ハイスペ特待生たち五人が平凡な僕に執着している、にわかに信じがたい話

 絶対に来いという気迫で頼むと、昴は困惑しながらもついてきてくれた。

「でも、十分くらいしかないよ?」
「は? ……親御さんの問題?」
「えっと……ヒロの配信があるから」

 稔は空を仰ぎたくなった。舌打ちもどうにか堪えて歩みも止めず、拳だけを強く握った。
 自分といるより弘和を優先するというのか? いつの間にそれほどの仲になっていたんだ?
 喉元までせり上がってきた苛立ちをなんとか飲み込んで、稔は昴とコンビニの駐車場へ入った。

「坂井さん、すみません。自宅へ帰ろうと思います」
「早いね……って昴くん?」
「こんばんは」
「稔くん家に、ってことはふたりで行くのかな? てことは俺は帰ったほうがいい?」
「はい。後で電話します。それで重ね重ねすみませんが、車を出してもらえますか?」

 稔は坂井を急がせた。なにせ十分しかないのだ。あわあわと坂井に礼を言う昴を引っ張って車から降ろして、駐車場からエレベーターで部屋のフロアに直行する。そうして五分とかからず自宅へ到着することができた。

「すごいマンションだね。うちと全然違う」
「とりあえずそこ座って。ろくなもんないけど……飯は食ったんだよな?」
「あ、うん。でもなにも要らないよ」
「そんなわけにいくか。すぐに用意するからちょっと待ってろ」

 稔は電気ポットで湯を沸かしたあと、冷蔵庫を開けた。自宅は寝るためと勉強をするときにしか使わないので、お茶と炭酸水くらいしか出せるものはない。
 もう少しましなものを出してやりたかったが、招いておいてもてなさないほうが失礼だ。
 稔は炭酸水をグラスに注ぎながらリビングを見た。キッチンからは地続きなので、遠慮がちにソファへ腰を下ろした昴の姿がよく見える。そわそわと落ち着かない様子で部屋のなかを眺めているようだ。
 かわいい。
 自宅は安らげる場所だなんて実家を含めて一度も思ったことがなかった。なのに、昴のいる自室は別世界のように煌めいて見える。
 稔は母親を早くに亡くして祖父母と父に育てられた。
 不動産をたっぷり持っていた天瀬家は代々裕福で、父も経営者として自分で成り上がった人だった。稔は一人っ子だったこともあり、母を亡くしたことを憐れんだ祖父母から溺愛された。甘やかされ、願いはなんでも叶えてもらえた。小学生のときに舞台で見たダンスをやってみたいと言ったときも、翌日には都内で最も有名なダンススクールへ見学に行くことができた。
 そのときだった。

「……おまえは覚えていないだろうな」

 昴と出会ったのは一年前ではなかった。稔はもっとずっと前から昴を知っていた。
 
「ん? なにか言った?」
「なんでもない。アイスがよかったら氷持ってくるけど」
「大丈夫。あったかいの好きだよ」
 
 淹れたお茶をガラスのポットに入れてリビングテーブルに運んだ。昴は恐縮しつつもカップを手にとって、ふうふうと冷ましつつ飲み始めた。
 かわいい。
 あのすぼめた唇をつつきたい。指でなぞって、ほっぺたをふにふに触ってやりたい。愛おしい。抱きしめたい。誰の目にも触れないところに閉じ込めてやりたい。
 ふたりきりである安堵感が、不埒な願望へと移ろいでいく。やばいと稔は気を引き締めて、昴から少し距離を置いた場所に腰を下ろした。

「紅茶でよかった?」
「うん。すごく美味しいよ。子どもの頃から紅茶党なんだ。新しいのが出るとすぐに試したくなる。これなんてやつ?」

 稔は茶葉の名を答えながら目を細めた。
 知ってるよ。新製品が出るとすぐに買い、一度ハマると同じものばかりを買い続けていたことも。着ていた服やお気に入りのブランド、ハマっていたアニメや音楽なども、わかる限りのことは全部覚えている。
 ——昴のほうはは覚えていないだろう。
 ダンススクールへ見学にいったとき、稔はひとりの少年に心を奪われた。ガラス越しに見た彼は、前日に魅了されたダンサーたちよりも華麗で、個性的だった。拙いところがなぜか魅力となっていて、目にしたとたん釘付けになってしまった。
 稔は彼のようになりたいと思って入校を決めた。
 昴はそんなことなど知らないはずだ。
 一度も話したことはなく、目が合ったこともなかった。初めて話したのは、翔聖学園に入学して二ヶ月後、昴が声をかけてきてくれたからだった。
 存在だけは入学式のときにすぐ見つけた。退校して以来一度も見たことがなかったというのに、稔はすぐにわかった。以来、昴を見つめ続けている。あのときのように、時間の許すかぎり。
 昴はスクールのなかでもずば抜けて上手かった。稔は魅了され、隣に並びたいと願って熱心にレッスンを受けた。
 ダンスを始めて、稔は自分に才能があるとわかった。教師からも褒められて、めきめきと上達した。昴のように踊れる日は遠くない。だからとがんばったのに、上級者コースへあがった頃に昴はスクールをやめてしまっていた。
 名前しか知らず、情報は教えてもらえなかった。翔聖学園ならもしやと考えて入学したら、ようやく会えた。
 けれど、昴はダンス自体をやめてしまっていた。

「なんで東の配信なんて聞いてんの?」
「……なんでって、前から聞いてたし」
「嘘つけよ」
「ほんとだよ。……いや、まあ、前はたまにって頻度で、今みたいに毎回じゃなかったけど」
「……今は毎回聞いてんだ?」
「うん」
「なんで?」
「なんでって、友達だし……」
「友達だから瀬戸口の誘いにも乗ったんだ?」
「……そうだよ。てか、最近の稔変じゃない? なんか行動をコントロールされてるみたいで怖いっていうか……逃げ回りたいわけじゃないけど、指図みたいなことされるのは困るっていうか……」

 稔はコントロールという言葉に面食らい、逃げ回りたいという言葉でがつんと頭を叩かれ、指図のところで目のなかがちかちかと点滅した。
 まるでDV男みたいじゃないか。
 否定しようとした稔だが、反論したらなおもみっともない姿を見せる気がした。
 いかにショックであれ昴の気持ちを尊重したほうがいい。一度受け止めるべきだと思い直した。
 
「そんなふうに言うなら日下部はどうなんだ?」
「雅史?」
「昴のこと付け回して、ストーカーみたいじゃないか。笹野もそうだし、あいつらに比べたら俺なんか大したことないだろ」
「ストーカーなんて、全然違うよ。それを言うならみ……てか、がちで物がないね。リビング広いし、ここでダンスしてるの? 筋トレとかはしてないの?」

 稔はひくひくとこめかみを痙攣させた。み、の後は稔以外にないだろう。昴は雅史ではなく自分をストーカーだと認識しているらしい。
 なんで? どうして俺がストーカー?

「練習はするときもある。けど気使うし、飯も外で食うことが多いから、帰っても寝るだけって感じだな」
「……そっか。忙しいんだもんね。普段は坂井さんや城戸さん、だっけ? グループの人たちと過ごしてるの?」
「まあ……練習する以外は打ち合わせやリハがあるから……って、俺のことはどうでもいい。おまえ、東だけじゃなくて瀬戸口とも放課後に会ってんのか?」
「会ってないよ。てか、なんでどうでもいいとかいうの? 教えてよ。そういえばこの間ファミレスで教えてもらった曲いっぱい聞いたよ! もっと教えて欲しいな」
「……だから練習であの曲選んだのか」
「そう。稔が教えてくれた曲はどれもすっごくよくって、毎日聞いてるよ。ねえ、なんでダンス始めたの? 他に趣味とかある? 大学は行くの?」

 聞かないで欲しい。他のやつらと同じように扱わないで欲しい。
 昴は誰に対しても平等に質問をぶつけて、会話を盛り上げようとする。だから好かれる。だから人が群がってくる。
 一芸に秀でたやつらは話したがりが多い。身近なやつらはライバルばかりで腹を割って話せないから、クラスメイトとの会話に飢えているからだ。
 ただひとくちに一般生徒といっても、肩書や功績に囚われず接することのできる者は少ない。有名人と同じクラスになったことに自尊心をくすぐられ、なにかしらの期待感を抱いてしまうのが常だ。大勢に人気のある人物が目の前にいるのだから、親しくなって自慢したいとか、もともとファンだったからなど、浮ついてしまうのは無理もない。
 そんななかで昴は異質だった。屈託なく、ただ知りたいからという昴の純真さは稀とも言える存在だった。
 だから好意を向けられる。昴の魅力を知ろうともしないくせに、享受しようとして群がってくるのだ。
 
「本当は興味ないんだろ? 聞きたくもないこと聞くなよ」

 昴の態度に耐えかねて、稔は口を滑らせた。
 すると昴は顔を強張らせ、みるみるうちに曇らせていく。
 しまった、と思った。
 どうしよう。こめかみが汗でじわりと不快に濡れてくる。
 逡巡した稔だが、いい機会かもしれないと覚悟を決めた。
 
「……俺のことも、東の配信も、本当は興味ないんだろ? 瀬戸口のダンスが上達したことも、腹の底では悔しく思っていたんだろ? でも表に出せない。卑下するのも無理で、色々諦めた結果あんなふうに絶賛したんだろ? 日下部や笹野からストーキングされていることも本当はうざいと思ってる。本心を見破られたくないからだ。本当はムカついてんだろ? 学校のやつら全員、世の中全部、それで一番腹を立てているのは自分のことだ」

 昴は今や能面のように表情を失い、顔色は真っ青なほどだった。
 言い過ぎた。わかっている。でも、気づいて欲しかった。
 十七歳で人生を諦めて欲しくなかった。他人を持ち上げ続けることに喜びを見出して欲しくなかった。
 ダンススクールで生き生きと踊っていたときのように。希望に満ちた本心からの笑みで、毎日を過ごして欲しい。
 だからと稔は言葉を続けた。