内海昴は恐縮しきりで困っていた。
なにせ稔が迎えに来てくれたのだ。しかもレッスンで疲れているだろうに、さらにはマネージャーの車を使ってだなんてとんでもないことだと思った。
「ほんとに気にしないで。俺はただの運転手だからさ。見習いのスタッフでしかないし、城戸マネージャーの車借りただけだし。恐縮しないで」
坂井と名乗ったスタッフは気さくな人だった。ただ、稔は貝のように口を閉ざしたまま、乗り込むときに少し会話をした以来なにを聞いても口を利いてくれない。
坂井はそんな気まずい空気を気にしてか、あれこれと昴に声をかけてくれていた。それがまた申し訳ないと思いながらも、気遣わせることのほうが余計に気を煩わせるとも思い、昴のほうも愛想よく対応していた。
「本当に助かりました。電車には普段乗らないので、どれくらい混んでいるのかわからなくって」
「そうだねー、ここらへんはそこまで混雑しないとこだけど、でも車道も空いてるから、車の方が速いし楽だよ」
「本当にありがとうございます」
「いいって。稔くんのためならなんでもしてやれってのが事務所の方針なんだ。稔くんは物凄い低姿勢な子でさ。面倒がかかるどころか、むしろ世話させてくれーって事務所のほうがもどかしく思ってるくらいでさ」
坂井の話はとても興味深い。
稔が凄い人であることは知っていても、実感として感じるには、普段の彼はおとなしすぎるのだ。暗いというか、無口で素っ気なく、テレビやスマホで見る彼と同じ人物だとは思えない。
プロの稔を知る人から話を聞くとやはり同じ人物なのだなと改めて実感できる。だからと耳を傾けていたのだが、稔の普段とは違う様子が気になって仕方なく、昴は落ち着いていられなかった。
「そういえば、稔の家ってどこ? 前から気になってて……」
昴は稔の沈黙に耐えかねて、こっそり声をかけた。坂井の前では自分と話したくないのかもしれない。だとしてもいい加減不安を解消したいのだ。迎えに来ておいて無視を決め込むなんて、いったいどういうことなのか。
「近くだよ。翔聖の」
しかし答えたのは坂井だった。聞こえていたことに驚いたが、答えてくれない稔にさらなる不安が募る。
「そうなの? 知らなかった」
だからと昴は今度も稔に声をかけた。
「実家は遠方だけどね」
「えっ? ご両親と別に暮らしてるの?」
「利便性を考えて、事務所が用意したんだ。稔くんは通えるって言ってくれたんだけど、学生に働かせてるんだから時間は貴重だしって説得して……」
昴は稔の目を見て訊ねているのに、どの質問にも答えたのは坂井だった。稔は口を引き結んだまま、じっと昴を凝視しているだけだ。乗ったときから、いや乗る前から視線が昴に据えられて動かない。
ゴミでもついているのか、はたまた訊きたいことがあるのか、もしくは話したいことがあるのか。
わからないけど、昴の質問には応えない頑なな姿勢を見るに、どうにかしてふたりきりにならなきゃいけないな、と昴は思った。
稔は昴に対する態度と他の生徒に対するのとではまるで違った反応を見せる。だから誤解されてしまうのだ。坂井や事務所の人たちは例外だろうけど、無愛想で口数が少ないせいで、冷徹なやつだと思われている。
本当は違うのに、と昴は歯がゆい思いをしていた。
稔は冷徹なわけじゃない。冷静なだけだ。
例えばダンスに対しては火傷しそうなほどの情熱を傾けている。表情筋がないような無愛想っぷりでも、内には様々な思いを抱えていて繊細だ。ストイックすぎるあまり、周りに気を配る余裕がないだけなのだ。
本当は優しくて、驚くほど気遣ってくれる。自分のことはほとんど話してくれないけれど、昴のことはお節介と言えるほど気にかけてくれている。
最初に声をかけたのは昴のほうだった。稔は困った様子を見せ、怯んでいたけれど、しつこく声をかけていたら少なかった口数は徐々に増え、いまではぶっきらぼうでも普通に話してくれるようになった。
こんなふうに稔も友人を増やしていけばいいのに、と昴のほうこそお節介ながら気にかけていた。
「稔、あのさ……ちょっと家に……いや、やっぱ近くのコンビニに寄らない?」
昴が聞くと、稔に変化が起きた。じっと睨みつけていた目つきが、ぐっと鋭くなった。
「……坂井さん、俺ん家のそばのファミマで降ろしてもらえますか?」
そして歯切れのいい声で、昴には返事をせず坂井に声をかけた。
「買い物?」
「はい。降ろしてもらったらそのまま帰ります」
「えっ……大丈夫かな?」
「いつも言ってますけど、素で歩いていても気づかれたことないんで」
うーん、と坂井は迷った素振りを見せつつ、昴の家にもほど近いコンビニに降ろしてくれた。
「じゃ、ふたりとも気をつけてね」
「ありがとうございました」
坂井は走り去っていった。
やはり稔もなんだかんだふたりきりになりたかったらしい。坂井の前では気を使うのだろう。
昴のほうもやや緊張を解き、さてどうしようかとコンビニを見た。とりあえず飲み物でも買おうか、と稔に声をかけようとしたとき、腕を掴まれた。しかもコンビニとは反対の方向へと引っ張られていく。
「……向かう前にアイスでも買わない?」
「ファミレスではデザートまで食わなかったのか?」
「あ、うん。食べなかったよ」
「けちなやつ。……じゃ、俺が奢ってやる」
「えっ?」
稔はどんどん進んでいく。背も高ければ足も長い稔の歩幅は昴よりだいぶ大きい。合わせるためには大股でかつ速歩きをしなければならなかった。もつれそうになりながらも五分ほど歩いた先に、高志郎と行った店とは違うファミリーレストランがあった。
「ファミレスに入るの?」
「……まだ九時だ。いいだろ」
「時間じゃなくって、稔はいいの?」
「笹野とは行けて、俺とは行けないって?」
「そうじゃなくって、僕と入っていいのかなって」
「いいに決まってんだろ。おまえは嫌なのか?」
「……僕はいいよ。稔がいいなら」
昴は困惑しつつも、稔とともに店へ向かった。
なぜ躊躇ったのかの理由は、稔と話すときはいつもコンビニの裏手や公園などの外で、目立たないような場所を選んでいたからだ。
稔が有名人だ。坂井が心配していたように、公共の場では見られてしまうのではないかとの懸念があった。でも稔がいいなら否はない。練習で疲れていて座りたいのか、もしくはコンビニのデザートよりファミレスほうがいいのかもしれない。
「は? おまえが嫌なのかと思ってた」
店内は思ったより閑散としていた。ちょうど奥まった席が空いていて、ドリンクバーとデザートを注文したあと昴が理由を話したら、稔は呆れ果てたといった反応を見せた。
「嫌なわけないじゃん。でもこういうところだと会話とか聞こえちゃうかもって思って」
「聞かれて困る話なんてないけど」
でも自分のような人間といる場面を人に見られてしまう。嫌じゃないのだろうかと、昴は窺うように稔を見た。稔は昴の心配など露知らず、届いたばかりのパフェをぱくつき始めていた。
「美味しい?」
「ん?」
「パフェ」
別に、と稔は答えたが、車内での様子とは一転し、いつもの調子に戻っている。昴は安堵した。
パフェのお陰かもしれない。甘味が練習での疲れを癒したのだろう。
稔はチョコレートパフェで、昴は季節のフルーツパフェを選んだ。見るときらきらとシロップが光っていて、ごくりと喉が鳴る。
昴はいま一度稔のぱくついている姿を見て微笑み、さて自分もとスプーンを手に持った。
「それより、なんでいきなりリーダーをやるなんて言い出したんだ?」
「えっ……いきなりって、なんで?」
「ずっと聞こうと思ってたんだけど、おまえらしくねえじゃん。いつ詰め寄ってやろうって機会を狙ってたんだよ。今からでも降りられねえの?」
「無理だよ。てかもしかして、だから不機嫌だったの?」
「……伝わってた?」
昴は驚きつつ、説明したものか迷った。稔は鋭いから、昴がいやいや引き受けたことに気づいていたのだろう。いつもこうだ、と困りながらも昴は嬉しくて口元が緩んでしまう。
とはいえ、美作教諭から頼まれたことを伝えていいものか。話したところで状況は変わらないうえ、愚痴を言うことになる。と、生クリームとアイスをかき回して悩んでいたときだった。
「……なんであいつが」
稔のほうから舌打ちが聞こえて、昴は不思議に思い顔をあげた。
「あいつ?」
稔は昴の後方を睨みつけていた。席は稔が壁を背にして座っているため、昴の視界には稔しかいなかった。昴は振り返り、あっとかすかに声をあげた。
「瀬戸口くん?」
慧人に間違いない。店内の中央付近に、ぎくりとした顔で足を止めた慧人の姿があった。同じジャージを着た男子四人と一緒らしい。クラブチームの仲間なのか、学内では見かけない顔ばかりだ。
「慧人の連れ?」
うちひとりが昴の目を見て声をかけてきた。
「クラスメイトです」
昴は答えたが、当の慧人は昴と視線をあわせてくれない。稔のことも知らんぷりをして、仲間たちに「向こうへいこうぜ」と気まずそうに誘導し、そそくさといなくなってしまった。
「昴、クリームがついてる」
後ろを見ていたら稔から言われ、振り向くと口の端を指で拭われた。
「ありがと……」
子どもみたいに口元を汚していたらしい。恥ずかしくなり昴は頬を朱に染めた。すると稔は「もうちょっとこっち来て」と言い手招きをしてきたため、昴はきょとんとしつつ腰を浮かした。
「髪にゴミが」
テーブル越しに稔から耳たぶのあたりに触れられて、ますます昴は顔を熱くした。高校生のくせに弟たちよりひどい。昴は恥ずかしさのあまり、消えてしまいたくなった。
「ご、ごめん」
「……このくらいしとかないと、しつこい虫は追い払えないから」
「虫までついてた?」
「違う。あいつのこと」
稔は笑みを消し、睨むように昴の後方を見た。近くに虫が飛んでいるのだろうかと昴はきょろきょろとしたが、見えたのは慧人がびくっと肩を震わせ顔を背けた姿だった。
なにせ稔が迎えに来てくれたのだ。しかもレッスンで疲れているだろうに、さらにはマネージャーの車を使ってだなんてとんでもないことだと思った。
「ほんとに気にしないで。俺はただの運転手だからさ。見習いのスタッフでしかないし、城戸マネージャーの車借りただけだし。恐縮しないで」
坂井と名乗ったスタッフは気さくな人だった。ただ、稔は貝のように口を閉ざしたまま、乗り込むときに少し会話をした以来なにを聞いても口を利いてくれない。
坂井はそんな気まずい空気を気にしてか、あれこれと昴に声をかけてくれていた。それがまた申し訳ないと思いながらも、気遣わせることのほうが余計に気を煩わせるとも思い、昴のほうも愛想よく対応していた。
「本当に助かりました。電車には普段乗らないので、どれくらい混んでいるのかわからなくって」
「そうだねー、ここらへんはそこまで混雑しないとこだけど、でも車道も空いてるから、車の方が速いし楽だよ」
「本当にありがとうございます」
「いいって。稔くんのためならなんでもしてやれってのが事務所の方針なんだ。稔くんは物凄い低姿勢な子でさ。面倒がかかるどころか、むしろ世話させてくれーって事務所のほうがもどかしく思ってるくらいでさ」
坂井の話はとても興味深い。
稔が凄い人であることは知っていても、実感として感じるには、普段の彼はおとなしすぎるのだ。暗いというか、無口で素っ気なく、テレビやスマホで見る彼と同じ人物だとは思えない。
プロの稔を知る人から話を聞くとやはり同じ人物なのだなと改めて実感できる。だからと耳を傾けていたのだが、稔の普段とは違う様子が気になって仕方なく、昴は落ち着いていられなかった。
「そういえば、稔の家ってどこ? 前から気になってて……」
昴は稔の沈黙に耐えかねて、こっそり声をかけた。坂井の前では自分と話したくないのかもしれない。だとしてもいい加減不安を解消したいのだ。迎えに来ておいて無視を決め込むなんて、いったいどういうことなのか。
「近くだよ。翔聖の」
しかし答えたのは坂井だった。聞こえていたことに驚いたが、答えてくれない稔にさらなる不安が募る。
「そうなの? 知らなかった」
だからと昴は今度も稔に声をかけた。
「実家は遠方だけどね」
「えっ? ご両親と別に暮らしてるの?」
「利便性を考えて、事務所が用意したんだ。稔くんは通えるって言ってくれたんだけど、学生に働かせてるんだから時間は貴重だしって説得して……」
昴は稔の目を見て訊ねているのに、どの質問にも答えたのは坂井だった。稔は口を引き結んだまま、じっと昴を凝視しているだけだ。乗ったときから、いや乗る前から視線が昴に据えられて動かない。
ゴミでもついているのか、はたまた訊きたいことがあるのか、もしくは話したいことがあるのか。
わからないけど、昴の質問には応えない頑なな姿勢を見るに、どうにかしてふたりきりにならなきゃいけないな、と昴は思った。
稔は昴に対する態度と他の生徒に対するのとではまるで違った反応を見せる。だから誤解されてしまうのだ。坂井や事務所の人たちは例外だろうけど、無愛想で口数が少ないせいで、冷徹なやつだと思われている。
本当は違うのに、と昴は歯がゆい思いをしていた。
稔は冷徹なわけじゃない。冷静なだけだ。
例えばダンスに対しては火傷しそうなほどの情熱を傾けている。表情筋がないような無愛想っぷりでも、内には様々な思いを抱えていて繊細だ。ストイックすぎるあまり、周りに気を配る余裕がないだけなのだ。
本当は優しくて、驚くほど気遣ってくれる。自分のことはほとんど話してくれないけれど、昴のことはお節介と言えるほど気にかけてくれている。
最初に声をかけたのは昴のほうだった。稔は困った様子を見せ、怯んでいたけれど、しつこく声をかけていたら少なかった口数は徐々に増え、いまではぶっきらぼうでも普通に話してくれるようになった。
こんなふうに稔も友人を増やしていけばいいのに、と昴のほうこそお節介ながら気にかけていた。
「稔、あのさ……ちょっと家に……いや、やっぱ近くのコンビニに寄らない?」
昴が聞くと、稔に変化が起きた。じっと睨みつけていた目つきが、ぐっと鋭くなった。
「……坂井さん、俺ん家のそばのファミマで降ろしてもらえますか?」
そして歯切れのいい声で、昴には返事をせず坂井に声をかけた。
「買い物?」
「はい。降ろしてもらったらそのまま帰ります」
「えっ……大丈夫かな?」
「いつも言ってますけど、素で歩いていても気づかれたことないんで」
うーん、と坂井は迷った素振りを見せつつ、昴の家にもほど近いコンビニに降ろしてくれた。
「じゃ、ふたりとも気をつけてね」
「ありがとうございました」
坂井は走り去っていった。
やはり稔もなんだかんだふたりきりになりたかったらしい。坂井の前では気を使うのだろう。
昴のほうもやや緊張を解き、さてどうしようかとコンビニを見た。とりあえず飲み物でも買おうか、と稔に声をかけようとしたとき、腕を掴まれた。しかもコンビニとは反対の方向へと引っ張られていく。
「……向かう前にアイスでも買わない?」
「ファミレスではデザートまで食わなかったのか?」
「あ、うん。食べなかったよ」
「けちなやつ。……じゃ、俺が奢ってやる」
「えっ?」
稔はどんどん進んでいく。背も高ければ足も長い稔の歩幅は昴よりだいぶ大きい。合わせるためには大股でかつ速歩きをしなければならなかった。もつれそうになりながらも五分ほど歩いた先に、高志郎と行った店とは違うファミリーレストランがあった。
「ファミレスに入るの?」
「……まだ九時だ。いいだろ」
「時間じゃなくって、稔はいいの?」
「笹野とは行けて、俺とは行けないって?」
「そうじゃなくって、僕と入っていいのかなって」
「いいに決まってんだろ。おまえは嫌なのか?」
「……僕はいいよ。稔がいいなら」
昴は困惑しつつも、稔とともに店へ向かった。
なぜ躊躇ったのかの理由は、稔と話すときはいつもコンビニの裏手や公園などの外で、目立たないような場所を選んでいたからだ。
稔が有名人だ。坂井が心配していたように、公共の場では見られてしまうのではないかとの懸念があった。でも稔がいいなら否はない。練習で疲れていて座りたいのか、もしくはコンビニのデザートよりファミレスほうがいいのかもしれない。
「は? おまえが嫌なのかと思ってた」
店内は思ったより閑散としていた。ちょうど奥まった席が空いていて、ドリンクバーとデザートを注文したあと昴が理由を話したら、稔は呆れ果てたといった反応を見せた。
「嫌なわけないじゃん。でもこういうところだと会話とか聞こえちゃうかもって思って」
「聞かれて困る話なんてないけど」
でも自分のような人間といる場面を人に見られてしまう。嫌じゃないのだろうかと、昴は窺うように稔を見た。稔は昴の心配など露知らず、届いたばかりのパフェをぱくつき始めていた。
「美味しい?」
「ん?」
「パフェ」
別に、と稔は答えたが、車内での様子とは一転し、いつもの調子に戻っている。昴は安堵した。
パフェのお陰かもしれない。甘味が練習での疲れを癒したのだろう。
稔はチョコレートパフェで、昴は季節のフルーツパフェを選んだ。見るときらきらとシロップが光っていて、ごくりと喉が鳴る。
昴はいま一度稔のぱくついている姿を見て微笑み、さて自分もとスプーンを手に持った。
「それより、なんでいきなりリーダーをやるなんて言い出したんだ?」
「えっ……いきなりって、なんで?」
「ずっと聞こうと思ってたんだけど、おまえらしくねえじゃん。いつ詰め寄ってやろうって機会を狙ってたんだよ。今からでも降りられねえの?」
「無理だよ。てかもしかして、だから不機嫌だったの?」
「……伝わってた?」
昴は驚きつつ、説明したものか迷った。稔は鋭いから、昴がいやいや引き受けたことに気づいていたのだろう。いつもこうだ、と困りながらも昴は嬉しくて口元が緩んでしまう。
とはいえ、美作教諭から頼まれたことを伝えていいものか。話したところで状況は変わらないうえ、愚痴を言うことになる。と、生クリームとアイスをかき回して悩んでいたときだった。
「……なんであいつが」
稔のほうから舌打ちが聞こえて、昴は不思議に思い顔をあげた。
「あいつ?」
稔は昴の後方を睨みつけていた。席は稔が壁を背にして座っているため、昴の視界には稔しかいなかった。昴は振り返り、あっとかすかに声をあげた。
「瀬戸口くん?」
慧人に間違いない。店内の中央付近に、ぎくりとした顔で足を止めた慧人の姿があった。同じジャージを着た男子四人と一緒らしい。クラブチームの仲間なのか、学内では見かけない顔ばかりだ。
「慧人の連れ?」
うちひとりが昴の目を見て声をかけてきた。
「クラスメイトです」
昴は答えたが、当の慧人は昴と視線をあわせてくれない。稔のことも知らんぷりをして、仲間たちに「向こうへいこうぜ」と気まずそうに誘導し、そそくさといなくなってしまった。
「昴、クリームがついてる」
後ろを見ていたら稔から言われ、振り向くと口の端を指で拭われた。
「ありがと……」
子どもみたいに口元を汚していたらしい。恥ずかしくなり昴は頬を朱に染めた。すると稔は「もうちょっとこっち来て」と言い手招きをしてきたため、昴はきょとんとしつつ腰を浮かした。
「髪にゴミが」
テーブル越しに稔から耳たぶのあたりに触れられて、ますます昴は顔を熱くした。高校生のくせに弟たちよりひどい。昴は恥ずかしさのあまり、消えてしまいたくなった。
「ご、ごめん」
「……このくらいしとかないと、しつこい虫は追い払えないから」
「虫までついてた?」
「違う。あいつのこと」
稔は笑みを消し、睨むように昴の後方を見た。近くに虫が飛んでいるのだろうかと昴はきょろきょろとしたが、見えたのは慧人がびくっと肩を震わせ顔を背けた姿だった。



