「……だったら、なに?」
絵川はそう答え、話を続ける。
「私が生きていても死んでいても、内海君に何の関係があるの?」
「それは……」
「私、ほんとに飛び降りたの。一カ月前、あの屋上から。真っ逆さまに」
絵川は立ち上がり、僕を冷たい眼差しで見下ろす。
僕はその眼差しを真正面から受け止める。
「嘘だ」
「嘘じゃない!」
絵川が手のひらで黒板を強く叩いた。
「ほんと……なの。でも、死ねなかった」
「――えっ」
「飛び降りた……死ぬ気で、飛び降りたのに! 気づいたら、病院のベッドの上だった」
絵川が右手を固く握り、黒板を殴りつけるように何度もたたく。
黒板がきしむ音が、教室内にこだまする。
「全身が焼けるみたいに痛くて、息もできなくて……身体中から管が生えてて、機械の電子音がずっと耳障りでさ! お母さんが泣き叫んでて、お父さんが化け物でも見るような眼をしてて……」
絵川は、右手を僕の目の前に突き出した。
休み時間になると、ノートの上を縦横無尽に走り回っていた手。
その指先は、小刻みに痙攣するように震えている。
「……動かなかったんだよ」
絵川の唇が、昼間に浮かぶ月のように白い。
「どんなに力を入れても、指一本、ピクリとも動かなかった! 感覚すらなくて……私の、私のこの右手、完全に壊れてたんだよ!」
絵川が震えながら、右手の手首を左手で握った。
「なんで死ねなかったのって思ったよ! パクリだって叩かれて、居場所もなくなって、お母さんとお父さんにどう説明したらいいかも分かんなくて、ペンも握れない身体になって……この先、どう生きろっていうの? 教えてよ!」
「僕には……分からない」
「ああ、そうね。今回もそう言うと思った」
絵川が舌打ちする。
「どうせ、あんたはさ。生まれてから、本気で何かに打ち込んだことなんかないんでしょ? 本気でやったことを世界に一度も出したこともない。だから、そんな気楽なこと言えるの。本気でやったことが認められて、壊されて。そんな気持ち、これっぽちも理解できやしない。アカウント消したら終わり? 馬鹿じゃないの。周囲に腫れ物扱いされて、世界にも否定されて、私はもうあの世界に居場所なんてないの」
肩を激しく上下させ、絵川は叫ぶ。
「消えたい、明日なんか来ないで、誰にも見られたくない――そう強く願ったら、ここにいた。ここなら身体も痛くない。誰も私を責めない。好きなだけマッシロを描いていられる」
「……ずっと、ここにいられるなんて、分からないよ」
「そんなの、知らないっ!」
絵川は力尽きたようにひざをつき、教壇の上に崩れ落ちた。
「ここがいいの。ずっと、ここにいたいの……」
幼い子供のように泣きじゃくる絵川。
僕は『生きろ』とも『頑張れ』とも言えなかった。
――けど。
僕は、くしゃくしゃになった絵川の絵を一枚ずつめくっていく。
一枚目は、何も考えずにクレヨンを手に取るマッシロ。
二枚目は、絵を描くことの楽しさに気づくマッシロ。
三枚目は、周囲の人から絵を褒められ、照れるマッシロ。
この三枚目が、僕は一番好きだ。
――だってさ。
僕はその言葉の続きをのみ込み、少しだけ微笑みながら立ち上がる。
目の前に立ちふさがるのは、カラスのように黒く染まった黒板。
黒板の溝には、月明かりに照らされた白いチョークが見える。
僕はそれを手に取ると、大きな音を立てて、白い線を引く。
絵川はそう答え、話を続ける。
「私が生きていても死んでいても、内海君に何の関係があるの?」
「それは……」
「私、ほんとに飛び降りたの。一カ月前、あの屋上から。真っ逆さまに」
絵川は立ち上がり、僕を冷たい眼差しで見下ろす。
僕はその眼差しを真正面から受け止める。
「嘘だ」
「嘘じゃない!」
絵川が手のひらで黒板を強く叩いた。
「ほんと……なの。でも、死ねなかった」
「――えっ」
「飛び降りた……死ぬ気で、飛び降りたのに! 気づいたら、病院のベッドの上だった」
絵川が右手を固く握り、黒板を殴りつけるように何度もたたく。
黒板がきしむ音が、教室内にこだまする。
「全身が焼けるみたいに痛くて、息もできなくて……身体中から管が生えてて、機械の電子音がずっと耳障りでさ! お母さんが泣き叫んでて、お父さんが化け物でも見るような眼をしてて……」
絵川は、右手を僕の目の前に突き出した。
休み時間になると、ノートの上を縦横無尽に走り回っていた手。
その指先は、小刻みに痙攣するように震えている。
「……動かなかったんだよ」
絵川の唇が、昼間に浮かぶ月のように白い。
「どんなに力を入れても、指一本、ピクリとも動かなかった! 感覚すらなくて……私の、私のこの右手、完全に壊れてたんだよ!」
絵川が震えながら、右手の手首を左手で握った。
「なんで死ねなかったのって思ったよ! パクリだって叩かれて、居場所もなくなって、お母さんとお父さんにどう説明したらいいかも分かんなくて、ペンも握れない身体になって……この先、どう生きろっていうの? 教えてよ!」
「僕には……分からない」
「ああ、そうね。今回もそう言うと思った」
絵川が舌打ちする。
「どうせ、あんたはさ。生まれてから、本気で何かに打ち込んだことなんかないんでしょ? 本気でやったことを世界に一度も出したこともない。だから、そんな気楽なこと言えるの。本気でやったことが認められて、壊されて。そんな気持ち、これっぽちも理解できやしない。アカウント消したら終わり? 馬鹿じゃないの。周囲に腫れ物扱いされて、世界にも否定されて、私はもうあの世界に居場所なんてないの」
肩を激しく上下させ、絵川は叫ぶ。
「消えたい、明日なんか来ないで、誰にも見られたくない――そう強く願ったら、ここにいた。ここなら身体も痛くない。誰も私を責めない。好きなだけマッシロを描いていられる」
「……ずっと、ここにいられるなんて、分からないよ」
「そんなの、知らないっ!」
絵川は力尽きたようにひざをつき、教壇の上に崩れ落ちた。
「ここがいいの。ずっと、ここにいたいの……」
幼い子供のように泣きじゃくる絵川。
僕は『生きろ』とも『頑張れ』とも言えなかった。
――けど。
僕は、くしゃくしゃになった絵川の絵を一枚ずつめくっていく。
一枚目は、何も考えずにクレヨンを手に取るマッシロ。
二枚目は、絵を描くことの楽しさに気づくマッシロ。
三枚目は、周囲の人から絵を褒められ、照れるマッシロ。
この三枚目が、僕は一番好きだ。
――だってさ。
僕はその言葉の続きをのみ込み、少しだけ微笑みながら立ち上がる。
目の前に立ちふさがるのは、カラスのように黒く染まった黒板。
黒板の溝には、月明かりに照らされた白いチョークが見える。
僕はそれを手に取ると、大きな音を立てて、白い線を引く。

