教室の窓の外に見える太陽が、今にも沈もうとしている。
けど、太陽は街を囲む山の上に乗ってしまったかのように、先ほどから静止している。
「絵川さん、ここでは夜になるの?」
「さあ。少なくとも、私は見たことない」
二人きりの教室で、僕と絵川は自分の席に座っていた。
教卓の近くにある彼女の席まで、別のクラスメイトの席が四つ挟まっている。
絵川の手元から聞こえる、カリカリという鉛筆の音が、会話と会話の間を埋めた。
「五十嵐さん、進路決めたってことなのかな」
「どうして、そう思うの?」
「現実に、帰ったから」
「進路決めたから、帰れるなんて、誰が決めたの?」
「……そうだね」
「それに、現実に帰れたかは分からない。君はそう言ってなかった?」
「今はそう思うことにした」
「意見、ずいぶんコロコロ変わるんだね」
「うん」
僕は絵川の後ろ姿に語りかける。
「少し前までは、すぐに意見を変えるなんて、ダサいと思ってたんだ」
「ふうん」
絵川は大して興味がなさそうに言った。
しかし、僕の言葉はしっかりと届いている。
「今は、意見を変えるのが、カッコイイとでも?」
「今でもダサいと思ってる」
「なにそれ」
鉛筆の音が一瞬止まり、クスリと笑う声が聞こえた。
「でも、色んな意見を取り入れてみることにした」
「思ったより、柔軟なんだ」
「僕も驚いている」
僕は、自分の脳は冷たいブロックでできていると思っていた。
けど、どうやらそれほど硬くもないらしい。
「まあ、悪くないかもね。変な意地、張るより」
僕は少しだけ考えてから答える。
「それって、五十嵐さんのこと?」
「……結局、推し続けるなんて言うから」
「いいんじゃないかな」
僕は軽い口調で答える。
「五十嵐さんが、そう決めたみたいだから」
「そういう問題?」
「僕はそう思う」
「……私はそう思わない」
絵川はそう答えると、再び絵を描くことに集中した。
彼女のカラスのように黒い髪は、夕日に照らされても透けることはない。
「次は、絵川さんだね」
「……なにが?」
「成仏」
絵川が鉛筆を置き、振り向く。
「内海君。君はデリカシーってものを現実に置いてきたの?」
「五十嵐にも似たようなこと言われた。けど、僕は元からこんな感じだよ」
僕は苦笑し、窓の外に広がる景色を眺める。
気のせいかもしれないが、太陽の見えている面積が少しだけ小さくなった気がする。
「みんな、心残りみたいなものがあったからさ。絵川さんも、そうなのかなって」
「心残りがない人間なんて、いると思う?」
僕は五秒ほど考える。
「……いないかもしれない」
「そう言うと思った」
絵川は平坦な口調で言った。
彼女は、胸元に落ちてきた長い髪を耳にかける。
「それに順番で言うなら、次にここから消えるのは君でしょ」
「何で?」
「私はほんとに死んでて、君は死に損ないだから」
絵川は僕から少し顔をそらしながら言った。
その表情は夕日に照らされて、よく見えない。
「君は他人の心配するより、自分の心配をしたら?」
「でも、僕は柊木君や五十嵐さん……絵川さんと違って、やりたいことなんてないから」
「本気で、探そうとした?」
絵川が、少しいらついた声色に変わった。
僕は三十秒ほど考えてから答える。
「してないかもしれない」
「そう言うと思った」
「でも……どう探せばいいか分からないんだ」
「図書室に行けば、色んな大学や職業の本があるよ」
「そんなことで見つかるのかな?」
「さあね」
絵川は、教室の消えたままの蛍光灯を見上げながら言った。
「けど、色んな意見を取り入れるんじゃなかった?」
「そうだった」
僕が席を立つと、絵川は再び前を向いた。
でも、鉛筆が走る音は聞こえなかった。
けど、太陽は街を囲む山の上に乗ってしまったかのように、先ほどから静止している。
「絵川さん、ここでは夜になるの?」
「さあ。少なくとも、私は見たことない」
二人きりの教室で、僕と絵川は自分の席に座っていた。
教卓の近くにある彼女の席まで、別のクラスメイトの席が四つ挟まっている。
絵川の手元から聞こえる、カリカリという鉛筆の音が、会話と会話の間を埋めた。
「五十嵐さん、進路決めたってことなのかな」
「どうして、そう思うの?」
「現実に、帰ったから」
「進路決めたから、帰れるなんて、誰が決めたの?」
「……そうだね」
「それに、現実に帰れたかは分からない。君はそう言ってなかった?」
「今はそう思うことにした」
「意見、ずいぶんコロコロ変わるんだね」
「うん」
僕は絵川の後ろ姿に語りかける。
「少し前までは、すぐに意見を変えるなんて、ダサいと思ってたんだ」
「ふうん」
絵川は大して興味がなさそうに言った。
しかし、僕の言葉はしっかりと届いている。
「今は、意見を変えるのが、カッコイイとでも?」
「今でもダサいと思ってる」
「なにそれ」
鉛筆の音が一瞬止まり、クスリと笑う声が聞こえた。
「でも、色んな意見を取り入れてみることにした」
「思ったより、柔軟なんだ」
「僕も驚いている」
僕は、自分の脳は冷たいブロックでできていると思っていた。
けど、どうやらそれほど硬くもないらしい。
「まあ、悪くないかもね。変な意地、張るより」
僕は少しだけ考えてから答える。
「それって、五十嵐さんのこと?」
「……結局、推し続けるなんて言うから」
「いいんじゃないかな」
僕は軽い口調で答える。
「五十嵐さんが、そう決めたみたいだから」
「そういう問題?」
「僕はそう思う」
「……私はそう思わない」
絵川はそう答えると、再び絵を描くことに集中した。
彼女のカラスのように黒い髪は、夕日に照らされても透けることはない。
「次は、絵川さんだね」
「……なにが?」
「成仏」
絵川が鉛筆を置き、振り向く。
「内海君。君はデリカシーってものを現実に置いてきたの?」
「五十嵐にも似たようなこと言われた。けど、僕は元からこんな感じだよ」
僕は苦笑し、窓の外に広がる景色を眺める。
気のせいかもしれないが、太陽の見えている面積が少しだけ小さくなった気がする。
「みんな、心残りみたいなものがあったからさ。絵川さんも、そうなのかなって」
「心残りがない人間なんて、いると思う?」
僕は五秒ほど考える。
「……いないかもしれない」
「そう言うと思った」
絵川は平坦な口調で言った。
彼女は、胸元に落ちてきた長い髪を耳にかける。
「それに順番で言うなら、次にここから消えるのは君でしょ」
「何で?」
「私はほんとに死んでて、君は死に損ないだから」
絵川は僕から少し顔をそらしながら言った。
その表情は夕日に照らされて、よく見えない。
「君は他人の心配するより、自分の心配をしたら?」
「でも、僕は柊木君や五十嵐さん……絵川さんと違って、やりたいことなんてないから」
「本気で、探そうとした?」
絵川が、少しいらついた声色に変わった。
僕は三十秒ほど考えてから答える。
「してないかもしれない」
「そう言うと思った」
「でも……どう探せばいいか分からないんだ」
「図書室に行けば、色んな大学や職業の本があるよ」
「そんなことで見つかるのかな?」
「さあね」
絵川は、教室の消えたままの蛍光灯を見上げながら言った。
「けど、色んな意見を取り入れるんじゃなかった?」
「そうだった」
僕が席を立つと、絵川は再び前を向いた。
でも、鉛筆が走る音は聞こえなかった。

