ハイスペ特待生たち五人が平凡な僕に執着している、にわかに信じがたい話

 天瀬稔は焦っていた。
 何度となく昴に電話をかけては留守番電話に接続してしまい、ようやく繋がったと思いきや、会話の途中で切られてしまった。
 ただ、駅前のマクドナルドにいることはわかった。だからと坂井に向かうよう頼んで車に乗り込み、なおも延々とかけ続けていたのだが、昴は一向に出てくれない。

「一応駐車場に向かうけど、あんまり長居して欲しくないなあ……マックはバレちゃう可能性あるし」
「すぐに戻ってきます。ですから、ここで待っていてくださると助かります」
「ほんと? だったらよかった」

 マクドナルドの店舗前に到着してすぐに車から降りて、稔は店内へ向かった。坂井からどうしてもと渡されたキャップを目深に被ったうえで、白のTシャツと黒のパンツというなんの変哲もない格好だ。
 変装なんてバカげている。事務所は大げさすぎると考えていた稔だが、驚いたことにすぐ見つかってしまった。

「稔じゃない?」
「レイドオフの? うわ、がちじゃん」
「嘘、本物?」

 足早に飲食スペースを歩く。稔の後ろにはざわめきが広がり、前では驚きの顔でいっぱいになった。
 以前ならこんなにすぐバレることはなかった。弘和がやらかしたせいだ、と苛立った。
 稔は内心を表に出さぬよう拳を握るだけにして、店内をくまなく探した。見つからない。昴はどこへ行ったんだ? 動くなと言ったはずなのに——

「すみません。すぐに出してください」

 稔は諦めて車へ戻った。ひとりが声をかけてきて、収拾がつかなくなりそうだったのだ。

「えっ、もしかして見つかっちゃた?」
「……そのようです」
「やっぱりかー。事務所としてはバズって嬉しかったけど……稔くんは大変になっちゃったね」

 あの炎上で稔のグループの知名度は一気にあがった。これまでリーチされていなかった層にまで広がっていき、無料で宣伝してもらえたと言って事務所とグループは大喜びだった。
 しかし稔はかなりの迷惑を被っていた。グループの名が売れたのはありがたく思えても、稔ひとりだけが写真を拡散されてしまい、メインボーカルより顔が知れ渡ってしまったことには不服だった。
 もともとダンス界隈では知られていた稔だが、一般的な知名度はメンバーのなかでも中程度の位置にいた。それがいまやメインで売り出そうと言われるまでになっていて、頭を抱えざるを得ない。どこへいくにも顔を隠さなきゃならなくなるなんて、勘弁願いたかった。
 
「すみません。学校のほうへ向かってもらえますか?」
「いまから? なにか忘れ物?」
「いえ。この間乗せてもらった友人の家に行きたくて」
「ああ、昴くん? 仲いいんだね。いいよ」
「……すみません」
「いいって。稔くんの運転手してると他に用事を言いつけられないし」

 らくらく、とのんきに鼻歌を歌い始めた坂井の後ろで、稔はスマホを取り出した。電話でだめならメールだ。
 慧人とふたりでいたこと。向かうと告げたら姿を消したこと。
 それらから嫌な予感がしてならず、昴に居場所を問いただすメールを送りまくった。
 おそらくだが、マクドナルドからは既に出てしまっていたのだと稔は思った。あれだけの騒ぎになっていたのだから、いたとしたら顔を覗かせていたはずだ。
 稔はどんな場所でも必ず昴を見つけることができる。そう自負していたし、見逃したことはこれまでに一度としてなかった。
 いったいどこへ行ったんだ?
 歯噛みしていたところ、スマホが振動した。昴からの返信がきたようだ。

『家に帰ってるよ。今日はお母さんが出張帰りで自宅にいたから、慧人とマック行ってたんだ』

 へえ、と稔は薄く笑った。だったら俺を誘えよ、と入力しそうになって寸でで止めた。
 昴はなにもわるくない。会議の終わりに電話がかかってきたせいだ。昴は稔に予定があると考えて、慧人の誘いに乗ってしまっただけなのだから。
 最近の昴は自宅にいなきゃならない事情があって、放課後に関しては油断していた。
 なぜ今日に限って——
 稔は重くため息をついた。

「お疲れみたいだね。電話でだいぶ城戸さんから絞られた?」
「……いえ」
「あー、遠慮しないでよ。たまには愚痴るのも大事だよ? 絶対に言わないし、意外かもだけど俺は口が堅いほうなんだ。来週テレビが入ったんでしょ?」
「はい。あとラジオも。あの炎上がかなり尾を引いているみたいで」
「炎上って……あれはバズったっていうんだよ。いきなりで戸惑いが大きいかもしれないけど、稔くんの才能は何十年に一度レベルなんだし、いつかは通らなきゃならない道だったんだって」
「……はい」
「あとあれか、親睦会がなくなっちゃったせいもある?」
「それは別に……代わりにキャンプすることになったんで」
「キャンプ?」
「なので親睦会の日はそのまま空けておいてもらうよう頼んでおきました。実行委員にもなったんで、しばらく仕事もセーブしてくれって」
「……それで説得しろって言われたのか」
「説得?」
「稔くんを待ってる間に城戸さんから電話があってさ。今が売りどきだからなんとか説得して欲しいって言われて」

 稔は舌打ちしそうになるのをなんとか堪えた。
 稔とてさらなる上を目指していて野心もある。現状に多少の不満はあれど、事務所にはかなり世話になっているし、炎上だろうとなんでも使えという方針に抗う気はない。
 だからといって、プライベートを諦めたくなはい。できることなら両方手に入れたい。そこまで含めての野心だ、と稔は考えていた。

「着いたよ。とりあえずファミマで一服してるから、終わったら連絡して? 一応二時間くらいは大丈夫だから」
「ありがとうございます。ほんと感謝してます」

 いいって、とにこやかに手を振る坂井に頭を下げて、稔は昴の住むマンションへ入った。
 坂井にはかなりの迷惑をかけている自覚はある。城戸からの命令をこっそりバラしてくれて、それでいて説得はしないでくれたりと、自分のことをよく理解してくれている坂井には感謝していた。
 だからこそ早いところなんとかしなければならない。というか、いい加減になんとかしたい。
 稔は深呼吸をして、インターホンの前へ行って昴の部屋の番号を押した。

『はい』
「夜分遅くにすみません。天瀬と申します。昴くんはいらっしゃいますか?」
『稔? ……えっ? 下に来てるの?』
「いるよ。今、少しでいいから会えない?」
 
 どうやら昴だったらしい。慌てた様子でがちゃがちゃと聞こえて、返事もなく切れてしまった。
 ドアは開いていない。
 稔はどうしたものかと数秒立ちすくみ、おそらく降りてきてくれるだろうと考えて、人目につかない観葉植物のほうへ向かった。

「ほんとにいた……」

 エレベーターのほうからバタバタと駆けてくる足音がして、昴が現れた。

「いるに決まってんだろ。じゃなかったらどうやってインターホン越しに話せるんだ……てか、なんで電話に出ないわけ?」
「えっ……出たじゃん」
「すぐ切りやがって。あんなの出たって言えないだろ」
「それは……てか、なんの用? 何度もかけてきて、メールもたくさん送ってきて、家にまで来るなんて……」

 昴の表情から笑みが消えて困惑が浮かんできた。
 スルーしたことを申し訳なく思っているのとは違う。迷惑だったという反応だ。
 確かにだいぶ恥ずかしい真似をした。あんなうざい真似は呆れこそすれ、自分にとっては縁遠い行為だと思っていた。
 それくらい切羽詰まっていた。一年のときにあった余裕が、二年に新級してからみるみるなくなっていく。
 少しも昴から目を離せない。離したら手の届かないところへ行ってしまいそうで怖かった。
 親睦会の班に集まってきた奴ら——あいつらは全員敵と見ていいだろう。四人もいたことには驚いたが、冷静に考えたら納得はできる。
 昴の魅力はそれくらい当然なほどにある。可愛らしくもしたたかで、純粋なようで胸のうちには様々な思いをくすぶらせている。沈殿している毒が時たま浮上して、愛らしさに陰を帯びさせせる。無邪気なようで冷めたところもあって、他の誰にもない魅力に溢れているのだ。
 わかっていたのに、忙しさにかまけてぐずぐずしてしまっていた。
 もう、のんびりとはしていられない。昴の反応を窺っていたら手遅れになってしまう。

「今、ちょっとでも時間ある? どこかに……そうだ、俺ん家に来ないか?」
「えっ?」
「こっから近いし、ひとり暮らしだから気を使うこともないし」
「でも……」
「おまえん家は無理だろ? 外は俺がダメなんだ。例の炎上のせいで出歩けなくなって」
「炎上……って配信がバズったあれ?」
「マックでもすぐバレて……」
「そうだったんだ……」

 昴のますます困った顔を見ながら、稔の頭には抱きしめたいなという不埒な思いが浮かんできて、慌てて打ち消した。
 バカじゃないだろうか。呆れさせるような態度はこれ以上したくないというのに、そんなことをしたら徹底的に避けられてしまう。
 でも、昴に触れたい。独占したい。誰にも渡したくない。
 だったら、どうすべきか。
 稔は昴の返答を待ちながら、必死に頭をめぐらせた。