ハイスペ特待生たち五人が平凡な僕に執着している、にわかに信じがたい話

 東弘和は、数日前からいつも以上に昴を注視していた。
 いつからなのか。明確な日は朧げだが、様子にかなりの変化があって気にかかっていた。特に稔に対してだけは、やけに尖った態度を取っていたり、他にも以前より笑顔が減ったような気もして、なにかがあったのは間違いないと心配していた。

「ねえ昴。今度の土曜、買いものに行かない? キャンプに持っていくもの揃えなきゃじゃん?」
「土曜……って、配信の日じゃん?」
「うん。でも一日くらい休んでもいいかなって」
「……休んだりしていいの? 今は大事な時期だとか言ってなかったけ?」
「あ、うん。バズったからチャンスとか思ってたけど、でも買い出しも必要だし」
「放課後に行けばいいじゃん。来週から午後の授業が減るんだし」
「まあ、そう……なんだけど……」

 昴と休日も会いたいからだよ、なんて以前ならすっと口に出せていたはずが、今はためらいが出てしまった。
 断られる気がしたからだ。
 これまで昴は誘いに必ず乗ってくれていた。どうしてもという理由があるときは心底申し訳なさそうに、何度も謝罪の言葉を口にしていた。
 でも今の昴は当然のように断って、なにも悪びれない気がした。だからって不満に思ったりはしないけれど、昴らしくない一面を見るのは怖い。
 弘和は迷い、かといって怖気付いていては何も変わらないしと、持ち前の前向きさで不安を振り払った。

「じゃあ、今日買いに行かない?」
「今日? 来週じゃなくて?」
「来週でもいいけど、今日がいいかなって」
「うーん……」
「おばあちゃんはまだ自宅?」
「そう……少しなら大丈夫だと思うけど、弟たち塾に通い始めたから、送り迎えしなきゃいけなくて……」

 昴の顔がみるみる曇っていく。だめっぽい。このままじゃまずい。

「じゃじゃ、やっぱ土曜に行こう! 昴と買いに行きたいんだ」
「なんで?」
「なんでって、俺ら親友じゃん? 班も一緒だし」

 昴は眉根を寄せ、考え込む様子を見せた。
 嬉しくも悩ましいことに、キャンプの班は親睦会で決められた班をそのままスライドするかたちとなった。時間がないなかでスムーズに進行するためと、高志郎がした提案がそのまま通ったのだ。
 ラッキーと思った弘和だが、不満もないではなかった。
 班のメンバーは全員油断がならないからだ。みな昴を目的として集まってきたように見え、弘和と同様に他のメンバーにまったく興味がないばかりか、昴を取り合っているような状況だった。
 そうだ。改めてメンバーの昴に対する態度を思い出した弘和は、やはりここで引いてはならないと奮起した。

「早めに準備しておきたくない? 先に買っておけば余裕ができるし」
「確かに……」
「それに俺らあんま遊びに出かけたことないじゃん? 買い物がてら遊ぼうよ」
「…………うーん」

 昴は言葉少なで、あまり前向きではなさそうだ。それでもと弘和は畳み掛け、めげずに誘い続けた。すると予鈴が鳴ったころになって、ようやく昴は承諾してくれた。

「いいよ。何時にする?」
「十時に駅前は?」
「……わかった」

 いつもの昴じゃない。笑みに力はなく、いやいやではなくとも気が乗っていないことはありありと伝わった。
 やはり元気がない。態度の変化が稔に対してだけだったら、なにか無礼を働いて怒りを買ったのだろうと納得できるが……と、弘和は考えて、はっと気がついた。

 ——もしかして昴、俺にも苛ついてる?

 弘和は、昴が苛立っているところを見たことがなかった。よそよそしい態度を取られたのもしかりだ。
 初めて会ったときから昴はにこにことして、どんなときも近寄りがたく感じたことはなかった。
 なぜ今日に限って、と考えてもわからなかった。普段の昴がなにを考えていたのかも思い出せない。というより考えたことすらなかったと気がついた。
 毎日昴と話していたが、今思えば対等とはいえない関係だった。一方的に弘和が話して、昴は反応を返すだけの会話しかしていなかった。熱心に耳を傾けてくれるのが嬉しくて、弘和のほうから昴のことについて聞くことなんてほとんどなかった。
 声が聞きたかったから、聞けたら内容はなんでもよかった。
 もしかしたら自分は昴の上っ面だけしか見ていなかったのかもしれない——。

「次のページ、頭から訳して」

 弘和が呆然としていると、いつの間にやら英語の授業が始まっていた。
 手元の教科書は見当違いのページが開かれていて、慌てて今読まれている箇所を探した。
 最近は英語の授業を真面目に受けるようにしていた。英語の曲を上手く歌えるようになりたかったからだ。
 なのに、まったく頭に入ってこない。
 昴のことを考えて集中できない。
 自分のことが嫌だったのだろうか。優しいから、付き合ってくれていただけなのだろうか。
 思い返すほどに、血の気が引いていく。
 ふたりでいるのに、弘和が気持ちよくなるばかりだった。昴のことはなにも気にしていなかった。これっぽっちも。いつも、自分のことばかりだった。

「すみません、気分が悪いので保健室に行っていいですか?」

 弘和は許可を経て教室を出た。保健室へ行って数分過ごしたあと、体調が回復しないからと言って帰宅した。逃げ出したのだ。
 昴と同じ空間にいることが耐えがたかった。今さらすぎるが、あまりに身勝手だった過去の振る舞いが恥ずかしく、居た堪れなかった。
 自宅に帰ってベッドに寝転びながら、弘和は過去の自分を思い返した。
 苦しかった。
 記憶にあるどんな場面でも昴は嬉しそうに満面の笑みを浮かべていた。だから当たり前だと思っていた。自分はVチューバーでも人気なほうで、歌えば百万再生はいく。自信満々で、自分といれば昴は喜び、親友と言われることを誇らしく感じていると思い込んでいた。
 そんなわけあるか。
 傲慢にも程がある。
 涙が滲むほどの後悔に襲われた弘和だが、時間は無情にも過ぎていく。配信の時間になってしまった。弘和はのろのろと準備をして、普段の自分を呼び覚まそうと気合いを入れた。
 しかし結果は散々だった。
 コメントは体調を気遣うものばで埋め尽くされていた。テンションはまったく上がらず、普段の弘和からは程遠いひどい内容だった。ただ精神的に参っているとは思われていないようだった。
 ずるいとは思いつつほっとした弘和は、その思い違いに乗るかたちで配信仲間に連絡を入れた。土曜の配信は体調がわるいから休みたいと嘘をついた。心配してくれて、問題なく休むことができた。
 いつもならラッキーくらいにしか思わないのに、今日の弘和はそんな自分の振る舞いにうんざりした。
 テンションは下がったまま、学校へ行く勇気も出ず、だらだらと自宅で過ごして土曜日がやってきた。
 
「さすがヒロ。時間よりも早いね。僕も早く出たつもりだったんだけど、負けちゃった」

 待ち合わせ場所にやってきた昴は、以前と同じ陽気な様子だった。弘和は泣きそうになった。ほっとしたことが、嫌でたまらなかった。
 昴から奪ってばかりいる。なにも与えられていないのに。

「ごめん、昴……俺といても本当は楽しくないんだよね? 気づかなくてごめん」
「えっ? いきなりどうしたの?」
「昴には天瀬や瀬戸口とか、笹野も日下部もいるし、仲のいいやつらはいっぱいいて、俺なんかといても全然だよね」
「なに言ってんの? ヒロといる時間が一番長いよ?」
「長いって……そんなの俺が誘ってるからじゃん。本当は他のやつらといたいんじゃない?」
「そんなことないよ。てかほんとうにどうしたの? ……ちょっと待って。泣いてないよね?」

 うつむいていた弘和の耳に、おろおろとした昴の声が聞こえてくる。雑踏のなかでも聞き逃さない。中性的で明瞭とした魅力的な声だ。
 この声に惹かれた。そして優しさや気遣いに頼ってしまうようになった。
 他の友人たちとは違って、昴は自分からなにかを奪おうなんてしなかった。利用してやろうとか、友人であることを自慢しようともしなかった。ごく普通の友人として接してくれて、そのうえで立ててくれていたから居心地がよかった。
 そんな考えだからだめなんだ。
 これ以上、昴からは奪いたくない。これからはなにかを与えてやりたい。