17歳、僕たちの第一死望

「絵川さん、見て。あったよ」

 僕は情報教室の一角で、四枚目の絵を見つけた。
 入口から一番遠い、部屋の角にあったパソコンのモニターに、テープで貼り付けられていた。
 絵川がゆっくりとした歩調で、近づいてくる。

「そう」

 絵川は表情一つ変えずに言った。
 僕が再び絵を探しに行こうとしたら、『私も行く』と言ってついてきた。
 しかし、先ほどから本気で探しているようには見えず、絵川の真意は分からなかった。

「なにこれ。動物なのに、SNSって」

 ノートの切れ端に描かれていたのは、パソコンを使うシロクマの後ろ姿。
 大きなモニターからは、無数のハートマークや星が飛び出て、シロクマを光のように包み込んでいる。
 周囲に友達はおらず、手に握られているのは鉛筆ではなくマウスだ。

「絵を描くより、みんなの反応を見るのに忙しそうだ」

 急に現代的なシチュエーションになり、僕はクスクスと笑った。
 けど、絵川はどこか尖った声で言う。

「自分のやったことが、世界に認められたら……誰だって嬉しいでしょ」
「うーん……」

 僕もSNSをやっているが、友達や興味があるアカウントを眺めているだけだ。
 自ら何かを発信したことはないし、しようと思ったこともない。

「よく、分からないな。僕には世界に発信できるほどの『何か』を、持ってないから」

 絵川の肩が一瞬だけピクッと上下した。

「じゃあ、もしその『何か』を持っていたら?」
「例えば?」
「……私みたいに、絵がとてもうまかったら」

 絵川は僕をまっすぐに見つめながら答えた。

「実は、絵川さんの絵を見たことがないんだ」
「へえ」
「だから、どれくらいうまいのか、うまく想像できない」
「そんなの適当でいい。厳密な話をしてるわけじゃない」

 僕は想像してみる。
 自分が描いた絵に値段がつき、それを誰かが買ってくれることを。

「――進路に迷わなそうだ」
「私、そういうこと、聞いてるんじゃないんだけど」

 絵川がいらだったように、つま先で何度か床を叩く。

「冗談を言ってるわけじゃないんだ。ほんとによく分からないんだよ」

 僕は窓に近づき、アルミでできた枠にひじを乗せる。

「絵川さんは、この街から出たことって何回ある?」
「話、そらさないで」
「関係ある話だよ。少なくとも、僕にとっては」

 絵川は少しだけ考える。

「そんなの、数えたことない。百回ぐらいはあるんじゃない」
「そっか。じゃあ、この県から出たことは?」
「二十回ぐらい……かな」
「それじゃあ、この国からは?」
「一回も、ないけど」
「僕もだ」

 僕は、窓の外に広がる十七年間生きてきた街を見つめる。
 オレンジ色に染まった田んぼと畑。
 高いビルなんか一つもなくて、ちょっとコンビニに行くのにも時間がかかる不便な街。
 生まれてから、ほぼ毎日見てきた光景だ。

「だから、世界なんてものと、どう話していいか分からないんだよ」
「言ってる意味が……分からない」
「その……うまく言えないんだけど……」

 僕は一度言葉を止め、絵川に少しでも伝わればと祈る。

「見えない相手と、話なんかできないってことかな」

 絵川は目を大きく開いた。
 そして、僕に背を向ける。

「内海君って、頭、おかしいよね」
「よく、言われる」

 ずいぶんひどい言われようだ。
 けど、そう思われるのが当然で、僕は笑うしかなかった。
 絵川が背を向けたまま、消え入るような声で言う。

「五枚目は――こっち」
「え?」

 そう言うと、絵川は振り返ることなく教室から逃げるように出ていった。
 僕は一瞬遅れて彼女の後を追い、廊下に出る。
 
 ――もう、あんな所に。

 絵川が階段を駆け上がり、視界から消える。
 本気で走らなければ、彼女を永久に見失ってしまう気がした。