17歳、僕たちの第一死望

「内海ー、今何時?」
「十六時二十三分。時計見れば、分かることを何度も聞かないでよ」
「そりゃそうなんだけどさ」

 五十嵐がけだるそうな声で言って、教室の前に掲げられた時計を見上げた。

「絶対、おかしいって。柊木が帰ってからさ、もう半日は経ってる気がするのに……外、明るい」
「そう? 僕はまだ一時間も経ってないと思ってたけど」

 感覚が狂ってるのか、実際時間が狂っているのか。
 どちらかかもしれないし、両方かもしれない。

「それに、柊木君が現実に帰ったかどうかは分からない」
「そんな悲しいこと言わないでよお」

 五十嵐は机の上につっぷした。
 教室にいた透き通ったクラスメイトたちの姿はもうない。
 時計が正しいとするなら、高田の進路相談は終わり、全員教室から出ていったのだろう。

「ねえ、内海」
「十六時二十五分」
「……柊木さ。最後、笑ってたよね」

 五十嵐は机に頬をつけたまま言った。

「バスケ。めちゃくちゃ下手だったけど」
「僕よりね」

 五十嵐はくすりと笑った。

「ああいうのでも、楽しいって言っていいんだね」
「ダメなの?」
「別に。なんとなく」

 五十嵐はそれ以上説明せず、机の上を指先でなぞった。

「明日……柊木、来ると思う?」
「さあ」

 視線の先にあるのは、主のいない柊木の席。

「けど、来たらいいなと思う」
「そういう言葉、待ってた」

 五十嵐が少しだけ顔を上げ、ふわりと笑った。

 期待と同時に、胸の奥に妙なひっかかりがある。
 置いていかれた――そんな感覚だった。

 五十嵐が両手を前に伸ばしながら言う。

「絵川さんはさ、私たちが来るまでの間、ここでずっと何してたの?」
「見て、分からない?」

 絵川は振り返ることなく、答えた。
 教室に響く、リズミカルな鉛筆の音。
 彼女は柊木がいなくなってから、ひたすらノートの上で鉛筆を走らせていた。
 何を描いているか、少し気になる。
 けど、彼女が死んだ理由が噂通りだとすれば、簡単に聞けなかった。
 五十嵐が両腕をまっすぐに伸ばす。

「いいなあ、ここでできる趣味がある人は」
「これは趣味じゃない」
「じゃあ……その……お仕事?」

 五十嵐が遠慮がちに聞いた。
 絵川が一瞬だけ肩を震わせる。

「――違う。ご飯を食べるのと、同じ」
「ご飯を食べる、代わりかあ」
「……まあ、そういうことでいいよ」
「お腹全然減らないしね。ここに来てから」

 話が絶妙に噛み合っていないが、五十嵐の言う通り、僕たちは現実に色んなものを置いてきてしまったみたいだ。

「トイレに行きたくもならない」
「内海ー、そういうことハッキリ言わなくていいから」

 五十嵐が机の上に置いていた、スマホを手に取る。

「私はこれがなきゃ、なーんもすることないのに」
「のに?」
「更新がない」
「えっと……何の?」
「全部!」

 五十嵐がスマホの画面を僕に見せる。
 そこに映っていたのは、若い男性の写真。
 名前はたしか――ルイ。
 五十嵐が体育館で熱弁していたアイドルだ。

「SNSは更新されない! 公式から供給もない! 新しい動画も見れない! 配信もない! ファンの感想も流れてこない!」
「ネット、切れてるみたいだね」
「帰ったらスマホ、乗り換えてやる」
「スマホのせいじゃないでしょ」
「分かってる。八つ当たり!」

 僕たちの会話を背中で聞いていた絵川が、小さくため息をつき、振り返る。

「君たち、おしゃべりしてる余裕あるの? このままずっとここにいるつもり?」
「けどさ……帰り方って言うの? それもよく分からないし」
「調査票に適当な大学を書いてみても、ダメだった」

 僕は自分の進路希望調査票を二人に見せる。
 第一志望に書いたのは、本田と同じ大学の名前。
 絵川はにらむような目つきで僕を見る。

「そんな適当な気持ちで書くものじゃない」
「こんなの、ただの紙だよ」
「じゃあなんで、あっちの世界でさっさと埋めなかったの?」
「それは……」

 僕は後に続く言葉を見つけられなかった。
 五十嵐が会話の空白を埋めるように声を上げる。

「あーあ、このまま推し活できなかったら、私、ほんとに死んじゃうかも」
「とりあえず、この世界にあるものでも推しとけば?」
「絵川さん、こんな寂しい世界に私が推せるものなんて――」

 五十嵐は言葉を止め、僕と絵川を交互に見る。

「絵川さんは陰がある美少女って感じで悪くない……けど、ちょっとキャラが完成しすぎてるっていうの? 私、成長を見守れるほうがいいんだよね。そうなると……」

 ブツブツとつぶやいた後、僕と視線がピタリと合う。

「内海、ちょっと立って」
「えっと、何で?」
「いいから!」

 五十嵐の勢いに押され、僕は立ち上がる。
 彼女は僕を値踏みするように、僕の頭のてっぺんからつま先までを眺める。

「ふむ」
「あの……五十嵐さん?」

 五十嵐は、口の前で人さし指を左右に振る。

「チッチッチッ、そんな呼び方はしないで」
「は?」
「内海新汰君。今から私のことは、『メルP』と呼びなさい。分かった?」

 五十嵐は腰に手を当て、大きく胸を張った。
 もちろん、僕は何一つ分からなかった。