ハイスペ特待生たち五人が平凡な僕に執着している、にわかに信じがたい話

 瀬戸口慧人は昼休みのいま、昴とふたりでスマホゲームをして盛り上がっていた。
 親睦会の準備によって距離を縮めた成果だ。気楽に声をかけられるようになり、友人といえる程度にまで親しい仲になった。
 加えて今日は珍しくも昴に張り付いている煩わしい連中の姿もない。今だとばかりに楽しんでいたのだが——

「キャンプって、テント張って外で料理したりするあれ?」

 昴が目を丸くした横で、慧人のほうも顔をぽかんとさせた。いきなり高志郎が現れて口惜しく思ったところ、とんでもない話を聞いて呆気に取られたのだ。
 中止となった親睦会の代わりにキャンプはどうかとの話になったのだという。
 イベント自体が中止になったと思っていたのに、内容を変えて実行するらしい。

「正確には、保養施設があるようなのです。寝泊まりはロッジでできますし、料理もキッチンで行います。ですので、いわゆるキャンプと趣は異なりますが、自然のなかで宿泊するというのは同じかと」
「保養施設……そんなものまであるんだ」
「はい。そこで実行委員なるものを募っているそうで、もしよろしければ内海くんも参加してくださいませんか?」
「僕が?」

 やるだろうな、と慧人は思った。ビンゴだったらしく、昴は笑顔で快諾し、ならばさっそく放課後に計画を立てようという高志郎の誘いに乗っていた。

「お、俺もやる!」

 焦った慧人は考えなしに割って入った。

「慧人も?」
 
 やべ……と青ざめた慧人だが、昴が嬉しげな顔で振り返ったのを見て、後戻りはできないと顔を引き締めた。

「ああ。その実行委員とやらに、俺も立候補する」

 やらなかったらせっかく縮んだ昴との距離が離れてしまう。それでなくとも昴の周りにはハイスペックの特待生が何人もいるのだ。積極的に近づかなきゃ負けてしまう。それにあわよくば同じ班になって、キャンプを昴と楽しみたい。
 実行委員なんて面倒なうえ大変そうだけど、一応は親睦会のためのスケジュールは空けてある。なんとでもなる、というかなんとかする!と慧人は腹をくくった。

「大変喜ばしいことです」

 まったく嬉しそうでない高志郎から、放課後に飽き教室を借りたから集まって欲しいと告げられた。
 そして慧人は、予定どおりの時間に指定された教室へと向かった。
 
「俺のミスなんだから、まず俺に声かけてよ」

 すると驚いたことに親睦会の班メンバーが揃い踏みだった。昴と高志郎、日下部の他にぎゃあぎゃあと耳障りにわめいている弘和とぶすっとした様子の稔の姿もあった。

「少数精鋭がいいと考えたものですから」
「六人なんて少数じゃん。償わせてよ。てかなんで天瀬までいんの? 気まず過ぎ!」
「反省してるんなら、口に気をつけろよ」
「おっしゃるとおり。言霊というのは事実存在しているのです」
「ないないない。自分の口から発せられた言葉ってのは、脳と耳で二重に聞いているから自己暗示にかかりやすいだけだ」
「へえ。根拠はあるんですか?」
「調べたらどうかな? 作家ともなれば資料を参照するのも仕事だろう?」
 
 さっそく口論か、と慧人は呆れた。しかも、まったくもってどうでもいい内容だ。さらには昴のそばに席を定めようとしたのに、四方をがっちり固められていて隙がない。仕方ないとため息をつきながら、慧人は少し離れた席に腰を下ろした。
 憂鬱だ。やっぱり辞退しようか、と気分を沈ませていた慧人だが、昴がおずおずと立ち上がったのを見てはっと意識を向けた。

「……とりあえず何を決めるのか考えようよ。やるならやるで先に進めないと時間がないよ?」

 昴はリーダー役に向いているのかもしれない。昴のひとことで場は急に静まり返った。

「内海くんのおっしゃるとおりです」

 高志郎が言い、他の三人も異口同音に賛成の声をあげた。
 
「必要事項はまとめてデータにしてきた。エアドロでいいよな?」

 雅史の仕切りで話し合いはちゃくちゃくと進んだ。学生社長をしているだけあって、雅史の準備と進行は完璧だった。必要なことだけをテキパキと決めていき、わずか二時間である程度のことがまとまった。途中で美作教諭が現れて、キャンプの許可が降りたことや日程が伝えられ、話し合いは日が沈むまで続いた。

「じゃ、次の会議は来週にしよう。ここを借りておくから同じ時間に」

 解散となった頃には十九時を過ぎていた。ほとんどの生徒は下校して校舎は静まり返っている。
 廊下を歩きながら、慧人は後悔に肩を落としていた。
 昴のため。いや、昴と少しでも近づくために名乗り出たが、四人も邪魔者がいてろくに喋れなかった。なんの役にも立たなかったばかりか、雑用を割り当てられただけだ。
 練習を減らしてまでこんなことをやっていていいのだろうか。
 頭によぎったが、そうじゃないと振り払った。
 昴からなんとも思われていないかもしれないが、だからって落ち込んでいる場合じゃない。ライバルがたくさんいたとして、アピールしなきゃ何も始まらない。
 ボールは自分で取りに行け。パスをもらいたいならスペースをつくれ。サッカーと同じだ。勝利を手にするためには、やれることは全部試すんだ。

「慧人、待って」

 昇降口へ来たときだった。ばたばたと走ってくる音がして、驚き振り向くと昴だった。ひとりきりだ。四人はどこへ?
 
「……このあと練習?」

 きょろきょろとしていた慧人を、昴は覗き込んできた。間近で見つめられて、慧人の体温が急激に跳ね上がる。

「…………ない」
「ほんと? じゃ、帰りにどこか寄って行かない?」
「えっ?」
「駅前のマックとかどう?」

 どうやら昴は四人をまいてきたらしい。自分だけを誘ってくれたようだ。

「……い、行く」

 どきどきと緊張に上擦った声で答えると、よかった、と昴は笑った。かわいさのあまり卒倒しそうだった。
 不安になったタイミングで誘ってくれるなんて、以心伝心というやつだろうか。
 違う。昴は人をよく見ている。落ち込んでいるやつや、元気のないクラスメイトを見つけると、声をかけたり気遣ったりしていた。何度となく見かけた姿だ。
 なぜこんなにも昴に惹かれるのか、慧人はわかった気がした。仲間たちだって気にかけてくれているし、気遣ってくれるけど、昴から特別扱いされると天にものぼる気持ちになる。嬉しさが段違いなのだ。
 昴はどんな相手にも屈託なく話しかける。素気なくされてもめげることなく、周りをも照らすような明るさで声をかけてくれる。
 自分にはとてもできない。だからかもしれない。
 昴の隣を歩きながら、慧人は思った。
 どうしようもなく昴のことが好きということ、そして誰にも渡したくないということを。