俺が入社してしばらく経った頃、いつものようにれーくんとお弁当を食べている時だった。
「……お前に話しときたいことがあるんだ」
「え?どうしたの」
俺がそう聞き返すと少し悩んだようにして重そうな口を開く。
「実はな、俺記憶喪失なんだ」
「………!」
なるほど記憶喪失、それなら納得……つまりは多分、れーくんで間違いない。
「お前はなんだか懐かしい感じがするんだ、でも思い出せない」
「……そっか」
でも今の俺は覚えられていない、ただちょっと仲がいいだけの上司と部下。無理に思い出させても負担がかかるだけだよな………
「俺な、高校生の頃バイトの帰り道で事故にあって頭を打ったんだ。その時に記憶も飛んで今は自分のこととかはだいぶ思い出せてるんだが人の事となると……」
「大事な人でもいたんですか?」
「ああ、いる。いたと思うんだが……思い出せない」
「思い出せるといいね……」
今の俺はそれが俺だということも言えない。言える自信がない。
「凪沙と話してると、懐かしい感じがするんだけど気のせいだよな」
「えっと……多分、わからないけど」
「急にこんなこと言っても困るよな、ごめん。じゃあ先仕事戻るわ」
「い、いってらっしゃい」
俺はただ去っていく背中を見つめることしかできなかった。
その日の夜、仕事も終わり帰宅している途中だった。
「あら、凪沙くん!?久しぶりー!」
「えっと……?」
急に買い物袋を抱えたおばさんが声をかけてきた。しかもその顔は見覚えがある。
「小学生ぶり?ほら、嶺の」
「れーくんのお母さんお久しぶりです」
「その呼び方懐かしいわね〜!こんなに大きくなっちゃって、でも相変わらず凪沙くんは凪沙くんね」
すっかりおばさんより背も高くなってしまいおばさんも頭ではなく肩をポンポンと叩いてくる。
「まさか凪沙くんと会えるなんて思ってなかったわ」
「最近この近くに引っ越してきて」
「そうなの!仕事帰り?」
「はい、荷物持ちましょうか?」
「いいのよ!これでもまだまだ力はあるわよ」
そしておばさんは荷物をひょいっと持ち上げ俺にアピールまでしてくる。
「重そうなのに凄いですね」
「でしょう?あ、そういえばなんだけど……」
おばさんはそう言うと少し俯いて暗い表情を浮かべる。
「あの子ね、記憶喪失なの」
「やっぱり……」
「え、知ってたの?」
「いえ、その………れーくんと同じ会社で」
俺がそう言うとおばさんはびっくりしたように口を開け買い物袋を地面に落とす。
「えっ!?本当!?」
「え、はい?」
「もしかして嶺とご飯食べてたりする?」
「食べてますよ?」
落ちて散らばった荷物を片付けていると慌てたように俺の肩を叩きながら話し出す。
「あの子ね、いつもお昼ご飯食べてくれる新人いるんだけどアイツなんか懐かしいんだよなーって言ってたわよ」
「そ、そうなんですか……痛い………」
「あ、ごめんなさい、荷物もありがとうね」
「いえいえ」
……でもお母さんにもそんなこと言ってたんだな。それでも俺のことは思い出せない、やっぱり今の俺だともう認識してもらえないんだろうか。
「そうだ!凪沙くんのこと嶺に教えてあげましょうか!」
「それは……!それは、えっと…やめてください」
俺が言えるのはそれだけだった、しばらく沈黙が続くと察してくれたのか慌てて謝ってくれた。
俺は「気にしないで」とだけ呟いて家へと向かっていった。
「………」
きっとあの時言ってもらえれば思い出してもらえたらかもしれない。けどそれはなにか違う気がする。
「はぁ」
今日はもう寝よう。お風呂とかご飯もまだだけどなんだか疲れちゃった。
それに高校生の頃も好きだったはずなのに事故にあったことを知らなかったなんて、いくら引っ越してたとはいえ少しくらいもっと会いに行けていればよかったかもしれない。
翌日
ゆっくり目を開けスマホを見ると時間が遅刻ギリギリ、今すぐ出ないと遅刻してしまう時刻になっていた。
「えっ!?」
見ると目覚ましも鳴っていない、セットし忘れだろうか。
そんなことより今は遅刻しないようすぐに出なければいけない。俺は慌てて準備を終え走って駅まで向かった。
(なんとか間に合った)
ギリギリ駆け込み乗車ではあったがこれで遅刻は免れた。
でもなんか走ってきたからか少し頭がフラフラするような………
「村山くん?ここミスあるから修正しといてね」
「……え、あ!すみません」
「大丈夫?顔色悪い?」
「いえ、大丈夫です」
正直大丈夫じゃないかもしれないが今はとりあえず仕事だ。
香山さんの話を聞いた山吹さんも心配そうに顔を覗き込んでくる。
「大丈夫か?お前、飯食ってないだろ」
「まあ、忙しかったので。でも全然!その分昼に………」
「……先休憩入れよ、それ俺がやっとくから」
「でも………」
俺が申し訳なさそうに断ろうとするも無理やり山吹さんに
「あれ、もういるけど」
「え?」
山吹さんが指さす方を見るとそこにはれーくんが弁当を持ちながら立っていた。
時計を見ると確かにいつもの時間だ、俺は慌てて席を立ちれーくんの方へ向かう。
「お、おまたせ……」
(あれ、なんだか力が………)
「凪沙!!!」
気がつくと俺は目の前が真っ暗になっていた。
(ここは……)
目を開けると目の前にれーくんが俺の顔を覗き込んでいた。
「えっ!?」
「ん、起きたか」
(なんだ、寝かせられてただけか)
れーくんの話によれば俺はどうやら貧血で倒れたようだ。昨日の夜から食べてないうえに走ってきたのだから当たり前っちゃそうかもしれない、けどなんだか恥ずかしい。
(……ていうか今どんな体勢なんだ)
ふと、体勢を変えるとそこはれーくんの膝の上、つまり膝枕されていたのだ。
「んなっ!?」
俺は慌てて起き上がり距離を取るため後ずさりするがまだ足元がふらつく。
よろけて転びそうになった俺をれーくんは慌てて支える。
「お前早退しとくか?一応報告はしてるからさ」
「で、でも仕事が……」
俺がそう言いかけるとれーくんはまるで睨んでくるかのように俺を見つめてきた。
「お前な、いい歳して自分の管理すらできてないのかよ」
「うっ」
「……とりあえず飯食え、起きたんなら」
そう言うとれーくんは俺に弁当を渡し自分も弁当箱を開ける。
「え、食べてなかったの」
「誰かさんのせいで食べるどころじゃなかったんだよ」
「それは……ごめんなさい」
れーくんはため息をつくが、なにか思いついたかのように箸を置く。
「じゃあお前、俺のとこ来るか」
「………え?」
「俺の部署で面倒見てやるよ」
「え?」
「社長に話しとくから決まりな」
「え!?」
何も言っていないのに急にすごい話が広がって困惑しているとれーくんは俺の頭をポンポンと撫でる。
「凪沙もその方がいいだろ、俺もお前気に入ってるし」
「で、でもれーくんは……」
俺がそう言った途端、キョトンとした顔でこちらを見つめてきた。
「れーくん……」
「…?どうかしたの?」
「………いや、なんでもない。俺の心配はすんな、貧血でぶっ倒れたお前のが心配だよ」
(それはそう)
自分でもせめて夜ご飯は食べておけばよかったと後悔している。
朝抜く程度ならギリギリ倒れは……しないはずだし。
「まぁ、明日からよろしくな」
「え、明日?」
「おん、じゃあな」
いつの間にか弁当を完食していたれーくんは俺を置いてスタスタと仕事へと戻っていってしまった。
「………れーくん、か」
今日の仕事は周りから過保護なくらい心配されすぎて申し訳なくなり早退させてもらう事にした。
一応病院に行けとも山吹さんに言われたし病院行ってから帰ることにしよう。
その時一件のLIMEが来た。
「社長に話しといたから明日から異動な」
早速直で話しに行ったようで秒で承諾されたらしい。いきなり言われても困るが昔からそういうところもあったし昔からそういうところも好きだったから、まあいいかと思い込み「準備しておきます」とだけ送りスマホをしまった。
いつか思い出してくれたらなにか変わったりするのかな………
「……お前に話しときたいことがあるんだ」
「え?どうしたの」
俺がそう聞き返すと少し悩んだようにして重そうな口を開く。
「実はな、俺記憶喪失なんだ」
「………!」
なるほど記憶喪失、それなら納得……つまりは多分、れーくんで間違いない。
「お前はなんだか懐かしい感じがするんだ、でも思い出せない」
「……そっか」
でも今の俺は覚えられていない、ただちょっと仲がいいだけの上司と部下。無理に思い出させても負担がかかるだけだよな………
「俺な、高校生の頃バイトの帰り道で事故にあって頭を打ったんだ。その時に記憶も飛んで今は自分のこととかはだいぶ思い出せてるんだが人の事となると……」
「大事な人でもいたんですか?」
「ああ、いる。いたと思うんだが……思い出せない」
「思い出せるといいね……」
今の俺はそれが俺だということも言えない。言える自信がない。
「凪沙と話してると、懐かしい感じがするんだけど気のせいだよな」
「えっと……多分、わからないけど」
「急にこんなこと言っても困るよな、ごめん。じゃあ先仕事戻るわ」
「い、いってらっしゃい」
俺はただ去っていく背中を見つめることしかできなかった。
その日の夜、仕事も終わり帰宅している途中だった。
「あら、凪沙くん!?久しぶりー!」
「えっと……?」
急に買い物袋を抱えたおばさんが声をかけてきた。しかもその顔は見覚えがある。
「小学生ぶり?ほら、嶺の」
「れーくんのお母さんお久しぶりです」
「その呼び方懐かしいわね〜!こんなに大きくなっちゃって、でも相変わらず凪沙くんは凪沙くんね」
すっかりおばさんより背も高くなってしまいおばさんも頭ではなく肩をポンポンと叩いてくる。
「まさか凪沙くんと会えるなんて思ってなかったわ」
「最近この近くに引っ越してきて」
「そうなの!仕事帰り?」
「はい、荷物持ちましょうか?」
「いいのよ!これでもまだまだ力はあるわよ」
そしておばさんは荷物をひょいっと持ち上げ俺にアピールまでしてくる。
「重そうなのに凄いですね」
「でしょう?あ、そういえばなんだけど……」
おばさんはそう言うと少し俯いて暗い表情を浮かべる。
「あの子ね、記憶喪失なの」
「やっぱり……」
「え、知ってたの?」
「いえ、その………れーくんと同じ会社で」
俺がそう言うとおばさんはびっくりしたように口を開け買い物袋を地面に落とす。
「えっ!?本当!?」
「え、はい?」
「もしかして嶺とご飯食べてたりする?」
「食べてますよ?」
落ちて散らばった荷物を片付けていると慌てたように俺の肩を叩きながら話し出す。
「あの子ね、いつもお昼ご飯食べてくれる新人いるんだけどアイツなんか懐かしいんだよなーって言ってたわよ」
「そ、そうなんですか……痛い………」
「あ、ごめんなさい、荷物もありがとうね」
「いえいえ」
……でもお母さんにもそんなこと言ってたんだな。それでも俺のことは思い出せない、やっぱり今の俺だともう認識してもらえないんだろうか。
「そうだ!凪沙くんのこと嶺に教えてあげましょうか!」
「それは……!それは、えっと…やめてください」
俺が言えるのはそれだけだった、しばらく沈黙が続くと察してくれたのか慌てて謝ってくれた。
俺は「気にしないで」とだけ呟いて家へと向かっていった。
「………」
きっとあの時言ってもらえれば思い出してもらえたらかもしれない。けどそれはなにか違う気がする。
「はぁ」
今日はもう寝よう。お風呂とかご飯もまだだけどなんだか疲れちゃった。
それに高校生の頃も好きだったはずなのに事故にあったことを知らなかったなんて、いくら引っ越してたとはいえ少しくらいもっと会いに行けていればよかったかもしれない。
翌日
ゆっくり目を開けスマホを見ると時間が遅刻ギリギリ、今すぐ出ないと遅刻してしまう時刻になっていた。
「えっ!?」
見ると目覚ましも鳴っていない、セットし忘れだろうか。
そんなことより今は遅刻しないようすぐに出なければいけない。俺は慌てて準備を終え走って駅まで向かった。
(なんとか間に合った)
ギリギリ駆け込み乗車ではあったがこれで遅刻は免れた。
でもなんか走ってきたからか少し頭がフラフラするような………
「村山くん?ここミスあるから修正しといてね」
「……え、あ!すみません」
「大丈夫?顔色悪い?」
「いえ、大丈夫です」
正直大丈夫じゃないかもしれないが今はとりあえず仕事だ。
香山さんの話を聞いた山吹さんも心配そうに顔を覗き込んでくる。
「大丈夫か?お前、飯食ってないだろ」
「まあ、忙しかったので。でも全然!その分昼に………」
「……先休憩入れよ、それ俺がやっとくから」
「でも………」
俺が申し訳なさそうに断ろうとするも無理やり山吹さんに
「あれ、もういるけど」
「え?」
山吹さんが指さす方を見るとそこにはれーくんが弁当を持ちながら立っていた。
時計を見ると確かにいつもの時間だ、俺は慌てて席を立ちれーくんの方へ向かう。
「お、おまたせ……」
(あれ、なんだか力が………)
「凪沙!!!」
気がつくと俺は目の前が真っ暗になっていた。
(ここは……)
目を開けると目の前にれーくんが俺の顔を覗き込んでいた。
「えっ!?」
「ん、起きたか」
(なんだ、寝かせられてただけか)
れーくんの話によれば俺はどうやら貧血で倒れたようだ。昨日の夜から食べてないうえに走ってきたのだから当たり前っちゃそうかもしれない、けどなんだか恥ずかしい。
(……ていうか今どんな体勢なんだ)
ふと、体勢を変えるとそこはれーくんの膝の上、つまり膝枕されていたのだ。
「んなっ!?」
俺は慌てて起き上がり距離を取るため後ずさりするがまだ足元がふらつく。
よろけて転びそうになった俺をれーくんは慌てて支える。
「お前早退しとくか?一応報告はしてるからさ」
「で、でも仕事が……」
俺がそう言いかけるとれーくんはまるで睨んでくるかのように俺を見つめてきた。
「お前な、いい歳して自分の管理すらできてないのかよ」
「うっ」
「……とりあえず飯食え、起きたんなら」
そう言うとれーくんは俺に弁当を渡し自分も弁当箱を開ける。
「え、食べてなかったの」
「誰かさんのせいで食べるどころじゃなかったんだよ」
「それは……ごめんなさい」
れーくんはため息をつくが、なにか思いついたかのように箸を置く。
「じゃあお前、俺のとこ来るか」
「………え?」
「俺の部署で面倒見てやるよ」
「え?」
「社長に話しとくから決まりな」
「え!?」
何も言っていないのに急にすごい話が広がって困惑しているとれーくんは俺の頭をポンポンと撫でる。
「凪沙もその方がいいだろ、俺もお前気に入ってるし」
「で、でもれーくんは……」
俺がそう言った途端、キョトンとした顔でこちらを見つめてきた。
「れーくん……」
「…?どうかしたの?」
「………いや、なんでもない。俺の心配はすんな、貧血でぶっ倒れたお前のが心配だよ」
(それはそう)
自分でもせめて夜ご飯は食べておけばよかったと後悔している。
朝抜く程度ならギリギリ倒れは……しないはずだし。
「まぁ、明日からよろしくな」
「え、明日?」
「おん、じゃあな」
いつの間にか弁当を完食していたれーくんは俺を置いてスタスタと仕事へと戻っていってしまった。
「………れーくん、か」
今日の仕事は周りから過保護なくらい心配されすぎて申し訳なくなり早退させてもらう事にした。
一応病院に行けとも山吹さんに言われたし病院行ってから帰ることにしよう。
その時一件のLIMEが来た。
「社長に話しといたから明日から異動な」
早速直で話しに行ったようで秒で承諾されたらしい。いきなり言われても困るが昔からそういうところもあったし昔からそういうところも好きだったから、まあいいかと思い込み「準備しておきます」とだけ送りスマホをしまった。
いつか思い出してくれたらなにか変わったりするのかな………



