17歳、僕たちの第一死望

 教室の窓の外に見える太陽が、今にも沈もうとしている。
 けど、太陽は街を囲む山の上に乗ってしまったかのように、先ほどから静止している。

「絵川さん、ここでは夜になるの?」
「さあ。少なくとも、私は見たことない」

 二人きりの教室で、僕と絵川は自分の席に座っていた。
 教卓の近くにある彼女の席まで、別のクラスメイトの席が四つ挟まっている。
 絵川の手元から聞こえる、カリカリという鉛筆の音が、会話と会話の間を埋めた。

「五十嵐さん、進路決めたってことなのかな」
「どうして、そう思うの?」
「現実に、帰ったから」
「進路決めたから、帰れるなんて、誰が決めたの?」
「……そうだね」
「それに、現実に帰れたかは分からない。君はそう言ってなかった?」
「今はそう思うことにした」
「意見、ずいぶんコロコロ変わるんだね」
「うん」

 僕は絵川の後ろ姿に語りかける。

「少し前までは、すぐに意見を変えるなんて、ダサいと思ってたんだ」
「ふうん」

 絵川は大して興味がなさそうに言った。
 しかし、僕の言葉はしっかりと届いている。

「今は、意見を変えるのが、カッコイイとでも?」
「今でもダサいと思ってる」
「なにそれ」

 鉛筆の音が一瞬止まり、クスリと笑う声が聞こえた。

「でも、色んな意見を取り入れてみることにした」
「思ったより、柔軟なんだ」
「僕も驚いている」

 僕は、自分の脳は冷たいブロックでできていると思っていた。
 けど、どうやらそれほど硬くもないらしい。

「まあ、悪くないかもね。変な意地、張るより」

 僕は少しだけ考えてから答える。

「それって、五十嵐さんのこと?」
「……結局、推し続けるなんて言うから」
「いいんじゃないかな」

 僕は軽い口調で答える。

「五十嵐さんが、そう決めたみたいだから」
「そういう問題?」
「僕はそう思う」
「……私はそう思わない」

 絵川はそう答えると、再び絵を描くことに集中した。
 彼女のカラスのように黒い髪は、夕日に照らされても透けることはない。

「次は、絵川さんだね」
「……なにが?」
「成仏」

 絵川が鉛筆を置き、振り向く。

「内海君。君はデリカシーってものを現実に置いてきたの?」
「五十嵐にも似たようなこと言われた。けど、僕は元からこんな感じだよ」

 僕は苦笑し、窓の外に広がる景色を眺める。
 気のせいかもしれないが、太陽の見えている面積が少しだけ小さくなった気がする。

「みんな、心残りみたいなものがあったからさ。絵川さんも、そうなのかなって」
「心残りがない人間なんて、いると思う?」

 僕は五秒ほど考える。

「……いないかもしれない」
「そう言うと思った」

 絵川は平坦な口調で言った。
 彼女は、胸元に落ちてきた長い髪を耳にかける。

「それに順番で言うなら、次にここから消えるのは君でしょ」
「何で?」
「私はほんとに死んでて、君は死に損ないだから」

 絵川は僕から少し顔をそらしながら言った。
 その表情は夕日に照らされて、よく見えない。

「君は他人の心配するより、自分の心配をしたら?」
「でも、僕は柊木君や五十嵐さん……絵川さんと違って、やりたいことなんてないから」
「本気で、探そうとした?」

 絵川が、少しいらついた声色に変わった。
 僕は三十秒ほど考えてから答える。

「してないかもしれない」
「そう言うと思った」
「でも……どう探せばいいか分からないんだ」
「図書室に行けば、色んな大学や職業の本があるよ」
「そんなことで見つかるのかな?」
「さあね」

 絵川は、教室の消えたままの蛍光灯を見上げながら言った。

「けど、色んな意見を取り入れるんじゃなかった?」
「そうだった」

 僕が席を立つと、絵川は再び前を向いた。
 でも、鉛筆が走る音は聞こえなかった。