ハイスペ特待生たち五人が平凡な僕に執着している、にわかに信じがたい話

 日下部雅史は、スマホに届いた通知を見てすぐさま自宅を出た。今日は在宅で業務を進めていたのだが、手懐けていた生徒から昴が慧人とふたりでマクドナルドへ入っていったと聞いて、嫌な予感がしたのだ。
 案の定だった。
 店の外から見かけた昴は普段と様子が違っていた。目を合わせたときまずいっといった顔をして、あからさまに焦っていた様子だった。
 通話している様子だったのは気にかかるが、店内へ入ってふたりと対面したときに自分の推測が正しいことを実感した。

「雅史に会えて嬉しいんだけど、そろそろ帰ろうと思っていたところで……」

 昴の言葉に慧人はぎょっとしたようだ。ハンバーガーのセットを乗せたトレーを手に立ちすくんでいて、どうしろと?という顔をして、手元に視線を落とした。

「だったら自宅まで送ろうか?」
「……い、いいよ。近くだし」
「遠慮なんて必要ない。友達だろう? ……それは袋に詰めてもらえばいい。わたしが言ってくるよ」
 
 雅史は気安い笑顔で言うと、カウンターのほうへ向かった。
 昴の反応を見て、もしかしたら慧人のことより通話相手が問題だったのかもしれない、と可能性を吟味した。
 もし一番の害虫だったら——稔がなんらかのアクションを起こしたのだとしたら、店に留まらせないほうがいい。なんにせよ昴の意向どおりにするほうが状況的にもよさそうだ。
 雅史はそう結論づけ、紙袋を受け取って席へ戻った。昴はちらちらと窓のほうを気にしている。やはり稔の可能性が高い。人のいい昴のことだから、聞かれて店にいると答えてしまったにちがいないと、ますます確信に近づいた。

「こんなところで突っ立っていたら邪魔になる。行こう」
 
 雅史は手際よくセットを袋に詰めて、ふたりを促した。
 車は店の前に待機させてあった。ドアを開けてもまだぐずぐずとしていた昴と慧人だが、雅史は無理やり押し込んだ。

「まずは昴の家へ向かおうか。学校のほうだよな?」
「……うん。ほんとにごめん。あの、ありがとうございます」

 昴は運転席に向かって頭を下げた。高城は「いいえ」と愛想よく答えて、詳細な住所を聞き、車を発進させた。
 そのときだった。雅史が振り返ったタイミングで、ちょうど空いた路肩に黒のセダンが寄せてきたのだ。出てきたのは案の定稔だった。全身真っ黒のスポーツウェアでキャップを目深に被っていたが、スタイルのよさと全身がバネのような軽快な所作は隠しようがない。
 ギリギリセーフだった。あとは昴に気づかれないよう、話題でも振っておこうか、と雅史はひと息ついた。

「……それで、昴はご自宅からすぐに帰るよう連絡があったのかな?」
「えっ……あ、うん。そんなとこ」
「弟さんがいたんだったよな?」
「そう。双子で、どっちも小学三年生なんだ」

 雅史は知っていた。しかし慧人は違っていたらしく「へえ」と驚きの声をあげた。
 
「小三ってことは八歳くらい離れてるのか」
「そう。でもめちゃくちゃ頭がよくて、微分積分とか僕より理解してるんだよ」
「は? ……がちで?」
「……そう。英検二級も取ってるし、今度漢検にも挑戦するとか言って……」
「すごすぎね? やばいな弟たち」
「うん。……ギフテッドって知ってる?」
「あー、なんか聞いたことがあるような……」

 昴の隣で興味津々の様子を見せる慧人の一方で、助手席に座っていた雅史は素知らぬ顔で聞いていた。昴のことは調べられる限りの情報を集めていた。無論家族のことも調べてあった。
 両親はごく普通の会社員だったが、昴の弟たちはいわゆる天才と呼ばれる頭脳を持っていた。ギフテッドなら海外の大学へ行けるレベルであるかもしれない。ただ、日本では飛び級のようなものはないというのと、資産も普通のレベルであるために公立の小学校に通っているという。
 八歳も年の離れた兄として、昴が複雑な表情を浮かべるのは無理もない。自分だったらと想像するだけでも、兄としてのプライドを保つのが難しいだろうと雅史は思った。

「同じ親から生まれたのがびっくりだよ。父さんたちも特別優秀ってわけじゃないから、いっつもなんでだろうって言ってる」
「遺伝子の突然変異とか?」
「なのかな?」
「わかんないけど、凄いな」
「うん。でも慧人も凄いじゃん。雅史もだし……笹野くんやヒロ……それに稔も……あっ」

 昴がはっと声をあげたのを聞いて、雅史は慌てて振り返った。

「わたしなんて大したことはない。他にあげた彼らは事実だと思うがな。慧人なんてダンスをあそこまで上達させていてさすがだと思ったよ。親睦会がなくなって惜しく思ったほどに」
「雅史だって凄いよ。高校生で会社を起業するなんて、めったにいないじゃん」
「昴、きみは本当に優しいね。でも、最近は増えてきているんだよ」
「えー、でも成功して会社は大きくなっていってるんでしょ?」

 雅史の目論見は成功したようだ。昴はスマホを手にしつつも、ロックは解除していない。

「まあね。時流というものもあるから運にも左右される。昴だって挑戦してみたら案外できるかもしれないよ?」
「僕? 冗談でもきつすぎるって」
「冗談じゃない。昴ならなんでもできると思う。周りに圧倒されているようだけど、昴は優れた人材だとわたしは思う。翔聖に普通入試で入れただけでも凄いし、ダンスだって人並み以上だったじゃないか」

 雅史の言葉に、昴は乾いた笑い声をあげ、なぜかバツの悪そうな顔をしてうつむいた。どうしたのだろう。意外な反応に首を捻っていると、隣の慧人が「そうだよ」と言い、無用にも昴の肩に触れ慰めるような真似をし始めた。

「ほんと、昴はむちゃくちゃかっこよかったし、親睦会がなくなってがちで残念だって思った」

 昴を持ち上げるのはいいとして、余計なボディタッチはやめてもらいたい。雅史はむっとしたが、そのときちょうど車が減速してマンションまえの路肩に停車し、ふたりは自然と離れた。昴の自宅へ到着したらしい。

「あ、ありがとう。あの、助かりました。じゃあ、また明日」

 昴は慌てた様子で車から降りて、逃げるようにエントランスへ入っていった。慧人が不要に触れたせい、と考えたかったが、もしかしたら自分が持ち出した話題のせいかもしれないと雅史はため息をついた。

「次は慧人の自宅へ向かうよ。住所を伝えてくれないか?」
「そうか、そうだな。俺までわるいな」

 慧人が高城に住所を告げたあと、車はふたたび発進した。慧人も雅史と同様に昴のマンションを眺めていたようだ。
 好意を抱いている者同士の同じ行動に苦笑しつつ、ようやくふたりになった時間を無駄にはできないと、雅史は咳払いをした。

「……マクドナルドで、昴となにかあったのかな?」
「は? えっ?」
「昴の様子が少し変だったから」
「……そう?」

 雅史は後部座席のほうへ振り返り、慧人の目が泳いでいるのを見た。対向車のヘッドライトだけでも十分なほどに表情が窺える。
 ——告白したのかもしれない。
 推測が正しいように感じられた。
 店の外から昴を見たとき、だいぶ動揺している様子だった。電話相手の稔に対する反応だったのは先程証明されたが、慧人とのほうにもなにかがあったように、雅史は感じ取っていた。
 稔が突然やってくるのはいつものことであり、あそこまで動揺する理由としては不可解だ。日中の様子を見るに稔との関係に変化があったとは思えない。あるとすれば慧人のほうであり、だから稔を避けたったという可能性を導き出した。
 カマをかけるか。

「同性への好意ってのは、本気に取られないことが多いよな……」

 雅史が意味ありげに言うと、慧人はぎくりといった様子で全身を震わせ、動揺が丸わかりの反応を見せた。

「い、いきなりなんの話?」

 間違いないようだ。雅史はかすかに口元を緩ませた。

「……最近友人が自覚したらしくてね。同性が相手となると自覚もしづらいし、しても告白できないと言ってね、関係が壊れてしまいかねないと相談されたんだ。慧人はどう思う?」
「お、俺?」

 そう、と慧人を促しながら、結果は保留となったようだなと感じ取り、雅史は胸を撫で下ろした。
 そもそもうまくいくはずがない。慧人の魅力は、一般的な女子にモテるのがせいぜいだ。昴に相応しいとも思えなかった。
 ひとり減ったな、と雅史は満足の笑みを浮かべて、慧人の話を聞きながら自宅へ到着するまでの時間を計算した。