瀬戸口慧人は浮かれていた。親睦会のお陰で昴との時間が増え、昼休みの今もふたりでスマホゲームをして過ごしていたからだ。普段は煩わしい連中がわんさといて独占できない。どうやら今日はみんな用事があるらしく姿が見当たらないため、ラッキーとばかりに楽しんでいたのだが——
「キャンプって、テント張って外で料理したりするあれ?」
昴が目を丸くした横で、慧人のほうも一瞬むっとなった顔をぽかんとさせた。いきなり高志郎が現れて口惜しく思っていたところ、とんでもない話をし始めたのだ。
中止となった親睦会の代わりにキャンプはどうかとの話になったのだという。
キャンプなんて高校生にもなって?と驚いた慧人だが、少し興味が湧いた。サッカー漬けの日々を過ごしてきた慧人には縁遠いイベントだ。家族とはおろか、小中のときに自然体験合宿なるものあったときも多忙なせいで行けなかった。
「正確には、保養施設があるようなのです。寝泊まりはロッジでできますし、料理もキッチンで行います。ですので、いわゆるキャンプと趣は異なりますが、自然のなかで宿泊するというのは同じかと」
「保養施設……そんなものまであるんだ」
「はい。よろしければ内海くんも実行委員に参加してくださいませんか?」
「僕が?」
やるだろうな、と慧人は思った。ビンゴだったらしく、昴は笑顔で快諾し、ならばさっそく放課後に計画を立てましょうという高志郎の誘いに乗った。
「お、俺もやる!」
焦った慧人は考えもせず口にしてしまった。
「慧人も?」
昴が嬉しげな声と顔で振り返った。
もう後戻りはできない。
実行委員なんて面倒なうえ大変そうだが、一応は親睦会のためにスケジュールは空けてある。なんとでもなる、というかなんとかする!と慧人は心に決めた。
「ああ。その実行委員とやらに、俺も参加する」
じゃなかったらせっかく縮んだ昴との距離が離れてしまう。それでなくとも昴の周りには危ない輩が何人もいて、慧人の割り込む隙間がないのだ。あわよくば同じ班になって、昴と一緒に楽しみたいという目論見もあった。
「大変喜ばしいことです」
まったく嬉しそうでない顔を見せた高志郎から、放課後に飽き教室を借りられたからと告げられた。
そして、予定どおりの時間に指定された教室へと向かったのだが——。
「俺のミスなんだから、まず俺に声かけてよ」
驚くことに親睦会の班メンバーが揃い踏みだった。昴と高志郎、日下部の他にぎゃあぎゃあと耳障りにわめいている弘和と稔の姿もあった。
「少数精鋭がいいと考えたものですから」
「六人なんて少数じゃん。償わせてよ。てかなんで天瀬までいんの? 気まず過ぎ!」
「反省するくらいなら、口に気をつけろよ」
「おっしゃるとおり。言霊というのは本当にあって……」
「言霊なんてない。単に自分の口から発せられた言葉は脳と耳で二重に聞いて自己暗示にかかりやすいからだ」
「へえ。根拠はあるんですか?」
「調べたらどうかな? 作家ともなれば資料を参照するのも仕事だろう?」
さっそく口論か、と慧人は呆れた。しかも、まったくもってどうでもいい内容だ。昴のそばに席を定めようとした慧人だが、四方をがっちり固められていて隙がない。仕方ないとため息をつきながら、少し離れた席に腰を下ろした。
これじゃあ、親睦会の二の舞だ。おそらくキャンプの行動班もこいつらがこぞって昴を誘うのだろう。
憂鬱だ。やっぱり辞退しようか、と気分を沈ませていた慧人だが、見つめていた昴がおずおずと立ち上がったのを見てはっとした。
「……とりあえず何を決めるのか考えようよ。やるならやるで先に進めないと時間がないよ?」
昴はリーダー役に向いているのかもしれない。昴のひとことで場は急に静まり返った。
「内海くんのおっしゃるとおりです」
高志郎が言い、他の三人も異口同音に賛成の声をあげた。
「必要事項はまとめてデータにしてきた。エアドロでいいよな?」
雅史の仕切りで話し合いはちゃくちゃくと進んだ。学生社長をしているだけあって、雅史の準備と進行は完璧だった。必要なことだけをテキパキと決めていき、わずか二時間である程度のことがまとまった。途中で美作教諭が現れて、キャンプの許可が降りたことや日程が伝えられ、話し合いは日が沈むまで続いた。
「じゃ、次の会議は来週にしよう。ここを借りておくから同じ時間に」
解散となった頃には十九時を過ぎていた。ほとんどの生徒は下校して校舎は静まり返っている。
廊下を歩きながら、慧人は後悔に肩を落としていた。
昴のため。いや、昴と少しでも近づくために名乗り出たが、四人も邪魔者がいてろくに喋れなかった。なんの役にも立たなかったばかりか、雑用を割り当てられただけだ。いなくてもいいような立場だった。
練習を減らしてまでこんなことをやっていていいのだろうか。
頭によぎったが、そうじゃないと振り払った。落ち込んでいる場合じゃない。心配なのはそこじゃないだろ。
昴からなんとも思われていないかもしれない。だから気にして凹んでいる。そして、ライバルがたくさんいるのに、アピールする度胸が自分にないことも——。
それらは自分の行動如何でどうにでも変わってくる。ボールは自分で取りに行け。パスをもらいたいならスペースをつくれ。サッカーと同じだ。勝利を手にするためには、いくらでもやれることはある。
「慧人、待って。帰りにどこか寄って行かない?」
昇降口へ来たときだった。ばたばたと走ってくる音がして、肩を叩かれたと思ったら昴だった。えっと振り向くと、ひとりきりだ。四人はどこへ行ったんだろう。
「……このあと練習?」
きょろきょろとしていた慧人を、昴は覗き込んできた。間近で見つめられたことで、慧人の頬がかーっと熱を帯びる。
「…………ない」
「ほんと? じゃ、どうかな?」
「……いいよ」
「よかった。駅前のマックはどう?」
どうやら昴は四人をまいてきたらしい。自分だけを誘ってくれたようだ。
「行く」
よかった、と昴は笑った。かわいさのあまり卒倒しそうだった。
自分が不安になったタイミングで誘ってくれるなんて、以心伝心というやつだろうか。
違う。昴は周りをよく見ている。落ち込んでいるやつや、元気のないクラスメイトを見つけると、声をかけたり気遣ったりしてやっている。何度も目にした光景だ。
なぜこんなにも昴に惹かれるのか。仲間たちだって気にかけてくれているし、気遣ってくれもする。
でも、昴から特別扱いされると天にものぼるほど嬉しい。
昴は他人と自分を比較したりなんてしないし、どんな相手にも屈託なく話しかける。素気なくされてもめげたりしない。常に笑顔を絶やさず、周りをも照らすような明るさを放っている。
自分にはとてもできない。だからかもしれない。
昴の隣を歩きながら、慧人は思った。
どうしようもなく昴のことが好きということ、そして誰にも渡したくないということを。
「キャンプって、テント張って外で料理したりするあれ?」
昴が目を丸くした横で、慧人のほうも一瞬むっとなった顔をぽかんとさせた。いきなり高志郎が現れて口惜しく思っていたところ、とんでもない話をし始めたのだ。
中止となった親睦会の代わりにキャンプはどうかとの話になったのだという。
キャンプなんて高校生にもなって?と驚いた慧人だが、少し興味が湧いた。サッカー漬けの日々を過ごしてきた慧人には縁遠いイベントだ。家族とはおろか、小中のときに自然体験合宿なるものあったときも多忙なせいで行けなかった。
「正確には、保養施設があるようなのです。寝泊まりはロッジでできますし、料理もキッチンで行います。ですので、いわゆるキャンプと趣は異なりますが、自然のなかで宿泊するというのは同じかと」
「保養施設……そんなものまであるんだ」
「はい。よろしければ内海くんも実行委員に参加してくださいませんか?」
「僕が?」
やるだろうな、と慧人は思った。ビンゴだったらしく、昴は笑顔で快諾し、ならばさっそく放課後に計画を立てましょうという高志郎の誘いに乗った。
「お、俺もやる!」
焦った慧人は考えもせず口にしてしまった。
「慧人も?」
昴が嬉しげな声と顔で振り返った。
もう後戻りはできない。
実行委員なんて面倒なうえ大変そうだが、一応は親睦会のためにスケジュールは空けてある。なんとでもなる、というかなんとかする!と慧人は心に決めた。
「ああ。その実行委員とやらに、俺も参加する」
じゃなかったらせっかく縮んだ昴との距離が離れてしまう。それでなくとも昴の周りには危ない輩が何人もいて、慧人の割り込む隙間がないのだ。あわよくば同じ班になって、昴と一緒に楽しみたいという目論見もあった。
「大変喜ばしいことです」
まったく嬉しそうでない顔を見せた高志郎から、放課後に飽き教室を借りられたからと告げられた。
そして、予定どおりの時間に指定された教室へと向かったのだが——。
「俺のミスなんだから、まず俺に声かけてよ」
驚くことに親睦会の班メンバーが揃い踏みだった。昴と高志郎、日下部の他にぎゃあぎゃあと耳障りにわめいている弘和と稔の姿もあった。
「少数精鋭がいいと考えたものですから」
「六人なんて少数じゃん。償わせてよ。てかなんで天瀬までいんの? 気まず過ぎ!」
「反省するくらいなら、口に気をつけろよ」
「おっしゃるとおり。言霊というのは本当にあって……」
「言霊なんてない。単に自分の口から発せられた言葉は脳と耳で二重に聞いて自己暗示にかかりやすいからだ」
「へえ。根拠はあるんですか?」
「調べたらどうかな? 作家ともなれば資料を参照するのも仕事だろう?」
さっそく口論か、と慧人は呆れた。しかも、まったくもってどうでもいい内容だ。昴のそばに席を定めようとした慧人だが、四方をがっちり固められていて隙がない。仕方ないとため息をつきながら、少し離れた席に腰を下ろした。
これじゃあ、親睦会の二の舞だ。おそらくキャンプの行動班もこいつらがこぞって昴を誘うのだろう。
憂鬱だ。やっぱり辞退しようか、と気分を沈ませていた慧人だが、見つめていた昴がおずおずと立ち上がったのを見てはっとした。
「……とりあえず何を決めるのか考えようよ。やるならやるで先に進めないと時間がないよ?」
昴はリーダー役に向いているのかもしれない。昴のひとことで場は急に静まり返った。
「内海くんのおっしゃるとおりです」
高志郎が言い、他の三人も異口同音に賛成の声をあげた。
「必要事項はまとめてデータにしてきた。エアドロでいいよな?」
雅史の仕切りで話し合いはちゃくちゃくと進んだ。学生社長をしているだけあって、雅史の準備と進行は完璧だった。必要なことだけをテキパキと決めていき、わずか二時間である程度のことがまとまった。途中で美作教諭が現れて、キャンプの許可が降りたことや日程が伝えられ、話し合いは日が沈むまで続いた。
「じゃ、次の会議は来週にしよう。ここを借りておくから同じ時間に」
解散となった頃には十九時を過ぎていた。ほとんどの生徒は下校して校舎は静まり返っている。
廊下を歩きながら、慧人は後悔に肩を落としていた。
昴のため。いや、昴と少しでも近づくために名乗り出たが、四人も邪魔者がいてろくに喋れなかった。なんの役にも立たなかったばかりか、雑用を割り当てられただけだ。いなくてもいいような立場だった。
練習を減らしてまでこんなことをやっていていいのだろうか。
頭によぎったが、そうじゃないと振り払った。落ち込んでいる場合じゃない。心配なのはそこじゃないだろ。
昴からなんとも思われていないかもしれない。だから気にして凹んでいる。そして、ライバルがたくさんいるのに、アピールする度胸が自分にないことも——。
それらは自分の行動如何でどうにでも変わってくる。ボールは自分で取りに行け。パスをもらいたいならスペースをつくれ。サッカーと同じだ。勝利を手にするためには、いくらでもやれることはある。
「慧人、待って。帰りにどこか寄って行かない?」
昇降口へ来たときだった。ばたばたと走ってくる音がして、肩を叩かれたと思ったら昴だった。えっと振り向くと、ひとりきりだ。四人はどこへ行ったんだろう。
「……このあと練習?」
きょろきょろとしていた慧人を、昴は覗き込んできた。間近で見つめられたことで、慧人の頬がかーっと熱を帯びる。
「…………ない」
「ほんと? じゃ、どうかな?」
「……いいよ」
「よかった。駅前のマックはどう?」
どうやら昴は四人をまいてきたらしい。自分だけを誘ってくれたようだ。
「行く」
よかった、と昴は笑った。かわいさのあまり卒倒しそうだった。
自分が不安になったタイミングで誘ってくれるなんて、以心伝心というやつだろうか。
違う。昴は周りをよく見ている。落ち込んでいるやつや、元気のないクラスメイトを見つけると、声をかけたり気遣ったりしてやっている。何度も目にした光景だ。
なぜこんなにも昴に惹かれるのか。仲間たちだって気にかけてくれているし、気遣ってくれもする。
でも、昴から特別扱いされると天にものぼるほど嬉しい。
昴は他人と自分を比較したりなんてしないし、どんな相手にも屈託なく話しかける。素気なくされてもめげたりしない。常に笑顔を絶やさず、周りをも照らすような明るさを放っている。
自分にはとてもできない。だからかもしれない。
昴の隣を歩きながら、慧人は思った。
どうしようもなく昴のことが好きということ、そして誰にも渡したくないということを。



