ハイスペ特待生たち五人が平凡な僕に執着している、にわかに信じがたい話

 それから弘和は、週に二日は昴の家へ行ってゲームをして過ごすようになった。
 他の日はVチューバーとしての活動日や広報に費やしているため、自由時間のほとんどが昴との時間ということになる。
 友人はたくさんいて、呼べばすぐにでも来てくれるような親しいやつらばかりだが、弘和は昴といることを選んだ。
 昴は素朴で優しく、愛らしい。遠慮がちながらも世話焼きなところも好ましく、なによりやはり声が好きだった。

「ねね、昴。今度一緒に配信してみる気ない?」
「ぼ、僕が? 無理無理無理」
「無理じゃないって。昴とゲームしてると、このまんま配信できちゃうじゃんっていっつも思ってて」
「いやいやいやいや。僕なんにも面白いこと言えないし」
「面白いよ。楽しいし。それに面白さはそんなに重要じゃないっていうか……」

 弘和の狙いは昴の声を録音しておくことだった。見た目も好きだから写真を撮らせてもらっているけど、やはり一番は声なのだ。

「いやいや、面白くなきゃだめじゃん? しかもゲームしながらなんて絶対に無理」
「生だから緊張するとか? 収録ならいい?」
「そういう問題じゃないって。どっちにしろ緊張するし、なに喋ったらいいかわかんないし」
「だったら台本があればいい?」
「無理だって。ほんとに、そういうのできないから」

 声を録音すれば、週末や予定の合わない日にも聞くことができる。なんて期待した弘和だったが、台本があったとして朗読や演技なんかできないし、なんにせよ無理だと跳ね除けられてしまった。
 だから、親睦会で披露する出し物について昴が提案したときは驚いた。練習になり度胸試しにもなる。自分のために選んだのではないかと期待に胸を踊らせたのだ。

「ミュージカルっていっても劇だよね? 六人とも役を演じるってこと?」
「うーん……無理に演技をして欲しいわけじゃないんだけど、みんな得意なことがそれぞれあるから、劇なら全部できるかなって」

 どうやら昴の提案は、全員の意図を汲んだもののようだった。
 弘和は歌が得意だ。身体能力の高い慧人なら稔とダンスができる。小説家の高志郎に台本を書いてもらって、社長の雅史に監督をしてもらう。昴自身に関しては裏方をやればいいとの考えだったようだ。

「じゃあ、出演は三人だけってこと? 裏方なんてみんなでやって、昴も出ればいいじゃん」
「僕は無理だよ。特待生じゃないし、壇上に上がるなんて絶対に無理」

 がっかりしたが、他の四人に不満はないようだった。どうせなにかしなきゃいけないわけだし、昴が言うならという空気だった。弘和も昴を困らせたくない。ほっとした顔を見て、反論の口を閉ざすことに決めた。
 それに、今のところは出演しないつもりでいたとしても、練習を進めるうちに興味を持つかもしれない。でなくとも、自分のことをちゃんと考えてくれたのだ。
 昴との時間も増えることだし、と弘和は持ち前の前向きさを発揮して気持ちを切り替えた。

「ねね、昴。今日はどう?」

 授業が終わったらすぐに昴の席へ向かうのが日課だ。昴の周りにはいつも誰かしらが寄ってくる。早く誘わないと放課後の時間を奪われてしまう。

「今日はごめん。笹野くんに台本のアイデアについて相談したいって言われて……」

 どうやら出遅れたようだ。弘和はむっとして高志郎を睨みつけた。
 親睦会のことなら仕方がないと諦めつつ、先手を取られのが高志郎というのが面白くない。小説のネタにしたいからって昴につきまとっている不埒な奴だ。本当に親睦会についてなのか疑わしい。
 
「じゃ、明日……は、配信の日だからだめだ。そしたら土曜になっちゃうし……」
「週末はコラボ配信があるもんね。ごめんね。もし時間が空くようならいつでも連絡して」

 わかった、と答えた弘和は、笑みが出ず顔を強張らせてしまった。
 昴を独占したい。学校で会うだけじゃ物足りない。放課後も週末も全部、昴の時間を自分のものにしたい。
 出会ってから天井知らずに募っている。そばにいれば安心できるのに、ひとたび離れると苦しくなる。
 もしかしたら、なんて考えずとも自覚している。
 独占欲と愛着だ。
 昴のことは友人のなかで最も大切だと思っている。親友と感じているからこその深い友情だ。そう思うのに、たまに友情というだけじゃ表しきれないほどの底深さを感じて、弘和は怖さも覚え始めていた。途中で考えるのを止めないと取り返しがつかなくなるような、なにかが胸の奥にあるように思えて怖かった。

「じゃ、また明日ね」
 
 昴は教室から出ていった。高志郎はまだ残っているのにひとりでだ。どこかで待ち合わせしているのだろうか。考えたくないのに、考えてしまう。
 どこで会うのか、何時間の予定なのか——

「あいつはしばらく忙しくなるから、邪魔しに行くのは控えとけ」

 後ろから声がして、弘和はどきりとして振り返った。稔だった。覚えている限り、話しかけられたのは初めてのような気がする。
 いったいなんのことだろうと怪訝な顔を向けると、稔は愛想ゼロの顔で睨みつけてきた。
 
「おばあちゃんが自分の家に帰るらしい。昴が弟たちの世話をしなきゃいけなくなるから、しばらく邪魔すんな」

 弘和は面食らって唾を飲み込んだ。稔はじっと威圧するようにしばし睨みを利かせたあと、他にはなにも言わず去っていった。
 なぜ話しかけてきたのかと思えば、昴のことだった。しかも弘和すら知らない家庭の内情を知っていたうえで、釘を差してきた。
 まるで牽制か、挑発とも受け取れる。
 稔が昴に執着しているのは有名な話だった。
 この学園には有名人や将来のスターがたくさんいる。特待生だらけのこの学園で、稔は良くも悪くも目立つ存在だった。
 ドームを満杯にするダンスチームのメンバーという、トップレベルの有名人で、海外のコンテストでも賞を取っているほどダンスの腕は一級品だ。おまけに百八十を超える長身であり、モデルでもできそうなほど顔も整っている。
 しかしか、だからか、騒がれることを極端に厭い、誰に対しても素っ気ない態度を取る。ひとりでいても平気な様子で、必要最低限の用事でもなければ人に話しかけない。プライドの高いやつだとして、お高く止まっているように見え避けられていた。
 そのなかで、昴だけは唯一の例外だった。
 なぜなのかはよく噂話の種になっている。稔と親しい生徒がいないせいで一向に理由はわからず、七不思議のひとつくらいには有名な謎だった。
 ただ昴に対しては陰口ではなく好意的な声が多い。昴は人当たりがよく、慎ましい態度を崩さない。相手を立てる姿勢が好まれ、批判するのは稔のファンくらいだった。
 
「……だから?」

 弘和ははっとして、独り言を吐いてしまった。
 自己顕示欲の高い生徒たちのなかで、昴のような凡庸さはむしろ目立つ。特待生たちは、超高校生級の活躍をしていても、内実はごく普通の高校生だ。ファンとして賞賛されるでもなく、妬んだり揶揄してくるでもない。昴の凡庸さというのは、相手に対して分け隔てない態度を取る面に現れる。感嘆しつつも、どこか冷静なのだ。だからこそ弘和も気安い態度で接することができている。
 まさか稔も——
 ちりっと胸に嫌なものを感じた弘和だったが、だとして一方的な思いにちがいないと頭を振った。
 稔にとって昴が唯一の存在だとしても、昴は違う。稔なんてその他大勢にすぎない。学園ではトップレベルに有名な人物だけど、人の魅力は評価だけじゃない。
 まるで自分に言い聞かせるように、弘和は何度も胸のうちで繰り返した。
 昴との時間を一番多く過ごしているのは自分だ。昴にとって特別なのは自分なのだ、と。