「やっぱいいねえ。ストーリーもいいし、音楽とダンスが最高! めちゃくちゃ気分か上がる」
エンドロールが始まったとたんに、昴は我慢できないとばかりに声をあげた。映画はエンドロールが終わるまでとのこだわりが顔を覗かせた高志郎だが、昴と映画のどちらを優先すべきかは比較にもならない。昴は見ている間もうずうずとしていて、それでも喋らず耐えてくれていたのだから、微笑ましくすらあった。
「ええ。ですがちょっとベタというか、感動させたいという制作サイドの思惑が透けすぎていたようには思えます」
「そっかー、さすが笹野くん、見る目が違うね」
「説明のし過ぎです。ミュージカルとしては悪くありませんが、会話パートは少し陳腐に感じました」
「がちで? 普通に感動しちゃって、なんか恥ずかしいな」
「いいんですよ。内海くんは素朴な反応をされるところが魅力的なのですから」
「……ありがとう」
昴はへたに見栄を張ったりしない。高志郎の解説を真剣に聞き、心からの感心を見せてくれる。
昴は小説や映画などの娯楽を好んでいるようで、高志郎が所感を話すと喜んで聞いてくれるのだ。ネットにあるのは低レベルの感想ばかりだから、知的な解説に興味があるのだろう。だからといつものごとく語り聞かせていたところ、邪魔が入ってしまった。
「ごめん……」
昴のスマホが長く振動していたことから、着信があったらしいとわかった。手にとってはっとした昴は、高志郎に謝罪しながら立ち上がり部屋の隅へ行って喋り出した。自宅からの連絡だろうか、と高志郎は聞こえていない素振りを演じつつ耳をすませた。
「タクシーだったけど、別に歩いて帰れる距離だよ。……え? 駅は……わかんないけど笹野くんが教えてくれるだろうし、マップ見たらわかる……えっ? 住所聞くの?」
ご両親からとても大事にされているのだろう。応答する様子から窺えて、高志郎は少し妬ましく思いながらも、だから昴は特別なのかもしれないなどと考えた。誰に対しても親切で好ましい性格をしているのは、愛情たっぷりに育てられたからなのかもしれない。一芸に秀でた連中というのは、他者と分かち合うべくの感情が欠落している。目標のため生活のすべてを注いで生きているがゆえに、他者を気にかける認知的余裕がないのだろう。
「あの、笹野くん……申し訳ないんだけど」
「住所ですか?」
「うん。聞こえてた?」
「口頭でお伝えするよりメールで送ったほうがよろしいでしょうか?」
「そうだね……ちょっと待って」
昴は恐縮さをありありと見せた態度で一礼すると、ふふたび通話に戻った。
「教えてくれるって。メールで受け取ってそのまま送信するけど、来なくていいからね。送れっていうから送るだけで……いいって。なんで迎えに来る必要があるの? えっ? マネージャーさんの車? 絶対やめて! ほんとにやめて! だめだって……あっ、稔!」
通話が切れてしまったらしく、声を荒らげていた昴は一転、消沈した様子で肩を落とした。一方の高志郎は、驚愕に目を見開いてわなわなと震え、呆然と立ち尽くしていた。
稔、と聞こえた気がした。
家族の名前だろうかと考えるも、家族構成から察するに無理がある。祖母や父母を名前で呼ぶタイプには見えないし、弟たちが電話をかけてきてまで住所を聞き出すとも思えない。それに気になったのがマネージャーの車という言葉だ。学園の生徒であると考えられ、昴の交友関係から導き出せるのはひとりしかいなかった。
「なぜ、天瀬くんが……」
「え、なんで……あ、稔って言ったっけ?」
高志郎は頷いた。声が出なかった。昴とふたりきりの時間が終わってしまう悲しみと、邪魔だてしてきたのが家族ではなく親しくもないクラスメイトだった怒りによって、心がぐちゃぐちゃだった。
「こんな時間まで笹野くん家にいると悪いって言って、レッスンが終わったからついでにって。渋谷からだからだいぶ距離があるのに……」
昴は困ったようでいて、複雑にも嬉しそうに見えた。ますます怒りを覚えた高志郎は、黙ったままスマホを操作して最寄り駅を送信した。
「クラスメイトとはいえ個人情報ですので、ご家族でないのなら最寄り駅までです」
「あ、うん。そうだね。ありがとう。さすがリテラシーレベルが高い」
昴から感心の目を向けられたが、高志郎はちっとも嬉しくなかった。使用人に命じて車を用意させた高志郎は、昴を最寄り駅まで送った。
もともと自宅まで送ってやるつもりだった。だからと家に向かおうとしたが、昴からはやんわり拒否されてしまった。
「ありがとう。でも笹野くんの時間たくさん奪っちゃったし、運転手さんにも申し訳ないしさ。駅で十分だよ。駅近だから」
「でも、天瀬くんは来るのでしょう?」
「わかんないけど……」
来ない可能性を一応は考慮したのだろう。昴は電車で帰るつもりの反応を返したが、表情からは間違いなく稔の迎えが来るであろうことが察せられた。
昴の見たこともない表情を見て、高志郎の腸は煮えくり返りそうになった。この数ヶ月毎日観察していたのに、少しの変化も見逃さないよう見つめていたのに、一度として見たことのない反応だった。というより、稔と会話している場面自体、ほとんど見たことがなかった。いつ、どんなふうにこんな顔をするまでの仲になったのだろう。高志郎は納得のいかない怒りと嫉妬で困惑しっぱなしだった。
「じゃ、今日はほんとにありがと。また明日ね」
まともに話せないまま、駅に到着してしまった。
「はい。劇についてまた相談に乗っていただけたら助かります」
もちろんだよ、と昴は言い、改めて礼を述べたあと駅へと入っていった。と思いきや途中で足を止め、黒のセダンに向かっていく。
「待て。まだ発進するな」
使用人がギアチェンジした振動を感じた高志郎は慌てて止めた。昴の動向を観察しなければならない。
昴はセダンへと近寄り、開かれた後部座席のドアの前で立ち止まった。スモークが貼られているのか、車内は見えない。なにか問答をしているようだ。すぐには乗り込まず、ロータリーで話し込んでいる。すると車内からなにかが伸びてきて、手だとわかった。その瞬間、手が昴の手を掴んだ。遠目にも困ったような反応が窺える。そりゃそうだ。無理強いするもんじゃない。
「……翔聖学園へ向かってくれ」
「今の時分からでございますか?」
「そうだ」
昴の自宅は学園にほど近い。セダンを追えと言わずとも自然と追う形になるだろう。追ったところでなんの意味もない。けれど追わずにはいられなかった。
昴は車に乗り込む瞬間、ためらった様子を見せながらも、笑顔を浮かべたように見えたのだ。
昴の笑顔は見慣れている。高志郎の前でもいつも嬉しげに、時には感心したように笑う。
なのに、稔に向けたであろう笑みは、これまた一度として見たことのないものだった。
まるで家族や恋人……心を開いた相手に見せるような、安堵と甘えの入り混じった笑みだった。
エンドロールが始まったとたんに、昴は我慢できないとばかりに声をあげた。映画はエンドロールが終わるまでとのこだわりが顔を覗かせた高志郎だが、昴と映画のどちらを優先すべきかは比較にもならない。昴は見ている間もうずうずとしていて、それでも喋らず耐えてくれていたのだから、微笑ましくすらあった。
「ええ。ですがちょっとベタというか、感動させたいという制作サイドの思惑が透けすぎていたようには思えます」
「そっかー、さすが笹野くん、見る目が違うね」
「説明のし過ぎです。ミュージカルとしては悪くありませんが、会話パートは少し陳腐に感じました」
「がちで? 普通に感動しちゃって、なんか恥ずかしいな」
「いいんですよ。内海くんは素朴な反応をされるところが魅力的なのですから」
「……ありがとう」
昴はへたに見栄を張ったりしない。高志郎の解説を真剣に聞き、心からの感心を見せてくれる。
昴は小説や映画などの娯楽を好んでいるようで、高志郎が所感を話すと喜んで聞いてくれるのだ。ネットにあるのは低レベルの感想ばかりだから、知的な解説に興味があるのだろう。だからといつものごとく語り聞かせていたところ、邪魔が入ってしまった。
「ごめん……」
昴のスマホが長く振動していたことから、着信があったらしいとわかった。手にとってはっとした昴は、高志郎に謝罪しながら立ち上がり部屋の隅へ行って喋り出した。自宅からの連絡だろうか、と高志郎は聞こえていない素振りを演じつつ耳をすませた。
「タクシーだったけど、別に歩いて帰れる距離だよ。……え? 駅は……わかんないけど笹野くんが教えてくれるだろうし、マップ見たらわかる……えっ? 住所聞くの?」
ご両親からとても大事にされているのだろう。応答する様子から窺えて、高志郎は少し妬ましく思いながらも、だから昴は特別なのかもしれないなどと考えた。誰に対しても親切で好ましい性格をしているのは、愛情たっぷりに育てられたからなのかもしれない。一芸に秀でた連中というのは、他者と分かち合うべくの感情が欠落している。目標のため生活のすべてを注いで生きているがゆえに、他者を気にかける認知的余裕がないのだろう。
「あの、笹野くん……申し訳ないんだけど」
「住所ですか?」
「うん。聞こえてた?」
「口頭でお伝えするよりメールで送ったほうがよろしいでしょうか?」
「そうだね……ちょっと待って」
昴は恐縮さをありありと見せた態度で一礼すると、ふふたび通話に戻った。
「教えてくれるって。メールで受け取ってそのまま送信するけど、来なくていいからね。送れっていうから送るだけで……いいって。なんで迎えに来る必要があるの? えっ? マネージャーさんの車? 絶対やめて! ほんとにやめて! だめだって……あっ、稔!」
通話が切れてしまったらしく、声を荒らげていた昴は一転、消沈した様子で肩を落とした。一方の高志郎は、驚愕に目を見開いてわなわなと震え、呆然と立ち尽くしていた。
稔、と聞こえた気がした。
家族の名前だろうかと考えるも、家族構成から察するに無理がある。祖母や父母を名前で呼ぶタイプには見えないし、弟たちが電話をかけてきてまで住所を聞き出すとも思えない。それに気になったのがマネージャーの車という言葉だ。学園の生徒であると考えられ、昴の交友関係から導き出せるのはひとりしかいなかった。
「なぜ、天瀬くんが……」
「え、なんで……あ、稔って言ったっけ?」
高志郎は頷いた。声が出なかった。昴とふたりきりの時間が終わってしまう悲しみと、邪魔だてしてきたのが家族ではなく親しくもないクラスメイトだった怒りによって、心がぐちゃぐちゃだった。
「こんな時間まで笹野くん家にいると悪いって言って、レッスンが終わったからついでにって。渋谷からだからだいぶ距離があるのに……」
昴は困ったようでいて、複雑にも嬉しそうに見えた。ますます怒りを覚えた高志郎は、黙ったままスマホを操作して最寄り駅を送信した。
「クラスメイトとはいえ個人情報ですので、ご家族でないのなら最寄り駅までです」
「あ、うん。そうだね。ありがとう。さすがリテラシーレベルが高い」
昴から感心の目を向けられたが、高志郎はちっとも嬉しくなかった。使用人に命じて車を用意させた高志郎は、昴を最寄り駅まで送った。
もともと自宅まで送ってやるつもりだった。だからと家に向かおうとしたが、昴からはやんわり拒否されてしまった。
「ありがとう。でも笹野くんの時間たくさん奪っちゃったし、運転手さんにも申し訳ないしさ。駅で十分だよ。駅近だから」
「でも、天瀬くんは来るのでしょう?」
「わかんないけど……」
来ない可能性を一応は考慮したのだろう。昴は電車で帰るつもりの反応を返したが、表情からは間違いなく稔の迎えが来るであろうことが察せられた。
昴の見たこともない表情を見て、高志郎の腸は煮えくり返りそうになった。この数ヶ月毎日観察していたのに、少しの変化も見逃さないよう見つめていたのに、一度として見たことのない反応だった。というより、稔と会話している場面自体、ほとんど見たことがなかった。いつ、どんなふうにこんな顔をするまでの仲になったのだろう。高志郎は納得のいかない怒りと嫉妬で困惑しっぱなしだった。
「じゃ、今日はほんとにありがと。また明日ね」
まともに話せないまま、駅に到着してしまった。
「はい。劇についてまた相談に乗っていただけたら助かります」
もちろんだよ、と昴は言い、改めて礼を述べたあと駅へと入っていった。と思いきや途中で足を止め、黒のセダンに向かっていく。
「待て。まだ発進するな」
使用人がギアチェンジした振動を感じた高志郎は慌てて止めた。昴の動向を観察しなければならない。
昴はセダンへと近寄り、開かれた後部座席のドアの前で立ち止まった。スモークが貼られているのか、車内は見えない。なにか問答をしているようだ。すぐには乗り込まず、ロータリーで話し込んでいる。すると車内からなにかが伸びてきて、手だとわかった。その瞬間、手が昴の手を掴んだ。遠目にも困ったような反応が窺える。そりゃそうだ。無理強いするもんじゃない。
「……翔聖学園へ向かってくれ」
「今の時分からでございますか?」
「そうだ」
昴の自宅は学園にほど近い。セダンを追えと言わずとも自然と追う形になるだろう。追ったところでなんの意味もない。けれど追わずにはいられなかった。
昴は車に乗り込む瞬間、ためらった様子を見せながらも、笑顔を浮かべたように見えたのだ。
昴の笑顔は見慣れている。高志郎の前でもいつも嬉しげに、時には感心したように笑う。
なのに、稔に向けたであろう笑みは、これまた一度として見たことのないものだった。
まるで家族や恋人……心を開いた相手に見せるような、安堵と甘えの入り混じった笑みだった。



