週に二日は昴の家へ行ってゲームをする日々が始まった。他の日はVチューバーとしての活動日や広報に費やしているため、自由時間のほとんどが昴との時間になった。友人はいっぱいいる。呼べばすぐにでも来てくれるような親しいやつらばかりだ。けれど、弘和は昴との時間が一番楽しく感じた。
昴は素朴で優しく、遠慮がちながら世話焼きな面もあって愛らしい。そしてなによりやはり声が好きだった。
「ねね、昴。今度俺と配信してみる気ない?」
「僕が? 無理無理」
「なんで? 昴とゲームしてると、このまんま配信できそうな気がして」
「無理だって。僕なんにも面白いこと言えないもん」
「面白くなくったっていいんだって」
弘和の狙いは昴の声を録音しておくことだった。見た目も好きだから写真を撮らせてもらっているけど、やはり一番は声なのだ。
「いやいや、面白くなきゃだめでしょ? しかもゲームしながらなんて絶対に無理」
「生だから緊張するとか? 収録ならいい?」
「そういう問題じゃない。どっちみち緊張するし、なに喋ったらいいかわかんないし」
「だったら台本があればいい?」
「えっ?」
弘和には野望があった。昴の声をASMR用の機材で録音することだ。ASMRとは自律感覚絶頂反応の略で、聴覚や視覚を通して心地よいと感じる感覚を指す。専用のマイクで収録した音は、これまた専用のイヤホンを使うと臨場感たっぷりに刺激を受けることができる。先日兄が始めてすぐに飽きた収録用の機材が一式揃っていた。
「無理だって。ほんとに、そういうのできないから」
読んでもらいたい台本は、睡眠導入用のシチュエーション台本だった。ささやき声を録音すれば、毎晩昴の声で癒され寝付くことができる。期待した弘和だったが、朗読や演技なんてとてもじゃないが無理だとして跳ね除けられてしまった。
だから、親睦会で披露する出し物について昴が提案したときは驚いた。練習になり度胸試しにもなる。自分のために選んだのではないかと思えて嬉しくなった。
「寸劇って要は劇だよね? 六人でなにかを演じるってこと?」
「みんな得意なことがそれぞれあるから、ミュージカル的な感じで、上手くひとつにできないかなって」
どうやら昴の提案は、全員の意図を汲んだもののようだった。
小説家である高志郎が台本を書き、歌の得意な弘和の歌う場面を入れ、身体能力の高い慧人と稔がダンスをするのはどうかという。雅史は社長だから監督のようなものができるのではないかと考え、昴は裏方を全部やるつもりだからとの提案だった。
「それじゃあ、出演は三人だけってこと?」
「そうなるね。正直僕は壇上に上がりたくなくって……」
弘和は少しがっかりしたが、他の四人に不満はないようだった。どうせなにかしなきゃいけないわけだし、昴が言うならという空気だった。弘和も昴を困らせたくない。ほっとした顔を見て、反論の口を閉ざすことに決めた。
それに、今のところは出演しないつもりでいたとしても、練習を進めるうちに興味を持つかもしれない。でなくとも、自分のことをちゃんと考えてくれたのだ。昴がリーダーじゃなかったら、場馴れしているはずだと言って丸投げされていた気がする。
昴との時間も増えることだし、と弘和は持ち前の前向きさを発揮して気持ちを切り替えた。
「ねね、昴。今日はどう?」
授業が終わったらすぐに昴の席へ向かうのが日課だ。昴はいつも誰かしらに声をかけられているため、早く行かないと放課後の時間を奪われてしまう。
「今日はごめん。笹野くんに台本のアイデアについて相談したいって言われて……」
親睦会のことなら仕方がないと納得しつつ、ちらっと高志郎を睨みつけてやった。
小説のネタにしたいからって昴につきまとっている不埒な奴だ。本当に親睦会についてなのか疑わしい。
「そっか。じゃ、明日……は、配信の日だからだめだ。そしたら土曜になっちゃうし……」
「週末はコラボ配信があるもんね。ごめんね。もし時間が空くようならいつでも連絡して」
わかった、と答えた弘和は、珍しくも笑みが出ず強張ってしまった。
昴を独占したい。学校で半日一緒なだけじゃ足りない。放課後も週末も全部、昴の時間を自分のものにしたい。
出会ってから天井知らずに募っている。顔を見ていると気分は舞い上がるのに、ひとたび離れると苦しくなる。
もしかしたら、でなくともはっきりと自覚している。独占欲と愛着だ。
昴のことは友人のなかでも最も大切だと思っている。親友と感じているからこその深い友情だ。そう思うのに、友情だけじゃ表しきれないほど深いように思えて、弘和は怖さも覚え始めていた。途中で考えるのを止めないと取り返しがつかなくなるような、なにかが胸の奥にあるように思えて怖かった。
「あいつしばらく忙しくなるから、邪魔しに行くのは控えとけ」
後ろから声がして、弘和はどきっと心臓を跳ねさせ振り返った。稔だった。覚えている限り、話しかけられたのは初めてだった。
いったいなんのことだろうと怪訝な顔を向けると、稔は無愛想にも程がある顔つきで睨みつけてきた。
「おばあちゃんが自分の家に帰るらしい。昴が弟たちの世話をしなきゃいけなくなる。だから、邪魔すんな」
弘和は面食らって唾を飲み込んだ。稔はじっと威圧するようにしばし睨みを利かせたあと、言うだけ言って去っていった。
なぜ話しかけてきたのかと思えば、昴のことだった。しかも弘和すら知らない家庭の内情を知っていたうえで、釘まで差してきた。
稔が昴に執着していることは知っていた。おそらくどころか確実に全校生徒が稔の執着を知っている。
この学園には有名人や将来のスターを多く抱えている。特待生だらけのこの学園で、稔は良くも悪くもの両方の意味で目立つ存在だった。
ドームを満杯にするダンスチームのメンバーという、トップレベルの有名人ではある。しかもダンスの腕は一級品。海外のコンテストでも賞を取っているレベルだ。おまけに百八十を超える長身であり、モデルでもできそうな顔面力もある。
しかしか、だからか、騒がれることを極端に厭い、誰に対しても素っ気ない態度を取っていた。ひとりでいても平気な様子で、必要最低限の用事でもなければ人に話しかけない。プライドの高いやつだとして、お高く止まっているように見え避けられていた。
そのなかで、昴だけは唯一の例外だった。
なぜなのかはよく噂話の種になっている。稔と親しい生徒がいないせいで一向に理由はわからず、七不思議のひとつくらいには有名な謎だった。
ただ昴に対しては陰口ではなく好意的な声が多い。昴は人当たりがよく、慎ましい態度を崩さない。相手を立てる姿勢が好まれ、批判するのは稔のファンくらいだった。
「だからか?」
弘和ははっとして、独り言を吐いてしまった。
自己顕示欲の高い生徒たちのなかで、昴のような凡庸さはむしろ目立つ。特待生たちは、超高校生級の活躍をしていても、内実はごく普通の高校生だ。ファンとして賞賛されるでもなく、妬んだり揶揄してくるでもない。昴の凡庸さというのは、相手に対して分け隔てない態度を取る面に現れる。感嘆しつつも、どこか冷静なのだ。だからこそ弘和も気安い態度で接することができている。
まさか稔も昴にただならぬ感情を抱いているなんてことはないよな。
ちりっと胸に嫌なものを感じた弘和だったが、だとして片思いにちがいないと頭を振った。
稔にとって昴が唯一の存在だとしても、昴は違う。稔なんてその他大勢にすぎない。学園ではトップレベルに有名な人物だけど、人の魅力は評価だけじゃない。
まるで自分に言い聞かせるように、弘和は何度も胸のうちで繰り返した。
昴との時間を一番多く過ごしているのは自分だ。昴にとって特別なのは自分なのだ、と。
昴は素朴で優しく、遠慮がちながら世話焼きな面もあって愛らしい。そしてなによりやはり声が好きだった。
「ねね、昴。今度俺と配信してみる気ない?」
「僕が? 無理無理」
「なんで? 昴とゲームしてると、このまんま配信できそうな気がして」
「無理だって。僕なんにも面白いこと言えないもん」
「面白くなくったっていいんだって」
弘和の狙いは昴の声を録音しておくことだった。見た目も好きだから写真を撮らせてもらっているけど、やはり一番は声なのだ。
「いやいや、面白くなきゃだめでしょ? しかもゲームしながらなんて絶対に無理」
「生だから緊張するとか? 収録ならいい?」
「そういう問題じゃない。どっちみち緊張するし、なに喋ったらいいかわかんないし」
「だったら台本があればいい?」
「えっ?」
弘和には野望があった。昴の声をASMR用の機材で録音することだ。ASMRとは自律感覚絶頂反応の略で、聴覚や視覚を通して心地よいと感じる感覚を指す。専用のマイクで収録した音は、これまた専用のイヤホンを使うと臨場感たっぷりに刺激を受けることができる。先日兄が始めてすぐに飽きた収録用の機材が一式揃っていた。
「無理だって。ほんとに、そういうのできないから」
読んでもらいたい台本は、睡眠導入用のシチュエーション台本だった。ささやき声を録音すれば、毎晩昴の声で癒され寝付くことができる。期待した弘和だったが、朗読や演技なんてとてもじゃないが無理だとして跳ね除けられてしまった。
だから、親睦会で披露する出し物について昴が提案したときは驚いた。練習になり度胸試しにもなる。自分のために選んだのではないかと思えて嬉しくなった。
「寸劇って要は劇だよね? 六人でなにかを演じるってこと?」
「みんな得意なことがそれぞれあるから、ミュージカル的な感じで、上手くひとつにできないかなって」
どうやら昴の提案は、全員の意図を汲んだもののようだった。
小説家である高志郎が台本を書き、歌の得意な弘和の歌う場面を入れ、身体能力の高い慧人と稔がダンスをするのはどうかという。雅史は社長だから監督のようなものができるのではないかと考え、昴は裏方を全部やるつもりだからとの提案だった。
「それじゃあ、出演は三人だけってこと?」
「そうなるね。正直僕は壇上に上がりたくなくって……」
弘和は少しがっかりしたが、他の四人に不満はないようだった。どうせなにかしなきゃいけないわけだし、昴が言うならという空気だった。弘和も昴を困らせたくない。ほっとした顔を見て、反論の口を閉ざすことに決めた。
それに、今のところは出演しないつもりでいたとしても、練習を進めるうちに興味を持つかもしれない。でなくとも、自分のことをちゃんと考えてくれたのだ。昴がリーダーじゃなかったら、場馴れしているはずだと言って丸投げされていた気がする。
昴との時間も増えることだし、と弘和は持ち前の前向きさを発揮して気持ちを切り替えた。
「ねね、昴。今日はどう?」
授業が終わったらすぐに昴の席へ向かうのが日課だ。昴はいつも誰かしらに声をかけられているため、早く行かないと放課後の時間を奪われてしまう。
「今日はごめん。笹野くんに台本のアイデアについて相談したいって言われて……」
親睦会のことなら仕方がないと納得しつつ、ちらっと高志郎を睨みつけてやった。
小説のネタにしたいからって昴につきまとっている不埒な奴だ。本当に親睦会についてなのか疑わしい。
「そっか。じゃ、明日……は、配信の日だからだめだ。そしたら土曜になっちゃうし……」
「週末はコラボ配信があるもんね。ごめんね。もし時間が空くようならいつでも連絡して」
わかった、と答えた弘和は、珍しくも笑みが出ず強張ってしまった。
昴を独占したい。学校で半日一緒なだけじゃ足りない。放課後も週末も全部、昴の時間を自分のものにしたい。
出会ってから天井知らずに募っている。顔を見ていると気分は舞い上がるのに、ひとたび離れると苦しくなる。
もしかしたら、でなくともはっきりと自覚している。独占欲と愛着だ。
昴のことは友人のなかでも最も大切だと思っている。親友と感じているからこその深い友情だ。そう思うのに、友情だけじゃ表しきれないほど深いように思えて、弘和は怖さも覚え始めていた。途中で考えるのを止めないと取り返しがつかなくなるような、なにかが胸の奥にあるように思えて怖かった。
「あいつしばらく忙しくなるから、邪魔しに行くのは控えとけ」
後ろから声がして、弘和はどきっと心臓を跳ねさせ振り返った。稔だった。覚えている限り、話しかけられたのは初めてだった。
いったいなんのことだろうと怪訝な顔を向けると、稔は無愛想にも程がある顔つきで睨みつけてきた。
「おばあちゃんが自分の家に帰るらしい。昴が弟たちの世話をしなきゃいけなくなる。だから、邪魔すんな」
弘和は面食らって唾を飲み込んだ。稔はじっと威圧するようにしばし睨みを利かせたあと、言うだけ言って去っていった。
なぜ話しかけてきたのかと思えば、昴のことだった。しかも弘和すら知らない家庭の内情を知っていたうえで、釘まで差してきた。
稔が昴に執着していることは知っていた。おそらくどころか確実に全校生徒が稔の執着を知っている。
この学園には有名人や将来のスターを多く抱えている。特待生だらけのこの学園で、稔は良くも悪くもの両方の意味で目立つ存在だった。
ドームを満杯にするダンスチームのメンバーという、トップレベルの有名人ではある。しかもダンスの腕は一級品。海外のコンテストでも賞を取っているレベルだ。おまけに百八十を超える長身であり、モデルでもできそうな顔面力もある。
しかしか、だからか、騒がれることを極端に厭い、誰に対しても素っ気ない態度を取っていた。ひとりでいても平気な様子で、必要最低限の用事でもなければ人に話しかけない。プライドの高いやつだとして、お高く止まっているように見え避けられていた。
そのなかで、昴だけは唯一の例外だった。
なぜなのかはよく噂話の種になっている。稔と親しい生徒がいないせいで一向に理由はわからず、七不思議のひとつくらいには有名な謎だった。
ただ昴に対しては陰口ではなく好意的な声が多い。昴は人当たりがよく、慎ましい態度を崩さない。相手を立てる姿勢が好まれ、批判するのは稔のファンくらいだった。
「だからか?」
弘和ははっとして、独り言を吐いてしまった。
自己顕示欲の高い生徒たちのなかで、昴のような凡庸さはむしろ目立つ。特待生たちは、超高校生級の活躍をしていても、内実はごく普通の高校生だ。ファンとして賞賛されるでもなく、妬んだり揶揄してくるでもない。昴の凡庸さというのは、相手に対して分け隔てない態度を取る面に現れる。感嘆しつつも、どこか冷静なのだ。だからこそ弘和も気安い態度で接することができている。
まさか稔も昴にただならぬ感情を抱いているなんてことはないよな。
ちりっと胸に嫌なものを感じた弘和だったが、だとして片思いにちがいないと頭を振った。
稔にとって昴が唯一の存在だとしても、昴は違う。稔なんてその他大勢にすぎない。学園ではトップレベルに有名な人物だけど、人の魅力は評価だけじゃない。
まるで自分に言い聞かせるように、弘和は何度も胸のうちで繰り返した。
昴との時間を一番多く過ごしているのは自分だ。昴にとって特別なのは自分なのだ、と。



