図書室に足を踏み入れると、カウンターに座っていた半透明の図書委員はもういなくなっていた。
僕は図書室の奥にある、進路に関するコーナーへ向かった。
そこには、背表紙に大学の名前が書かれた赤い本が所狭しと並んでいた。
僕はそれを書棚の左上から順番に読み上げていく。
気になったものがあれば手に取り、パラパラとページをめくった。
そこには、過去の入試問題がびっしりと書かれてあった。
未来を目指して大学に行くのに、過去を振り返らなくてはいけないことが、とても不思議に思えた。
隣の書棚には、あらゆる職業を紹介する本が並んでいた。
一度も聞いたことがない職業もあり、僕は純粋な知識として興味をそそられた。
しかし、どれだけ真剣に本を眺めても、僕が心から目指したいと思える場所は見つからなかった。
世の中に、これだけの大学と職業があるというのに。
僕はため息をつき、書棚を後にしようとした。
その時、書棚の右隅にある『イラストレーター』と『システムエンジニア』の本の間に、何かが挟まっていることに気づいた。
引っ張り出してみると、それはノートのページを破ったものだった。
そこに描かれていたのは――。
「……シロクマ?」
丸みを帯びた小さなシロクマが、ノートの真ん中に座っていた。
おそらく、まだ子供なのだろう。
シロクマは黒いクレヨンを器用に持ち、自分の真っ白な体に落書きしていた。
お腹には、キャンディー、家、ロケット――何の関連性もないものが描かれていた。
「……なんだよ、これ」
僕は思わず笑った。
このまま描き続けたら、シロクマは真っ黒になるだろう。
そうなったら、普通のクマと変わらない。
僕はその絵を何となく気に入り、丁寧に折りたたんでポケットに入れた。
夢ではなく落書きを持って教室に戻ると、絵川からキツイ言葉が飛んできそうだった。
僕は時間をかけて悩んだという、せめてもの言い訳を作ることにした。
幻死の世界において、時間稼ぎというのに意味があるかは分からないけど。
僕は図書室がある特別教室棟を歩く。
そこには、普段あまり入ることのない教室が並んでいる。
化学室、音楽室、家庭科室――すると、ある教室の扉が開けっ放しになっていた。
何気なく足を踏み入れると、絵具と木の香りを全身に感じた。
美術室。
ここにも現実世界の生徒の姿はなかったが、キャンバスに描かれた前衛的な人物と、壁際の棚に並んだ顔色の悪い頭部だけの人が、僕を出迎えてくれた。
僕は作業机の上を指でなぞる。
そこには、たくさんの絵具の染みや細かな傷があった。
高校の芸術選択は、書道にした。
他に音楽と美術を選ぶことができたが、音を奏でるのも絵を描くのも、創造的な解釈を必要とするので、消去法だった。
もちろん、書道でも創造的な解釈が必要だが、お手本通りに文字を書くという選択肢がある分、僕の性にも合っていた。
目の前に並ぶのは、現実よりも鮮やかな色使いの風景画、モノクロなのにそこに実在するかのように見える果物のデッサン。
――こんなの、僕には無理だ。
やはり、選択は間違ってなかったようだ。
美術室の中をぐるりと回っていると、窓際にこちらに背を向けた小さなイーゼルがあった。
そこに描かれていたのは――。
「まただ」
僕はぽつりとつぶやいた。
キャンバスに貼りつけられたノートの切れ端。
そこに、丸みを帯びたシロクマがいた。
僕はポケットから、図書室で見つけた落書きを取り出す。
多分、同じシロクマ。
図書室のシロクマより、少しだけ背が伸びていた。
手に持っているのはクレヨンではなく、色鉛筆。
彼――もしくは彼女かもしれないが、周囲には画用紙が何枚も散らばり、その一枚一枚に花や動物、家らしきものが描かれている。
シロクマのお腹は真っ白で、そこをキャンバスにするのを止めたらしい。
「親に怒られたんだな」
僕はまたクスリと笑い、それもポケットにしまい込んだ。
僕は図書室の奥にある、進路に関するコーナーへ向かった。
そこには、背表紙に大学の名前が書かれた赤い本が所狭しと並んでいた。
僕はそれを書棚の左上から順番に読み上げていく。
気になったものがあれば手に取り、パラパラとページをめくった。
そこには、過去の入試問題がびっしりと書かれてあった。
未来を目指して大学に行くのに、過去を振り返らなくてはいけないことが、とても不思議に思えた。
隣の書棚には、あらゆる職業を紹介する本が並んでいた。
一度も聞いたことがない職業もあり、僕は純粋な知識として興味をそそられた。
しかし、どれだけ真剣に本を眺めても、僕が心から目指したいと思える場所は見つからなかった。
世の中に、これだけの大学と職業があるというのに。
僕はため息をつき、書棚を後にしようとした。
その時、書棚の右隅にある『イラストレーター』と『システムエンジニア』の本の間に、何かが挟まっていることに気づいた。
引っ張り出してみると、それはノートのページを破ったものだった。
そこに描かれていたのは――。
「……シロクマ?」
丸みを帯びた小さなシロクマが、ノートの真ん中に座っていた。
おそらく、まだ子供なのだろう。
シロクマは黒いクレヨンを器用に持ち、自分の真っ白な体に落書きしていた。
お腹には、キャンディー、家、ロケット――何の関連性もないものが描かれていた。
「……なんだよ、これ」
僕は思わず笑った。
このまま描き続けたら、シロクマは真っ黒になるだろう。
そうなったら、普通のクマと変わらない。
僕はその絵を何となく気に入り、丁寧に折りたたんでポケットに入れた。
夢ではなく落書きを持って教室に戻ると、絵川からキツイ言葉が飛んできそうだった。
僕は時間をかけて悩んだという、せめてもの言い訳を作ることにした。
幻死の世界において、時間稼ぎというのに意味があるかは分からないけど。
僕は図書室がある特別教室棟を歩く。
そこには、普段あまり入ることのない教室が並んでいる。
化学室、音楽室、家庭科室――すると、ある教室の扉が開けっ放しになっていた。
何気なく足を踏み入れると、絵具と木の香りを全身に感じた。
美術室。
ここにも現実世界の生徒の姿はなかったが、キャンバスに描かれた前衛的な人物と、壁際の棚に並んだ顔色の悪い頭部だけの人が、僕を出迎えてくれた。
僕は作業机の上を指でなぞる。
そこには、たくさんの絵具の染みや細かな傷があった。
高校の芸術選択は、書道にした。
他に音楽と美術を選ぶことができたが、音を奏でるのも絵を描くのも、創造的な解釈を必要とするので、消去法だった。
もちろん、書道でも創造的な解釈が必要だが、お手本通りに文字を書くという選択肢がある分、僕の性にも合っていた。
目の前に並ぶのは、現実よりも鮮やかな色使いの風景画、モノクロなのにそこに実在するかのように見える果物のデッサン。
――こんなの、僕には無理だ。
やはり、選択は間違ってなかったようだ。
美術室の中をぐるりと回っていると、窓際にこちらに背を向けた小さなイーゼルがあった。
そこに描かれていたのは――。
「まただ」
僕はぽつりとつぶやいた。
キャンバスに貼りつけられたノートの切れ端。
そこに、丸みを帯びたシロクマがいた。
僕はポケットから、図書室で見つけた落書きを取り出す。
多分、同じシロクマ。
図書室のシロクマより、少しだけ背が伸びていた。
手に持っているのはクレヨンではなく、色鉛筆。
彼――もしくは彼女かもしれないが、周囲には画用紙が何枚も散らばり、その一枚一枚に花や動物、家らしきものが描かれている。
シロクマのお腹は真っ白で、そこをキャンバスにするのを止めたらしい。
「親に怒られたんだな」
僕はまたクスリと笑い、それもポケットにしまい込んだ。

