柊木は、自分の右手を目の前にかざす。
指先が、太陽の光に溶けるように半透明に変わっていた。
「ちょ、ちょっと待って! なにこれ! 柊木、大丈夫なの!?」
五十嵐が慌てて駆け寄ってきた。
「ああ……別に何ともない。なんか、フワフワした気分だけど」
「絵川さん……どういうこと?」
僕が問いかけるが、絵川は五十嵐以上に困惑した表情を浮かべ、固まっていた。
「絵川、さん?」
「……ごめん。分からない。こんなの、初めて見た」
絵川が弱々しい声で言い、唇をかんだ。
柊木の右手から始まった変化は、体全体へゆっくりと広がっていく。
五十嵐の目に涙が浮かんでくる。
「ちょっと待ってよ! 柊木、このまま消えて、ほんとに死んじゃうってこと? そんなのヤダ! せっかく、やりたいことも友達もできたのにさ……!」
「はあ? 友達? 俺と誰が?」
「体育館で遊ぶ、夢を語り合う――それってもう私たち友達じゃん。ね、絵川さん?」
「それ、私にふらないでくれる……?」
柊木が肩を揺らしながら笑う。
「そんな簡単に友達面されたらたまんないね」
「僕もそう思う」
柊木はリングを見上げながら言う。
「けど、友達と放課後に遊ぶってのがどういうものかは、分かったよ」
「それって楽しかったってこと?」
柊木はゆっくりと首を横に振る。
「違う。こうやってバスケやるより、参考書開いてた方が楽しいって分かった」
「なにそれ、ゆがんでる」
「さっき内海にうらやましいみたいなこと言ったけど、訂正。性に合わないみたいだ」
五十嵐が目に涙を浮かべている。
「柊木ー、別れ際に意地はらないでよお……」
柊木は五十嵐の肩に、そっと手を置く。
「大丈夫だろ。この世界では、現実の人間は透き通って見えてただろ? 多分さ、俺もそうなるってことなんじゃないかな」
「え……それって……」
五十嵐が涙を両手でぬぐった。
僕と柊木の視線が交錯する。
「柊木君、空欄――埋まったんだね」
「埋めたよ。けど、それだけじゃない」
「……よく、分からない」
「教えねーよ。それは、俺だけのものだから」
「やっぱ性格悪いね」
「教えてくれて、どうも」
姿形だけじゃない。
柊木の声も少しずつ遠くなっていく。
「五十嵐さんって、推し活にハマってんだよね?」
「うん……そうだけど」
「じゃ、次は俺を推しても面白いかもな」
「えっ、えっ、どゆこと!」
五十嵐の顔が赤くなり、柊木から慌てて離れる。
「これからの俺の人生、見てて飽きないと思うぜ。いつも見てるドラマなんかよりさ」
「……馬鹿じゃないの」
五十嵐は顔をそらしながら言った。
僕はボールを拾い、柊木に投げる。
「最後に、いいとこ見せてよ」
「いいぜ」
柊木はボールを受け取ると、フリースローラインの上に立った。
手を伸ばせば届きそうな距離なのに、こんなにも入れるのが難しい。
彼は足の位置を何度か直し、両手でボールを掲げた。
僕はその横顔を見つめる。
柊木の声はどんどん小さくなっている。
それなのに。
――聞こえるよ、君の声。
柊木は祈るようにつぶやく。
「いけ」
膝をゆっくり曲げた後、全身の力を使って、床を蹴る。
彼の体が完全に宙に浮くと、両手を使ってボールを上空へ押し出す。
ボールは綺麗な放物線を描いて、ゴールへ向かっていく。
僕も五十嵐も絵川も、その行方を追う。
今度こそ、そう思った。
けど――乾いた音が、静かな体育館に響いた。
赤いリングの奥側にボールが当たり、左へ弾かれる。
ボールが床を跳ね、転がっていく音だけが僕たちの耳に届いた。
「……距離だけは、合ってたな」
両手を上げた姿勢のまま、柊木がぽつりと言った。
絵川がぽつりとつぶやく。
「ドラマみたいに、うまくいかないものね」
その一言で、僕たちは一斉に笑い出した。
笑い声が体育館を壊してしまうかと心配になるぐらいだった。
僕は何度か弾んで転がるボールを追いかけ、拾う。
「せっかくだし、もう一回――」
振り返ると、もうそこに柊木の姿はなかった。
僕は、渡す先のなくなったボールを胸に抱える。
まだ少しだけ、温かかった。
指先が、太陽の光に溶けるように半透明に変わっていた。
「ちょ、ちょっと待って! なにこれ! 柊木、大丈夫なの!?」
五十嵐が慌てて駆け寄ってきた。
「ああ……別に何ともない。なんか、フワフワした気分だけど」
「絵川さん……どういうこと?」
僕が問いかけるが、絵川は五十嵐以上に困惑した表情を浮かべ、固まっていた。
「絵川、さん?」
「……ごめん。分からない。こんなの、初めて見た」
絵川が弱々しい声で言い、唇をかんだ。
柊木の右手から始まった変化は、体全体へゆっくりと広がっていく。
五十嵐の目に涙が浮かんでくる。
「ちょっと待ってよ! 柊木、このまま消えて、ほんとに死んじゃうってこと? そんなのヤダ! せっかく、やりたいことも友達もできたのにさ……!」
「はあ? 友達? 俺と誰が?」
「体育館で遊ぶ、夢を語り合う――それってもう私たち友達じゃん。ね、絵川さん?」
「それ、私にふらないでくれる……?」
柊木が肩を揺らしながら笑う。
「そんな簡単に友達面されたらたまんないね」
「僕もそう思う」
柊木はリングを見上げながら言う。
「けど、友達と放課後に遊ぶってのがどういうものかは、分かったよ」
「それって楽しかったってこと?」
柊木はゆっくりと首を横に振る。
「違う。こうやってバスケやるより、参考書開いてた方が楽しいって分かった」
「なにそれ、ゆがんでる」
「さっき内海にうらやましいみたいなこと言ったけど、訂正。性に合わないみたいだ」
五十嵐が目に涙を浮かべている。
「柊木ー、別れ際に意地はらないでよお……」
柊木は五十嵐の肩に、そっと手を置く。
「大丈夫だろ。この世界では、現実の人間は透き通って見えてただろ? 多分さ、俺もそうなるってことなんじゃないかな」
「え……それって……」
五十嵐が涙を両手でぬぐった。
僕と柊木の視線が交錯する。
「柊木君、空欄――埋まったんだね」
「埋めたよ。けど、それだけじゃない」
「……よく、分からない」
「教えねーよ。それは、俺だけのものだから」
「やっぱ性格悪いね」
「教えてくれて、どうも」
姿形だけじゃない。
柊木の声も少しずつ遠くなっていく。
「五十嵐さんって、推し活にハマってんだよね?」
「うん……そうだけど」
「じゃ、次は俺を推しても面白いかもな」
「えっ、えっ、どゆこと!」
五十嵐の顔が赤くなり、柊木から慌てて離れる。
「これからの俺の人生、見てて飽きないと思うぜ。いつも見てるドラマなんかよりさ」
「……馬鹿じゃないの」
五十嵐は顔をそらしながら言った。
僕はボールを拾い、柊木に投げる。
「最後に、いいとこ見せてよ」
「いいぜ」
柊木はボールを受け取ると、フリースローラインの上に立った。
手を伸ばせば届きそうな距離なのに、こんなにも入れるのが難しい。
彼は足の位置を何度か直し、両手でボールを掲げた。
僕はその横顔を見つめる。
柊木の声はどんどん小さくなっている。
それなのに。
――聞こえるよ、君の声。
柊木は祈るようにつぶやく。
「いけ」
膝をゆっくり曲げた後、全身の力を使って、床を蹴る。
彼の体が完全に宙に浮くと、両手を使ってボールを上空へ押し出す。
ボールは綺麗な放物線を描いて、ゴールへ向かっていく。
僕も五十嵐も絵川も、その行方を追う。
今度こそ、そう思った。
けど――乾いた音が、静かな体育館に響いた。
赤いリングの奥側にボールが当たり、左へ弾かれる。
ボールが床を跳ね、転がっていく音だけが僕たちの耳に届いた。
「……距離だけは、合ってたな」
両手を上げた姿勢のまま、柊木がぽつりと言った。
絵川がぽつりとつぶやく。
「ドラマみたいに、うまくいかないものね」
その一言で、僕たちは一斉に笑い出した。
笑い声が体育館を壊してしまうかと心配になるぐらいだった。
僕は何度か弾んで転がるボールを追いかけ、拾う。
「せっかくだし、もう一回――」
振り返ると、もうそこに柊木の姿はなかった。
僕は、渡す先のなくなったボールを胸に抱える。
まだ少しだけ、温かかった。

