僕たちは校内を一巡りし、教室に戻った。
色んな場所を見て回ったが、もうこの世界には僕と彼以外の姿はなかった。
既に先生すらも、学校を後にしている時間だ。
けど、廊下の電気はついたまま。
もしかすると、いつも夜が明けるまでつけっぱなしなのかもしれない。
それは新しい発見だった。
内海新汰は、自分の席に座っていた。
僕はその一つ前の席の椅子に反対向きに座り、彼と再び向かい合う。
「それで、さっきの話、どう思う」
「この世界から出ていけない理由? 君も、分かってるだろう」
「まあね。でも、君の口から聞きたいんだ」
彼は僕から目をそらし、黒板の方を見つめた。
そこには、月明かりを浴びて、マッシロたちが輝いていた。
「僕の夢が、あまりに小さすぎるからだ」
「小さい?」
「うん。みんなに比べて」
彼は机の上に肘を置き、指を組んだ。
「柊木君も、五十嵐さんも、絵川さんも……自分で何かを選んで帰っていった。それに比べて、僕はなんだ?」
「思春期専門のカスタマーサポート」
僕がそう言うと、彼は鼻で笑った。
彼は組んでいた手を解き、自分の胸元に触れる。
「そう。自称、落とし穴の底で待ってる人だよ。まったく、笑っちゃうよな。そんなの職業ですらない。社会の何の役に立つのかも、分からない。高田先生に話したら、きっとまた深くため息をつかれて、『内海さん、それ、真面目に言ってるんだよな?』って怒られるだけだ」
「高田先生の評価が、そんなに大事なのかい?」
彼は一瞬言葉に詰まる。
「担任、だから」
「なるほど。仮に高田先生に認めてもらえたら、君は納得するのかい?」
「納得……しないかもしれない」
「じゃあ、何のために先生に認めてもらうの?」
「よく……分からない」
先ほどから、彼は僕に視線を合わせようとしない。
彼はうつむき、机の表面になにかを描くように指を動かす。
「先生だけじゃない。父さんにも……言えない」
「どうして?」
「君だって知ってるだろう。僕が進路で悩んでるのを知ったら、『焦らなくていい、誇れる夢を持て』なんて言った人だよ。こんな話をしてどうする」
「そうだね」
僕は少しだけ腰を浮かし、椅子を彼の机にさらに近づける。
リノリウムの床と椅子の脚がこすれ、嫌な音が鳴った。
「そもそも、君のその夢は、具体的にどこで何をするつもりなんだ」
「それは……」
彼は口をつぐんだ。
三十秒ほど待ったが、答えは返ってこない。
「都合が悪くなったら、だんまりとはね。急に、思春期の子供のように振る舞わないでくれよ」
「……うるさい」
僕は机の上に肘をつき、彼の顔に近づいた。
お互いの長い前髪は、今にも触れそうな距離だ。
「君の夢は、ここでしか叶えられない」
「……っ」
「この世界に来て、君は自分でも誰かの役に立てると思えた。だから、それに必死にしがみつこうとしているだけなんだよ。プールで溺れている時、ビート板が流れてきたら、誰だってそれを掴む。君の夢はそうやって生まれたんだ」
「それの……どこが悪いんだ」
彼は自分の拳を強く握りしめ、肩を震わせた。
「悪いなんて、僕は一言も言ってない」
「えっ……」
「さっきも言っただろ。悪くない夢だって」
「じゃあ……じゃあ! なんで、そうやって僕を責めるんだ」
「便利だなって思っただけ」
「便利?」
「そう」
僕は右手を銃の形にして、人差し指で彼の眉間に触れる。
「君は、その夢を現実に帰らない理由に使ってる。気づいてないのかい?」
彼は目を大きく開いたまま、固まった。
「ここにいれば、誰かが落ちてきた時に助けられる」
「……黙れ」
「必要とされる。役にも立てる。夢も叶う」
僕はリズムよく言葉をつむいでいく。
「でも、現実に帰ったら?」
彼は唇を震わせるだけで、なにも答えられない。
僕は人差し指を彼の眉間に押し込む。
「また、元の君に戻る。この世界でやってきたすべてがリセットされるってわけだ」
「黙れっ!」
彼が机の上を強く叩き、立ち上がる。
その瞬間――教室の電気がつく。
僕と彼は同時に教室の入り口を見る。
そこには、半透明の姿の三人が立っていた。
『それでは、内海さん。新汰君の机は……こちらです』
最初に声を上げたのは、高田だった。
『高田先生……夜遅くにご対応いただきまして、ありがとうございます。本田君も、付き合ってくれて感謝してる』
『いえ、俺も……いや、僕も何かできればと思っていましたので』
高田は一人、乾いた足音を響かせながら、教室を後にした。
残った二人は――。
「本田君……」
そして。
「父さん」
彼は後ずさるように、自分の席から距離を取った。
色んな場所を見て回ったが、もうこの世界には僕と彼以外の姿はなかった。
既に先生すらも、学校を後にしている時間だ。
けど、廊下の電気はついたまま。
もしかすると、いつも夜が明けるまでつけっぱなしなのかもしれない。
それは新しい発見だった。
内海新汰は、自分の席に座っていた。
僕はその一つ前の席の椅子に反対向きに座り、彼と再び向かい合う。
「それで、さっきの話、どう思う」
「この世界から出ていけない理由? 君も、分かってるだろう」
「まあね。でも、君の口から聞きたいんだ」
彼は僕から目をそらし、黒板の方を見つめた。
そこには、月明かりを浴びて、マッシロたちが輝いていた。
「僕の夢が、あまりに小さすぎるからだ」
「小さい?」
「うん。みんなに比べて」
彼は机の上に肘を置き、指を組んだ。
「柊木君も、五十嵐さんも、絵川さんも……自分で何かを選んで帰っていった。それに比べて、僕はなんだ?」
「思春期専門のカスタマーサポート」
僕がそう言うと、彼は鼻で笑った。
彼は組んでいた手を解き、自分の胸元に触れる。
「そう。自称、落とし穴の底で待ってる人だよ。まったく、笑っちゃうよな。そんなの職業ですらない。社会の何の役に立つのかも、分からない。高田先生に話したら、きっとまた深くため息をつかれて、『内海さん、それ、真面目に言ってるんだよな?』って怒られるだけだ」
「高田先生の評価が、そんなに大事なのかい?」
彼は一瞬言葉に詰まる。
「担任、だから」
「なるほど。仮に高田先生に認めてもらえたら、君は納得するのかい?」
「納得……しないかもしれない」
「じゃあ、何のために先生に認めてもらうの?」
「よく……分からない」
先ほどから、彼は僕に視線を合わせようとしない。
彼はうつむき、机の表面になにかを描くように指を動かす。
「先生だけじゃない。父さんにも……言えない」
「どうして?」
「君だって知ってるだろう。僕が進路で悩んでるのを知ったら、『焦らなくていい、誇れる夢を持て』なんて言った人だよ。こんな話をしてどうする」
「そうだね」
僕は少しだけ腰を浮かし、椅子を彼の机にさらに近づける。
リノリウムの床と椅子の脚がこすれ、嫌な音が鳴った。
「そもそも、君のその夢は、具体的にどこで何をするつもりなんだ」
「それは……」
彼は口をつぐんだ。
三十秒ほど待ったが、答えは返ってこない。
「都合が悪くなったら、だんまりとはね。急に、思春期の子供のように振る舞わないでくれよ」
「……うるさい」
僕は机の上に肘をつき、彼の顔に近づいた。
お互いの長い前髪は、今にも触れそうな距離だ。
「君の夢は、ここでしか叶えられない」
「……っ」
「この世界に来て、君は自分でも誰かの役に立てると思えた。だから、それに必死にしがみつこうとしているだけなんだよ。プールで溺れている時、ビート板が流れてきたら、誰だってそれを掴む。君の夢はそうやって生まれたんだ」
「それの……どこが悪いんだ」
彼は自分の拳を強く握りしめ、肩を震わせた。
「悪いなんて、僕は一言も言ってない」
「えっ……」
「さっきも言っただろ。悪くない夢だって」
「じゃあ……じゃあ! なんで、そうやって僕を責めるんだ」
「便利だなって思っただけ」
「便利?」
「そう」
僕は右手を銃の形にして、人差し指で彼の眉間に触れる。
「君は、その夢を現実に帰らない理由に使ってる。気づいてないのかい?」
彼は目を大きく開いたまま、固まった。
「ここにいれば、誰かが落ちてきた時に助けられる」
「……黙れ」
「必要とされる。役にも立てる。夢も叶う」
僕はリズムよく言葉をつむいでいく。
「でも、現実に帰ったら?」
彼は唇を震わせるだけで、なにも答えられない。
僕は人差し指を彼の眉間に押し込む。
「また、元の君に戻る。この世界でやってきたすべてがリセットされるってわけだ」
「黙れっ!」
彼が机の上を強く叩き、立ち上がる。
その瞬間――教室の電気がつく。
僕と彼は同時に教室の入り口を見る。
そこには、半透明の姿の三人が立っていた。
『それでは、内海さん。新汰君の机は……こちらです』
最初に声を上げたのは、高田だった。
『高田先生……夜遅くにご対応いただきまして、ありがとうございます。本田君も、付き合ってくれて感謝してる』
『いえ、俺も……いや、僕も何かできればと思っていましたので』
高田は一人、乾いた足音を響かせながら、教室を後にした。
残った二人は――。
「本田君……」
そして。
「父さん」
彼は後ずさるように、自分の席から距離を取った。

