ハイスペ特待生たち五人が平凡な僕に執着している、にわかに信じがたい話

「そこまで言うんなら幻滅させてみろよ」

 稔の苛立った声がして、昴は振り返った。薄暗く見えにくいが、どうやら稔も立ち上がっていたようだ。手に持っているであろうスマホの位置が高くなっている。

「見せてみろよ。今の本気を」

 目元をこすっていた昴は、はっとして身体を強張らせた。
 嫌な予感がする。思ったとき、稔の手元から音楽が流れ始めた。
 耳を塞ぎたくなる曲だ。聞きたくない。なのに、自然とリズムを取ってしまう。さっき稔が踊ったときもそうだった。振りのために手をあげ足を曲げ、ステップを踏みたくなってしまう。

「俺といたくないって言うんなら、失望させてくれ。俺にとっては今もおまえは最高のダンサーなんだ。そんなんじゃないって言うんなら、見せてくれよ。それで失望させてくれ。そしたら二度と……踊れなんて頼まないから」

 稔は煽っている。踊らせようとして、うまく口車に乗せようとしている。
 だったら逃げ出してしまえばいい。簡単だ。嫌だと言って稔を置いて先に戻ればいいのだから。
 わかっていたのに、昴は動けなかった。
 逃げ出したら稔は過去に囚われたままになる。もしかしたらだが、美化し続けるかもしれない。などと考えて躊躇してしまっていた。

「俺はおまえをずっと見ていた。忘れないように何度も思い返してきた。だから今も目に焼き付いてる。今のままだと、俺は永遠におまえを追いかけることになるんだ。ストーカー呼ばわりするほど嫌なんだったら、幻滅させてくれよ」
「そんな……ストーカーだなんて思ってないよ」
「……いいよ。今さら」
「思ってないって。稔のことそんなふうに思ったことないし……てか、嫌なわけないじゃん。ただ僕たちは住む世界が違うからって」
「だったらいいじゃん。俺とは違う世界にいるっていうんなら、証明して見せろよ。俺はおまえの隣に並びたいと思ってる。離れたいって言うんなら、突き放してくれよ」

 やはり、と昴は唇を噛んだ。稔はどうやったって踊らせるつもりらしい。いくら拒否しても諦めてくれない気がした。
 今できるのは無視をして先に戻るか、いっそのこと稔の手に乗るかのどちらかしかない。
 だったら、もうどうにでもなれと昴は考えるのをやめた。

「わかった。いいよ。そんなに幻滅したいんならすればいい。稔は僕なんかよりずっとずっと凄いダンサーなんだ。僕とは生きる世界が違うってこと、証明してあげるよ」

 昴は諦めることに慣れきっていた。だからか、ここで逃げ出したとして、この先もしつこく言われそうだと面倒になった。
 だったらとっととわからせてやったほうがいい。
 稔は天才で、自分は凡人であるということを。

「頭から流して」

 昴は軽くストレッチをして稔に言った。稔は頷くでもなくスマホを操作し始めた。
 とたんに黙り込むとは、まさか緊張しているのだろうか?
 だとしたらバカだなと思い、幻滅するだけなのにと憐れんだ。
 もうどうでもいい。どうせ稔とはわかりあえない。
 近づいたと感じた距離は、今や離れてしまった。以前のようには戻れない。いや、そもそもが過去を美化しただけの幻想でしかなかった。
 
「……六年ぶりか」

 イントロが流れて、昴は構えた。リズムを取ってタイミングを窺い、そして踊りだした。
 昔なら伸びた手が動かない。頭で考えるのと身体を動かすのとではタイムラグがある。スピードが追いつかない。身体の反応も悪く散々だ。
 どうやってもうまくいかず、下手くそな自分が苛立った。
 全然踊れていない。だけど——
 
「やばすぎるね。過去いちだめだった」

 バカみたいに浮かれた声が出た。息も絶え絶えなのに、自然と口角があがってしまう。稔のほうを見てみると、闇に溶けているかのごとくで、反応がまったくわからない。
 まあ、いいか、と昴は息を整えた。失望してようが、楽しかったのだから。
 そう、楽しかった。昴は楽しかったことに驚き、ぐんぐんと上がるテンションに身を委ねた。

「もう一回、やりたい。もう一回流してくれる?」

 昴は言いながら、できなかったところを頭のなかで振り返った。あーでこーでと動かしていると、無言のままの稔から音楽が流れ出した。
 失望しているだろうに、気を使う律儀さは変わらないな、と口元が緩む。

「ありがとう」

 言い出しっぺだから付き合ってくれているのだろう。感謝をしつつ昴は踊りだし、終えたらもう一度と頼んで踊り続けた。
 二分程度の曲だった。それを十回以上繰り返した。
 辛抱強く付き合ってくれていた稔は、ずっと黙ったままだった。

「もう、いいよ。遅くなってごめんね。戻ろ?」

 昴は晴れ晴れとした気分で稔に近づいた。

「ごめんね。調子に乗っちゃって。プロがこんな素人のダンスを見てるのは苦痛だったよね」

 しかし稔はどうしてか動かない。そこまでショックだったのだろうかと昴はうつむいた。
 せっかくあがっていたテンションが下がっていく。今さらながらバカなことをしたという羞恥に消えてなくなりたくなった。

「……さすがにキャンプファイヤーも終わってるよね。時間やばいかも」

 一向に答えない稔に耐えかねて、昴は歩き出した。すると手を掴まれ、驚く間もなく引かれたと思ったら抱きしめられた。

「みの……」

 強く力をこめられて、背の高い稔の胸あたりに顔がうずまってしまう。心臓がどきどきと早鐘を打っている。これは自分のなのか稔のなのか。どちらかのものかわからないくらい身体がぴったりと合わさって、昴の頭は真っ白になった。