こうして雅史はみなと一時間ぶりにスタジオへと戻ってきた。
すると稔はさっそく見せて欲しいと訴え、昴と慧人は練習したステップを披露して見せた。
プロの目にはどう映るのか。雅史は気になって稔の様子を注視していた。するとなぜかうつむいたり目を泳がせたりと奇妙な態度を取り、慧人のことばかりを注視していた。
昴だけを気にかけている男が珍しい。
驚いた雅史だが、考えられるのは親睦会に対しては思った以上に真剣らしいということだ。わずかばかりだが感心してしまった。
「ふたりともわるくないな。特に瀬戸口は初めてとは思えないくらいキレがいい」
最後まで見終わった稔は、ふたりのよかった点を次々とあげたあと、「動画だと正面からだけだから、試しに真横から見てみろ」と言い、同じステップを無音のなか踊りだした。
プロなのだから当然と言ってしまえるが、だとしても唸るほど華やかだった。たかがステップなのに、稔から目を離せない。なんのバックミュージックも流れていないのに、正確無比な動きには拍手を送りたくなった。
雅史を含め、昴と慧人も稔に釘付けで、数分の間物音ひとつ立てることもできずに魅了されていた。
「かっこいい……」
昴が感極まった様子でぽつりと言ったが、稔はなぜか顔を強張らせてうつむき、頬を強く擦り始めた。
「欲しいのは感想じゃなくて再現だ。さっきは重心の取り方が曖昧だった。体重移動を明確にするだけで動きのキレがかなり変わってくる。重点的に練習して身体で覚えておいたほうがいい」
「体重移動……って難しそう。できるかな?」
「できないことは言わない。おまえらならできる」
稔は顔を上げて、昴と慧人を睨みつけた。擦り過ぎたのか顔が赤くなっている。しかも目が潤んでいるようにも見えて、雅史は不思議に思い眉根を寄せた。
「……もう一度俺がやってみせるから、その次はおまえらの番だ」
稔はふんっと翻って同じステップを踊り始めた。
まさかのことだけど、照れているのだろうか。信じられないが、他にどう解釈したらいいかわからない。
「じゃあ、やってみろ。一度見てから、次は修正を入れていく」
いまだ呆気に取られていた雅史を尻目に、稔は音楽を流して昴たちを促した。ぎこちなくも昴たちはステップを踏み出して、三人の特訓が始まった。
雅史は見ていて悔しくも唸らざるを得なかった。昴を見ていたいのに、稔からどうやっても目が離せない。たかが練習のはずが、稔はまるでドームのステージにいるかのように華やかで、かっこよかった。
慧人はどうだろうと観察していると、彼も同様の気持ちを抱いていることが窺えた。プライドの高そうな慧人は投げ出してしまうのではないか。案じた雅史だが、杞憂であるようだった。
稔が鼓舞するよう慧人を重点的に褒めちぎっていたからだ。
慧人は複雑な表情を浮かべつつも、応えるしかないと言った様子でステップを踏み続け、一方の昴は自分が褒められるより嬉しいらしく、「さすが慧人だなあ」とのんきに励んでいた。
それら反応を解釈するに、稔は昴のためにやっているのだな、と雅史はぴんときた。
「瀬戸口、おまえ筋がいい。サッカーなんてやめてうちの事務所に来れば? おまえならダンスのほうでもスタジアムを埋められると思うけど」
稔は目的のために、常にない態度を努めている。
親睦会を成功させるため、リーダーの昴のために、稔は自身のできるすべてを傾けているように思えた。
「確かに! 慧人ならサッカーとダンスの両方でトップに立てそう。ほんとに凄いよ。天は二物を与えないなんて嘘だったんだって思った。めちゃくちゃかっこよかったよ」
「バカ言うな。俺はサッカーでスタジアムを埋めたいの。ダンスは今回一度きりだ」
慧人は口ではそう言いつつも、まんざらでもない様子だった。
稔に褒められたことの影響は無論あっても、昴からの賞賛が一番響いているのだろう。
「えー、もったいない」
「だったら昴が代わりに入れば?」
「僕? 冗談でもやめてよ。あんな下手なのに」
「喋ってる時間はない。もう一度やってみろ」
稔から鋭く言われて、ふたりはまたも練習へと戻った。
慧人の言うとおり、昴も驚くほどダンスが巧みだった。ひょっとしたら慧人以上といえるくらい、引けを取っていなかった。
慧人はサッカーで日の丸を背負っている。超高校性級どころかプロ確実の選手なのだから、身体能力は抜群だ。しかし、一方の昴はなんの競技も極めていない。昴と同じ時間でこれほどまで習得できる高校生は、全国を探してもそういないだろう。
昴が無自覚なのは、稔と慧人の他に誰もいなかったからにちがいない。比較の相手が普通の高校生だったら、昴はひとり賞賛をさらっていたはずだ。
「……真面目にやれ、昴。おまえならそれくらい簡単にできるだろ?」
「できないって。てかもう僕要らなくない? 慧人だけで十分だよ」
「ダンスってのはひとりでやるより大勢でやったほうがいいんだ。つべこべ言わずにやれ。……真面目にな」
「だったら稔が一緒に踊ってよ」
「俺はコーチ役だ」
意外なことに稔は昴に対してやけに厳しい態度を取っている。昴は慣れた様子なので、普段からなのかもしれない。
あの明るく無邪気な昴に対してなぜ?
雅史はじっと考察して、昴がやけにへりくだった態度を取っているせいかもしれないと思いつく。
特待生たちは、やはりどこかで一般の生徒たちとの間に線を引いている。自分は特別であるという考えによって、見下すまではいかずとも別の世界に生きているよう多少の区別——差別かもしれないが、確実に分け隔ててはいる。
そのなかで稔だけは同じ視点に立っているのかもしれない。
自分も昴となんら変わりないごく普通の男子高校生であるという視点か、もしくは昴も特別であるという考えからか。
どちらなのかは読み取れないが、間違いないのは、昴はそもそも自分が秀でているなどとは考えたことがないように思えることだ。
「だから特別なのか……」
昴は一見平凡に見えても、優れた素質を持っている。秀でていないだけで十分な程度にはあり、だからこそ視点が独特で、同じ賞賛するにも喜ぶポイントを的確についてくる。
なのに昴自身は自我を出そうとはせず、自分を卑下し、明るいながらに気後れした態度を取っている。そのちぐはぐさが他にない魅力となっていて、だから特待生たちは昴を好ましく思い、彼と親しくなりたいと近づくのかもしれない。
雅史は思いついて納得し、吸い寄せられるように昴の太陽のような笑みを見つめていた。
すると稔はさっそく見せて欲しいと訴え、昴と慧人は練習したステップを披露して見せた。
プロの目にはどう映るのか。雅史は気になって稔の様子を注視していた。するとなぜかうつむいたり目を泳がせたりと奇妙な態度を取り、慧人のことばかりを注視していた。
昴だけを気にかけている男が珍しい。
驚いた雅史だが、考えられるのは親睦会に対しては思った以上に真剣らしいということだ。わずかばかりだが感心してしまった。
「ふたりともわるくないな。特に瀬戸口は初めてとは思えないくらいキレがいい」
最後まで見終わった稔は、ふたりのよかった点を次々とあげたあと、「動画だと正面からだけだから、試しに真横から見てみろ」と言い、同じステップを無音のなか踊りだした。
プロなのだから当然と言ってしまえるが、だとしても唸るほど華やかだった。たかがステップなのに、稔から目を離せない。なんのバックミュージックも流れていないのに、正確無比な動きには拍手を送りたくなった。
雅史を含め、昴と慧人も稔に釘付けで、数分の間物音ひとつ立てることもできずに魅了されていた。
「かっこいい……」
昴が感極まった様子でぽつりと言ったが、稔はなぜか顔を強張らせてうつむき、頬を強く擦り始めた。
「欲しいのは感想じゃなくて再現だ。さっきは重心の取り方が曖昧だった。体重移動を明確にするだけで動きのキレがかなり変わってくる。重点的に練習して身体で覚えておいたほうがいい」
「体重移動……って難しそう。できるかな?」
「できないことは言わない。おまえらならできる」
稔は顔を上げて、昴と慧人を睨みつけた。擦り過ぎたのか顔が赤くなっている。しかも目が潤んでいるようにも見えて、雅史は不思議に思い眉根を寄せた。
「……もう一度俺がやってみせるから、その次はおまえらの番だ」
稔はふんっと翻って同じステップを踊り始めた。
まさかのことだけど、照れているのだろうか。信じられないが、他にどう解釈したらいいかわからない。
「じゃあ、やってみろ。一度見てから、次は修正を入れていく」
いまだ呆気に取られていた雅史を尻目に、稔は音楽を流して昴たちを促した。ぎこちなくも昴たちはステップを踏み出して、三人の特訓が始まった。
雅史は見ていて悔しくも唸らざるを得なかった。昴を見ていたいのに、稔からどうやっても目が離せない。たかが練習のはずが、稔はまるでドームのステージにいるかのように華やかで、かっこよかった。
慧人はどうだろうと観察していると、彼も同様の気持ちを抱いていることが窺えた。プライドの高そうな慧人は投げ出してしまうのではないか。案じた雅史だが、杞憂であるようだった。
稔が鼓舞するよう慧人を重点的に褒めちぎっていたからだ。
慧人は複雑な表情を浮かべつつも、応えるしかないと言った様子でステップを踏み続け、一方の昴は自分が褒められるより嬉しいらしく、「さすが慧人だなあ」とのんきに励んでいた。
それら反応を解釈するに、稔は昴のためにやっているのだな、と雅史はぴんときた。
「瀬戸口、おまえ筋がいい。サッカーなんてやめてうちの事務所に来れば? おまえならダンスのほうでもスタジアムを埋められると思うけど」
稔は目的のために、常にない態度を努めている。
親睦会を成功させるため、リーダーの昴のために、稔は自身のできるすべてを傾けているように思えた。
「確かに! 慧人ならサッカーとダンスの両方でトップに立てそう。ほんとに凄いよ。天は二物を与えないなんて嘘だったんだって思った。めちゃくちゃかっこよかったよ」
「バカ言うな。俺はサッカーでスタジアムを埋めたいの。ダンスは今回一度きりだ」
慧人は口ではそう言いつつも、まんざらでもない様子だった。
稔に褒められたことの影響は無論あっても、昴からの賞賛が一番響いているのだろう。
「えー、もったいない」
「だったら昴が代わりに入れば?」
「僕? 冗談でもやめてよ。あんな下手なのに」
「喋ってる時間はない。もう一度やってみろ」
稔から鋭く言われて、ふたりはまたも練習へと戻った。
慧人の言うとおり、昴も驚くほどダンスが巧みだった。ひょっとしたら慧人以上といえるくらい、引けを取っていなかった。
慧人はサッカーで日の丸を背負っている。超高校性級どころかプロ確実の選手なのだから、身体能力は抜群だ。しかし、一方の昴はなんの競技も極めていない。昴と同じ時間でこれほどまで習得できる高校生は、全国を探してもそういないだろう。
昴が無自覚なのは、稔と慧人の他に誰もいなかったからにちがいない。比較の相手が普通の高校生だったら、昴はひとり賞賛をさらっていたはずだ。
「……真面目にやれ、昴。おまえならそれくらい簡単にできるだろ?」
「できないって。てかもう僕要らなくない? 慧人だけで十分だよ」
「ダンスってのはひとりでやるより大勢でやったほうがいいんだ。つべこべ言わずにやれ。……真面目にな」
「だったら稔が一緒に踊ってよ」
「俺はコーチ役だ」
意外なことに稔は昴に対してやけに厳しい態度を取っている。昴は慣れた様子なので、普段からなのかもしれない。
あの明るく無邪気な昴に対してなぜ?
雅史はじっと考察して、昴がやけにへりくだった態度を取っているせいかもしれないと思いつく。
特待生たちは、やはりどこかで一般の生徒たちとの間に線を引いている。自分は特別であるという考えによって、見下すまではいかずとも別の世界に生きているよう多少の区別——差別かもしれないが、確実に分け隔ててはいる。
そのなかで稔だけは同じ視点に立っているのかもしれない。
自分も昴となんら変わりないごく普通の男子高校生であるという視点か、もしくは昴も特別であるという考えからか。
どちらなのかは読み取れないが、間違いないのは、昴はそもそも自分が秀でているなどとは考えたことがないように思えることだ。
「だから特別なのか……」
昴は一見平凡に見えても、優れた素質を持っている。秀でていないだけで十分な程度にはあり、だからこそ視点が独特で、同じ賞賛するにも喜ぶポイントを的確についてくる。
なのに昴自身は自我を出そうとはせず、自分を卑下し、明るいながらに気後れした態度を取っている。そのちぐはぐさが他にない魅力となっていて、だから特待生たちは昴を好ましく思い、彼と親しくなりたいと近づくのかもしれない。
雅史は思いついて納得し、吸い寄せられるように昴の太陽のような笑みを見つめていた。



