ハイスペ特待生たち五人が平凡な僕に執着している、にわかに信じがたい話

 叶わないとはわかっている。それでも伝えたかった。抱きしめ返してくれるのを期待した。

「内海くんをお慕いしております。あなたはわたし以外の男では幸福になどなれません」
「ちょ、……待って。離して」
「離しません。考える時間が欲しいというだけでも、なにかお答えくださるまでは」
「でも、こんなところで……」

 高志郎は昴の言葉にはっとして力を緩めた。昴はすぐさま腕から脱け出し、距離を取るよう離れた。

「失礼いたしました。わたしとしたことが……」
「ごめん。……僕ひとりで行ってくる。誰もついてこなくていいから……」

 昴は真っ赤な顔で言うと、踵を返して走り去っていった。なにを、と振り返った高志郎は唖然とした。
 すぐ後ろに班のメンバーが揃い踏みだった。
 全員に見られていたらしい。考えたら、いや考えるまでもない。日が沈んできているとはいえ開けた場所で、照明もついているのだから。

「……ふざけたことをしてくれたな」
 
 雅史は高志郎を睨みつけると、昴の去っていたほうへ駆け出していった。どうやら追いかけるようだ。
 他の三人はといえば三者三様の表情で立ち尽くしている。

「おまえもがちだったのかよ」

 弘和は項垂れ、慧人は顔を強張らせている。稔といえばぶすっとした不機嫌な表情でそっぽを向いていた。
 そして稔は興味ないとばかりにロッジへと向かい出したが、表情ではなく行動は雄弁だ。昴のことを気にかけていなかったら聞き耳を立てるはずがない。

「お待ちください。天瀬くん、あなたのせいでしょう? 内海くんになにをしたのか話していただきたい」

 高志郎が追いかけても稔はなんの反応も見せない。バーベキューセットのところへ行って、聞こえていないかのように片付けを始めた。
 いいだろう。無視するつもりなら、答えてくれるまで問いただしてやる。こいつが昴になにかをしたのは間違いないのだから。

「あなたが内海くんを特別に思っているのはわかっております。内海くんが突然変わられたのは。おひとかたのせいとは思いませんが、あなたの様子も同時期に変わったことには違和を感じています。なにか天瀬くん、あなたが決定的なことを内海くんに告げられたのではないのですか?」

 稔は高志郎をちらと見ずに、うんざりした顔で鉄板を外してロッジへと消えていった。

「なんで天瀬なんだよ?」
「もしかして天瀬も昴に?」

 いつの間にやら弘和と慧人が後ろにいたらしい。ふたりは口々に言い、「日下部もなんじゃ……」と声を揃えた。

「日下部くんも同様である可能性は高いですね」
「なにクールぶってんだよ。まさかおまえも昴のこと好きなんて思わなかった」
 
 弘和がつっかかかってきて、高志郎は呆れを顔に出した。

「あなたの気持ちは丸わかりでしたけれども。無論、瀬戸口くんも」
「俺は笹野のこと気づいてたけど?」
「えー、ふたりともなんでわかんの? 俺なんて自分の気持ちすらわからなかったのに」

 ぎゃあぎゃあとわめきだした弘和は、数週間前にようやく自覚したらしく、その場で告白したことを話し始めた。

「昴はびっくりしてたから、だったら考えてみてって言って、わかったって言ってくれたんだけど……」
「時期としては内海くんの態度が変わってからってことですか?」
「そう。元気がないっていうか、このままじゃまずいって思って、それで……」

 やはりな、と高志郎は腕を組んだ。慧人のほうを見てみると、あからさまに動揺を表に出している。こいつもか。

「瀬戸口くんも告白したタイミングは同じですか?」
「はあっ? お、俺?」
「あなたも言ったんでしょう?」
「俺はなにも……」
「がちで? みんな告ってんの?」
「みんなって……そうか、昴は告られたことないって言ってから」
「てことは、瀬戸口くんが一番先に告白されたのですね」
「えっ……あ……」
「がちでかよ? でも付き合ってないよな?」
「それは……」
「現在、誰ともお付き合いしていないのは間違いないと思います」
「……よかった。てことは昴が暗いのは友達だと思ってたやつらから告られたせい? 言うタイミング、ミスっちゃったかな?」

 和弘は誤解している、と高志郎は思った。
 タイミングは問題じゃない。おそらくだが、本命からはなにも言われていないからではないか。
 高志郎はふたりと話していて、最も考えたくない結論に達した。
 昴にとっての自分は、その他大勢のひとりにしかすぎないということ。
 自分にとって昴は唯一無二の相手であったけど、昴にとっては違う。だから特別になろうと、他とは違った態度をとっていたけれど、稔という存在は想像以上に大きかった。
 わからない。あいつと自分のなにが違うのか——。

「くそ……」

 高志郎の口から生まれて初めて悪態が出た。
 これまではどれほど頭のなかに罵詈雑言が渦巻いていようと、相手がどれほど不愉快であっても、口にしなかった。
 両親と同じ土俵に落ちたくなかった。丁寧な態度を心がけていたのに——
 高志郎は衝動に任せてロッジへ向かった。キッチンのほうから水道の使う音がする。大股で行って、数歩の距離で足を止めた。

「内海くんに謝罪していただきたい」

 稔はごしごしと鉄板を洗っていた。またも無視されたが、眉根が不快げに皺寄ったのは見えた。

「……このままでは内海くんはキャンプを楽しめません。あなたがなにかをしたとして、ならば休んでくださればよかったのに、なぜいらっしゃったのですか? おふたかたとも気まずい思いをされて、同じ班の我々こそ不愉快です」
「不愉快って言うなら、俺のほうだ。ぐだぐだ喋ってる暇があんなら手伝えよ。俺しかやってねえじゃん」
「あなたが内海くんの元へ行ってくださるのなら、わたしが代わりましょう」
「……代わる必要なんてないから、やるべきことをやれよ」
「正論ですね。……やりましょう。ですがキャンプファイヤーが始まる前に内海くんの元へ行って——」
「必要ない」
「なくはないでしょう。あなたのせいで——」
「俺じゃない。おまえらだろ」
「おまえら、とは? わたしも含めていらっしゃるのですか?」
「当たり前だ。ストーカーレベルに昴を見ていて気づかないとか、頭んなか花畑だな。おまえらが惚れた昴の部分は、あいつが見せかけてる上っ面なんだよ。おまえらに興味があったり、尊敬してるからじゃない。好かれるためにやってたわけでもない。あいつは自分を殺すためにおまえら特待生に近づいたんだ。自分の首を締めるためにな。だからおまえらには新鮮に見えたんだろ。おまえらは本当の昴を知らないまま、上っ面で惚れただけだ」

 思っても見なかった言葉が返ってきて、高志郎は言葉に詰まった。
 本当の昴とは? 自分を殺すためとはどういうことなのか。
 理解が追いつかず、言い返す言葉がなにも思いつかない。

「そんなやつらに告られたって困る以外の反応はないだろ。多少は嬉しいだろうけど、好意を持たれたら嬉しいとか、そんなレベルでしかない。だから告ったところで叶う見込みなんてないんだよ。ばっかじゃねえの?」

 稔は言いながら興奮してきた様子で語気を強めた。あまりの言いようにかっとした高志郎だったが、何度鉄板を擦り続けても止めようとしない稔を見て、少し冷静になってきた。
 自分に言い聞かせているみたいだ、と思った。

「ということは、あなたは告白するつもりがないと?」
「……俺の話を聞いてなかったのか?」
「聞いておりましたよ。一語一句逃さずね。ですから伺っているのです」
「……んなばかな真似をするかよ」
「ばかな真似? あなたはしたから怒りを買っていらっしゃるのでは?」

 稔はうつむき、耳障りなほどのため息をついた。

「おまえに関係ないだろ」
 
 ずばりをつけたらしいが、そんなことは望んでいない。稔を揶揄したって何にもならない。いま重要なのは、昴が以前のように戻ることだ。
 たとえ稔の言い分が事実だとして、上っ面だけの愛想だったとしても、元気がないのは演技じゃない。それだけは間違いないと高志郎は思えた。

「関係なくとも、内海くんが心配なのです。あなたも気にかけていらっしゃるのでしょう? でしたら彼を元気づけたらいかがですか?」
「元気づけるより片付けろ。戻ってきてまだ片付いていなかったらそれこそ昴が困るだろ」

 再三に渡って道理を説かれて、さすがの高志郎も白旗を上げた。

「承知いたしました」

 ただし、終わったらその限りではない。昴が戻ってくる前に説得はしてやる。そのためにはとっとと終わらせよう。
 高志郎は腕まくりをし、キッチンを出て弘和と慧人を呼びつけた。