「とりあえず、どっか行こ。お店に入ろうか」
昴から手を取られて弘和はびくと身体を震わせた。掴まれた腕から熱が伝導し、血の気が引いていたはずの身体が発火したみたいに熱くなっていく。
手を握ってくれた。どうして?
汗ばんでいないだろうか。湿っていて不快に思われないだろうか。
申し訳なさで気分を沈めていたのに、一瞬にして緊張と高揚で胸がどきどきとし始めた。
「スタバでいい?」
コーヒーショップへ来たらしい。弘和はようやく顔をあげて、カウンターで注文をする昴の背中を視界に入れた。
「フラペチーノにする?」
ぱっと昴が振り向いて、弘和はますます全身を熱くした。
いつもどおりの昴の笑みだ。愛らしく魅力的で、声と同様にいつまでも眺めていたいと思う大好きな笑顔。
「もしかして、まだ体調が悪い?」
昴が心配げに覗き込んできて、心臓がさらに鼓動を速めた。
「……かも」
「がちで? だったら、帰る?」
「大丈夫! ……少し休んでいたら落ち着くと思う」
「ほんと? でも、とりあえずコーヒーもらってくるね」
昴がカウンターへと戻っていく。席は奥まった場所で、店内は空いていた。
人気店なのに珍しい。近くでイベントでもあるのだろうか。
いつもならスマホを取り出して検索していた弘和だが、今日はポケットに手を入れたまま動かせないでいた。昴から目を離せない。他のことなんて全部どうでもよかった。
「一応、水ももらってきたよ。カフェインだと体調に影響するかもって」
「……ありがとう」
「買い物は別の日にする?」
「えっ、なんで?」
「だって、あちこち回らなきゃだし……」
「大丈夫だって」
「でも、まだキャンプまで時間があるし、元気になってからのほうがいいんじゃないかな」
昴の表情からはまったく真意を読み取れない。いつもどおり優しくて、ほっとしているのか、残念に思っているのかわからない。
どうしたら本音が読み取れるのだろう。
昴の気持ちを汲み取ろうとし始めた今、弘和は不安でたまらなくなっていた。
「大丈夫だって。昴と行くんなら今日しかないし」
「……そう言ってもらえて嬉しいけど、でもおすすめとかできないし、僕と買いに行ったからって得することはないと思うけど」
「得とかじゃないんだって! 昴と行くことに意味があるんだって!」
大きな声が出てしまって、昴は驚いた顔をした。
「……ヒロに仲良くしてもらえて嬉しいけど、僕なんか大したことないっていうか、ヒロほどの人にそこまで言われるような人間じゃないよ?」
昴の本音が少しだけ見えた。
親友だよねと、これまで何度も繰り返し念を押してきた。昴はそうだね、と気恥ずかしげに同意してくれていた。
でも、こんなふうに気後れした反応を見せている。
いくら長く一緒にいても、昴は心を開いていない。
こんなんじゃダメだ。親友だけじゃ足りない。もっと近い関係にならないといけない。
なりたい、と弘和は強く思った。そして自分に発破をかけて、深く息を吸い込んだ。
昴に想いを伝えなきゃ——。
「昴のこと好きなんだ」
「えっ?」
「親友とかって言ってたけど、そんなんじゃ足りない。好きってのは、恋人になりたいっていう意味なんだ」
「は、えっ? こっ……ごめん、聞き間違えたかも」
「聞き間違えてない。恋人になりたいって言った。昴と付き合いたい。親友よりもっと深い関係になりたいんだ。俺の彼氏になって」
「か、彼氏?」
昴は目をしろくろとさせ、みるみる顔を赤くしていく。
寝耳に水といった反応だ。当然だろう。男が男に告白をして驚かないやつは珍しい。もともと同性愛者であっても同様なはずだ。
なのに、弘和の口からはすんなりと出た。考えたこともなかったのに、声に出して驚きもなかった。むしろ自分の気持ちがわかってすっきりしたくらいだった。
これまで抱えていた昴に対する想い。気づいたらなにかが変わってしまうと思って怖かった。蓋をしていた昴への想いは、口にしたら簡単だった。
恋人になれば昴を独占できる。そしたら、大切にしてやれる。恋人として当然のようにそばにいたら、他のやつらに煩わされることもない。めいいっぱい昴に与えてやれる。
「冗談じゃないよ。本気だよ。俺より親しいやつがいないっていうんなら、試しに俺と付き合ってよ。そんなにすぐキスとかしたりはしないから」
「キ、ス……って、え? がちで言ってんの?」
「がちだよ。俺は昴とそういうことしたい。さっきみたいに手を繋いで歩きたいし、一緒に帰ったり、会える日は毎日会ったりとか電話したりもしたい」
「そ、え……」
昴の頬がみるみる赤くなっていく。めちゃくちゃかわいい。
弘和は好意を自覚したとたん、テーブル越しの距離がもどかしくなってきた。
「さっきまでは俺も自覚してなかったっていうか、前から昴のことは特別に思っていたけど、友情じゃ収まらないって気づいたのは、今だったんだ」
弘和は言いながら席を回り込み、昴の隣に腰を下ろした。空間的な距離が縮んで心臓が跳ね上がる。昴のほうは椅子を動かす勢いで怯んだ様子だったが、今が勝負どきだという思いで遠慮はしなかった。
「俺のことどう思ってる? 答えは急がないから、可能性があるかどうかだけ教えて欲しい」
昴は真っ赤な顔で目を逸らしている。言うだけ言ったのだし、このくらいにしておくべきだ。これからは昴の気持ちを汲もうと誓った。奪ってばかりいるのはやめようと決めたのだから。
弘和は辛抱強く待った。昴は困ったように弘和をちらちらと見て、しばらく躊躇った様子を見せた。やがて決意したようにふうと息を吐き、言いづらそうにしながらも話しだした。
「……僕は……僕もヒロのこと好きだけど……友達としてっていうか、クラスメイトとしてっていうか……付き合うとか……考えたことなかったから……」
言い終えて、昴はうつむいた。気が咎めているのだろう。
結果としては振られたことになる。けれど弘和は嬉しくてたまらず、口角がひくひくと動いて笑みを堪えきれなかった。
「わかった。ありがと。拒否らないでいてくれただけで嬉しい。これから色々がんばるから」
突然だったのだし、すぐにオーケーされるはずがない。自分の気持ちを自覚して、伝えられただけで十分だ。
そのうえなによりの収穫だったのは、待てば本心を話してくれるとわかったことだ。これからもこんなふうにして昴の言葉を聞いていけばいい。そうしたら関係は深くなっていくだろうし、昴にとって自分は唯一無二の存在となっていくに違いない
そう、すべてはこれからだ。
「……が、がんばるっていうのは……」
「昴になにかをして欲しいわけじゃないよ。ただ、これからも俺と遊んでくれると嬉しいってだけ。それだけだよ」
「う……うん……ヒロとは友達でいたいとは思ってる。けど……」
「でも、なかったことにはしないよ。俺が昴を好きってことだけは忘れないで。そんで、昴のことをもっと教えて欲しい。考えていることとか、好きなこととか、全部知りたい」
弘和は言い、勢いそのままに質問を浴びせ始めた。昴はたじたじとなりながらもひとつずつ答えてくれた。
昴のことを知るたびに距離が縮んでいく気がした。もっとたくさん昴を知って、昴の求めているものを与えていこうと思った。
そうしていつか振り向いてくれたらいい。
弘和はいつもの元気を取り戻して、その後はあちこち昴を連れ回し、ふたりで楽しい時間を過ごした。
昴から手を取られて弘和はびくと身体を震わせた。掴まれた腕から熱が伝導し、血の気が引いていたはずの身体が発火したみたいに熱くなっていく。
手を握ってくれた。どうして?
汗ばんでいないだろうか。湿っていて不快に思われないだろうか。
申し訳なさで気分を沈めていたのに、一瞬にして緊張と高揚で胸がどきどきとし始めた。
「スタバでいい?」
コーヒーショップへ来たらしい。弘和はようやく顔をあげて、カウンターで注文をする昴の背中を視界に入れた。
「フラペチーノにする?」
ぱっと昴が振り向いて、弘和はますます全身を熱くした。
いつもどおりの昴の笑みだ。愛らしく魅力的で、声と同様にいつまでも眺めていたいと思う大好きな笑顔。
「もしかして、まだ体調が悪い?」
昴が心配げに覗き込んできて、心臓がさらに鼓動を速めた。
「……かも」
「がちで? だったら、帰る?」
「大丈夫! ……少し休んでいたら落ち着くと思う」
「ほんと? でも、とりあえずコーヒーもらってくるね」
昴がカウンターへと戻っていく。席は奥まった場所で、店内は空いていた。
人気店なのに珍しい。近くでイベントでもあるのだろうか。
いつもならスマホを取り出して検索していた弘和だが、今日はポケットに手を入れたまま動かせないでいた。昴から目を離せない。他のことなんて全部どうでもよかった。
「一応、水ももらってきたよ。カフェインだと体調に影響するかもって」
「……ありがとう」
「買い物は別の日にする?」
「えっ、なんで?」
「だって、あちこち回らなきゃだし……」
「大丈夫だって」
「でも、まだキャンプまで時間があるし、元気になってからのほうがいいんじゃないかな」
昴の表情からはまったく真意を読み取れない。いつもどおり優しくて、ほっとしているのか、残念に思っているのかわからない。
どうしたら本音が読み取れるのだろう。
昴の気持ちを汲み取ろうとし始めた今、弘和は不安でたまらなくなっていた。
「大丈夫だって。昴と行くんなら今日しかないし」
「……そう言ってもらえて嬉しいけど、でもおすすめとかできないし、僕と買いに行ったからって得することはないと思うけど」
「得とかじゃないんだって! 昴と行くことに意味があるんだって!」
大きな声が出てしまって、昴は驚いた顔をした。
「……ヒロに仲良くしてもらえて嬉しいけど、僕なんか大したことないっていうか、ヒロほどの人にそこまで言われるような人間じゃないよ?」
昴の本音が少しだけ見えた。
親友だよねと、これまで何度も繰り返し念を押してきた。昴はそうだね、と気恥ずかしげに同意してくれていた。
でも、こんなふうに気後れした反応を見せている。
いくら長く一緒にいても、昴は心を開いていない。
こんなんじゃダメだ。親友だけじゃ足りない。もっと近い関係にならないといけない。
なりたい、と弘和は強く思った。そして自分に発破をかけて、深く息を吸い込んだ。
昴に想いを伝えなきゃ——。
「昴のこと好きなんだ」
「えっ?」
「親友とかって言ってたけど、そんなんじゃ足りない。好きってのは、恋人になりたいっていう意味なんだ」
「は、えっ? こっ……ごめん、聞き間違えたかも」
「聞き間違えてない。恋人になりたいって言った。昴と付き合いたい。親友よりもっと深い関係になりたいんだ。俺の彼氏になって」
「か、彼氏?」
昴は目をしろくろとさせ、みるみる顔を赤くしていく。
寝耳に水といった反応だ。当然だろう。男が男に告白をして驚かないやつは珍しい。もともと同性愛者であっても同様なはずだ。
なのに、弘和の口からはすんなりと出た。考えたこともなかったのに、声に出して驚きもなかった。むしろ自分の気持ちがわかってすっきりしたくらいだった。
これまで抱えていた昴に対する想い。気づいたらなにかが変わってしまうと思って怖かった。蓋をしていた昴への想いは、口にしたら簡単だった。
恋人になれば昴を独占できる。そしたら、大切にしてやれる。恋人として当然のようにそばにいたら、他のやつらに煩わされることもない。めいいっぱい昴に与えてやれる。
「冗談じゃないよ。本気だよ。俺より親しいやつがいないっていうんなら、試しに俺と付き合ってよ。そんなにすぐキスとかしたりはしないから」
「キ、ス……って、え? がちで言ってんの?」
「がちだよ。俺は昴とそういうことしたい。さっきみたいに手を繋いで歩きたいし、一緒に帰ったり、会える日は毎日会ったりとか電話したりもしたい」
「そ、え……」
昴の頬がみるみる赤くなっていく。めちゃくちゃかわいい。
弘和は好意を自覚したとたん、テーブル越しの距離がもどかしくなってきた。
「さっきまでは俺も自覚してなかったっていうか、前から昴のことは特別に思っていたけど、友情じゃ収まらないって気づいたのは、今だったんだ」
弘和は言いながら席を回り込み、昴の隣に腰を下ろした。空間的な距離が縮んで心臓が跳ね上がる。昴のほうは椅子を動かす勢いで怯んだ様子だったが、今が勝負どきだという思いで遠慮はしなかった。
「俺のことどう思ってる? 答えは急がないから、可能性があるかどうかだけ教えて欲しい」
昴は真っ赤な顔で目を逸らしている。言うだけ言ったのだし、このくらいにしておくべきだ。これからは昴の気持ちを汲もうと誓った。奪ってばかりいるのはやめようと決めたのだから。
弘和は辛抱強く待った。昴は困ったように弘和をちらちらと見て、しばらく躊躇った様子を見せた。やがて決意したようにふうと息を吐き、言いづらそうにしながらも話しだした。
「……僕は……僕もヒロのこと好きだけど……友達としてっていうか、クラスメイトとしてっていうか……付き合うとか……考えたことなかったから……」
言い終えて、昴はうつむいた。気が咎めているのだろう。
結果としては振られたことになる。けれど弘和は嬉しくてたまらず、口角がひくひくと動いて笑みを堪えきれなかった。
「わかった。ありがと。拒否らないでいてくれただけで嬉しい。これから色々がんばるから」
突然だったのだし、すぐにオーケーされるはずがない。自分の気持ちを自覚して、伝えられただけで十分だ。
そのうえなによりの収穫だったのは、待てば本心を話してくれるとわかったことだ。これからもこんなふうにして昴の言葉を聞いていけばいい。そうしたら関係は深くなっていくだろうし、昴にとって自分は唯一無二の存在となっていくに違いない
そう、すべてはこれからだ。
「……が、がんばるっていうのは……」
「昴になにかをして欲しいわけじゃないよ。ただ、これからも俺と遊んでくれると嬉しいってだけ。それだけだよ」
「う……うん……ヒロとは友達でいたいとは思ってる。けど……」
「でも、なかったことにはしないよ。俺が昴を好きってことだけは忘れないで。そんで、昴のことをもっと教えて欲しい。考えていることとか、好きなこととか、全部知りたい」
弘和は言い、勢いそのままに質問を浴びせ始めた。昴はたじたじとなりながらもひとつずつ答えてくれた。
昴のことを知るたびに距離が縮んでいく気がした。もっとたくさん昴を知って、昴の求めているものを与えていこうと思った。
そうしていつか振り向いてくれたらいい。
弘和はいつもの元気を取り戻して、その後はあちこち昴を連れ回し、ふたりで楽しい時間を過ごした。



