「なんで?」
柊木が眉をひそめ、両腕を組んだ。
急な提案についていけていないようで、視線が五十嵐の頭からつま先を何度も往復している。
もっとも、それは僕だって同じだ。
五十嵐が人差し指をピンと立て、自信満々に言う。
「だって、柊木が友達と遊んだことないって、すねてるからー」
「別に……すねてない。遊び方が分からないって言っただけ」
柊木が少し顔を赤く染め、窓の外を見た。
絵川はそれを見て、ぽつりとつぶやく。
「すねてたね」
「僕もそう思う」
それに便乗し、僕は何度もうなずいた。
柊木は僕たちに聞こえるようにわざとらしく舌打ちした。
五十嵐は、柊木の肩をポンポンと叩く。
「いいじゃん、いいじゃん。みんなでぱーっと遊んだらさ。見つかるかもしれないし」
「何がだよ」
「柊木の、本当の夢」
「……そんな簡単に見つかったら、苦労しない」
僕は再び、何度もうなずく。
「僕もそう思う」
「内海、お前は一体、どっちの味方なんだ」
柊木がこめかみを押さえてうつむいた。
僕は誰の味方でもないが、敵でもない。
けど、それをどう柊木に説明していいか分からなかった。
五十嵐は腰に手を当てる。
「よーし! せっかく放課後なんだからさ。放課後っぽいことしよ」
「何だよ、放課後っぽいことって?」
「カラオケとか、推しの好きな所を語り合うとかあ」
五十嵐がその場でスキップしそうなぐらい、楽しそうに身体を揺らした。
柊木は、大きなため息をつく。
「カラオケって、隣町のか? 学校から出たら戻れなくなってしまうかもだろ」
「えっ、そんなルールあるの?」
「分からないから言ってるんだ」
ふてくされる五十嵐に、柊木が追い打ちをかけるように言う。
「それに、俺に推しなんかいない。語り合えない」
「うわー、つまんない人生だね」
五十嵐が間髪入れずに答えたので、僕は思わず吹き出しそうになった。
僕は五十嵐のように人差し指を立てる。
「そんなに言うなら、柊木君が決めなよ」
「は?」
「正解を出すの得意でしょ? この状況でどういう遊びをするのが正解か、考えてよ」
「……分かったよ」
柊木がセットされた髪を自分でぐしゃぐしゃっと崩し、立ち上がる。
そして、赤い本を手に取り、書棚に戻した。
「じゃあ、行くぞ」
「おっけー。リーダーよろしく頼みます」
飛び跳ねるようについていく五十嵐の後に、僕と絵川も続く。
けど、図書室を出た瞬間、先頭のリーダーが立ち止まる。
「どったの、柊木?」
「……っと」
五十嵐は、小動物のように柊木の顔を下からのぞき込む。
柊木は困惑した表情で左右に首を振る。
「どっちに行けばいいのかな……って」
それを聞いた僕たち三人は顔を見合わせ、同時に吹き出す。
「いや、柊木、あんた最高ー。キングオブ真面目」
「もう……やめてよ、五十嵐さん。私、お腹いたい」
「真面目会会長」
柊木が顔を真っ赤にし、学校中に響くほどの声で叫ぶ。
「うるさいな! ほんとに分かんないんだよ!」
しかし、すぐに消え入るような声に変わる。
「自分で『こっちがいい』って本気で選んだことないんだ……一度も」
僕たちの笑い声が同時に止んだ。
五十嵐は寂しさと嬉しさが入り混じった表情を浮かべ、柊木の背中を強めに叩く。
「痛っ!」
「じゃあ、これが人生初なんだ。貴重な所、目撃させてくれてありがとうございまーす」
「ほんと、君は……」
その言葉の続きを、柊木は飲み込んだ。
柊木は一度大きく深呼吸をする。
彼は、期末テストが始まる直前みたいな緊張した表情をしていた。
もちろん、僕たちはそれを見て、誰も笑わなかった。
柊木は震える指先で、行き先を指し示す。
「……とりあえず、右に行って階段を下りる」
「よし、きたっ」
歩き出した柊木の後ろを僕たちは一列になって歩く。
それはなんだか、ネットの動画で見た、ひと昔前のロール・プレイング・ゲームのようで、僕は一人で笑いをこらえていた。
僕たちは二階へと続く階段を下りる。
途中、半透明になった下級生とおぼしき二人が通り過ぎる。
彼らは僕たちのことなど気にも留めず、楽しそうに笑いながら僕たちと入れ替わるように三階へ上がっていった。
先頭を歩く勇者――もとい柊木の先導の下、僕たちは特別教室棟の一階まで辿り着いた。
再び分岐点だ。
正面にある小さな通用口を出ると、校庭がある。
裏手には、暗く湿った渡り廊下。
まっすぐ進むと体育館があるが、途中で折れると小さなステージのある中庭に行ける。
「リーダー、次はどこに行きましょーか」
五十嵐が柊木の背中をひじでつつく。
「うるさい。今、考えてるんだ」
「何を?」
「どっちに行くのが一番、合理的なのかってことをだよ」
柊木は眉間にしわを寄せながら、ブツブツとつぶやく。
「校舎から離れたら戻れなくなるリスクがある。中庭なんかに行っても、することがない。となると……ちっ、消去法か」
柊木はそう言って、左を指差す。
「体育館でどうだ?」
「いいねいいねー、体育館で一緒に汗を流す。これが青春というものだよ。柊木君」
「なんだよ、そのキャラは」
「えっ、なんかかわいくない?」
「いや、まったく」
真正面から否定され、五十嵐は思ったよりショックを受けているようだった。
僕はそれに助け舟を出す。
「今回は簡単に選べたね。レベルアップしたみたいだ」
「はあ?」
僕が軽口を言って場をなごませようとしたが、柊木は真逆の反応を示した。
眉間に寄るしわが、一段と深くなる。
「こんなことして……何になるんだよ」
その瞬間、周囲の温度が二度ほど下がった気がした。
僕はぼそっとつぶやくように、けど確実に柊木に届くように言う。
「たった二回選んだだけじゃ、何も分からない」
「なんだよ内海。たくさん選んできたお前なら、さぞ素晴らしいことが分かってるんだろうな」
柊木が僕に詰め寄ってくる。
なんて答えればいい――そう考えていると、五十嵐が間に割り込んでくる。
「もー、すぐ喧嘩する!」
「別に喧嘩じゃない」
柊木はそう言って、僕から距離を取った。
五十嵐も眉間にしわを寄せ、両腕を組む
「仕方ない、これは『つける』しかないようね」
脇で黙って壁にもたれていた絵川が面白がって、聞く。
「一体何を?」
「決まってるじゃん。決着さっ!」
五十嵐が右手の拳を勢いよく突き上げた。
僕は嫌な予感しかせず、柊木を見た。
すると、不安げな表情を浮かべた彼と、ぴたりと目が合ってしまった。
柊木が眉をひそめ、両腕を組んだ。
急な提案についていけていないようで、視線が五十嵐の頭からつま先を何度も往復している。
もっとも、それは僕だって同じだ。
五十嵐が人差し指をピンと立て、自信満々に言う。
「だって、柊木が友達と遊んだことないって、すねてるからー」
「別に……すねてない。遊び方が分からないって言っただけ」
柊木が少し顔を赤く染め、窓の外を見た。
絵川はそれを見て、ぽつりとつぶやく。
「すねてたね」
「僕もそう思う」
それに便乗し、僕は何度もうなずいた。
柊木は僕たちに聞こえるようにわざとらしく舌打ちした。
五十嵐は、柊木の肩をポンポンと叩く。
「いいじゃん、いいじゃん。みんなでぱーっと遊んだらさ。見つかるかもしれないし」
「何がだよ」
「柊木の、本当の夢」
「……そんな簡単に見つかったら、苦労しない」
僕は再び、何度もうなずく。
「僕もそう思う」
「内海、お前は一体、どっちの味方なんだ」
柊木がこめかみを押さえてうつむいた。
僕は誰の味方でもないが、敵でもない。
けど、それをどう柊木に説明していいか分からなかった。
五十嵐は腰に手を当てる。
「よーし! せっかく放課後なんだからさ。放課後っぽいことしよ」
「何だよ、放課後っぽいことって?」
「カラオケとか、推しの好きな所を語り合うとかあ」
五十嵐がその場でスキップしそうなぐらい、楽しそうに身体を揺らした。
柊木は、大きなため息をつく。
「カラオケって、隣町のか? 学校から出たら戻れなくなってしまうかもだろ」
「えっ、そんなルールあるの?」
「分からないから言ってるんだ」
ふてくされる五十嵐に、柊木が追い打ちをかけるように言う。
「それに、俺に推しなんかいない。語り合えない」
「うわー、つまんない人生だね」
五十嵐が間髪入れずに答えたので、僕は思わず吹き出しそうになった。
僕は五十嵐のように人差し指を立てる。
「そんなに言うなら、柊木君が決めなよ」
「は?」
「正解を出すの得意でしょ? この状況でどういう遊びをするのが正解か、考えてよ」
「……分かったよ」
柊木がセットされた髪を自分でぐしゃぐしゃっと崩し、立ち上がる。
そして、赤い本を手に取り、書棚に戻した。
「じゃあ、行くぞ」
「おっけー。リーダーよろしく頼みます」
飛び跳ねるようについていく五十嵐の後に、僕と絵川も続く。
けど、図書室を出た瞬間、先頭のリーダーが立ち止まる。
「どったの、柊木?」
「……っと」
五十嵐は、小動物のように柊木の顔を下からのぞき込む。
柊木は困惑した表情で左右に首を振る。
「どっちに行けばいいのかな……って」
それを聞いた僕たち三人は顔を見合わせ、同時に吹き出す。
「いや、柊木、あんた最高ー。キングオブ真面目」
「もう……やめてよ、五十嵐さん。私、お腹いたい」
「真面目会会長」
柊木が顔を真っ赤にし、学校中に響くほどの声で叫ぶ。
「うるさいな! ほんとに分かんないんだよ!」
しかし、すぐに消え入るような声に変わる。
「自分で『こっちがいい』って本気で選んだことないんだ……一度も」
僕たちの笑い声が同時に止んだ。
五十嵐は寂しさと嬉しさが入り混じった表情を浮かべ、柊木の背中を強めに叩く。
「痛っ!」
「じゃあ、これが人生初なんだ。貴重な所、目撃させてくれてありがとうございまーす」
「ほんと、君は……」
その言葉の続きを、柊木は飲み込んだ。
柊木は一度大きく深呼吸をする。
彼は、期末テストが始まる直前みたいな緊張した表情をしていた。
もちろん、僕たちはそれを見て、誰も笑わなかった。
柊木は震える指先で、行き先を指し示す。
「……とりあえず、右に行って階段を下りる」
「よし、きたっ」
歩き出した柊木の後ろを僕たちは一列になって歩く。
それはなんだか、ネットの動画で見た、ひと昔前のロール・プレイング・ゲームのようで、僕は一人で笑いをこらえていた。
僕たちは二階へと続く階段を下りる。
途中、半透明になった下級生とおぼしき二人が通り過ぎる。
彼らは僕たちのことなど気にも留めず、楽しそうに笑いながら僕たちと入れ替わるように三階へ上がっていった。
先頭を歩く勇者――もとい柊木の先導の下、僕たちは特別教室棟の一階まで辿り着いた。
再び分岐点だ。
正面にある小さな通用口を出ると、校庭がある。
裏手には、暗く湿った渡り廊下。
まっすぐ進むと体育館があるが、途中で折れると小さなステージのある中庭に行ける。
「リーダー、次はどこに行きましょーか」
五十嵐が柊木の背中をひじでつつく。
「うるさい。今、考えてるんだ」
「何を?」
「どっちに行くのが一番、合理的なのかってことをだよ」
柊木は眉間にしわを寄せながら、ブツブツとつぶやく。
「校舎から離れたら戻れなくなるリスクがある。中庭なんかに行っても、することがない。となると……ちっ、消去法か」
柊木はそう言って、左を指差す。
「体育館でどうだ?」
「いいねいいねー、体育館で一緒に汗を流す。これが青春というものだよ。柊木君」
「なんだよ、そのキャラは」
「えっ、なんかかわいくない?」
「いや、まったく」
真正面から否定され、五十嵐は思ったよりショックを受けているようだった。
僕はそれに助け舟を出す。
「今回は簡単に選べたね。レベルアップしたみたいだ」
「はあ?」
僕が軽口を言って場をなごませようとしたが、柊木は真逆の反応を示した。
眉間に寄るしわが、一段と深くなる。
「こんなことして……何になるんだよ」
その瞬間、周囲の温度が二度ほど下がった気がした。
僕はぼそっとつぶやくように、けど確実に柊木に届くように言う。
「たった二回選んだだけじゃ、何も分からない」
「なんだよ内海。たくさん選んできたお前なら、さぞ素晴らしいことが分かってるんだろうな」
柊木が僕に詰め寄ってくる。
なんて答えればいい――そう考えていると、五十嵐が間に割り込んでくる。
「もー、すぐ喧嘩する!」
「別に喧嘩じゃない」
柊木はそう言って、僕から距離を取った。
五十嵐も眉間にしわを寄せ、両腕を組む
「仕方ない、これは『つける』しかないようね」
脇で黙って壁にもたれていた絵川が面白がって、聞く。
「一体何を?」
「決まってるじゃん。決着さっ!」
五十嵐が右手の拳を勢いよく突き上げた。
僕は嫌な予感しかせず、柊木を見た。
すると、不安げな表情を浮かべた彼と、ぴたりと目が合ってしまった。

