「……なにが、違うの?」
僕は胸の動悸を押さえ、努めて平坦な声で聞いた。
指先には、まだ彼の背中から伝わってきた温もりが、こびりついているような気がした。
彼は白紙のページに視線を落としたまま、答える。
「何もないんじゃない。まだ、描かれてないだけだと思う」
僕はすぐに反論した。
「言葉を言い換えただけだ。今の君には、何もないってことだろ」
「今は、そうかもしれない」
彼は顔を上げた。
その瞳には、さっきまでの怯えはなかった。
「でも、これから見つかるかもしれない」
「……かもしれない?」
僕は思わず眉をひそめた。
以前の彼なら、そんな曖昧な言葉は口にしなかったはずだ。
「仮に何か見つかったとして、それに現実へ戻るほどの価値があるの?」
僕はノートに手を伸ばし、ページを乱暴に前へと戻した。
激しく紙がこすれる音が、教室内に響く。
僕は、白衣を着た柊木の絵を指差す。
「見てみなよ。柊木君は、疲れ果ててる」
五十嵐メルのページを叩く。
「五十嵐さんは、結局アイドルにはなれてない」
そして、絵川由夢のページ。
「絵川さんの右手、最後まで治ってない」
僕は彼の顔をのぞき込み、本物の銃ぐらいの威力がある言葉を突きつける。
「夢さえ見つかれば救われると思ってた? 立派な何かがあれば、前を向いて生きられると思ってた? 現実は違うよ。夢を持っている三人だって、こんなに苦しんでるんだ」
教室に重い沈黙が落ちる。
僕の指摘は完璧だ。
彼はきっとまた絶望する――はずだった。
「……それ、本当?」
「は?」
「柊木君が医者を選んで後悔してるかなんて、僕には分からない。五十嵐さんが、アイドルになれなかった人生を不幸だと思ってるかも分からない。絵川さんが、右手が治らなくても絵を描きたいと思う理由……どうして、君が分かるんだよ」
「それは……」
彼は静かに、でもはっきりと言う。
「それを決めるのは、あの三人だ。外にいる僕たちが勝手に決めることじゃない」
彼はノートを見つめ、それから自嘲するように小さく笑った。
「そんなの……僕がいなくなった方が本田君のためになるって、勝手に決めつけた時と、同じだ」
僕は息をうまく吸えず、のどを押さえる。
「今の僕が、未来の僕まで、勝手に終わらせたくないんだ」
「そんなの、ただの希望的観測じゃないか」
「うん。ただの希望だ」
彼はノートを丁寧にめくり、駆け出すマッシロと白紙のページを見つめた。
「だから、僕は帰るよ」
僕にはもう彼を引き留める言葉を持っていない。
「……そっか」
僕は短く息を吐いた。
「分かったよ。じゃあ……帰ればいい」
「うん」
彼は少しだけ笑った。
まるで、話が終わったと思っているかのように。
僕は教室の後ろを見る。
「僕は、ここに残るよ」
そこは月の陰となっており、この教室で一番闇が深い。
僕は胸の動悸を押さえ、努めて平坦な声で聞いた。
指先には、まだ彼の背中から伝わってきた温もりが、こびりついているような気がした。
彼は白紙のページに視線を落としたまま、答える。
「何もないんじゃない。まだ、描かれてないだけだと思う」
僕はすぐに反論した。
「言葉を言い換えただけだ。今の君には、何もないってことだろ」
「今は、そうかもしれない」
彼は顔を上げた。
その瞳には、さっきまでの怯えはなかった。
「でも、これから見つかるかもしれない」
「……かもしれない?」
僕は思わず眉をひそめた。
以前の彼なら、そんな曖昧な言葉は口にしなかったはずだ。
「仮に何か見つかったとして、それに現実へ戻るほどの価値があるの?」
僕はノートに手を伸ばし、ページを乱暴に前へと戻した。
激しく紙がこすれる音が、教室内に響く。
僕は、白衣を着た柊木の絵を指差す。
「見てみなよ。柊木君は、疲れ果ててる」
五十嵐メルのページを叩く。
「五十嵐さんは、結局アイドルにはなれてない」
そして、絵川由夢のページ。
「絵川さんの右手、最後まで治ってない」
僕は彼の顔をのぞき込み、本物の銃ぐらいの威力がある言葉を突きつける。
「夢さえ見つかれば救われると思ってた? 立派な何かがあれば、前を向いて生きられると思ってた? 現実は違うよ。夢を持っている三人だって、こんなに苦しんでるんだ」
教室に重い沈黙が落ちる。
僕の指摘は完璧だ。
彼はきっとまた絶望する――はずだった。
「……それ、本当?」
「は?」
「柊木君が医者を選んで後悔してるかなんて、僕には分からない。五十嵐さんが、アイドルになれなかった人生を不幸だと思ってるかも分からない。絵川さんが、右手が治らなくても絵を描きたいと思う理由……どうして、君が分かるんだよ」
「それは……」
彼は静かに、でもはっきりと言う。
「それを決めるのは、あの三人だ。外にいる僕たちが勝手に決めることじゃない」
彼はノートを見つめ、それから自嘲するように小さく笑った。
「そんなの……僕がいなくなった方が本田君のためになるって、勝手に決めつけた時と、同じだ」
僕は息をうまく吸えず、のどを押さえる。
「今の僕が、未来の僕まで、勝手に終わらせたくないんだ」
「そんなの、ただの希望的観測じゃないか」
「うん。ただの希望だ」
彼はノートを丁寧にめくり、駆け出すマッシロと白紙のページを見つめた。
「だから、僕は帰るよ」
僕にはもう彼を引き留める言葉を持っていない。
「……そっか」
僕は短く息を吐いた。
「分かったよ。じゃあ……帰ればいい」
「うん」
彼は少しだけ笑った。
まるで、話が終わったと思っているかのように。
僕は教室の後ろを見る。
「僕は、ここに残るよ」
そこは月の陰となっており、この教室で一番闇が深い。

