17歳、僕たちの第一死望

 ――思い出した。

 ルイというアイドルが出ていた深夜ドラマを、僕が知っていた理由。

《未成年ルイ、喫煙・飲酒か?》
《本人は『ただの噂』と否定。主演ドラマの配信は続行》
《証拠写真流出。謝罪会見を開き、ドラマは八話で打ち切りへ》

 一カ月ほど前、ネットを飛び交っていた彼のニュース。
 興味がない僕でも記憶に残るほど、頻繁に記事がアップされていた。
 鮎川がベンチにもたれ、晴れた空を見上げる。

『ルイ、さすがにあれはダサかったよね』
『未成年で酒とタバコ。まあ、ないよなー』
『いや、そこじゃないって。アイドルでもやってるヤツ、結構いるっしょ』

 野田が笑いながら、首をわずかにかしげた。

『偏見ー。じゃあどこよ?』
『最初、否定してたじゃん。「事実無根です」って』
『ああ、それな』
『すぐ謝ってたら、ここまで炎上しなかったよね』
『たしかに。写真が出た瞬間、黒髪に染め直してさ、泣きながら「精神的に未熟でした。申し訳ございません」だっけ? マジありえないんですけどー』

 野田は渇いた笑い声を上げた。
 鮎川は野田をちらりと見た後、再び空に視線を戻す。

『ニュースになった日、メル、死んでたじゃん』
『ちょっとアユ。さっきもだけどさ……そういう言い方、やめなって。冗談にならないから』
『そっか、ごめん……。つい、いつものノリで』

 鮎川は慌てたように体を起こす。
 野田の表情はハッキリと見えないが、眉をひそめているのだろう。

『その……落ち込んでたっていうの?』
『おう』
『お弁当も全然食べなかったし』
『たしかになー』
『授業中も、窓の外ぼーっと見ててさ』
『あー、高田ちゃんに怒られてたっけ?』
『そうそう。で、次の日には「私は推し続ける」とか言っててさ……』

 鮎川はため息をつきながら、野田を見る。

『目がマジでさ。私、ちょっと怖かったんだよね』
『あーそれは分かる』
『なんか、依存しちゃってるっていうの?』
『距離感バグってる時、ちょくちょくあったよな』

 二人の軽い口調が、妙に耳に残った。
 うまく、耳の奥からはがれてくれない。
 五十嵐は肩を震わせながら、つぶやく。

「……違う」

 その言葉は、二人には届かない。
 本人が聞いているなんて、思いもしないだろう。
 鮎川は、長く伸びた髪を自分の指先にくるくると巻きつける。

『私が「もう推すのやめる」っていうと、すっごいキレられてさ』
『え。その話、初耳なんですけど』
『結構ガチだったから。ひーちゃんに、どう言ったらいいか分からなくて』
『ふうん』

 野田の声色は、少しだけ不満を帯びているように聞こえた。
 鮎川は一瞬だけ野田を見た後、両腕をまっすぐに伸ばす。

『そりゃあ、ルイは顔も声もいいしさ。メルと一緒にライブも行ったよ』
『おい、満喫してんじゃねーか』
『でも、メルと違って、何があっても推すってほどじゃないし』
『そんなもんなの?』
『そんなもんよ』
『推しがいない私には、よう分からんわ』
『なんで急に関西弁やねん』

 鮎川は笑いながら、野田の胸元にコツンと手を当てた。
 けど、彼女の顔からすぐに笑顔は消える。

『私、メルに聞いたんだよ』
『何を?』
『なんで「まだ推すの?」って』
『アユ……それ、絶対地雷じゃん』
『だって、気になる……じゃん』

 うつむく鮎川を、野田が頬杖(ほおづえ)をつきながら見つめていた。

『で、なんて?』
『「人気ある時だけ応援するなんて、最初からファンじゃなくない?」……って』
『あー、めっちゃメルっぽい』

 鮎川がうつむいたまま、こくりとうなずいた。

『なんていうか……ルイのこと好きすぎてさ。何しても、ずっと好きでいなきゃって思ってそうだった。推すって決めたから、絶対降りちゃダメ、みたいな』
『気持ちは分からんでもないけど。まあ、ちょっと「強い」よなー』

 五十嵐の体の震えが大きくなる。

「……なんでよ」

 突然、五十嵐がステージを飛び降り、鮎川と野田の前に立つ。

「ちょっと、五十嵐さん!」

 僕も慌てて、五十嵐の後を追った。
 五十嵐がベンチに座る二人を見下ろしながら、叫ぶ。

「なんで、いつもさあ! そうやって、簡単に割り切れるの!」

 鮎川と野田はぴくりとも反応しない。
 鮎川が、頭の後ろで両手を組む。

『今まで使った時間とかお金、無駄だったって思いたくないだけじゃない?』
『あー、それ、分かるわ』

「違う……! 私、そんなんじゃ……そんなんじゃ――」

 五十嵐の声は、二人のいる世界を少しも揺らさない。
 震えているのは、彼女自身だけだった。
 僕は必死に考えたが、気の利いた言葉が一つも思い浮かばなかった。
 彼女の肩に手を置くと、五十嵐が振り返る。

 ――泣いてる。

 ほんの数分前まで笑顔だったのに。
 今、五十嵐は目を真っ赤にしながら、震えている。

「もう、嫌っ!」

 五十嵐は僕の手を払いのける。

「五十嵐さん!」
「来ないでっ!」

 五十嵐は校舎に向かって走り出す。
 突然のことで、僕はその場に呆然と立ち尽くすしかなかった。

『……でもさ』

 鮎川が、ぼんやりと見つめた先。
 それは、偶然さっきまで五十嵐がいた場所だった。

『メルがいないとやっぱ、つまんないよねー』
『それな。さっさと戻ってこいよってんだ。私、心が冷え性だからメルに温めてもらわんと』
『うわあ、なんか変態っぽい』

 鮎川と野田はひとしきり笑い合った後、ペットボトルを片手に立ち上がった。
 いつの間にか、絵川が僕の隣に立っている。

「どうするつもり?」
「追いかけるよ」
「また、おせっかい?」
「そういうことに、なるのかな」

 絵川が興味深そうに、僕の顔をのぞき込む。
 彼女の黒く長い髪が、風に揺れる。

「それって、五十嵐さんが君を『友達』って言ったから?」
「言っただろ。僕は彼女のこと、まだ友達なんて思ってないよ」
「おや? 今の、なかなかひどい発言ね」
「柊木君ほどじゃないけど、僕もそんなに人付き合いがうまくないんだ」
「じゃあ、どうして、追いかけようとするの?」

 僕は自分の胸元を強くつかむ。
 さっきから、うまく呼吸ができない。

「泣いてたから。理由、聞かないと」

 絵川はハッとしたように、目を見開いた。
 ノートを抱えた彼女の手に、力が入ったように見えた。

「……私も、行く」
「分かった」

 なぜだろう。
 
 ――心臓が、うるさい。