17歳、僕たちの第一死望

「夜に、なる」

 絵川がそうつぶやいた瞬間、背後で鉄製のドアが大きな音を立てて閉まった。
 絵川を追いかけ、辿り着いたのは校舎の屋上だった。
 先ほどまで、山の上で休んでいた太陽はいつの間にか沈んでいる。
 山の向こうだけが赤く染まり、頭上を見上げると星が見え始めていた。

「そうだね」
「長いこと、この世界にいるけど……こんなの初めて」

 絵川が僕を見ながら、微笑んだ。
 笑っているはずなのに、少しも温かく見えなかった。

 絵川は、北側のフェンスを指差す。
 高いフェンスの真ん中辺りに、紙のようなものが貼り付けられており、風に揺れている。
 その下には、枯れた花束が供えられている。
 どんな花であるかは、供えた本人しか分からない。

「あれが、五枚目」

 絵川は指し示すだけで、屋上の真ん中に立ったまま動かない。
 僕は絵川の脇を通り過ぎ、フェンスに貼り付けられた絵を手に取った。

「なんだよ……コレ」

 そこに描かれていたのは――カラスのように真っ黒に塗られたシロクマ。
 シロクマは、大量のパソコンやスマホに囲まれている。
 そこから飛び出た虫のようにうごめく黒い線が、シロクマに襲い掛かっていた。
 シロクマは耳をふさぎ、涙を流しているが、逃げ出すための道はどこにも見当たらない。

「これは、絵川さん?」
「どっちの意味?」
「……どっちって?」
「この絵を描いたのが私ということを聞きたいのか、このシロクマが私ということを聞きたいのか」

 絵川が僕の方にゆっくりと近づいてくる。

「どっちも、知りたい」
「君って、案外欲張りね」

 絵川は冷たい笑みを深め、僕の隣に立つ。
 そして、枯れた花束を手に取り、香りが残っているかを確かめるように顔にうずめた。

「……どっちも、なんだね」
「正解」

 絵川はフェンスにもたれ、僕を見つめる。
 どうして、もっと早く気づかなかったんだろう。
 絵があった場所は、生徒や先生だったらすぐに気づく。
 けど、シロクマの絵の噂なんて、一度も聞いたことがなかった。
 つまり、この絵は幻死の世界にしか存在しない。
 それを描いた人も。

「まさか、私の絵を見たことないなんてね。学校にそこそこ有名なイラストレーターがいたら、一度は見てみようと思わない?」
「興味、なかったから」
「死ぬ前も、死んだ後も?」
「うん。けど、すごいとは思ってたよ」
「すごい?」
「休み時間全部使って、打ち込める何かがあることについて」
「休み時間、ね」

 絵川は、無言で輝き続ける星を見上げた。

「それだけのわけないじゃない。全部……全部、使ってたんだよ」

 僕が絵川について知っていることはそう多くない。
 下の名前が、由夢ということ。
 同じ街に住んでおり、同じ十七歳であること。
 女子高生イラストレーターとして、ネットを中心に活動していたということ。
 そして。

 ――SNSで炎上し、ここから飛び降りたということ。

 その時、だった。
 重いドアが開く音がし、僕は振り向いた。
 入って来たのは、半透明の姿の男性。
 三十代ぐらいだろうか。
 顔にまったく、見覚えがない。
 サイズの大きい白色のTシャツを着ており、先生にしてはずいぶんラフな恰好だった。
 
 隣に立つ絵川が、花束をその場に落とす。

「ケイキ……さん?」

 絵川からケイキと呼ばれた男性は、小さな白い花で飾られた花束を持っていた。
 まるで僕たちが見えているかのように、彼が近づいてくる。
 彼が目の前でひざまずいた時、花束からリンゴのような甘い匂いがした。