17歳、僕たちの第一死望

「痛っ!」

 床で跳ねたバスケットボールが、柊木のお腹に直撃した。
 柊木がお腹を押さえながら、体育館の床にしゃがみ込む。

「ご、ごめん」
「内海……今の、ドリブルのつもりか?」
「うん」
「じゃあなんで、俺の腹に飛んでくるんだ」
「ボールを叩く角度が悪かったから」
「今、物理の話はしてない」

 転がったボールは、五十嵐の足元へ。
 彼女はそれを拾い上げ、盛大なため息をついた。

「……ルイ君のドラマと全っ然、違う」

 五十嵐が早口でまくし立てる。

「『君熱』見てないの? ほら、ルイ君とカズシが出てるヤツ。仲違いした二人が放課後、バスケで対決するの。マジ、バスケ部かよって動きでさ。そのワンシーンのためにどんだけ練習したのって感じ。で、疲れた二人は床に仰向けになって、手を繋いだりするんだよね。はあー、最高に尊い」
「えっと……それ、深夜ドラマだっけ? 僕、悪いけど見てない」

 少し前、話題になっていたのは知ってるけど、興味が湧かなかった。
 柊木が立ち上がり、制服のホコリを払いながら吐き捨てる。

「くだらない。そんなフィクションと現実を一緒にするな」
「ちょっと柊木、ルイ君、バカにしてない?」
「バカにしてない」

 コートの隅っこに座る絵川は、茶色の大学ノートに何かを描きながら、冷ややかな目を向ける。

「将来、この二人が役者とスポーツ選手にはならないことだけは、確定ね」
「ほんとそれ」

 五十嵐がボールを両手で構え、柊木に向かって放り投げた。

「もういい! ぐだぐだ走るの禁止! フリースロー対決にしよ! 三本勝負で、多く入れた方が勝ち!」
「フリースロー?」
「そ。白黒はっきりつければ、文句ないっしょ?」
「……なんか、雑だな」

 柊木は眉をひそめたが、ボールを受け取ると、ゴールの真正面にあるフリースローラインへ向かう。
 体育館の床に、キュッキュッと上履きが擦れる音が響く。
 柊木はボールを両手で挟み、リングを見上げた。
 一度深呼吸をした後、ぎこちなく腕を持ち上げる。

「よっ」

 小さく声を上げ、ボールを放り投げた。
 放たれたボールは、放物線を描き――リングにかすりもせず、三メートルほど右の虚空を通り抜けて壁に激突した。

「……え」

 五十嵐の呆然とした声が、ボールの鈍いバウンド音にかき消された。
 柊木は無表情のまま、落ちたボールを見つめている。

「ほらな」

 柊木が冷めた声で言った。

「言っただろ。こんなことして、何になるんだ。運動音痴同士が対決するなら、じゃんけんで勝負するのと変わらない。時間の無駄だ」
「柊木君、言い訳が長いよ」
「じゃあ……お前がやってみろ」

 柊木が拾いに行ったボールを、僕の胸元に突き出してきた。
 僕はボールを受け取り、ラインの前に立つ。
 見上げると、リングは思ったより高くて遠い。 
 僕は一度大きく息を吐いた後、なるべくまっすぐ腕を押し出すように投げる。
 ボールは力なく宙を舞い、リングの手前でコートに落ちた。

「ふっ」

 柊木が鼻で笑った。

「人のこと言えないじゃないか」
「僕の方が、リングに近かった」
「そういうの、大同小異(だいどうしょうい)って言うんだ」
「もっと簡単な言い方……あるでしょ!」

 僕が柊木にボールを強めに投げる。
 それを片手で受け取った柊木は、ラインギリギリに立つ。
 そして、先ほどより膝(ひざ)を少し深く曲げた。
 頭の中で、さっきの失敗を補正する計算でもしているのだろうか。

「ふんっ」

 二投目。
 勢いよく放たれたボールは、まっすぐゴールへ向かった。
 ガンッ――と鈍い音が鳴り響く。
 ボードの真ん中に直撃し、勢いが強すぎてリングを大きく飛び越え、柊木の元へ跳ね返ってきた。

「力……かけすぎた」
「柊木君、惜しかったね」
「惜しくない。外れは外れだ。お前の番だ」

 僕の二投目。
 さっきより力が入ってしまい、方向がずれる。
 ボードの左端に当たり、明後日の方向へ転がった。

 柊木は僕からボールを受け取ると、すぐにラインに立った。
 爪先をゴールに向け、背筋を伸ばし、両手でボールを掲げる。
 先ほど「時間の無駄だ」と吐き捨てたわりに、眼差しは真剣だ。
 柊木が息をすうっと吐くと、膝を沈め、伸び上がりざまに腕を振り抜く。
 綺麗な回転のかかったボールは――赤いリングの前側に当たり、ボールが跳ね上がった。
 ネットを揺らす寸前で、外側へと弾け飛ぶ。

「ああっ、惜しい!」

 叫んだのは、柊木だった。
 しかし、すぐに口をつぐみ、平静を装う。
 五十嵐が、獲物を見つけた猫のような笑みを浮かべる。

「柊木ー、今なんか言った?」
「……言ってない」
「言った! 絶対言った! 顔めっちゃ悔しそうだったし。ねっ、絵川さん」
「うん。すごく大きな声で『惜しい』って言ってた」

 柊木は耳まで真っ赤になっていた。
 
「ああ、言ったよ……! 別に、いいだろ!」
「あらあら、また照れちゃってー」

 五十嵐が、スーパーの前で話し込む女性たちのような口調で言った。

 これで僕が成功すると、無条件で勝利。
 そう意気込んだが、結果は柊木と同じだった。
 厳密に言うと、僕の方が惜しかったけど。

 五十嵐が明らかにテンションの低い声で告げる。

「はいっ、お二人とも三回投げてノーポイント! よって、フリースロー対決はドロー! 結果は私の勝ちってことでよろしく」
「なんで五十嵐さんの勝ちになるんだよ?」

 柊木の反論に、五十嵐は面倒くさそうに答える。

「審判の特権。そろそろ、教室戻ろうよ」

 五十嵐が背伸びをして、体育館の出入口へ向かおうとした。
 僕も「そうだね」とうなずき、制服の袖で汗をぬぐう。
 絵川もノートを閉じ、立ち上がった。
 その時、低い声がコートに響く。

「――待て」

 振り返ると、柊木はフリースローラインの上に立っていた。
 肩で小さく息をしながら、ボールを脇(わき)に抱えている。

「どうしたの、柊木君?」

 僕が尋ねると、柊木は乱れた前髪を手で乱暴に払った。
 額から汗が流れ、コートに落ちる。
 彼は、ふうっと息を吐き出した後、僕に向かって人差し指をまっすぐ立てた。

「……もう一回」
「え?」
「もう一回だ」

 僕は首をかしげた。

「でも、五十嵐さんが終了って言ったし」
「終わってない」
「……こんなことしても、時間の無駄なんでしょ?」

 柊木は拳を強く握りしめ、のどを震わせた。
 それから、ひどく悔しそうに、吐き捨てるように言う。

「そんなこと、お前に言われなくても知ってる」
「じゃあ、なんで――」
「入れたいんだよ!」

 体育館全体に、柊木の叫びがこだました。
 彼自身も、自分の声の大きさに驚いたように見えた。

「あそこに、入れたいんだ……俺が」

 五十嵐と絵川は何も言わず、再びコートの近くに戻ってきた。
 僕はゴールの下に立ち、両手を広げる。

「仕方ない。拾ってあげるよ」
「何言ってんだ? やるんだよ、お前も」

 柊木が不器用にドリブルをしながら、ニヤリと笑った。