラ歩いていると、多目的ルームに少しの人集りが出来ていることに気がついた。

「何かあったのかな?」
「…うん、なんだろ」

変な胸騒ぎがして、その人集りに近づきたくないとまで思った。

「あ、佐々木さんだ」

人集りの中心に居たのは、さっき登校して来ていた佐々木さんだった。
日和は積極的に人集りを掻き分けていく。そんな日和に手を引っ張られている私も同様に、気がついたら人集りの真ん中にいた。

過去にも何度か、佐々木さんが生徒に囲まれている所を見たことがあった。その時は、「写真撮って!」とせがまれていて、私がみんなを「1人ずつね!」と宥めた。

でも、今回は違う。
窓際に追いやられているような佐々木さんは恐怖に満ちた表情を浮かべている。そんな佐々木さんを、みんなは心配そうに見つめていた。

「大丈夫?LIKE減ってるって聞いたけど…」
「ずっと心配してた…」

佐々木さんの表情をみて、何か嫌なことを言われているのだと思ったけれど、そんなことはなくて。むしろみんながみんな、心配と興味が混ざった視線を向けていた。

佐々木さんは、歪んだ笑顔で応える。

「大丈夫、大丈夫」

表情と言葉が合っていないことは、ここにいるみんなが気がついている。
なぜなら佐々木さんは、しきりに手首の数字を確認していたから。

誰かが、悪気の無い声をかけた。

「でも、佐々木さんならまた増えるよ!」
「ミスコン出てたくらいだし、ほら可愛いし!」

励ましの言葉が、チラホラ飛び交う。
私と日和が、喧嘩とか嫌なこととかじゃないなら、とこの場を後にしようと動き出した瞬間、佐々木さんが小さく声を出した。

「今の私は、前の私じゃない…」

この声が、みんなに届いたかは分からない。
ただ私には聞こえて、同じく日和も聞こえたようだった。

「もう私、前みたいに可愛くないから」
「今の私を誰が好きになるっていうの…?」

佐々木さん自身が、自分を否定した瞬間、手首の数字が点滅し始めた。

…え?点滅ってもしかして…

LIKE残高がゼロになると、点滅するとどこかで聞いたことがある。

今の言葉で?
自分で自分を否定したから?
ゼロになったら…消える
嘘でしょ。今…ここで…?

周りのみんながその点滅にざわついている時、
ふと誰かに手を握られて、見上げると、そこに立っていたのは瀬尾くんだった。

「え…瀬尾くん?」
「西野さん、目を閉じて」
「え…?」
「いいから!閉じて」

瀬尾くんは片手で私の目を覆った。
何が起こったのかさっぱり分からない。

しばらくすると、瀬尾くんは静かに手を離した。

「…?」

目を開けて周りを見渡すと、人集りが出来ていて、でもみんなの体が向いている方には、誰もいなかった。

あれ…私何してたっけ?瀬尾くんに手を握られて…

手を握られて…?!

手を繋いでいる事実に驚き、ふたりで勢いよく手を離す。

「ご、ごめん、あれ。なにしてるんだろ」
「いや、ううん、私もごめん」

周りの生徒たちも疎らに教室に戻っていく。
瀬尾くんも焦りながらその場を後にした。

「なーにー今のー」
「え?」
「手繋いでたじゃん!びっくりしたよ」
「いや私もびっくり…というか私たちここで何してた?」
「…?えーっと、私は2人が手繋いでるのが見えて、えー!てなってそれで…あれ。そもそもなんでここに集まってたんだ?」
「…何してたんだろ」
「うーん…ま、教室戻ろ!数学始まる!」
「う、うん…」

窓際を見つめてみるけど、何も思い出せない。
私はその違和感を抱えたまま、教室に戻った。