ハイスペ特待生たち五人が平凡な僕に執着している、にわかに信じがたい話

 笹野高志郎は思い悩んでいた。
 キャンプ当日となった今日、天気は五月晴れで気候は心地良い。しかし、班の雰囲気はぎくしゃくとしていて、以前とはあからさまなほどに空気が違っていた。

「昴、見て見て! キャンプファイヤーっぽい?」

 弘和が作業の手を止めて声をかけても、昴は黙々と荷物を運んでいて聞こえない様子だ。無視された弘和が憐れに思えて、高志郎は近づいた。
 
「……いいと思います。もう少し安定させたほうがいいと思いますが」
「えー、どうやったらいいの? 昴わかる?」

 戻ってきた弘和がもう一度声をかけたが、昴はちらっと見て「わかんない」と答えただけでロッジのほうへ向かっていった。
 すると、しょんぼりとした弘和の後ろから、慧人が現れた。

「昴って、体調悪いのかな?」
「あっ、具合い悪いの?」
「いや、聞いたわけじゃないんだけど……元気ないし、なんか機嫌が悪いっていうか」
 
 どうやら慧人も無視をされたらしい。昴らしくない反応から精神的なものではなく体調のほうである可能性を考えたようだ。

「俺のせいかな?」

 弘和がぽつりと言い、慧人はぎょっと肩をびくつかせた。

「まさか……東も——」

 言いかけてはっとした慧人は「なんでもない」と言ってロッジのほうへ走り去っていった。

「も、ってなに? もしかして瀬戸口も告ったのかな?」

 ということは弘和もか、と合点のいった高志郎は、複雑な気分でメガネのブリッジをあげた。
 班の変化の主な理由は昴の様子が原因だった。最近の昴は珍しくも苛立っていたり、思い悩んでいたりと情緒が安定していない。自分から積極的に話しかけたりしなくなっていた。声をかけられても素っ気ないときがあったりして、班のメンバーに限らずクラスの連中も気にかけているほどだった。
 要因は弘和と慧人による告白だったのかもしれない。
 だとしたら、出し抜かれた——。
 舌打ちをしたい衝動に駆られた高志郎だが、むしろ今の立場はチャンスかもしれないとも考えた。
 高志郎はどうすべきか頭をめぐらせつつ、班のメンバーとキャンプファイヤーの準備に戻った。終わらせたあとは夕食づくりだ。ロッジの前でバーベキューをするために、キッチンで食材をカットする。

「これで全部か?」
「だね。そろそろ焼き始めようか」

 普段から料理をしているという稔と雅史が主導して準備を進め、整ったところでバーベキューを開始した。

「いい匂い〜。昴はまずどれを食べる?」
「……どれでもいいよ。僕のことは気にせず食べなよ」

 弘和はへこたれるというのを知らないらしい。めげずにせっせと昴に声をかけている。

「コーラとファンタ、昴はどっちがいい?」
「どっちも要らないよ。いま烏龍茶飲んでるから……」

 慧人も負けじと声をかけているが、同じように素気なくされている。
 近くのロッジからは賑やかしい声が聞こえていて楽しげなのに、この班は盛り上がる兆しもなく、肉の焼ける音が響くばかりだ。ひどく物寂しく、一段と空気が重々しく感じてしまう。

「……さすがにいい肉を使っているな」

 雅史だけがマイペースに焼き奉行をして、ひょうひょうとぱくついている。それにつられてか、会話は盛り上がらなくとも腹は違うとばかりに焼いたそばから消えていき、あっという間にトレーは空になった。

「花火もらってくるね」

 片付けに移行しようかというとき、昴が名乗りを上げて教師たちのいるロッジへと向かいだした。
 高志郎は自分からがつかつと行くタイプではない。遠目からじっくりと観察をして、ここぞというときを見計らう。失敗など自分には似つかわしくないとの考えからだが、そんな場合じゃないと思い切ることに決めた。

「お待ちください。ご一緒いたします」

 片付けるにしても四人いれば十分だろう。花火の他にバケツなども必要だからと、高志郎は昴を追いかけた。

「ひとりで持てるよ」
「ですが、もう暗くなっておりますし」
「だからって関係ないよ。男だし、こんな場所で危険なんてないし」

 愛想よく快諾すると思いきや、やはりいつもの昴とは違っている。相当参っているようだ。

「内海くん、ひょっとして天瀬くんとなにかあったのですか?」

 もしやと考えていた理由でかまをかけると、昴の足取りが急に重くなった。

「……なんで稔? なんにもないよ」
「天瀬くんは、内海くんを避けていらっしゃる唯一の方だからです」

 なおも指摘をしてみたとたん、昴は足を止めてしまった。
 やはり、と高志郎も倣って足を止め、昴を見た。うつむいていて表情はわからない。言葉を選んでいるのか考え込んでいる様子だ。
 高志郎の見立てでは、昴の不調は弘和や慧人ではないように思えた。唯一稔だけが昴を避けている。そのことが昴の様子以上に引っかかっていた。
 稔は昴だけを特別扱いしていた。他の生徒とは明確に態度を変え、自分から話しかけたりとあからさまだった。なのに喋らなくなったばかりか、視線を送ることもしない。数週間前から会議のときもいっさい口を開かず、当日になった今日も義務を淡々とこなしているだけだ。キャンプに来ないつもりなのかと思っていたくらいだった。

「避けてるとか、そういうんじゃないよ。有名人が僕みたいな凡人と絡む必要ないってだけだって」

 昴は冷めた声で吐き捨てると、ぎくしゃくと歩き出した。
 卑下するようなことを言うなんて、ますます昴らしくない。
 それら反応から導き出せるのは、悔しいことに昴にとって稔はよほどの影響力があるということだ。
 冷静に努めようとしていた高志郎だが、腹の底からぐつぐつと苛立ちがせり上がってこめかみがひくついた。
 昴にとっても稔が特別な存在であろうことは察していた。稔にだけ見せた笑みはいまだ目に焼き付いている。自宅の最寄り駅で見たあのとき以来、自分にも向けてくれないものかと願い、親しくなろうと努力していた。
 しかし、いまだ実現していない。

「最も可能性が高いのは、現状天瀬くんということですか?」

 追いかけて高志郎が聞くと、昴は肩を震わせ態勢を崩した。

「……ごめっ」
「お気をつけください」

 転びそうになったのを支えてやったとき、触れた昴の腕は発熱したみたいに熱くなっていた。そのことで、高志郎は確信した。
 昴を動揺させてやれるのは、間違いなく稔だけだ。どういった感情からなのかなんて考えたくもないが、和弘や慧人じゃできない。ましてや自分すらも眼中にないのは確実だとわかってしまった。
 
「憂慮されていらっしゃる主因は同性同士だからですか? それとも人気グループのメンバーだから?」

 口にするつもりはなかった。けれど堪えきれなかった。

「でしたら、天瀬くんなんてやめたほうがいい。彼はこの先もっと有名になるのですから」
「さっきからどうしたの? 稔はなにも関係ない——」
「関係ないなんて言わないでください」

 高志郎は止まらなくなり、掴んだ昴の腕をそのまま引き寄せ、抱きしめた。
 
「わたしでしたら内海くんを不安にさせはしません。お約束いたします。小説家というのは地味な職業ですから、あまり表舞台には出ませんし……出るくらい有名になるつもりではありますが、だとしてもダンスグループのメンバーなんかの芸能人とは違います。文化人ですから、恋愛沙汰やお相手に関して根掘り葉掘りされることもありません」
「笹野く——」
「わたしにしたほうがいい。あらゆる観点から鑑みて、あなたに相応しい男はわたしです。わたし以外にいないと断言できます。わたしが必ずやあなたを幸福にして差し上げますから」

 なぜ昴が稔を特別に思うのか。美貌やスタイルのよさのせいか。学園で一番の有名人だからか。
 そうじゃないと高志郎は思った。昴はミーハーなタイプじゃない。特待生たちと接するときも、昴だけは気負ったり気後れしたりはしなかった。相手が有名だろうと関係なく、同じ高校生として接して、それでいて能力の高さを褒めてくれていた。
 ——さすがだね。
 同じ言葉でも、昴の口から出るときだけ違う響きを帯びていた。だから特別だった。
 だから、好きになった。
 高志郎は昴を抱く腕の力をぐっと強めて、抱きしめ返してくれるのを期待した。