ハイスペ特待生たち五人が平凡な僕に執着している、にわかに信じがたい話

 笹野高志郎は急激な日常の変化に戸惑いっぱなしだった。

「将来は芥川賞?」
「ノーベル賞じゃない?」
「ノーベル賞って科学とかじゃなかったっけ?」
「文学賞もあるんだよ。この間イシグロって人が受賞してたし、日本人も受賞できるんだって」

 カズオ・イシグロはハーフでもない日本生まれの作家だが、ほぼイギリス人と言って差し支えない経歴だ。と言い返したかったが、相手が誰なのかわからない。
 高志郎の生活は、三日前から一変してしまっていた。
 登校したとたん、一度も話したことのない生徒たちからひっきりなしに声をかけられて、休み時間も途切れることなく続いている。
 しかも、みな言うだけ言って満足して去っていく。名乗りもしなければ、学年すらわからない。話しかけることが目的で、会話をしたいわけではないようなのだ。
 高志郎は理由もわからないままそんな日々を三日も過ごして、辟易していた。

「あの……ヒロが配信で喋っちゃって、その切り抜きが拡散されてバスって……親睦会は中止になるみたい」

 そうしてようやく昴と話すことができた。
 騒ぎの発端は一週間前、弘和がゲーム実況配信のときに口を滑らせたことが要因だという。

「ヒロも顔出ししていなかったから、リアルのイーストンが見られるってなって……」
「なるほど。どちらのファンも押し寄せるとなると大騒ぎになりますね」
「うん。それで、班のメンバーもさらされちゃって、慧人と笹野くんのことも……」
「ついでに検索されて、わたしが何者なのか世間に知れ渡ったということですか」
「そうみたい……」

 だからか。と、今朝来た編集者からの驚くべき内容のメールにも合点がいった。
 内容は、新人賞を受賞した作品が書籍化されるとの報告メールだった。新人の作品が書籍化する事態は普通めったにない。作家としての知名度があがれば可能性としてあるような話だった。新作を書いてもいない今、なぜと不思議だったのだが、話題となったこの波に便乗してやれとの思惑だったようだ。
 小説は読んでもらうまでのハードルが高い。ページを開いてもらえたら満足させる自信はあれど、受賞した程度じゃ新人の作品を手にとってもらうことは難しい。
 そのため、多少の煩わしさはあれど喜ばしい展開だとはいえる。
 が、高志郎は両手を上げて浮かれることはできなかった。
 何しろ昴の顔が曇りきっているのだ。張り切っていたのが一点、責任は自分にあるとばかりの様子を前にして、高志郎は心配せずにいられなかった。

「ご自身のせいにしてはいけません。わたしは東くんの失態だと思います」
「違うよ、ヒロじゃないって! 僕のせいだよ」
「とんでもない。それに東くんのせいだけとも限りません。学園行事なのですし、どなたが出演するかということは生徒であれば知り得る情報です。天瀬くんが出演を決められた時点で、リークされるリスクは生じていたのですよ」
「そう。だからだよ。稔が出演を決めたのは僕のためなんだ。ヒロもだし……慧人も……みんなそう言ってたから……」
 
 消え入りそうな昴の言葉を聞いて、高志郎は昴が自宅へ来た日のことを思い出した。
 稔がわざわざ迎えに来たあげく、ふたりでファミリーレストランへと入っていった。その後慧人が現れたことで二重に仰天したのだが、解散しても店の前でぐずぐずとしていた様子は不審だった。
 弘和が昴を気にかけているのはあからさまなのでわかる。雅史はよくわからないが、班のメンバーのほとんどが、昴を目的として集まったのは間違いない。
 無論自分も含めてだが、それら意思や行動に対して昴が責任を感じるなど、あってはならないことだ。必要ないばかりか被害者なのだから。

「内海くんは、成功させたかったのですか?」

 無念そうな昴を見ていると胸が痛くなってくる。他人の気持ちを考えてつらくなるなんて、高志郎にとっては初めてのことだった。

「成功っていうか、全部中止になるっていうのが……みんなに申し訳ないじゃん」

 昴は消え入りそうな声で項垂れた。
 抱きしめてやりたい。
 高志郎は衝動に駆られたが、教室の一角で実行に移すわけにはいかないとしてなんとか踏みとどまった。人気のないところだったら抑えられなかったかもしれない。
 それほど昴が愛おしく、どうにか慰めてやりたいと強く思った。

「内海くん、あなたのせいではありません。そもそもの問題として、有名人を多く抱える学園がいまだこのようなイベントを続けていたこと、そういったこと自体を見直すべきだったのです」
「……それは、かもしれないけど……」
「だとわたしは思います。どなたかから指摘されたわけではないのでしょう?」
「うん……でも僕が悪いし」
「悪くはありません。内海くんが気にされていらっしゃるのは、生徒たちの楽しみを奪ったことですよね?」
「えっ?」
「でしたら掛け合ってみる価値はあると思います」
「掛け合う……って、なにを?」

 高志郎は昴のためになにができるかを考えた。
 昴が落ち込んでいるのは、イベントが中止になったことではない。全校生徒たちをがっかりさせたことに対してだ。
 ならば、一般客が参加できないかたちで、生徒だけが楽しめるイベントだったらどうか。
 思いついた高志郎は、一晩かけて調べ物をして、翌朝さっそく美作の元へ向かった。
 
「笹野もか……」
「も、って他にはどなたが?」
「日下部だよ。ふたりで話し合ったことじゃないんだろ? 同じ班のメンバーで不思議だな」
「日下部くんもおっしゃったのですか? キャンプ合宿をしたらどうかとのアイデアを?」
「ああ。十年前くらいまでは行事にあったんだよ。普通の高校は二年時に修学旅行へ行くだろ? 翔聖は制度上遠出での連泊は難しいからって、近場でできる一泊二日のキャンプを代替にしていたんだ。まあ、結局は参加者の減少がひどくてなくなっちまったが」

 どうやら雅史も同じ経路でたどり着いたらしい。
 高志郎は今からでも実行可能なイベントはと考えた結果、前例から探せばいいと思いついた。そのため翔聖学園の歴史を遡り参照し、キャンプならばと見当をつけたのだ。

「それで、可能なのでしょうか?」
「そうだな……中止の決定が今の段階だったからな。実行委員をすぐにでも編成できたらやれないこともない……と思うが……」

 ちらりと窺うように見られて、高志郎は間を置かずに口を開いた。

「わたしでよろしければ可能な限りお力になりたい所存です」
「よし! じゃ、日下部とふたりでもう何人かかき集めてくれ。俺も力になろう。うちのクラスのミスだからな」
 
 日下部の名が上がってぎょっとした。あいつも同じ手に乗ってしまったらしい。
 どこまでも同じ道をたどるのか、と歯噛みした高志郎だが、悔やむような話じゃない。実行委員はもっと必要のようなのだから、昴に提案してみればいい。おそらくは快諾してくれるだろう。
 笑みを見ることもできそうだ。
 高志郎はうきうきとして口元をほころばせ、ならば早速と教室へ向かった。