東弘和は今日、昴と一緒にカラオケボックスへ来ていた。
昴から親睦会の出し物についての話をされて、普段とは違う歌唱ができるかを試して欲しいと放課後に誘われたのだ。
「がちで最高! 思ったとおりだったよ。昴、歌めちゃくちゃ上手いじゃん!」
弘和は二つ返事で了承しつつ条件をつけた。最初の一時間は好きな歌を思いっきり歌おうとの提案だ。久しぶりのカラオケだったことも理由のひとつだが、一番は昴の歌を聞くチャンスだと思ったからだった。
「はいはい、ありがとう。でもいちいち褒めなくていいから」
「あれ? まさかお世辞だと思ってる?」
「……じゃなかったらなんなの? プロの前で歌えなんて拷問以外のなにものでもないのに、お世辞まで言うなんて……がちで凹むじゃん」
「なんでだよ? 本気で言ってるんだって! 次、『ファイアダンス』歌って! 知ってるよな?」
「知ってるけど無理でしょ。ひとりで歌える曲じゃないし」
「いいじゃん。むずいとこは俺も歌うし。てかデュオろ! そんで録音していい?」
「絶対だめ! てかそろそろ『グレイテストショーマン』の歌にしようよ。もう一時間過ぎてるよ?」
弘和はまだ五分程度しか経っていないものと思っていた。時計を見ると確かに四時を過ぎている。
まだ昴の歌を聞いていたかったのに、と口をへの字にしながらも約束だからと渋々タブレットを手にとった。
「てか映画見てみたんだけどさ、俺ひとりで歌うのきつくない? 集団で歌うから迫力があるっていうか、ひとりで歌えそうなやつはオペラみたいだし」
弘和は事前に映画を見て曲も予習していた。感じたのは、自分の声に合っていないということと、ダンスナンバーに限っては曲調がひとりでの歌唱に向いていないということだった。
「それは、うん。稔も同じ事言ってた。笹野くんにも伝えたんだけど、まだ悩み中みたいで……」
「じゃ、他の曲でもいいのかな?」
「うーん。……そうだね。まだ時間はあるし、なんとでもなるかも。ダンスは稔が振りを考えてくれることになってるし、ヒロの持ち曲のなかからダンスできそうなのを選んで、笹野くんに台本を書いてもらえばいいんだもんね。翻案じゃないけど笹野くんならできるだろうし……ありかも!」
昴はいいアイデアだとばかりに笑みを浮かべた。しかし反対に弘和のほうは、むむっと考えこんだ。
自分は得意な曲を選んでおいて、稔と高志郎は挑戦することになる。これでは自分だけ昴にいいところを見せられない。
「ダンスのできる曲って、要はヒップホップじゃん? ……そういや今『マイケル』上映してるし、俺がマイケル・ジャクソンの曲を歌えたら、天瀬もやりやすいんじゃない?」
「ええっ? む、難しくない?」
だからこそ挑戦したい、と弘和は思った。歌手でもないたかがVチューバーの高校生が歌いこなせるとは思えない。が、弘和も挑戦してみたかった。くわえて映画『マイケル』を見たばかりで、熱中していたとの理由もある。世間的に話題になってもいるのだから、様々な理由と目的からも最上のアイデアだと思えた。
「あいつなら踊れるんじゃない? 俺も挑戦してみたいしさ」
「本気なの?」
「本気も本気。最近めっちゃハマってて、ずっと聞いてるし」
弘和は大真面目に言い、マイケル・ジャクソンの代表曲を片っ端から入力して歌い始めた。映画を見て以来毎日のように聞いて、歌真似までしていたため歌詞もある程度頭に入っている。だからと意気込んだのだが、結果は暗澹たるものだった。
口ずさむ程度では練習したとはいえない。弘和としては歌えていないと言えるレベルでしかなかった。
「すごぉい! めちゃくちゃかっこいい!」
しかし昴は大興奮だった。目をきらきらとさせ、凄い凄いと褒めちぎってくれていた。
「お世辞じゃないよ? ほんとに凄いよ。がちでかっこいい!」
昴の反応は本心からのものに見えた。調子づいた弘和は昴が喜ぶならとマイクを持ち直し、次から次へと歌い続けた。
そして二時間以上ぶっ続けで歌った結果、わるくないどころか持ち曲ともいえるほどの上達っぷりを実感した。弘和は帰宅するとすぐデモの収録に取り掛かった。自分でも聞いてみたかったのだ。
深夜まで作業をして、何度も録り直した。なかなか満足のいく歌唱が録れた。すると、誰かに聞いて欲しくなる。昴に、と考えた弘和だが、もっとたくさんの人にという欲が湧いてきた。
「イーストンっぽくはないけど、聞きたいやつがいるかもしれないし」
眠くなってきた弘和は、いったん作業をやめて、翌日へ持ち越すことにした。朝学校へ行き、夕方帰宅してサムネイルなどの作業をして、そのまま夕方に投稿した。事前の宣伝はせずの即アップだ。
「すぐに聞いて欲しいし、たまにはこういうのもいいよね」
普段から歌唱の動画を投稿しているせいか、躊躇いはいっさいなかった。
再生数をチェックしていたかったが時間となったため、弘和はゲーム実況の配信を始めた。
寝不足だったが気分はよく、いつも以上にテンション高くはしゃいで一時間ほどしたころだった。
「……『ビリー・ジーン』最高でした」
「マイケル見てきたあとだったから、イーストンのマイケル聞けてアガった」
「推しが推し歌って昇天」
さっそく聞いてくれたらしいコメントが届き始めて、弘和はにんまりと笑みを浮かべた。
「聞いてくれてありがとー。そうなんだ。さっきマイケル・ジャクソンの歌みた投稿してさー。そそ。珍しいでしょ? 英語の曲は初めてだったけど、意外と悪くないっしょ?」
知らなかったという驚きや、今すぐ聞いてくるとの焦りのコメントがずらっと並び、弘和の口角はますます上向いた。
「ありがとー! なんでマイケルかっていうのはね、そう、映画見たからなんだけど、今度学校のイベで歌うかもしれないってのもあって。天瀬稔って知ってる? レイドオフってダンスグループの。そうそう。同じ班でさ。あいつがダンスして俺が歌……」
弘和はそこまで言ったところで青ざめた。
気づくとコメントは目で追うのも不可能なほどの数となり、視聴数は見たこともない数字へと上昇していく。
あ……えっと……としか声が出てこない。
今日はひとりだけで配信していて、助け舟なんてない。失態に気づいても自分で言い繕う他にやりようがない。
「えっと……聞かなかったことにして欲しいんだけど……」
今さら過ぎる言葉は、誰も拾ってくれなかった。手遅れだった。
コメントには翔聖学園の文字まであり、イベントが伝統行事である親睦会というのも割れていて、一般観客が観覧できる要項まで説明されていた。
弘和と稔が同じ学園に通っていることは知られていたらしい。ただ、どういった学園なのかも知られていたため、多忙な稔はほとんど出席していないだろうと見做され、関わりがあるとは思われていなかったようだ。
ましてやイベントに出るなどとは誰も考えない。しかも一般客も観覧できるイベントだ。整理券もなく、誰でも入場可能で、無料のイベントに大人気グループのメンバーが出演するなんて、誰が想像できようか。
「ご、ごめん。今日の配信はこれで終わるね。次回は……次回は……また通知する! じゃあね!」
弘和は配信を終了させ、まともに吸えていなかった呼吸を整えた。心臓はばくばくとして収まらず、全身は汗でびっしょりだ。
どうしよう。
スマホが振動し続けている。画面を見るのも怖い。
震える手でスマホを手にした弘和は、通知をオフにしようとした。しかしそのとき昴の文字を見て、思わずタップしてしまった。
『大丈夫?』
ひとことだけだったが、昴の言わんとしていることはわかった。
弘和のせいで親睦会がめちゃくちゃになる。コメントをざっと見るだけでも何十という人たちが当日の参加を宣言していた。話が広まるに違いなく、トレンドとなる可能性すらある。
どれほどの人が翔聖へやってくるのだろう。想像もできない。
ただ、稔のファンが大勢押し寄せて講堂は満員となり、収拾がつかなくなるのは間違いない。
「大丈夫じゃない。がちでやばすぎる。……どうしよう」
昴もそうとう焦っているだろうことが察せられて、弘和は情けなさに泣きたくなった。
昴から親睦会の出し物についての話をされて、普段とは違う歌唱ができるかを試して欲しいと放課後に誘われたのだ。
「がちで最高! 思ったとおりだったよ。昴、歌めちゃくちゃ上手いじゃん!」
弘和は二つ返事で了承しつつ条件をつけた。最初の一時間は好きな歌を思いっきり歌おうとの提案だ。久しぶりのカラオケだったことも理由のひとつだが、一番は昴の歌を聞くチャンスだと思ったからだった。
「はいはい、ありがとう。でもいちいち褒めなくていいから」
「あれ? まさかお世辞だと思ってる?」
「……じゃなかったらなんなの? プロの前で歌えなんて拷問以外のなにものでもないのに、お世辞まで言うなんて……がちで凹むじゃん」
「なんでだよ? 本気で言ってるんだって! 次、『ファイアダンス』歌って! 知ってるよな?」
「知ってるけど無理でしょ。ひとりで歌える曲じゃないし」
「いいじゃん。むずいとこは俺も歌うし。てかデュオろ! そんで録音していい?」
「絶対だめ! てかそろそろ『グレイテストショーマン』の歌にしようよ。もう一時間過ぎてるよ?」
弘和はまだ五分程度しか経っていないものと思っていた。時計を見ると確かに四時を過ぎている。
まだ昴の歌を聞いていたかったのに、と口をへの字にしながらも約束だからと渋々タブレットを手にとった。
「てか映画見てみたんだけどさ、俺ひとりで歌うのきつくない? 集団で歌うから迫力があるっていうか、ひとりで歌えそうなやつはオペラみたいだし」
弘和は事前に映画を見て曲も予習していた。感じたのは、自分の声に合っていないということと、ダンスナンバーに限っては曲調がひとりでの歌唱に向いていないということだった。
「それは、うん。稔も同じ事言ってた。笹野くんにも伝えたんだけど、まだ悩み中みたいで……」
「じゃ、他の曲でもいいのかな?」
「うーん。……そうだね。まだ時間はあるし、なんとでもなるかも。ダンスは稔が振りを考えてくれることになってるし、ヒロの持ち曲のなかからダンスできそうなのを選んで、笹野くんに台本を書いてもらえばいいんだもんね。翻案じゃないけど笹野くんならできるだろうし……ありかも!」
昴はいいアイデアだとばかりに笑みを浮かべた。しかし反対に弘和のほうは、むむっと考えこんだ。
自分は得意な曲を選んでおいて、稔と高志郎は挑戦することになる。これでは自分だけ昴にいいところを見せられない。
「ダンスのできる曲って、要はヒップホップじゃん? ……そういや今『マイケル』上映してるし、俺がマイケル・ジャクソンの曲を歌えたら、天瀬もやりやすいんじゃない?」
「ええっ? む、難しくない?」
だからこそ挑戦したい、と弘和は思った。歌手でもないたかがVチューバーの高校生が歌いこなせるとは思えない。が、弘和も挑戦してみたかった。くわえて映画『マイケル』を見たばかりで、熱中していたとの理由もある。世間的に話題になってもいるのだから、様々な理由と目的からも最上のアイデアだと思えた。
「あいつなら踊れるんじゃない? 俺も挑戦してみたいしさ」
「本気なの?」
「本気も本気。最近めっちゃハマってて、ずっと聞いてるし」
弘和は大真面目に言い、マイケル・ジャクソンの代表曲を片っ端から入力して歌い始めた。映画を見て以来毎日のように聞いて、歌真似までしていたため歌詞もある程度頭に入っている。だからと意気込んだのだが、結果は暗澹たるものだった。
口ずさむ程度では練習したとはいえない。弘和としては歌えていないと言えるレベルでしかなかった。
「すごぉい! めちゃくちゃかっこいい!」
しかし昴は大興奮だった。目をきらきらとさせ、凄い凄いと褒めちぎってくれていた。
「お世辞じゃないよ? ほんとに凄いよ。がちでかっこいい!」
昴の反応は本心からのものに見えた。調子づいた弘和は昴が喜ぶならとマイクを持ち直し、次から次へと歌い続けた。
そして二時間以上ぶっ続けで歌った結果、わるくないどころか持ち曲ともいえるほどの上達っぷりを実感した。弘和は帰宅するとすぐデモの収録に取り掛かった。自分でも聞いてみたかったのだ。
深夜まで作業をして、何度も録り直した。なかなか満足のいく歌唱が録れた。すると、誰かに聞いて欲しくなる。昴に、と考えた弘和だが、もっとたくさんの人にという欲が湧いてきた。
「イーストンっぽくはないけど、聞きたいやつがいるかもしれないし」
眠くなってきた弘和は、いったん作業をやめて、翌日へ持ち越すことにした。朝学校へ行き、夕方帰宅してサムネイルなどの作業をして、そのまま夕方に投稿した。事前の宣伝はせずの即アップだ。
「すぐに聞いて欲しいし、たまにはこういうのもいいよね」
普段から歌唱の動画を投稿しているせいか、躊躇いはいっさいなかった。
再生数をチェックしていたかったが時間となったため、弘和はゲーム実況の配信を始めた。
寝不足だったが気分はよく、いつも以上にテンション高くはしゃいで一時間ほどしたころだった。
「……『ビリー・ジーン』最高でした」
「マイケル見てきたあとだったから、イーストンのマイケル聞けてアガった」
「推しが推し歌って昇天」
さっそく聞いてくれたらしいコメントが届き始めて、弘和はにんまりと笑みを浮かべた。
「聞いてくれてありがとー。そうなんだ。さっきマイケル・ジャクソンの歌みた投稿してさー。そそ。珍しいでしょ? 英語の曲は初めてだったけど、意外と悪くないっしょ?」
知らなかったという驚きや、今すぐ聞いてくるとの焦りのコメントがずらっと並び、弘和の口角はますます上向いた。
「ありがとー! なんでマイケルかっていうのはね、そう、映画見たからなんだけど、今度学校のイベで歌うかもしれないってのもあって。天瀬稔って知ってる? レイドオフってダンスグループの。そうそう。同じ班でさ。あいつがダンスして俺が歌……」
弘和はそこまで言ったところで青ざめた。
気づくとコメントは目で追うのも不可能なほどの数となり、視聴数は見たこともない数字へと上昇していく。
あ……えっと……としか声が出てこない。
今日はひとりだけで配信していて、助け舟なんてない。失態に気づいても自分で言い繕う他にやりようがない。
「えっと……聞かなかったことにして欲しいんだけど……」
今さら過ぎる言葉は、誰も拾ってくれなかった。手遅れだった。
コメントには翔聖学園の文字まであり、イベントが伝統行事である親睦会というのも割れていて、一般観客が観覧できる要項まで説明されていた。
弘和と稔が同じ学園に通っていることは知られていたらしい。ただ、どういった学園なのかも知られていたため、多忙な稔はほとんど出席していないだろうと見做され、関わりがあるとは思われていなかったようだ。
ましてやイベントに出るなどとは誰も考えない。しかも一般客も観覧できるイベントだ。整理券もなく、誰でも入場可能で、無料のイベントに大人気グループのメンバーが出演するなんて、誰が想像できようか。
「ご、ごめん。今日の配信はこれで終わるね。次回は……次回は……また通知する! じゃあね!」
弘和は配信を終了させ、まともに吸えていなかった呼吸を整えた。心臓はばくばくとして収まらず、全身は汗でびっしょりだ。
どうしよう。
スマホが振動し続けている。画面を見るのも怖い。
震える手でスマホを手にした弘和は、通知をオフにしようとした。しかしそのとき昴の文字を見て、思わずタップしてしまった。
『大丈夫?』
ひとことだけだったが、昴の言わんとしていることはわかった。
弘和のせいで親睦会がめちゃくちゃになる。コメントをざっと見るだけでも何十という人たちが当日の参加を宣言していた。話が広まるに違いなく、トレンドとなる可能性すらある。
どれほどの人が翔聖へやってくるのだろう。想像もできない。
ただ、稔のファンが大勢押し寄せて講堂は満員となり、収拾がつかなくなるのは間違いない。
「大丈夫じゃない。がちでやばすぎる。……どうしよう」
昴もそうとう焦っているだろうことが察せられて、弘和は情けなさに泣きたくなった。



