僕は夜の校舎を一人で歩く。
三階の廊下の窓から見えるのは、隣の校舎の灯りと中庭にある小さな外灯だけ。
他は夜の闇によって輪郭がぼやけ、そこにあるものが何かを判別することができなくなっていた。
廊下の角を曲がる度、幽霊や妖怪が現れるのではと思ったが、今のところ、出会っていない。
「なんか……知らない場所みたいだ」
こんな時間まで、学校にいるのは初めてだった。
もちろん、時間の感覚は失われているので、実際に何時なのかは分からないが。
教室に灯りはついていないが、廊下だけは昼間と同じように明るく、僕の歩く道を照らしてくれる。
しかし、僕の行き先を導いてくれるわけではなく、僕はリノリウムの床の上をあてもなく歩いていた。
『少し、一人にして』
先ほど、屋上で絵川はそう告げた後、校舎の中に消えた。
僕はもう一度彼女を追いかけることができなかった。
彼女にどんな言葉をかければいいか、分からなかったから。
それは、今も変わっていない。
『また、おせっかい?』
窓の外に広がる闇が、絵川に姿を変えて、僕に語りかけてきた。
「――他人にあまり興味ないタイプだと思ってたんだけどな」
いや、他人だけじゃない。
自分にだって、そこまで興味がない。
だから、ちゃんと自分にも他人にも興味がある彼らを見ていると、なんだか胸の奥がざわざわする。
それを絵川は『おせっかい』と呼んだけど、僕は少し違う気がした。
どう違うのか、自分でもよく分からないけど。
僕はポケットからスマホを取り出す。
ネットは相変わらず死んだままで、SNSを開いても、エラー画面が表示された。
そこに表示されているのは、ただの文字。
拡大していくと、液晶上に並んだドットがただ光っているだけ。
幻みたいなものにすぎない。
――やっぱり、僕には分からない。
それらが魔法で怪物となり、襲い掛かって来るわけじゃない。
嫌なら、アカウントを消せばいい。
アプリをアンインストールしてもいいし、スマホの電源を切ってもいい。
僕だったら、そうする。
家まで押しかけて来る人がいたのなら、それで終わらないのは頭では分かる。
でも――。
自分の命を投げ打ってまで付き合う義理なんて、どこにもない。
だから、きっと僕はこのまま世界を一周するほど歩いても、絵川の感じた恐怖を同じ温度で受け止めることができない。
彼女が失ったものの重さだって、一生かけても分からない。
それが幸福なことなのか、不幸なことなのか、今の僕には判断できなかった。
彼女の言ったように、僕は少し『頭、おかしい』のかもしれない。
僕はスマホをポケットにしまい、もう一つのポケットから、折りたたまれた紙を取り出す。
絵川の描いた五枚の絵。
ただ絵を描くことが好きで、褒められて恥ずかしくなり、怪物に襲われた一頭のシロクマ。
それは、スマホと比べてずいぶん軽く、少し風が吹いただけでどこかに飛んで行ってしまうだろう。
けど、僕はそれを眺めていると、胸の奥がざわめく。
そのざわめきは身体中の分子を揺らし、僕の心を温めていく。
この気持ちは、紛れもなく。
――本物だ。
僕は重い紙を握りしめ、暗い校舎の奥へ向かって駆け出す。
目的地は、決まった。
三階の廊下の窓から見えるのは、隣の校舎の灯りと中庭にある小さな外灯だけ。
他は夜の闇によって輪郭がぼやけ、そこにあるものが何かを判別することができなくなっていた。
廊下の角を曲がる度、幽霊や妖怪が現れるのではと思ったが、今のところ、出会っていない。
「なんか……知らない場所みたいだ」
こんな時間まで、学校にいるのは初めてだった。
もちろん、時間の感覚は失われているので、実際に何時なのかは分からないが。
教室に灯りはついていないが、廊下だけは昼間と同じように明るく、僕の歩く道を照らしてくれる。
しかし、僕の行き先を導いてくれるわけではなく、僕はリノリウムの床の上をあてもなく歩いていた。
『少し、一人にして』
先ほど、屋上で絵川はそう告げた後、校舎の中に消えた。
僕はもう一度彼女を追いかけることができなかった。
彼女にどんな言葉をかければいいか、分からなかったから。
それは、今も変わっていない。
『また、おせっかい?』
窓の外に広がる闇が、絵川に姿を変えて、僕に語りかけてきた。
「――他人にあまり興味ないタイプだと思ってたんだけどな」
いや、他人だけじゃない。
自分にだって、そこまで興味がない。
だから、ちゃんと自分にも他人にも興味がある彼らを見ていると、なんだか胸の奥がざわざわする。
それを絵川は『おせっかい』と呼んだけど、僕は少し違う気がした。
どう違うのか、自分でもよく分からないけど。
僕はポケットからスマホを取り出す。
ネットは相変わらず死んだままで、SNSを開いても、エラー画面が表示された。
そこに表示されているのは、ただの文字。
拡大していくと、液晶上に並んだドットがただ光っているだけ。
幻みたいなものにすぎない。
――やっぱり、僕には分からない。
それらが魔法で怪物となり、襲い掛かって来るわけじゃない。
嫌なら、アカウントを消せばいい。
アプリをアンインストールしてもいいし、スマホの電源を切ってもいい。
僕だったら、そうする。
家まで押しかけて来る人がいたのなら、それで終わらないのは頭では分かる。
でも――。
自分の命を投げ打ってまで付き合う義理なんて、どこにもない。
だから、きっと僕はこのまま世界を一周するほど歩いても、絵川の感じた恐怖を同じ温度で受け止めることができない。
彼女が失ったものの重さだって、一生かけても分からない。
それが幸福なことなのか、不幸なことなのか、今の僕には判断できなかった。
彼女の言ったように、僕は少し『頭、おかしい』のかもしれない。
僕はスマホをポケットにしまい、もう一つのポケットから、折りたたまれた紙を取り出す。
絵川の描いた五枚の絵。
ただ絵を描くことが好きで、褒められて恥ずかしくなり、怪物に襲われた一頭のシロクマ。
それは、スマホと比べてずいぶん軽く、少し風が吹いただけでどこかに飛んで行ってしまうだろう。
けど、僕はそれを眺めていると、胸の奥がざわめく。
そのざわめきは身体中の分子を揺らし、僕の心を温めていく。
この気持ちは、紛れもなく。
――本物だ。
僕は重い紙を握りしめ、暗い校舎の奥へ向かって駆け出す。
目的地は、決まった。

