17歳、僕たちの第一死望

 柊木は、自分の右手を目の前にかざす。
 指先が、太陽の光に溶けるように半透明に変わっていた。

「ちょ、ちょっと待って! なにこれ! 柊木、大丈夫なの!?」

 五十嵐が慌てて駆け寄ってきた。

「ああ……別に何ともない。なんか、フワフワした気分だけど」
「絵川さん……どういうこと?」

 僕が問いかけるが、絵川は五十嵐以上に困惑した表情を浮かべ、固まっていた。

「絵川、さん?」
「……ごめん。分からない。こんなの、初めて見た」

 絵川が弱々しい声で言い、唇をかんだ。
 柊木の右手から始まった変化は、体全体へゆっくりと広がっていく。
 五十嵐の目に涙が浮かんでくる。

「ちょっと待ってよ! 柊木、このまま消えて、ほんとに死んじゃうってこと? そんなのヤダ! せっかく、やりたいことも友達もできたのにさ……!」
「はあ? 友達? 俺と誰が?」
「体育館で遊ぶ、夢を語り合う――それってもう私たち友達じゃん。ね、絵川さん?」
「それ、私にふらないでくれる……?」

 柊木が肩を揺らしながら笑う。

「そんな簡単に友達面されたらたまんないね」
「僕もそう思う」

 柊木はリングを見上げながら言う。

「けど、友達と放課後に遊ぶってのがどういうものかは、分かったよ」
「それって楽しかったってこと?」

 柊木はゆっくりと首を横に振る。

「違う。こうやってバスケやるより、参考書開いてた方が楽しいって分かった」
「なにそれ、ゆがんでる」
「さっき内海にうらやましいみたいなこと言ったけど、訂正。性に合わないみたいだ」

 五十嵐が目に涙を浮かべている。

「柊木ー、別れ際に意地はらないでよお……」


 柊木は五十嵐の肩に、そっと手を置く。

「大丈夫だろ。この世界では、現実の人間は透き通って見えてただろ? 多分さ、俺もそうなるってことなんじゃないかな」
「え……それって……」

 五十嵐が涙を両手でぬぐった。
 僕と柊木の視線が交錯する。

「柊木君、空欄――埋まったんだね」
「埋めたよ。けど、それだけじゃない」
「……よく、分からない」
「教えねーよ。それは、俺だけのものだから」
「やっぱ性格悪いね」
「教えてくれて、どうも」

 姿形だけじゃない。
 柊木の声も少しずつ遠くなっていく。

「五十嵐さんって、推し活にハマってんだよね?」
「うん……そうだけど」
「じゃ、次は俺を推しても面白いかもな」
「えっ、えっ、どゆこと!」

 五十嵐の顔が赤くなり、柊木から慌てて離れる。

「これからの俺の人生、見てて飽きないと思うぜ。いつも見てるドラマなんかよりさ」
「……馬鹿じゃないの」

 五十嵐は顔をそらしながら言った。
 僕はボールを拾い、柊木に投げる。

「最後に、いいとこ見せてよ」
「いいぜ」

 柊木はボールを受け取ると、フリースローラインの上に立った。
 手を伸ばせば届きそうな距離なのに、こんなにも入れるのが難しい。
 彼は足の位置を何度か直し、両手でボールを掲げた。
 僕はその横顔を見つめる。

 柊木の声はどんどん小さくなっている。
 それなのに。

 ――聞こえるよ、君の声。

 柊木は祈るようにつぶやく。

「いけ」

 膝をゆっくり曲げた後、全身の力を使って、床を蹴る。
 彼の体が完全に宙に浮くと、両手を使ってボールを上空へ押し出す。
 ボールは綺麗な放物線を描いて、ゴールへ向かっていく。

 僕も五十嵐も絵川も、その行方を追う。
 今度こそ、そう思った。
 けど――乾いた音が、静かな体育館に響いた。
 赤いリングの奥側にボールが当たり、左へ弾かれる。
 ボールが床を跳ね、転がっていく音だけが僕たちの耳に届いた。

「……距離だけは、合ってたな」

 両手を上げた姿勢のまま、柊木がぽつりと言った。
 絵川がぽつりとつぶやく。

「ドラマみたいに、うまくいかないものね」

 その一言で、僕たちは一斉に笑い出した。
 笑い声が体育館を壊してしまうかと心配になるぐらいだった。
 僕は何度か弾んで転がるボールを追いかけ、拾う。

「せっかくだし、もう一回――」

 振り返ると、もうそこに柊木の姿はなかった。

 僕は、渡す先のなくなったボールを胸に抱える。
 まだ少しだけ、温かかった。