Engage Ring

 「おおきくなったらけっこんしようね」
 「うん!れーくんだいすき!」
 そう言ってレイは僕に指輪を渡してくれた。
 小さな指輪、親に頼んで自作させてもらったらしい。
 「ありがとう、俺もこれあげる」
 僕はお礼をしようといつも持ち歩いていたお気に入りの小さなクマの人形を渡す。ちょっとボロボロだったけどレイはすごく喜んでいた。
 「だいじにするね」
 「僕も!」
 「やくそくだよ」
 そう言ってレイは僕を置いてどこかへ消えていってしまった。何も言わず、いなくなってしまった。

 あれから十八年。俺は大学を卒業し、社会人になり今日は初出勤だ。
 「今日から入ることになった村山凪沙(むらやまなぎさ)です。よろしくお願いします!」
 「村山くんね、教育係の香山(かやま)です。じゃあ業務について教えるから分からないことがあったら聞いてくださいね」
 「はい!」
 「とりあえず今日は簡単な業務から説明しますね」
 「わかりました!」
 「ふふっ、元気ね」
 「昔から元気が取り柄でしたから」
 「そう!それなら契約とかも簡単に取れちゃうかもね」
 「それはどうでしょう?」
 そんな話もしながら香山さんは俺にテキパキと仕事を教えてくれてその日のうちに大体の作業はできるようになった。
 「いやー、初日でこんなにできるなんてすごいわね」
 「いえいえ!香山さんの教え方が上手なだけですよ」
 「じゃあ後はこっちでやっておくからもう上がっていいわよ」
 「え、いいんですか?ありがとうございます!では、お疲れ様でした」
 俺はラッキーと思いながらタイムカードを打ちに行ったがそこにはなんだか見覚えのあるような後ろ姿が見えた。
 「えっと……お疲れ様です?」
 「ん?新しい子?お疲れ様」
 その人が振り向いた瞬間、俺は立ち止まってしまった。
 「も、もしかして……七瀬さん?」
 「ん?そうだよ、七瀬嶺(ななせれい)だけど、どうかした?」
 そう言って社員証を見せてくるとやはり七瀬嶺と書かれていた。あのれーくんとこんな所で再開できるだなんて思ってもいなかった。
 「俺のこと覚えてる?れーくん」
 「?あれ、僕達どこかで会いました?ごめんなさい、覚えてなくて……」
 「えっ」
 「じゃ、気をつけて帰りなよ」
 そう言ってれーくんは外へと出て行ってしまった。
 「………」
 「ん?どうかしたの?忘れ物?」
 「あ、いえ!ではお先に失礼します」
 「はーい、お疲れ様」
 俺のこと忘れられたかな、十八年だもん仕方ないか。
 それでも、好きな人から忘れられてるのはだいぶきつい………

 翌日
 「今日はこれお願いね、昨日とあんまり変わらないけど何かわからないことあったら聞いてね」
 「はい!がんばります!」
 「それじゃあ私は他の仕事してるから、私に聞くのが難しそうだったら隣の山吹(やまぶき)さんにでも聞いてね」
 「はい!よろしくお願いします」
 「………っす」
 それだけ呟いて山吹さんはカタカタとパソコンを打ち込む。
 (無愛想……なのかな、忙しいだけかもだし気にしないどこ)
 そして俺も資料を見ながら昨日教わったようにパソコンを動かしていると急に後ろからものすごい視線を感じ、振り向いてみると後ろにれーくんが俺のパソコンの画面を覗き込んでいた。
 「えっ、れー……七瀬さん?」
 「そこ、違う」
 「え?」
 「それ、分けなきゃダメだから気をつけて」
 「……あ、ほんとだ。ありがとうございます」
 「ん、じゃあな」
 それだけ伝えてれーくんはその場を去ってしまった。山吹さんの話によるとれーくんは別の部署でここには滅多に来ないらしい。
 「七瀬さんあの若さで課長なんですって」
 「えっ、そうなんですか?」
 「うん、めちゃくちゃシゴデキだから社長自らご指名ですってよ、俺のほうが二年も先輩なのにすげーよ」
 「……あの、七瀬さんっていつから入ったんですか?」
 失礼だけど山吹さんって結構歳離れてる気がして思い切って聞いてみることにした。
 まあ若くて三十路辺りだろう。違ったら失礼だけど。
 「ん?俺?26だけど」
 「すみませんでした」
 想像よりちょっと若かった、俺は咄嗟に謝ったけど山吹さんは「?」って感じの顔してた。多分謝ったほうが失礼だったかもしれない。

 そして休憩時間、俺がコンビニでご飯を買いに行こうと財布を持ち外に出ようとすると突然、後ろから自分の名前を呼ばれる。
 「はい、なんでしょ……うか?」
 振り向くと弁当を二つ持ったれーくんが立っていた
 「お前、飯あるの?」
 「え?いえ、ないので買いに行こうかと」
 「ならちょうどいいわ、これやるからこっち来い」
 そう言ってれーくんは手招きしてくる。流石に先輩で上司で好きな人の誘いは断れない、俺はあっさりと向かっていってしまった。
 「でもなんで二つ?」
 「朝寝ぼけて作りすぎたんだよ、一人で食うのもあれだし誰か持ってなさそうなやついねーかなって外行こうとしてるお前止めただけ」
 「そ、そうなんですね……ではお言葉に甘えて」
 「おう、あとお前タメだろ?俺の前なら敬語使わなくていいぞ、仕事中は流石に使わなきゃだが」
 「えっ、あ、うん?」
 思わずそう返してしまったが特に何も言われない、本人がいいのなら気にしなくてもいいだろう。
 「……なぁ、お前その指輪どうしたんだよ」
 「え?これですか……それは………」
 れーくんに貰ったなんて本人に言っていいのだろうか、いや同姓同名の可能性もあるし本人かもわからないけど、でもそんな気はしない。でもどう説明すれば……
 「……弁当美味いか?」
 俺が返答に困ってるのを察したのか、れーくんは別の話題に変えてくる。
 「は…うん、美味しい」
 「そうか、ならいい」
 「……この指輪は………貰ったんです」
 「ふーん?よっぽど大事なのか?」
 「うん、好きな人から貰ったので」
 「好きな人……か」
 れーくんはそう言った途端食べていた手を止め、遠くを見つめていた。
 「俺も昔好きな人がいたんだ、でも遠くに行っちまって。その顔も名前も思い出せねえんだ、けど存在は覚えてる」
 「っ……ど、どんな人かとかは?」
 思わず聞いてしまった、自分だったらなんて考えて。
 「んー、わからん」
 「そ、そうですよねー……」
 俺が聞くのを諦めようとしたその時れーくんは俺の顔を覗き込んできた。
 「お前に雰囲気が似てるかもな、だからタメ口でいいよとか言ったのかも」
 「えっ」
 「なぁ、名前なんだっけ」
 「村山凪沙です」
 「じゃあ凪沙でいいか、俺のことは嶺とでも呼んでくれて構わん、二人きりの時はな」
 「うん、わかった」
 弁当を食べ進めるうちに自然とタメ口も抵抗がなくなっていた。本当は上司と部下なはずなのに、でも今は、この時間はどこか懐かしい雰囲気がした。
 「なぁ、今度から凪沙の弁当も作ってこようか」
 「えっ、そんないいよ」
 「いいから遠慮するな、アレルギーとかあるか?」
 「えーっと、特には……あ、でもブロッコリーは苦手かも」
 俺がそう言うとれーくんは楽しそうに笑う。
 「大の大人が好き嫌いしてんじゃねーよ、今度ブロッコリー弁当持ってってやる」
 「それは……勘弁してください」
 「ハハハ、嘘だよじょーだん」
 「本当にしてきそうだから……」
 「して欲しいならするけどまぁ、仕方ないからブロッコリーは使わないでやるよ」
 れーくんは俺の頭をポンポンと撫で弁当を片付け始める。
 「じゃあ俺は先戻るわ、今からは仕事モードで」
 「は、はい!」
 「と、その前に凪沙スマホ持ってる?」
 「ん、はい?」
 れーくんは自分のスマホを取りだしQRコードを見せてくる。
 「LIME繋がっとこ、連絡手段あって損は無いだろ」
 「え、いいんですか!?」
 「いいよ、損は無いだろって聞いたじゃん、読み込んだ?俺仕事戻るから後で追加しろ」
 「了解です!」
 タメだからという理由なだけかもしれないけれど、それでもれーくんとの仲は少し縮まった気がする。
 「村山、俺にはいいけど社長とかそういうの厳しいから承知しましたって言っとけよ」
 「あ、承知しました!」
 いや、だいぶ縮まったのかもしれない。俺も弁当を片付け仕事へ戻った。
 「あ、そういえば弁当箱って洗って返すべきなのか?」