十七年生きてきて、僕は『死にたい』と思ったことはあるが、『死のう』と思ったことはない。
「先週の土曜日、絵川由夢さんが――亡くなった」
六月。
梅雨の湿った空気を切り裂くように、担任である高田の乾いた声が教室に響く。
普段『若さと熱さ』を売りにしている男性教師が、神妙な表情を浮かべていた。
「ご家族から、通夜・告別式への参列は遠慮してほしいと言われている。静かにお別れしたいとの意向でな。みんなも大変驚いていると思うが――」
高田の言葉を、皆うつむいたまま静かに聞いている。
顔を上げているのは僕だけだったが、長い前髪が邪魔をして、きっと顔を伏せているように見えただろう。
高田が教室を出ていった瞬間、教室内が一気に色めき立った。
前の席に集まってきたのは、一軍女子グループ。
「高田ちゃん、やっぱハッキリ言わないかー」
「そりゃそうでしょ。その……自殺、だなんて」
「でもさ、マジなの? ソースは?」
「いや、あの炎上騒ぎ見てりゃ分かるじゃん」
「そっかあ……ま、あんだけパクリとかAIとか言われたらねー。うん、私でも死ぬ」
「またまたー、メルなら大丈夫っしょ。メンタル、お化けだし」
制服を思い思いに着崩した彼女たちは、教室の重い空気をかき消すように、わざとらしく明るい声を上げた。
僕はポケットからスマホを取り出し、SNSを開く。
《絵川さん、屋上から飛び降りたって》
先週末、クラスのグループチャットで拡散されたメッセージ。
そこには、休日の校舎に集まるパトカーや救急車の写真が添付されていた。
誰もが既にこのニュースを知っており、ある種、テストの答え合わせをするような感覚で、担任の言葉を聞いていたに違いない。
教室の前方、主のいなくなった席を見つめる。
脳に浮かぶのは、カラスのように黒く長い髪。
休み時間になると、ノートに向かって鉛筆を一心不乱に走らせていた。
僕は、彼女のイラストを見たことはない。
それでも、休み時間を全部つぎ込むほど、描くことが好きだったのだと僕は思う。
――うらやましい。
死んだことがじゃない。
彼女は、少なくとも何かに向かって全力で走っていた。
そして激しく傷つき、もう一歩も動けなくなってしまったのだろう。
目的地を見つけることもできず、スマホの上で指を走らせ、いたずらに時間を消費する僕とは違う。
僕はスマホをロックし、手と手を重ね合わせる。
――ああ、僕は本当に。
手のひらが、冷たい。
「先週の土曜日、絵川由夢さんが――亡くなった」
六月。
梅雨の湿った空気を切り裂くように、担任である高田の乾いた声が教室に響く。
普段『若さと熱さ』を売りにしている男性教師が、神妙な表情を浮かべていた。
「ご家族から、通夜・告別式への参列は遠慮してほしいと言われている。静かにお別れしたいとの意向でな。みんなも大変驚いていると思うが――」
高田の言葉を、皆うつむいたまま静かに聞いている。
顔を上げているのは僕だけだったが、長い前髪が邪魔をして、きっと顔を伏せているように見えただろう。
高田が教室を出ていった瞬間、教室内が一気に色めき立った。
前の席に集まってきたのは、一軍女子グループ。
「高田ちゃん、やっぱハッキリ言わないかー」
「そりゃそうでしょ。その……自殺、だなんて」
「でもさ、マジなの? ソースは?」
「いや、あの炎上騒ぎ見てりゃ分かるじゃん」
「そっかあ……ま、あんだけパクリとかAIとか言われたらねー。うん、私でも死ぬ」
「またまたー、メルなら大丈夫っしょ。メンタル、お化けだし」
制服を思い思いに着崩した彼女たちは、教室の重い空気をかき消すように、わざとらしく明るい声を上げた。
僕はポケットからスマホを取り出し、SNSを開く。
《絵川さん、屋上から飛び降りたって》
先週末、クラスのグループチャットで拡散されたメッセージ。
そこには、休日の校舎に集まるパトカーや救急車の写真が添付されていた。
誰もが既にこのニュースを知っており、ある種、テストの答え合わせをするような感覚で、担任の言葉を聞いていたに違いない。
教室の前方、主のいなくなった席を見つめる。
脳に浮かぶのは、カラスのように黒く長い髪。
休み時間になると、ノートに向かって鉛筆を一心不乱に走らせていた。
僕は、彼女のイラストを見たことはない。
それでも、休み時間を全部つぎ込むほど、描くことが好きだったのだと僕は思う。
――うらやましい。
死んだことがじゃない。
彼女は、少なくとも何かに向かって全力で走っていた。
そして激しく傷つき、もう一歩も動けなくなってしまったのだろう。
目的地を見つけることもできず、スマホの上で指を走らせ、いたずらに時間を消費する僕とは違う。
僕はスマホをロックし、手と手を重ね合わせる。
――ああ、僕は本当に。
手のひらが、冷たい。

