「で、誰に頼まれたんだ?」
いきなり怒気の孕んだ稔の声がして、昴ははっと振り返った。
「誰ってっ?」
「あのくだらないイベントのリーダーだよ」
「……だ、誰にも頼まれてないよ」
慧人の登場で油断してしまっていた。声が上ずってしまったことを自覚して、昴は慌てて口元を覆った。その一連の動作が不審感を強めてしまったらしい。稔は「美作か」と忌々しげにつぶやいて、水をぐいと飲み干した。
「クソ野郎だな。あいつがすべき仕事で負うべき責務だろうが。なんで昴に……」
「違うってば」
稔は勘が鋭い。あまり会う機会がないのに、些細な変化も見逃さないばかりか、隠しても見破ってしまうのだ。そして無理のしすぎだと言っては厳しく注意されるため、気づかれないよう気をつけていた。失敗したなと昴はうろたえた。
「やっぱり、本音ではやりたくなかったんだな……だと思ったんだ。ったく、嫌ならはっきり言えって。あんなやつらに対して卑屈になる必要ないだろ」
稔の言葉を聞きながら、昴はパフェに視線を落とした。涙が滲んでしまいそうだった。
昴は学校で本当の自分を押し隠して、必死に仮面を被って過ごしていた。そのはずが、稔の前では簡単に剥がされてしまう。本当の自分を見られて、居た堪れない気持ちになってくる。
「稔こそ、去年も欠席していたし、なんで参加する気になったの?」
昴は何気ないふうを装って目元をこすった。まるでゴミが入ってしまったかのようにしてみせたあと、下を向いてパフェに集中しようとした。
「そんなの、おまえがリーダーをやるって言ったからに決まってるだろ」
「……答えになってないよ。僕がリーダーだからって、稔が参加する理由に繋がらないじゃん」
「なんでだよ。十分だろ」
「えっ」
「せっかく同じクラスになったっていうのに、鬱陶しい連中が群がってきやがるし」
忌々しげに吐き捨てた声を聞いて、昴はパフェをすくう手を止めた。
「連中って、誰のこと?」
「あの四人。東と笹野と日下部と……あいつ」
稔はまた昴の背後を睨みつけた。こう何度も繰り返されては、振り返らずとも誰のことかわかる。なぜ慧人を気にするのだろう。二人が会話をした姿は見たことがないし、今日まで近づいたことすらなかったはずだ。
「だったら、なおさら参加しなきゃよかったじゃん」
「逆だっつーの。おまえにまとわりついてるからムカつくんだって」
「なんで? ……まとわりついてないし、稔に関係ないじゃん」
昴がむっと言うと、稔も苛立ったように顔をしかめた。
「おまえもたいがいだけどな。まとわりつかれたあげく家までついていくなんて、警戒心が薄すぎ」
あまりの言葉を聞いて昴はぽかんとし、苛立ちはどこへやら、思わずぷっと噴き出した。
「警戒心ってなに? なんか年頃の女の子のお父さんみたいだよ?」
「みたいじゃなくて、まさにだけど」
「えっ?」
「東なんてなんの度胸もないし、別にいいかって油断してたけど、ストーカーはだめ。他のやつらにも親睦会がどうのって誘ってくるかもしれないし、無理。美作のやつ殺すしかないな」
「はあっ? 殺すって、なんでそんなにキレてんの?」
「ようやくツアーも終わったし、俺も遠慮すんのやめるわ。しばらくは単発の撮影くらいしかないし」
「遠慮って、なんの?」
稔は答える代わりにふたたびパフェをぱくつき始めた。顔つきは晴れ晴れとしていて、昴は困惑し始めた。
稔と出会って一年以上が経っている。とはいえ過ごしてきた時間はごくわずかだった。時間で概算したら数時間程度にしかならない。
稔のグループは今人気がうなぎ登りで、一年のときからほとんど登校してきていなかった。二年になって同じクラスになっても、ちょうど全国ツアーが始まったタイミングだったため、一年のときより顔を合わせていない現状だ。
不服なことに、昴は見透かされていながら、昴のほうは稔のことをうまく理解できていない。他の人よりわかっているつもりでも、こんなふうに首を傾げることが多く、だからこそもっと稔のことを知りたいと思っていた。
「じゃあ、僕も遠慮しなくてもいい?」
「ん?」
「これからは学校へ来られるって言うなら、稔ともっと話したい。いつもはぐらかされたり、僕の話ばかりだけど、稔のことを知りたいんだ」
稔は昴の言葉にむっとして、深いため息をついた。気持ちの悪いことを言ってしまっただろうか。
「……俺の話なんて聞いたって面白くないと思うけど」
聞き取れないくらい小さな声がして、稔はぱっと顔を輝かせた。どうやら嫌ではないらしい。恥ずかしかっただけのようだと調子づき、稔に聞いてみたかった質問がどんどん頭に浮かんできた。
「じゃあさ、ダンスを始めたきっかけは? 好きなダンサーのこと教えてよ。聞くのはやっぱヒップホップ?」
「……いきなりかよ」
「ごめん。稔は全然自分の話をしてくれないから」
「怖いんだよ、おまえに話すの」
「えっ?」
「見透かされているし……」
それは自分の台詞だと、昴は驚いた。あんぐりと口を開けていると、稔は続けて言った。
「それに、他のやつらにもそういうふうにしてるんだろ?」
「他のやつら?」
「あいつにも」
稔はまたもや昴の後方へあごをしゃくった。慧人を気にしてばかりいて、いったいどうしたというのだろう。友達になりたいのだろうか。
「瀬戸口くんと話したいなら、話してみればいいじゃん」
「馬鹿言うな。俺じゃなくて、おまえがあいつを気にしてるのかって聞いてんだ」
「僕? ほとんど喋ったことないよ」
「だったらなんであいつはおまえのことばかり見てんだ?」
「えっ? 見てないよ。ていうか、眼中にないと思う。挨拶しても目を合わせてくれないし」
ははっと稔が笑った。思わずといった様子で、次にくっくと噛み殺した笑い声をもらした。
「……挨拶なんてしてるんだ?」
「するよ。クラスメイトなんだし」
「ふうん。さっすが八方美人」
稔の言い草に、昴はむっとした。事実だけれど、バカにするような言い方はして欲しくない。
「そんな言い方しないでよ」
「事実じゃん」
「だからって、なんでそんな刺々しく言うの?」
「やめて欲しいからに決まってんだろ。いい加減にしろよ。二年にもなってまったく成長してねえじゃん」
かもしれない、と昴は思った。ただ、だからと言ってすぐには飲み込めない。
「稔のほうこそ、少しは僕を見習ったら?」
「は?」
「人嫌いだとか冷徹だとか言われているけど、本当は違うじゃん。ムカつくくらいおせっかいだし、めちゃくちゃ優しくて素敵な人なのに、厳しすぎるんだよ。他人にも、自分にも。僕を見習って、もう少し周りの人たちと気軽に接してみたらどう?」
稔は会うたび昴を気にかけてくれている。ろくに顔を合わせない親よりもよっぽど的確に本音を見抜いて、正しい指摘をしてくれる。そこまで他人を気にかけることができるというのは、なかなかできることじゃない。
言い方はぶっきらぼうでも、優しさや気遣いははっきりと滲み出ている。
昴はそんな稔とふたりきりで過ごす時間がとても好きだった。
仮面を剥がされて困っても、本音では嫌じゃない。自分だけ丸裸にされたみたいで恥ずかしく感じるだけで、本当はむしろ解放され晴れやかな気持ちになるくらいだった。
「……必要ないことに労力は傾けたくない」
稔はやはり素を表に出したくないらしい。不貞腐れたような顔で、ぼそりと言った。
「じゃ、僕との時間は必要なことなの?」
「そうだ」
「なにが違うのかわかんないけど……」
「おまえは……おまえのほうから最初にまとわりついてきたからだろうが」
「あ、うん。八方美人だからね」
稔は昴の自虐にふんっと鼻を鳴らしたが、自分の考えを口にするのが恥ずかしいようで顔を赤くしている。
「だから、稔のこともっと知りたいんだ。色々教えて欲しいな」
「俺のことなんてどうでもいいだろ」
「どうでもよくないよ。ねえ、なんでダンス始めたの? 目標とかある? おすすめのアーティストとか知りたい」
「あーもー、まずはパフェ食えよ。溶けるぞ」
普段はクールなのに、たまに見せる意外な反応がとんでもなくかわいらしい。真っ赤な顔をしてパフェのほうへ戻った稔を見て、昴は言い負かせたような気になり、にんまりと笑みを浮かべた。
いきなり怒気の孕んだ稔の声がして、昴ははっと振り返った。
「誰ってっ?」
「あのくだらないイベントのリーダーだよ」
「……だ、誰にも頼まれてないよ」
慧人の登場で油断してしまっていた。声が上ずってしまったことを自覚して、昴は慌てて口元を覆った。その一連の動作が不審感を強めてしまったらしい。稔は「美作か」と忌々しげにつぶやいて、水をぐいと飲み干した。
「クソ野郎だな。あいつがすべき仕事で負うべき責務だろうが。なんで昴に……」
「違うってば」
稔は勘が鋭い。あまり会う機会がないのに、些細な変化も見逃さないばかりか、隠しても見破ってしまうのだ。そして無理のしすぎだと言っては厳しく注意されるため、気づかれないよう気をつけていた。失敗したなと昴はうろたえた。
「やっぱり、本音ではやりたくなかったんだな……だと思ったんだ。ったく、嫌ならはっきり言えって。あんなやつらに対して卑屈になる必要ないだろ」
稔の言葉を聞きながら、昴はパフェに視線を落とした。涙が滲んでしまいそうだった。
昴は学校で本当の自分を押し隠して、必死に仮面を被って過ごしていた。そのはずが、稔の前では簡単に剥がされてしまう。本当の自分を見られて、居た堪れない気持ちになってくる。
「稔こそ、去年も欠席していたし、なんで参加する気になったの?」
昴は何気ないふうを装って目元をこすった。まるでゴミが入ってしまったかのようにしてみせたあと、下を向いてパフェに集中しようとした。
「そんなの、おまえがリーダーをやるって言ったからに決まってるだろ」
「……答えになってないよ。僕がリーダーだからって、稔が参加する理由に繋がらないじゃん」
「なんでだよ。十分だろ」
「えっ」
「せっかく同じクラスになったっていうのに、鬱陶しい連中が群がってきやがるし」
忌々しげに吐き捨てた声を聞いて、昴はパフェをすくう手を止めた。
「連中って、誰のこと?」
「あの四人。東と笹野と日下部と……あいつ」
稔はまた昴の背後を睨みつけた。こう何度も繰り返されては、振り返らずとも誰のことかわかる。なぜ慧人を気にするのだろう。二人が会話をした姿は見たことがないし、今日まで近づいたことすらなかったはずだ。
「だったら、なおさら参加しなきゃよかったじゃん」
「逆だっつーの。おまえにまとわりついてるからムカつくんだって」
「なんで? ……まとわりついてないし、稔に関係ないじゃん」
昴がむっと言うと、稔も苛立ったように顔をしかめた。
「おまえもたいがいだけどな。まとわりつかれたあげく家までついていくなんて、警戒心が薄すぎ」
あまりの言葉を聞いて昴はぽかんとし、苛立ちはどこへやら、思わずぷっと噴き出した。
「警戒心ってなに? なんか年頃の女の子のお父さんみたいだよ?」
「みたいじゃなくて、まさにだけど」
「えっ?」
「東なんてなんの度胸もないし、別にいいかって油断してたけど、ストーカーはだめ。他のやつらにも親睦会がどうのって誘ってくるかもしれないし、無理。美作のやつ殺すしかないな」
「はあっ? 殺すって、なんでそんなにキレてんの?」
「ようやくツアーも終わったし、俺も遠慮すんのやめるわ。しばらくは単発の撮影くらいしかないし」
「遠慮って、なんの?」
稔は答える代わりにふたたびパフェをぱくつき始めた。顔つきは晴れ晴れとしていて、昴は困惑し始めた。
稔と出会って一年以上が経っている。とはいえ過ごしてきた時間はごくわずかだった。時間で概算したら数時間程度にしかならない。
稔のグループは今人気がうなぎ登りで、一年のときからほとんど登校してきていなかった。二年になって同じクラスになっても、ちょうど全国ツアーが始まったタイミングだったため、一年のときより顔を合わせていない現状だ。
不服なことに、昴は見透かされていながら、昴のほうは稔のことをうまく理解できていない。他の人よりわかっているつもりでも、こんなふうに首を傾げることが多く、だからこそもっと稔のことを知りたいと思っていた。
「じゃあ、僕も遠慮しなくてもいい?」
「ん?」
「これからは学校へ来られるって言うなら、稔ともっと話したい。いつもはぐらかされたり、僕の話ばかりだけど、稔のことを知りたいんだ」
稔は昴の言葉にむっとして、深いため息をついた。気持ちの悪いことを言ってしまっただろうか。
「……俺の話なんて聞いたって面白くないと思うけど」
聞き取れないくらい小さな声がして、稔はぱっと顔を輝かせた。どうやら嫌ではないらしい。恥ずかしかっただけのようだと調子づき、稔に聞いてみたかった質問がどんどん頭に浮かんできた。
「じゃあさ、ダンスを始めたきっかけは? 好きなダンサーのこと教えてよ。聞くのはやっぱヒップホップ?」
「……いきなりかよ」
「ごめん。稔は全然自分の話をしてくれないから」
「怖いんだよ、おまえに話すの」
「えっ?」
「見透かされているし……」
それは自分の台詞だと、昴は驚いた。あんぐりと口を開けていると、稔は続けて言った。
「それに、他のやつらにもそういうふうにしてるんだろ?」
「他のやつら?」
「あいつにも」
稔はまたもや昴の後方へあごをしゃくった。慧人を気にしてばかりいて、いったいどうしたというのだろう。友達になりたいのだろうか。
「瀬戸口くんと話したいなら、話してみればいいじゃん」
「馬鹿言うな。俺じゃなくて、おまえがあいつを気にしてるのかって聞いてんだ」
「僕? ほとんど喋ったことないよ」
「だったらなんであいつはおまえのことばかり見てんだ?」
「えっ? 見てないよ。ていうか、眼中にないと思う。挨拶しても目を合わせてくれないし」
ははっと稔が笑った。思わずといった様子で、次にくっくと噛み殺した笑い声をもらした。
「……挨拶なんてしてるんだ?」
「するよ。クラスメイトなんだし」
「ふうん。さっすが八方美人」
稔の言い草に、昴はむっとした。事実だけれど、バカにするような言い方はして欲しくない。
「そんな言い方しないでよ」
「事実じゃん」
「だからって、なんでそんな刺々しく言うの?」
「やめて欲しいからに決まってんだろ。いい加減にしろよ。二年にもなってまったく成長してねえじゃん」
かもしれない、と昴は思った。ただ、だからと言ってすぐには飲み込めない。
「稔のほうこそ、少しは僕を見習ったら?」
「は?」
「人嫌いだとか冷徹だとか言われているけど、本当は違うじゃん。ムカつくくらいおせっかいだし、めちゃくちゃ優しくて素敵な人なのに、厳しすぎるんだよ。他人にも、自分にも。僕を見習って、もう少し周りの人たちと気軽に接してみたらどう?」
稔は会うたび昴を気にかけてくれている。ろくに顔を合わせない親よりもよっぽど的確に本音を見抜いて、正しい指摘をしてくれる。そこまで他人を気にかけることができるというのは、なかなかできることじゃない。
言い方はぶっきらぼうでも、優しさや気遣いははっきりと滲み出ている。
昴はそんな稔とふたりきりで過ごす時間がとても好きだった。
仮面を剥がされて困っても、本音では嫌じゃない。自分だけ丸裸にされたみたいで恥ずかしく感じるだけで、本当はむしろ解放され晴れやかな気持ちになるくらいだった。
「……必要ないことに労力は傾けたくない」
稔はやはり素を表に出したくないらしい。不貞腐れたような顔で、ぼそりと言った。
「じゃ、僕との時間は必要なことなの?」
「そうだ」
「なにが違うのかわかんないけど……」
「おまえは……おまえのほうから最初にまとわりついてきたからだろうが」
「あ、うん。八方美人だからね」
稔は昴の自虐にふんっと鼻を鳴らしたが、自分の考えを口にするのが恥ずかしいようで顔を赤くしている。
「だから、稔のこともっと知りたいんだ。色々教えて欲しいな」
「俺のことなんてどうでもいいだろ」
「どうでもよくないよ。ねえ、なんでダンス始めたの? 目標とかある? おすすめのアーティストとか知りたい」
「あーもー、まずはパフェ食えよ。溶けるぞ」
普段はクールなのに、たまに見せる意外な反応がとんでもなくかわいらしい。真っ赤な顔をしてパフェのほうへ戻った稔を見て、昴は言い負かせたような気になり、にんまりと笑みを浮かべた。



