ハイスペ特待生たちが僕にだけやたら重たい感情を向けてきます

 スタジオのあるビルには、高校生でも入れるレストランがある。雅史は二度ほど利用したことがあり、個室があることも知っていた。昴と慧人はまだしも、有名人である稔が来るというなら配慮しなければならない。害虫のためになぜ手間をと不服だった雅史だが、高城に頼んだところちょうどキャンセルが出たとのことで、味は確かだしと苛立ちを治めて店へ向かった。

「すっごいお店だね……場違いっていうか、いいのかな? めちゃくちゃ申し訳ない」

 雅史の前には稔のそわそわとした愛らしい顔がある。隣を陣取りたかったがかなわず、対面の席を選んだ。むしろよかったかもしれない。視線は自分へ向くのだし、眺めていてもなんら不自然に感じない特等席だと笑みを浮かべた。

「遠慮なんて必要ないからな。ちょうど夕食の時間だったし……ほら、好きなのを頼んで」

 雅史は昴にメニューを差し出した。すると隣からひょういと奪われてしまう。
 
「でも、せっかくスタジオを借りられたんだ。のんびりしている時間なんてない」

 稔はだからさっさと食事を済ませるぞとでも言うようにテキパキとオーダーを決めて、昴に手渡した。
 まったくこの害虫は——
 雅史は態度に出ないよう気をつけていたが、どうしても睨むような目つきになってしまう。稔は昴のそばにぴったりとくっついていて、昴に近づこうとする者を護衛のように弾いてしまうのだ。

「確かにもったいないかも。八時までなんだっけ? 急いで食べたら一時間はできるかな?」
「ああ。合流できたんだし、練習の成果を見いたいからな」
「ってことは、稔も来るの?」
「当たり前だろ。飯のために来たわけじゃない」
「でも、慧人が……」

 慧人、と昴が言ったところで、稔の表情がとたんに強張った。そしてはっと対面の席へ視線を移して眉根を寄せた。
 慧人は稔の言葉にぎょっとした様子を見せていたが、睨まれたことでむっとしたらしい。

「別にいいよ……昴が見せたいんなら」

 わずかな練習時間ながらに自信がついてきたようだ。慧人の態度や表情に大きな変化を感じた。スタジオへ入るまでは緊張しきった様子だったのに、今では挑むような目つきで稔を睨み返している。

「ふん……だったら、さっさと食えるのにしろ。ったく、腹が減ったんならコンビニにすればよかったのに」
「そんな言い方しないでよ。雅史は僕たちのことを気遣ってくれたんだから」

 昴からたしなめられたことで、稔は不服を顔に出しつつもそれ以上は何も喋らなかった。
 雅史は嫌味やあてこすりなど慣れたものであり、まったく動じていなかった。むしろ三者三様の反応をつぶさに観察して面白がっていた。
 外食は人間観察にうってつけの状況だ。店内を歩く所作、店員に対する態度、注文内容や食べ方、片付け方まで含め、千差万別な反応を窺うことができる。
 外食に誘った目的は、昴を喜ばせることと、好感度が上がることへの期待も含まれていたが、一番は稔と慧人の反応を見たいからだった。

「コンビニに寄って行かない?」

 昴の提案で、スタジオへ向かう前に、一行は一階にまで下りてコンビニへ入った。

「あ、雅史の分は僕が奢るよ。アイスでもコーヒーでも好きなの選んで」
 
 食事代はもともと雅史が全員分払うつもりだった。出させるつもりがあったら値段の張るあの店は選ばない。なのに昴は礼をしたいらしい。雅史のポケットには一般的なサラリーマンより多くの手持ちがある。奢ってもらう必要などないのに、と愛らしくてたまらなかった。今どき電子マネーではなく財布というのが悶えるほどかわいい。

「ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかな」

 だからといって昴の気遣いを無下にはしたくない。
 雅史は浮つく内心をおくびにも出さず、礼を伝えて後ろにくっついていった。

「コンビニのザバスは糖分が多いんだよな」

 ドリンクケースの前では慧人がぶつぶつと文句を垂れている。慧人は昴と違って頑固にも奢られたくないと言って、先に金を差し出してきた。
 礼儀としてはわるくない。食事のマナーはごく一般的な男子高校生といった程度だったが、無闇矢鱈に会話へ入ってこないところは好感が持てた。おそらくビビっていただけだろうけど、典型的なヘタレ野郎であることを確信できたのは収穫だった。サッカーは超高校性級でも、他は一般学生並か以下といったレベルの男のようだ。

「水にしておけ。スポーツドリンクって言っても清涼飲料水の一種だから、……あいつじゃないけど砂糖の量がやばい」

 問題は昴の横に頑とくっついて離れない稔だ。金魚の糞とはこいつのことを言うのだろう。この世に昴しかいないみたいに彼ばかりを見て、片時も離れようとしない。

「そっか。じゃ、普通にミネラルウォーターを何本か買っておいたほうがいいかな?」
「そうしろ。てか、悩んでるのも時間の無駄。とっとと行くぞ」

 雅史はむっとして、静観をやめることにした。
 
「でも一本くらいはあっていいんじゃないかな? 発汗によって塩分も失われるんだし。もしくは塩分タブレットを併用するとか」
「塩分タブレット! いいかも、それ。夏になると常備しておくけど、身体を動かすんなら今の時期でもあったほうがいいね」

 昴はうんうんと頷いて塩分タブレットを探しに向かった。稔は鼻を鳴らすだけで雅史を一瞥もしなかった。
 まったく腹立たしいやつだ。害虫というのは上手い表現をしたものだが、殺虫剤代わりになるものが見つからない現状、うっとおしいという怒りしかない。
 稔は間近で観察しても、学校での印象となんら変わりなかった。無愛想で冷徹な野郎だ。
 ただ食事のマナーは完璧で、店員には礼儀正しく、片付けなんかも綺麗にして感心するほどだった。
 しかもダンサーだけあってスタイルは抜群で顔立ちも見惚れるくらい整っている。おまけに校内で一、二を争うほどの有名人だ。
 それでいて昴に対する好意を隠そうとしないのだから、頭のほうはおかしいに違いない。
 どうにか殺虫剤代わりになるものをと頭をひねったが、どうにも思いつかないのがますます腹立たしい。
 そして、一時間ぶりにスタジオへと戻ってきたのだが、稔が現れただけで空気が変わって感じられたことが、拍車をかけてくるほど不愉快だった。

「ふたりとも意外にわるくないな。特に瀬戸口は初めてとは思えないくらい動けてる」

 スタジオへ戻ったあと、さっそく見せて欲しいとの稔の頼みを聞いて、昴と慧人は練習した基礎ステップを披露して見せた。
 最後まで見終わった稔は、ふたりのよかった点を次々とあげたあと、「動画だと正面からだけだから、試しに真横から見てみろ」と言い、同じステップを無音のなか踊りだした。
 プロなのだから当然と言ってしまえるが、だとしても唸るほど華やかだった。たかがステップなのに、なんのバックミュージックも流れていないのに、稔から目を離せない。
 雅史を含め、昴と慧人も稔に釘付けで、数分の間ただただ魅了されていた。

「かっこいい……」

 昴が感極まった様子でぽつりと言ったのを聞いて、雅史も口にしてしまいそうになった。慧人も同様だったようで、はっと呆けた顔を慌てて引き締めている。稔はといえばなぜか顔を強張らせてうつむき、頬を強く擦っていた。

「欲しいのは感想じゃなくて再現だ。さっきのもわるくないが、重心の取り方が曖昧だった。体重移動を明確にするだけで動きのキレがかなり変わってくる。基礎ステップとして覚えておいたほうがいい」
「体重移動……って難しそう。できるかな?」
「できること以外言うわけないだろ。おまえらならできる」

 稔は顔を上げ、昴と慧人を睨みつけた。顔がほんのり赤くなっている。雅史は驚き、昴たちも気づいたらしくわずかに目を見開いた。

「……ったく時間がないんだ。もう一度俺がやってみせるから、次はおまえらがやるように」

 稔はなおもきつく睨みつけ、ふんっと翻って同じステップを踊り始めた。
 まさかのことだけど、照れていたのだろうか。信じられないが、他にどう解釈したらいいかわからない。
 
「じゃあ、やってみろ。一度見てから、次は修正を入れていく」

 いまだ呆気に取られていた雅史を尻目に、稔は音楽を流して昴たちを促した。ぎこちなくも昴たちはステップを踏み出し、三人の特訓が始まった。
 雅史は見ていて悔しくも唸らざるを得なかった。昴を見ていたいのに、稔からどうやっても目が離せない。たかが練習のはずが、稔はまるでドームのステージにいるかのように華やかで、かっこよかった。
 慧人はどうだろうと観察していると、彼も同様の気持ちを抱いていることが窺えた。プライドが高いに違いない彼は投げ出してしまうのではないか。案じた雅史だが、杞憂であるようだった。
 稔が鼓舞するよう慧人を重点的に褒めちぎっていたからだ。
 普段の彼からは考えられない態度だ。慧人は複雑な表情を浮かべつつも、稔から持ち上げられては応えるしかないと言った様子でステップを踏み続けていた。
 一方の昴は自分が褒められるより嬉しいらしく、「さすが慧人だなあ」とのんきに励んでいた。
 そんな反応を見て、稔は昴の喜ぶことをわかってやっているのだな、と雅史は気がついた。

「瀬戸口、サッカーやめてうちの事務所に来れば? おまえならダンスのほうでもスタジアムを埋められると思うけど」
 
 目的のために、常にない態度を努めているのだろう。
 親睦会のため、昴がリーダーとなった班を結束させ、出し物を成功させるため。稔は自身のできるすべてを傾けているように見えた。

「稔、いいこというね。慧人ならサッカーとダンスの両方でトップに立てそうだもん。ほんとに凄いよ。天は二物を与えないって嘘だったんだって思った。めちゃくちゃかっこよかったよ」
「バカ言うな。俺はサッカーでスタジアムを埋めたいの。ダンスは今回一度きりだ」
 
 慧人は口ではそう言いつつも、まんざらではない様子だった。
 雅史の目には、昴も慧人に引けを取っていないように映った。慧人はサッカーで日の丸を背負っている。超高校性級どころかプロ確実の選手なのだから、身体能力は抜群だ。しかし、一方の昴はなんの競技も極めていない。昴と同じ時間でこれほどまで習得できる高校生は、全国を探してもそうそういないだろう。
 本人が無自覚なのは、稔と慧人の他に誰もいなかったからだ。比較の相手がごく普通の高校生だったら、昴はひとり賞賛をさらっていたにちがいない。
 昴がやけにへりくだった態度を取っているのは、スペシャリストばかりの翔聖学園に通っているせいかもしれない。雅史はそこへ考え至ったとき、昴はそもそも自分が秀でているなどとは考えたこともないようにも思えて、なんともなしに頷いた。

「だから特別なんだ……」

 普通であることがむしろ特別な存在となっている。いや、昴は一見平凡に見えても、十分優れた素質を持っている。なのに自分を卑下し、気後れした態度を見せている。だから好ましく思い、彼と親しくなりたいと願うのだ。
 自分もしかり、彼らトップレベルにいる特待生たちも、昴に対して特別な思いを抱えている。それは十分説明に足る特質を昴が持っていたからだ。
 雅史は思いついて納得し、吸い寄せられるように昴の太陽のような笑みを見つめていた。