「痛っ!」
床で跳ねたバスケットボールが、柊木のお腹に直撃した。
柊木がお腹を押さえながら、体育館の床にしゃがみ込む。
「ご、ごめん」
「内海……今の、ドリブルのつもりか?」
「うん」
「じゃあなんで、俺の腹に飛んでくるんだ」
「ボールを叩く角度が悪かったから」
「今、物理の話はしてない」
転がったボールは、五十嵐の足元へ。
彼女はそれを拾い上げ、盛大なため息をついた。
「……ルイ君のドラマと全っ然、違う」
五十嵐が早口でまくし立てる。
「『君熱』見てないの? ほら、ルイ君とカズシが出てるヤツ。仲違いした二人が放課後、バスケで対決するの。マジ、バスケ部かよって動きでさ。そのワンシーンのためにどんだけ練習したのって感じ。で、疲れた二人は床に仰向けになって、手を繋いだりするんだよね。はあー、最高に尊い」
「えっと……それ、深夜ドラマだっけ? 僕、悪いけど見てない」
少し前、話題になっていたのは知ってるけど、興味が湧かなかった。
柊木が立ち上がり、制服のホコリを払いながら吐き捨てる。
「くだらない。そんなフィクションと現実を一緒にするな」
「ちょっと柊木、ルイ君、バカにしてない?」
「バカにしてない」
コートの隅っこに座る絵川は、茶色の大学ノートに何かを描きながら、冷ややかな目を向ける。
「将来、この二人が役者とスポーツ選手にはならないことだけは、確定ね」
「ほんとそれ」
五十嵐がボールを両手で構え、柊木に向かって放り投げた。
「もういい! ぐだぐだ走るの禁止! フリースロー対決にしよ! 三本勝負で、多く入れた方が勝ち!」
「フリースロー?」
「そ。白黒はっきりつければ、文句ないっしょ?」
「……なんか、雑だな」
柊木は眉をひそめたが、ボールを受け取ると、ゴールの真正面にあるフリースローラインへ向かう。
体育館の床に、キュッキュッと上履きが擦れる音が響く。
柊木はボールを両手で挟み、リングを見上げた。
一度深呼吸をした後、ぎこちなく腕を持ち上げる。
「よっ」
小さく声を上げ、ボールを放り投げた。
放たれたボールは、放物線を描き――リングにかすりもせず、三メートルほど右の虚空を通り抜けて壁に激突した。
「……え」
五十嵐の呆然とした声が、ボールの鈍いバウンド音にかき消された。
柊木は無表情のまま、落ちたボールを見つめている。
「ほらな」
柊木が冷めた声で言った。
「言っただろ。こんなことして、何になるんだ。運動音痴同士が対決するなら、じゃんけんで勝負するのと変わらない。時間の無駄だ」
「柊木君、言い訳が長いよ」
「じゃあ……お前がやってみろ」
柊木が拾いに行ったボールを、僕の胸元に突き出してきた。
僕はボールを受け取り、ラインの前に立つ。
見上げると、リングは思ったより高くて遠い。
僕は一度大きく息を吐いた後、なるべくまっすぐ腕を押し出すように投げる。
ボールは力なく宙を舞い、リングの手前でコートに落ちた。
「ふっ」
柊木が鼻で笑った。
「人のこと言えないじゃないか」
「僕の方が、リングに近かった」
「そういうの、大同小異って言うんだ」
「もっと簡単な言い方……あるでしょ!」
僕が柊木にボールを強めに投げる。
それを片手で受け取った柊木は、ラインギリギリに立つ。
そして、先ほどより膝を少し深く曲げた。
頭の中で、さっきの失敗を補正する計算でもしているのだろうか。
「ふんっ」
二投目。
勢いよく放たれたボールは、まっすぐゴールへ向かった。
ガンッ――と鈍い音が鳴り響く。
ボードの真ん中に直撃し、勢いが強すぎてリングを大きく飛び越え、柊木の元へ跳ね返ってきた。
「力……かけすぎた」
「柊木君、惜しかったね」
「惜しくない。外れは外れだ。お前の番だ」
僕の二投目。
さっきより力が入ってしまい、方向がずれる。
ボードの左端に当たり、明後日の方向へ転がった。
柊木は僕からボールを受け取ると、すぐにラインに立った。
爪先をゴールに向け、背筋を伸ばし、両手でボールを掲げる。
先ほど「時間の無駄だ」と吐き捨てたわりに、眼差しは真剣だ。
柊木が息をすうっと吐くと、膝を沈め、伸び上がりざまに腕を振り抜く。
綺麗な回転のかかったボールは――赤いリングの前側に当たり、ボールが跳ね上がった。
ネットを揺らす寸前で、外側へと弾け飛ぶ。
「ああっ、惜しい!」
叫んだのは、柊木だった。
しかし、すぐに口をつぐみ、平静を装う。
五十嵐が、獲物を見つけた猫のような笑みを浮かべる。
「柊木ー、今なんか言った?」
「……言ってない」
「言った! 絶対言った! 顔めっちゃ悔しそうだったし。ねっ、絵川さん」
「うん。すごく大きな声で『惜しい』って言ってた」
柊木は耳まで真っ赤になっていた。
「ああ、言ったよ……! 別に、いいだろ!」
「あらあら、また照れちゃってー」
五十嵐が、スーパーの前で話し込む女性たちのような口調で言った。
これで僕が成功すると、無条件で勝利。
そう意気込んだが、結果は柊木と同じだった。
厳密に言うと、僕の方が惜しかったけど。
五十嵐が明らかにテンションの低い声で告げる。
「はいっ、お二人とも三回投げてノーポイント! よって、フリースロー対決はドロー! 結果は私の勝ちってことでよろしく」
「なんで五十嵐さんの勝ちになるんだよ?」
柊木の反論に、五十嵐は面倒くさそうに答える。
「審判の特権。そろそろ、教室戻ろうよ」
五十嵐が背伸びをして、体育館の出入口へ向かおうとした。
僕も「そうだね」とうなずき、制服の袖で汗をぬぐう。
絵川もノートを閉じ、立ち上がった。
その時、低い声がコートに響く。
「――待て」
振り返ると、柊木はフリースローラインの上に立っていた。
肩で小さく息をしながら、ボールを脇に抱えている。
「どうしたの、柊木君?」
僕が尋ねると、柊木は乱れた前髪を手で乱暴に払った。
額から汗が流れ、コートに落ちる。
彼は、ふうっと息を吐き出した後、僕に向かって人差し指をまっすぐ立てた。
「……もう一回」
「え?」
「もう一回だ」
僕は首をかしげた。
「でも、五十嵐さんが終了って言ったし」
「終わってない」
「……こんなことしても、時間の無駄なんでしょ?」
柊木は拳を強く握りしめ、のどを震わせた。
それから、ひどく悔しそうに、吐き捨てるように言う。
「そんなこと、お前に言われなくても知ってる」
「じゃあ、なんで――」
「入れたいんだよ!」
体育館全体に、柊木の叫びがこだました。
彼自身も、自分の声の大きさに驚いたように見えた。
「あそこに、入れたいんだ……俺が」
五十嵐と絵川は何も言わず、再びコートの近くに戻ってきた。
僕はゴールの下に立ち、両手を広げる。
「仕方ない。拾ってあげるよ」
「何言ってんだ? やるんだよ、お前も」
柊木が不器用にドリブルをしながら、ニヤリと笑った。
床で跳ねたバスケットボールが、柊木のお腹に直撃した。
柊木がお腹を押さえながら、体育館の床にしゃがみ込む。
「ご、ごめん」
「内海……今の、ドリブルのつもりか?」
「うん」
「じゃあなんで、俺の腹に飛んでくるんだ」
「ボールを叩く角度が悪かったから」
「今、物理の話はしてない」
転がったボールは、五十嵐の足元へ。
彼女はそれを拾い上げ、盛大なため息をついた。
「……ルイ君のドラマと全っ然、違う」
五十嵐が早口でまくし立てる。
「『君熱』見てないの? ほら、ルイ君とカズシが出てるヤツ。仲違いした二人が放課後、バスケで対決するの。マジ、バスケ部かよって動きでさ。そのワンシーンのためにどんだけ練習したのって感じ。で、疲れた二人は床に仰向けになって、手を繋いだりするんだよね。はあー、最高に尊い」
「えっと……それ、深夜ドラマだっけ? 僕、悪いけど見てない」
少し前、話題になっていたのは知ってるけど、興味が湧かなかった。
柊木が立ち上がり、制服のホコリを払いながら吐き捨てる。
「くだらない。そんなフィクションと現実を一緒にするな」
「ちょっと柊木、ルイ君、バカにしてない?」
「バカにしてない」
コートの隅っこに座る絵川は、茶色の大学ノートに何かを描きながら、冷ややかな目を向ける。
「将来、この二人が役者とスポーツ選手にはならないことだけは、確定ね」
「ほんとそれ」
五十嵐がボールを両手で構え、柊木に向かって放り投げた。
「もういい! ぐだぐだ走るの禁止! フリースロー対決にしよ! 三本勝負で、多く入れた方が勝ち!」
「フリースロー?」
「そ。白黒はっきりつければ、文句ないっしょ?」
「……なんか、雑だな」
柊木は眉をひそめたが、ボールを受け取ると、ゴールの真正面にあるフリースローラインへ向かう。
体育館の床に、キュッキュッと上履きが擦れる音が響く。
柊木はボールを両手で挟み、リングを見上げた。
一度深呼吸をした後、ぎこちなく腕を持ち上げる。
「よっ」
小さく声を上げ、ボールを放り投げた。
放たれたボールは、放物線を描き――リングにかすりもせず、三メートルほど右の虚空を通り抜けて壁に激突した。
「……え」
五十嵐の呆然とした声が、ボールの鈍いバウンド音にかき消された。
柊木は無表情のまま、落ちたボールを見つめている。
「ほらな」
柊木が冷めた声で言った。
「言っただろ。こんなことして、何になるんだ。運動音痴同士が対決するなら、じゃんけんで勝負するのと変わらない。時間の無駄だ」
「柊木君、言い訳が長いよ」
「じゃあ……お前がやってみろ」
柊木が拾いに行ったボールを、僕の胸元に突き出してきた。
僕はボールを受け取り、ラインの前に立つ。
見上げると、リングは思ったより高くて遠い。
僕は一度大きく息を吐いた後、なるべくまっすぐ腕を押し出すように投げる。
ボールは力なく宙を舞い、リングの手前でコートに落ちた。
「ふっ」
柊木が鼻で笑った。
「人のこと言えないじゃないか」
「僕の方が、リングに近かった」
「そういうの、大同小異って言うんだ」
「もっと簡単な言い方……あるでしょ!」
僕が柊木にボールを強めに投げる。
それを片手で受け取った柊木は、ラインギリギリに立つ。
そして、先ほどより膝を少し深く曲げた。
頭の中で、さっきの失敗を補正する計算でもしているのだろうか。
「ふんっ」
二投目。
勢いよく放たれたボールは、まっすぐゴールへ向かった。
ガンッ――と鈍い音が鳴り響く。
ボードの真ん中に直撃し、勢いが強すぎてリングを大きく飛び越え、柊木の元へ跳ね返ってきた。
「力……かけすぎた」
「柊木君、惜しかったね」
「惜しくない。外れは外れだ。お前の番だ」
僕の二投目。
さっきより力が入ってしまい、方向がずれる。
ボードの左端に当たり、明後日の方向へ転がった。
柊木は僕からボールを受け取ると、すぐにラインに立った。
爪先をゴールに向け、背筋を伸ばし、両手でボールを掲げる。
先ほど「時間の無駄だ」と吐き捨てたわりに、眼差しは真剣だ。
柊木が息をすうっと吐くと、膝を沈め、伸び上がりざまに腕を振り抜く。
綺麗な回転のかかったボールは――赤いリングの前側に当たり、ボールが跳ね上がった。
ネットを揺らす寸前で、外側へと弾け飛ぶ。
「ああっ、惜しい!」
叫んだのは、柊木だった。
しかし、すぐに口をつぐみ、平静を装う。
五十嵐が、獲物を見つけた猫のような笑みを浮かべる。
「柊木ー、今なんか言った?」
「……言ってない」
「言った! 絶対言った! 顔めっちゃ悔しそうだったし。ねっ、絵川さん」
「うん。すごく大きな声で『惜しい』って言ってた」
柊木は耳まで真っ赤になっていた。
「ああ、言ったよ……! 別に、いいだろ!」
「あらあら、また照れちゃってー」
五十嵐が、スーパーの前で話し込む女性たちのような口調で言った。
これで僕が成功すると、無条件で勝利。
そう意気込んだが、結果は柊木と同じだった。
厳密に言うと、僕の方が惜しかったけど。
五十嵐が明らかにテンションの低い声で告げる。
「はいっ、お二人とも三回投げてノーポイント! よって、フリースロー対決はドロー! 結果は私の勝ちってことでよろしく」
「なんで五十嵐さんの勝ちになるんだよ?」
柊木の反論に、五十嵐は面倒くさそうに答える。
「審判の特権。そろそろ、教室戻ろうよ」
五十嵐が背伸びをして、体育館の出入口へ向かおうとした。
僕も「そうだね」とうなずき、制服の袖で汗をぬぐう。
絵川もノートを閉じ、立ち上がった。
その時、低い声がコートに響く。
「――待て」
振り返ると、柊木はフリースローラインの上に立っていた。
肩で小さく息をしながら、ボールを脇に抱えている。
「どうしたの、柊木君?」
僕が尋ねると、柊木は乱れた前髪を手で乱暴に払った。
額から汗が流れ、コートに落ちる。
彼は、ふうっと息を吐き出した後、僕に向かって人差し指をまっすぐ立てた。
「……もう一回」
「え?」
「もう一回だ」
僕は首をかしげた。
「でも、五十嵐さんが終了って言ったし」
「終わってない」
「……こんなことしても、時間の無駄なんでしょ?」
柊木は拳を強く握りしめ、のどを震わせた。
それから、ひどく悔しそうに、吐き捨てるように言う。
「そんなこと、お前に言われなくても知ってる」
「じゃあ、なんで――」
「入れたいんだよ!」
体育館全体に、柊木の叫びがこだました。
彼自身も、自分の声の大きさに驚いたように見えた。
「あそこに、入れたいんだ……俺が」
五十嵐と絵川は何も言わず、再びコートの近くに戻ってきた。
僕はゴールの下に立ち、両手を広げる。
「仕方ない。拾ってあげるよ」
「何言ってんだ? やるんだよ、お前も」
柊木が不器用にドリブルをしながら、ニヤリと笑った。

