「絵川さん、見て。あったよ」
僕は情報教室の一角で、四枚目の絵を見つけた。
入口から一番遠い、部屋の角にあったパソコンのモニターに、テープで貼り付けられていた。
絵川がゆっくりとした歩調で、近づいてくる。
「そう」
絵川は表情一つ変えずに言った。
僕が再び絵を探しに行こうとしたら、『私も行く』と言ってついてきた。
しかし、先ほどから本気で探しているようには見えず、絵川の真意は分からなかった。
「なにこれ。動物なのに、SNSって」
ノートの切れ端に描かれていたのは、パソコンを使うシロクマの後ろ姿。
大きなモニターからは、無数のハートマークや星が飛び出て、シロクマを光のように包み込んでいる。
周囲に友達はおらず、手に握られているのは鉛筆ではなくマウスだ。
「絵を描くより、みんなの反応を見るのに忙しそうだ」
急に現代的なシチュエーションになり、僕はクスクスと笑った。
けど、絵川はどこか尖った声で言う。
「自分のやったことが、世界に認められたら……誰だって嬉しいでしょ」
「うーん……」
僕もSNSをやっているが、友達や興味があるアカウントを眺めているだけだ。
自ら何かを発信したことはないし、しようと思ったこともない。
「よく、分からないな。僕には世界に発信できるほどの『何か』を、持ってないから」
絵川の肩が一瞬だけピクッと上下した。
「じゃあ、もしその『何か』を持っていたら?」
「例えば?」
「……私みたいに、絵がとてもうまかったら」
絵川は僕をまっすぐに見つめながら答えた。
「実は、絵川さんの絵を見たことがないんだ」
「へえ」
「だから、どれくらいうまいのか、うまく想像できない」
「そんなの適当でいい。厳密な話をしてるわけじゃない」
僕は想像してみる。
自分が描いた絵に値段がつき、それを誰かが買ってくれることを。
「――進路に迷わなそうだ」
「私、そういうこと、聞いてるんじゃないんだけど」
絵川がいらだったように、つま先で何度か床を叩く。
「冗談を言ってるわけじゃないんだ。ほんとによく分からないんだよ」
僕は窓に近づき、アルミでできた枠にひじを乗せる。
「絵川さんは、この街から出たことって何回ある?」
「話、そらさないで」
「関係ある話だよ。少なくとも、僕にとっては」
絵川は少しだけ考える。
「そんなの、数えたことない。百回ぐらいはあるんじゃない」
「そっか。じゃあ、この県から出たことは?」
「二十回ぐらい……かな」
「それじゃあ、この国からは?」
「一回も、ないけど」
「僕もだ」
僕は、窓の外に広がる十七年間生きてきた街を見つめる。
オレンジ色に染まった田んぼと畑。
高いビルなんか一つもなくて、ちょっとコンビニに行くのにも時間がかかる不便な街。
生まれてから、ほぼ毎日見てきた光景だ。
「だから、世界なんてものと、どう話していいか分からないんだよ」
「言ってる意味が……分からない」
「その……うまく言えないんだけど……」
僕は一度言葉を止め、絵川に少しでも伝わればと祈る。
「見えない相手と、話なんかできないってことかな」
絵川は目を大きく開いた。
そして、僕に背を向ける。
「内海君って、頭、おかしいよね」
「よく、言われる」
ずいぶんひどい言われようだ。
けど、そう思われるのが当然で、僕は笑うしかなかった。
絵川が背を向けたまま、消え入るような声で言う。
「五枚目は――こっち」
「え?」
そう言うと、絵川は振り返ることなく教室から逃げるように出ていった。
僕は一瞬遅れて彼女の後を追い、廊下に出る。
――もう、あんな所に。
絵川が階段を駆け上がり、視界から消える。
本気で走らなければ、彼女を永久に見失ってしまう気がした。
僕は情報教室の一角で、四枚目の絵を見つけた。
入口から一番遠い、部屋の角にあったパソコンのモニターに、テープで貼り付けられていた。
絵川がゆっくりとした歩調で、近づいてくる。
「そう」
絵川は表情一つ変えずに言った。
僕が再び絵を探しに行こうとしたら、『私も行く』と言ってついてきた。
しかし、先ほどから本気で探しているようには見えず、絵川の真意は分からなかった。
「なにこれ。動物なのに、SNSって」
ノートの切れ端に描かれていたのは、パソコンを使うシロクマの後ろ姿。
大きなモニターからは、無数のハートマークや星が飛び出て、シロクマを光のように包み込んでいる。
周囲に友達はおらず、手に握られているのは鉛筆ではなくマウスだ。
「絵を描くより、みんなの反応を見るのに忙しそうだ」
急に現代的なシチュエーションになり、僕はクスクスと笑った。
けど、絵川はどこか尖った声で言う。
「自分のやったことが、世界に認められたら……誰だって嬉しいでしょ」
「うーん……」
僕もSNSをやっているが、友達や興味があるアカウントを眺めているだけだ。
自ら何かを発信したことはないし、しようと思ったこともない。
「よく、分からないな。僕には世界に発信できるほどの『何か』を、持ってないから」
絵川の肩が一瞬だけピクッと上下した。
「じゃあ、もしその『何か』を持っていたら?」
「例えば?」
「……私みたいに、絵がとてもうまかったら」
絵川は僕をまっすぐに見つめながら答えた。
「実は、絵川さんの絵を見たことがないんだ」
「へえ」
「だから、どれくらいうまいのか、うまく想像できない」
「そんなの適当でいい。厳密な話をしてるわけじゃない」
僕は想像してみる。
自分が描いた絵に値段がつき、それを誰かが買ってくれることを。
「――進路に迷わなそうだ」
「私、そういうこと、聞いてるんじゃないんだけど」
絵川がいらだったように、つま先で何度か床を叩く。
「冗談を言ってるわけじゃないんだ。ほんとによく分からないんだよ」
僕は窓に近づき、アルミでできた枠にひじを乗せる。
「絵川さんは、この街から出たことって何回ある?」
「話、そらさないで」
「関係ある話だよ。少なくとも、僕にとっては」
絵川は少しだけ考える。
「そんなの、数えたことない。百回ぐらいはあるんじゃない」
「そっか。じゃあ、この県から出たことは?」
「二十回ぐらい……かな」
「それじゃあ、この国からは?」
「一回も、ないけど」
「僕もだ」
僕は、窓の外に広がる十七年間生きてきた街を見つめる。
オレンジ色に染まった田んぼと畑。
高いビルなんか一つもなくて、ちょっとコンビニに行くのにも時間がかかる不便な街。
生まれてから、ほぼ毎日見てきた光景だ。
「だから、世界なんてものと、どう話していいか分からないんだよ」
「言ってる意味が……分からない」
「その……うまく言えないんだけど……」
僕は一度言葉を止め、絵川に少しでも伝わればと祈る。
「見えない相手と、話なんかできないってことかな」
絵川は目を大きく開いた。
そして、僕に背を向ける。
「内海君って、頭、おかしいよね」
「よく、言われる」
ずいぶんひどい言われようだ。
けど、そう思われるのが当然で、僕は笑うしかなかった。
絵川が背を向けたまま、消え入るような声で言う。
「五枚目は――こっち」
「え?」
そう言うと、絵川は振り返ることなく教室から逃げるように出ていった。
僕は一瞬遅れて彼女の後を追い、廊下に出る。
――もう、あんな所に。
絵川が階段を駆け上がり、視界から消える。
本気で走らなければ、彼女を永久に見失ってしまう気がした。

