そわそわとしていた慧人は、昼休みになってすぐ弁当を片手に昴のもとへ向かった。
すると昴はすでに取り囲まれていた。弘和と高志郎がぴったりと机を合わせていて、少し離れたところには稔の姿もある。
「お、屋上に……」
それでも負けじと慧人が声をかけると、昴が答える前に背後から肩を叩かれた。
「わざわざ移動するのか? せっかく親睦会のメンバーが揃っているのに」
雅史だった。なんでこうも昴の周りには人が群がってくるのか。ふたりきりになるのは無理のようだ。肩を落とした慧人だが、椅子の脚が床を擦る音がして、はっとした。
「うん。ちょうど班のみんなが集まってるし、僕と瀬戸口くん以外で話し合ってて」
昴が立ち上がっている。急ぎ弁当箱を終い戻しているのを見るに、誘いに乗ってくれるらしい。どっと汗が噴き出し、弁当袋を握る手が湿っていく。
しかし、と周りを見渡すと、やはり四人は不満をあらわにしている。
「は? 昴抜きでこいつらといろって?」
「冗談じゃない」
「まとまりませんよ」
「わたしも行きましょうか?」
四人も続いて腰を浮かしたが、昴は「じゃあね」と制止し、慧人の背中を押してドアのほうへと促してきた。
「……いいの?」
「いいって、いいって。ふたりのほうが気を使わなくていいじゃん」
昴の笑みを見て、慧人の心臓はこれ以上無理というくらい早鐘を打ち始めた。
もしかして昴も自分を特別に思っているのではないか。まさかと振り払おうとしても期待が消えてくれない。
慧人の心臓はどきどきと脈打つ速度を増し、喉元が締め付けられたように息苦しくなっていく。
「結構人がいるね」
昴は屋上で弁当を食べるのは初めてらしい。俺も、と同意した慧人に笑みを返してくれた昴は、キョロキョロしながら歩みを進めて、人の少ない日向の端に行き腰を下ろした。
そしてさっそく弁当を広げると、昴がかわいらしい声でくすくすと笑った。
「さすが瀬戸口くんだね。もしかしてプロテインも持ってる?」
「い、今はない。つーかさすがってなんだよ」
「筋トレしてる人のメニューって感じで、凄いなって。前からチラ見していてたんだよね。飽きないのかなって」
「……めちゃくちゃ飽きるよ。けど、体作りのためだから」
「かっこいい……僕も一時期ハマったんだけど、結局飽きちゃって」
「内海も?」
「うん。ユーチューブみながら筋トレしていたんだけど、続けるのって難しいよね」
昴には意外な面がたくさん出てくる。またも親近感を覚えて嬉しくなった慧人だが、昴の弁当の中身を見て声をあげそうになった。
「なんだよそれ」
「あ……うん。自分でつくったから……初めてだったんだ」
「自分でつくった?」
まじまじと覗き込むと昴の弁当は白米とゆで卵だけだった。すべて真っ白で味気ないことこのうえない。
「そう。だから誘ってくれて嬉しかったんだ。教室で食べたくなかったっていうか、瀬戸口くんならバカにしないじゃん?」
言われて慧人は自分の弁当箱を見た。母が寝坊してしまったことで、冷蔵庫にあった作り置きを慧人が詰め込んできたものだ。昴のよりひどくはないが、男子高校生の食欲をそそる中身とはいえない。茹でた鶏むね肉とブロッコリー、白米と卵焼きだけだ。
「……似たりよったりだしな」
いつもはもう少しましだけど、と言いかけた慧人だが、口元が緩んでしまって続けられなかった。
たまたまとはいえ、昴と似た状況に陥り気恥ずかしさを共有した。嬉しくもおかしい。慧人は昴と目を見合わせて、いまだどきどきとはしつつも緊張のほうは解れ始めていたのを自覚した。
「とりあえず食べよ! 動画も探しておいたから、食べながら見ていこうよ」
昴はスマホを取り出し、動画アプリを再生させた。
映し出されたのは稔が所属しているグループのライブ映像だった。聞き馴染みのある曲だ。テレビにも出ているし、ショート動画でもよく使われている。
「……天瀬って、これ?」
ただ、稔がダンスしている姿を見るのは初めてだった。テレビで流れていても敢えて見ないようにしていた。自宅であんなやつの顔を見たくないとの理由だったが、目にしたとたん離せなくなった。
「そうだよ。かっこいいよね」
「……こいつが親睦会で踊るの?」
「うん。なんか、信じられないよね」
慧人は同意しつつも、背中がじっとりと汗ばんできた。
稔の横で踊らなきゃならない。そんなの無理だ。
素人目にも稔のレベルは段違いだとわかる。稔のグループは五人編成で、全員がダンスと歌を担当している。漏れなく激しい振りをなんなくこなしていて圧巻だが、そのなかで稔はひとり抜きん出ていた。動きのキレが違うというのか、注視していなくとも自然と目が吸い寄せられてしまう。
「……信じられない」
「だよね。でも、瀬戸口くんならできると思う。ふたりが一緒にダンスしたらむちゃくちゃかっこいいだろうな」
昴はどうにか励まそうとしてくれているが、慧人は見なければよかったと肩を落とした。
こんなことなら得意なサッカーを披露したほうがいいのではないか。ふと思ったが、どうやってとの自制によって、すぐにかき消した。
メンバーのなかでサッカーをできる人間は慧人だけだ。リフティングなんてしたところでダサいだけ。そもそも参加しなきゃよかったのではないか、などと考えてしまい、食欲も失せてしまった。
「ダンスは稔が考えるって言ってくれたんだけど、そのまえに瀬戸口くんと話したいって言ってて……」
「俺と?」
ぎょっとして不快感が声に滲んでしまった。取り繕おうとした慧人だが、このまま消極的な姿勢を見せたらいいのではと思いついた。
今ならまだ間に合う。出し物の内容を変えるほうへ誘導できたら話が早いのではないか。
昴に無様な姿を見せたくない。
「うん、でも会う前に練習するってのは賛成。瀬戸口くんなら大丈夫だと思うけど、稔のことだからステップを見せてみろとか言いかねないし、瀬戸口くんはさすがわかってるなって、朝誘われて思ったよ」
「あれは……でも、俺は——」
「他のみんなは得意分野だからいいけど、瀬戸口くんだけは違うじゃん? 無理させることになるから申し訳なくって。だから練習したいって言われたときすごく嬉しかったんだ。瀬戸口くんと仲良くなりたかったし。僕なんかじゃ全然役にたたないけど、少しでも力になれたら嬉しいなって」
——仲良くなりたかった。
昴からここまで言われて拒否などできようか。
慧人は覚悟を決めるしかないと思った。無様な姿を見せる可能性など考えちゃいけない。試合に臨む前から気持ちが負けていたら、勝てる試合も勝てないだろ、と発破をかけた。
「いつにする? ……今日とかでも、俺は空いてるけど」
本当?と、昴は顔を輝かせた。
かわいい。
この笑みをずっと見ていたい。向けてもらえるのなら、無謀なことだろうがやってやる。慧人は思った。
「う、うん」
「じゃあ、放課後僕ん家来ない?」
「……う、内海ん家?」
「歩いて五分なんだ。マンションだけど、母さんや父さんがヒットとか筋トレしていても文句言われたりしないし、少しくらい大丈夫だと思う」
慧人はごくりと唾を飲み込み、だらだらと汗が出てシャツが背中に張り付き始めた。
「い、いく……」
絞り出した声は蚊の鳴くほどの声量だった。ちゃんと返答できているのかが不安で、何度も何度も頷いた。
家へ遊びに誘われたのは、生まれて初めてのことだった。たくさんの友人がいても一定の距離を保っていたせいか、そこまで踏み込むことはなかった。
初めて誘ってくれたのが、好きな相手だったとは——
慧人はふと浮かんだ考えに、発火したみたいに熱くなった。
どうやら自分は昴のことが好きらしい。
同性同士だからと曖昧にしていた思いが、言葉として出てきてしまった。
どうしよう、と困惑した。しかし、自覚してしまったからには腹をくくる以外にない。
慧人はわずかの時間であっちへこっちへ感情が揺さぶられて混乱状態だった。そして、笑顔で話し続ける昴を眺めていたいのに、真っ赤になっているだろう顔を見られたくなくてうつむくことしかできなかった。
すると昴はすでに取り囲まれていた。弘和と高志郎がぴったりと机を合わせていて、少し離れたところには稔の姿もある。
「お、屋上に……」
それでも負けじと慧人が声をかけると、昴が答える前に背後から肩を叩かれた。
「わざわざ移動するのか? せっかく親睦会のメンバーが揃っているのに」
雅史だった。なんでこうも昴の周りには人が群がってくるのか。ふたりきりになるのは無理のようだ。肩を落とした慧人だが、椅子の脚が床を擦る音がして、はっとした。
「うん。ちょうど班のみんなが集まってるし、僕と瀬戸口くん以外で話し合ってて」
昴が立ち上がっている。急ぎ弁当箱を終い戻しているのを見るに、誘いに乗ってくれるらしい。どっと汗が噴き出し、弁当袋を握る手が湿っていく。
しかし、と周りを見渡すと、やはり四人は不満をあらわにしている。
「は? 昴抜きでこいつらといろって?」
「冗談じゃない」
「まとまりませんよ」
「わたしも行きましょうか?」
四人も続いて腰を浮かしたが、昴は「じゃあね」と制止し、慧人の背中を押してドアのほうへと促してきた。
「……いいの?」
「いいって、いいって。ふたりのほうが気を使わなくていいじゃん」
昴の笑みを見て、慧人の心臓はこれ以上無理というくらい早鐘を打ち始めた。
もしかして昴も自分を特別に思っているのではないか。まさかと振り払おうとしても期待が消えてくれない。
慧人の心臓はどきどきと脈打つ速度を増し、喉元が締め付けられたように息苦しくなっていく。
「結構人がいるね」
昴は屋上で弁当を食べるのは初めてらしい。俺も、と同意した慧人に笑みを返してくれた昴は、キョロキョロしながら歩みを進めて、人の少ない日向の端に行き腰を下ろした。
そしてさっそく弁当を広げると、昴がかわいらしい声でくすくすと笑った。
「さすが瀬戸口くんだね。もしかしてプロテインも持ってる?」
「い、今はない。つーかさすがってなんだよ」
「筋トレしてる人のメニューって感じで、凄いなって。前からチラ見していてたんだよね。飽きないのかなって」
「……めちゃくちゃ飽きるよ。けど、体作りのためだから」
「かっこいい……僕も一時期ハマったんだけど、結局飽きちゃって」
「内海も?」
「うん。ユーチューブみながら筋トレしていたんだけど、続けるのって難しいよね」
昴には意外な面がたくさん出てくる。またも親近感を覚えて嬉しくなった慧人だが、昴の弁当の中身を見て声をあげそうになった。
「なんだよそれ」
「あ……うん。自分でつくったから……初めてだったんだ」
「自分でつくった?」
まじまじと覗き込むと昴の弁当は白米とゆで卵だけだった。すべて真っ白で味気ないことこのうえない。
「そう。だから誘ってくれて嬉しかったんだ。教室で食べたくなかったっていうか、瀬戸口くんならバカにしないじゃん?」
言われて慧人は自分の弁当箱を見た。母が寝坊してしまったことで、冷蔵庫にあった作り置きを慧人が詰め込んできたものだ。昴のよりひどくはないが、男子高校生の食欲をそそる中身とはいえない。茹でた鶏むね肉とブロッコリー、白米と卵焼きだけだ。
「……似たりよったりだしな」
いつもはもう少しましだけど、と言いかけた慧人だが、口元が緩んでしまって続けられなかった。
たまたまとはいえ、昴と似た状況に陥り気恥ずかしさを共有した。嬉しくもおかしい。慧人は昴と目を見合わせて、いまだどきどきとはしつつも緊張のほうは解れ始めていたのを自覚した。
「とりあえず食べよ! 動画も探しておいたから、食べながら見ていこうよ」
昴はスマホを取り出し、動画アプリを再生させた。
映し出されたのは稔が所属しているグループのライブ映像だった。聞き馴染みのある曲だ。テレビにも出ているし、ショート動画でもよく使われている。
「……天瀬って、これ?」
ただ、稔がダンスしている姿を見るのは初めてだった。テレビで流れていても敢えて見ないようにしていた。自宅であんなやつの顔を見たくないとの理由だったが、目にしたとたん離せなくなった。
「そうだよ。かっこいいよね」
「……こいつが親睦会で踊るの?」
「うん。なんか、信じられないよね」
慧人は同意しつつも、背中がじっとりと汗ばんできた。
稔の横で踊らなきゃならない。そんなの無理だ。
素人目にも稔のレベルは段違いだとわかる。稔のグループは五人編成で、全員がダンスと歌を担当している。漏れなく激しい振りをなんなくこなしていて圧巻だが、そのなかで稔はひとり抜きん出ていた。動きのキレが違うというのか、注視していなくとも自然と目が吸い寄せられてしまう。
「……信じられない」
「だよね。でも、瀬戸口くんならできると思う。ふたりが一緒にダンスしたらむちゃくちゃかっこいいだろうな」
昴はどうにか励まそうとしてくれているが、慧人は見なければよかったと肩を落とした。
こんなことなら得意なサッカーを披露したほうがいいのではないか。ふと思ったが、どうやってとの自制によって、すぐにかき消した。
メンバーのなかでサッカーをできる人間は慧人だけだ。リフティングなんてしたところでダサいだけ。そもそも参加しなきゃよかったのではないか、などと考えてしまい、食欲も失せてしまった。
「ダンスは稔が考えるって言ってくれたんだけど、そのまえに瀬戸口くんと話したいって言ってて……」
「俺と?」
ぎょっとして不快感が声に滲んでしまった。取り繕おうとした慧人だが、このまま消極的な姿勢を見せたらいいのではと思いついた。
今ならまだ間に合う。出し物の内容を変えるほうへ誘導できたら話が早いのではないか。
昴に無様な姿を見せたくない。
「うん、でも会う前に練習するってのは賛成。瀬戸口くんなら大丈夫だと思うけど、稔のことだからステップを見せてみろとか言いかねないし、瀬戸口くんはさすがわかってるなって、朝誘われて思ったよ」
「あれは……でも、俺は——」
「他のみんなは得意分野だからいいけど、瀬戸口くんだけは違うじゃん? 無理させることになるから申し訳なくって。だから練習したいって言われたときすごく嬉しかったんだ。瀬戸口くんと仲良くなりたかったし。僕なんかじゃ全然役にたたないけど、少しでも力になれたら嬉しいなって」
——仲良くなりたかった。
昴からここまで言われて拒否などできようか。
慧人は覚悟を決めるしかないと思った。無様な姿を見せる可能性など考えちゃいけない。試合に臨む前から気持ちが負けていたら、勝てる試合も勝てないだろ、と発破をかけた。
「いつにする? ……今日とかでも、俺は空いてるけど」
本当?と、昴は顔を輝かせた。
かわいい。
この笑みをずっと見ていたい。向けてもらえるのなら、無謀なことだろうがやってやる。慧人は思った。
「う、うん」
「じゃあ、放課後僕ん家来ない?」
「……う、内海ん家?」
「歩いて五分なんだ。マンションだけど、母さんや父さんがヒットとか筋トレしていても文句言われたりしないし、少しくらい大丈夫だと思う」
慧人はごくりと唾を飲み込み、だらだらと汗が出てシャツが背中に張り付き始めた。
「い、いく……」
絞り出した声は蚊の鳴くほどの声量だった。ちゃんと返答できているのかが不安で、何度も何度も頷いた。
家へ遊びに誘われたのは、生まれて初めてのことだった。たくさんの友人がいても一定の距離を保っていたせいか、そこまで踏み込むことはなかった。
初めて誘ってくれたのが、好きな相手だったとは——
慧人はふと浮かんだ考えに、発火したみたいに熱くなった。
どうやら自分は昴のことが好きらしい。
同性同士だからと曖昧にしていた思いが、言葉として出てきてしまった。
どうしよう、と困惑した。しかし、自覚してしまったからには腹をくくる以外にない。
慧人はわずかの時間であっちへこっちへ感情が揺さぶられて混乱状態だった。そして、笑顔で話し続ける昴を眺めていたいのに、真っ赤になっているだろう顔を見られたくなくてうつむくことしかできなかった。



