ハイスペ特待生たちが僕にだけやたら重たい感情を向けてきます

 日下部雅史は、机のうえの小型のタブレットが通知を報せたのを見てスワイプした。懐柔した生徒からの連絡だった。
 
『内海は瀬戸口を放課後自宅へ招いたようです』
 
 ふむ、と雅史は顎をなでた。理由を問おうとしたが、考えられるのはひとつしかない。親睦会についてのことに違いなく、だとしたら唯一自身の特技ではないダンスを頼まれた件についてだろうと推測した。
 雅史は三秒ほど思考をめぐらせて、スマホを手に取った。同時に予鈴が鳴ったが、気にせず教室を出て廊下を進んだ。

高城(たかぎ)か? ダンスのできるスタジオを押さえろ。十七時から二十時だ」

 通話しながら階段をあがって、屋上へと続く踊り場へたどり着いたときだった。

「あれ? 日下部くん?」

 ちょうど昴と慧人が扉から出てきて、かち合った。
 
「よかった。探していたんだ」
「どうしたの? 授業が始まっちゃうよ?」
「ああ。おせっかいかと思ったんだが、ダンス用のスタジオを借りることができてね。練習に利用できるんじゃないかって」
「スタジオ?」
「一応わたしは監督だろう? みなの実力を把握しておきたいし、仕事の関係でちょうどキャンセルが出たのを知って、念のため押さえてあるんだ」

 棚からぼた餅とばかりに昴は喜び、ついいましがた放課後に練習しようという話をしていたんだと言い、どうかな?と慧人に問いかけた。渋面を浮かべていた慧人だが、雅史が自分は出ていくしふたりだけで使うといいと言って勧めると不肖ながらに頷いた。

「わっ、一面全部が鏡だなんて、すごいね」

 こうして無理やり手配させたスタジオへ、雅史は昴と慧人を連れてやってきた。

「なにか手伝えることがあれば、わたしも時間を空けてある」
「うーん……」

 昴は慧人を気にしている様子だ。だろうな、と慧人の臆病さに呆れながらも、表には出さず雅史は笑みを浮かべた。

「なにかあったら呼んでくれ。きみの番号を入力して」

 雅史は昴にスマホを差し出した。画面は通話アプリにしてある。驚きつつ受け取った昴は、おずおずとキーパッドをタップしてくれた。
 返してもらった雅史は通話ボタンを押し、これは自分の番号だからと告げてスタジオを出た。
 そしてすぐ近くの個室へと入った。高城がデスクに向かっていて、ぱっと立ち上がり、雅史に席を譲ってくれた。

「無理をかけたな」
「とんでもない。こちら、不備はありませんでしょうか」

 デスクにはモニターが二台とノートパソコンが設置してある。雅史が高城に頼んでおいたものだった。映っているのはスタジオの状況だ。スタジオにも高城の手によってビデオカメラが設置してあった。
 昴たちには、練習を記録して確認するためのものだと伝えてある。削除は容易なうえ、バックアップも取っていない、とタブレットを渡してきた。嘘はついていない。ただ、説明を省いただけだ。カメラはリアルタイムで雅史の前のパソコンに接続されている。この個室のことも話さなかった、それだけだ。

「問題ない。よくやってくれた。感謝する」
「恐縮です。それと社長、木林製薬の件ですが……」
「……一応この時間はオフであるはずだが?」
「あっ、はいっ、おっしゃるとおりであります」
「後にしてもらえると助かる」
「はい。申し訳ございません」
「無理を言っておきながら悪いが、こういった場合のために高城には多く渡してある……だからもしよければ、カフェを買ってきてくれないか? 少しカフェインを摂りたくてね」
「承知いたしました。過分なほどの報酬をいただいておりますので、無論、はい。行ってまいります」

 高城は恐縮しきった様子で頭を下げて個室を出ていった。
 さて、と雅史は胸ポケットからタブレット型の清涼菓子を取り出した。二錠ほど手のひらに出して口に含む。がりがりとやりながらパソコンを操作して、慧人の表情がわかるよう拡大した。

「ふんっ、とうとう自覚したようだな。遅いくらいだが、……このタイミングはちょいと厄介だ」

 慧人の昴を見る眼差しに変化を感じた。好意を抱いていることを自覚したのだろう。あからさま過ぎてバレバレなほどだ。

「東、笹野、瀬戸口……それと天瀬か」

 雅史はモニターに映る慧人を睨みつけながら、デスクを指でこつこつとやった。慎重に行動しようと計画立てていたのに、害虫どもが群がり始めた。
 異性愛者を落とすためには、通常より時間と労力をかける必要がある。だからまずは友人として一番親しい立場になり、じっくり囲い込もうと考えていた。
 そのはずが、だ。
 雅史は鼻を鳴らして慧人から視線を外し、昴を見た。
 なんの特徴もない平凡な顔立ち。なのになぜか目を離すことができない。
 自覚したのは二ヶ月ほど前だった。
 雅史は一年のときから昴と同じクラスだった。会社立ち上げの時期と被っていたため、ほとんど登校しておらず、終わり頃になってようやく昴の存在を認識した。生徒に限らず身近にいる人間を観察するのは癖だった。どういった人物なのかを心理社会学的に精査、分類し、社会を率いる指導者としての成長に役立てようとしていた一貫だった。いつしか昴ばかりを目で追うようになり、損得勘定を抜きに彼の気を引きたくなっていた。

『内海、おまえすごいな』

 モニターから慧人の唖然とした声が聞こえてきて、雅史も胸のうちで同意した。
 昴はまず僕がやってみると言って、スマホで流した映像に合わせてダンスの基礎ステップを踊り出していたのだが、拙いながらに身のこなしは完璧で、リズム感はかなりのものだと瞠目していた。
 画面の向こうでは、慧人が練習していたのかと問いかけて、昴は初めてだと答えている。

『じゃ、才能? すごくないか?』
『そんな……僕なんて全然だよ。瀬戸口くんならもっと簡単にできちゃうと思う』

 昴の言葉に気をよくしたのか、慧人も真似をしてステップをやりだした。
 予想どおり、慧人はなんなくこなしている。
 スポーツを含め身体能力に優れている者は、応じてリズム感も備わっている。単に機敏な動きが可能であるだけじゃだめで、内面のリズムを自在に操ることが能力の差を生むのだ。筋力より体幹が重要というのも通じている部分なのだろう、と雅史は解釈し、持論が証明される様を見つめていた。

『さっすが! めちゃくちゃかっこいい!』

 昴は心からの賞賛を送り、慧人はますます調子づいてふたりはステップの練習に励み始めた。
 楽しげに進めていく様子を、雅史は三十分ほど眺めていた。
 みるみる技術を会得していく慧人は、これまた予測の内だったが、昴には驚かされた。いや、昴に関してもある程度の推測はしていた。器用貧乏ともいえるくらい、昴はほどほどになんでもできる。歌もおそらく歌えるだろう。成績も中の上で、体育でも活躍はできる。一芸に秀でた者たちのなかではかすんでしまっても、広範囲に中級レベルをこなせる者は、むしろ貴重といえよう。
 雅史は目を細めながらモニターを指でそっと撫でた。そろそろ画面越しにではなく直接会いたくなってきた。

「そろそろいいかな」

 雅史はつぶやくと立ち上がった。飲み物を買いに行かせた高城が戻ってくる頃だ。個室を出たところでちょうど高城とかち合い、いいタイミングだとして笑みを浮かべながらスタジオへと向かった。

「お疲れ様。少し休憩しないか? ドリンクを買ってきた」

 雅史は言い、高城に配らせて床に腰を下ろした。

「ありがとう。結構汗かいちゃって、ちょうど飲むものなくなっていたんだよね」

 昴はキャップを開けながら、雅史の横にやってきた。慧人もおずおずとしつつ、倣って床に座った。
 慧人は満足気に微笑み、雅史に対しても愛想よく礼を言ってきた。気分がいいらしい。そりゃそうだ。短時間でかなりの上達を見せていた。昴からも絶賛されていたのだから、不満なんて感じたら罰が当たる。
 
「お疲れのようだね。練習はどうだった?」
「うん。あのね、慧人くん凄いんだよ。もともと素人とは思えないくらいだったんだけど、めきめきと上手くなって。これだったら稔と並んでもばっちだと思う」
「……くん、要らないって」
「あ、慧人って呼んでいいの?」
「ああ。俺も昴って呼ぶし」

 よほど親しくなったらしい。モニターで見ている限りでも然りだったが、リアルで見ると腹立たしさがいや増しになる。

「だったら、わたしのことも雅史と呼んでもらおうかな」
「……日下部を?」

 お前じゃない、と慧人に腹の中で毒づきつつも雅史は気安い笑みを浮かべた。

「わたしは昴と慧人と呼ばせてもらうよ。名を呼び合うのは距離を縮めるに最適だからな」

 昴は「そうだね」と同意し、慧人は複雑な顔で足を組み替えつつ「かもしれない」とつぶやいた。
 なんにせよ慧人は敵じゃない。恋愛ごとには疎いうえに、臆病な慧人のアピールなど、どうやったって昴には効かないだろう。今日観察していた限りでも間違いない。
 問題は他の三人だ、と雅史は口元を引き締めてスマホを取り出した。

「ところで今夜は八時まで押さえてあるけど、お腹の具合いはどう? 空いてない?」
「あっ、いま何時?」
「六時を過ぎたところだ」
「やばっ!」

 昴はとたんに顔を青くして、慌てて立ち上がった。どうしたのかと見ていると、昴は練習をしていた場所へ戻ってスマホの操作を始めた。みるみる顔色が悪くなっていく。

「……どうした?」
「稔から鬼電が……」

 なるほど。あいつが一番の害虫か。
 どうにか手を打たねばならないな、と顔をしかめながら雅史は通話アプリを立ち上げた。